4-6 それぞれの役割
ハァ、ハァ、ハァ―――。
全力でアジトまで走り抜いたクラン。脇にはケルトが救った悪魔を抱えていた。
あいつはやはり本物のバカだ。付いていく奴を完全に間違えたと後悔するばかりだ。お荷物が更に増え、戦力は半分に減って―――これから、俺はどうすればいいんだ。
だが、そんな悠長なことは言ってられない。ケルトが捕まっている今、一緒に連れてきたミージャとシャウラも俺が守るしかない。クランはササッとテントの中へと入った。
帰ってきてケルトの行動の一部始終を伝えると案の定の反応をされた。
「えっ?ケルトは捕まったのか?」ミージャの驚きに、シャウラは心配そうに「ケルトさんは…、私たちの身代わりに…」苦しそうに俯くのだった。
「ケルトはそんなタマじゃない。考えての行動じゃないだろうし、あいつはそう簡単には死なないから心配するな」
「ワッハハハハハ…」クランの言葉にミージャが笑い出した。「そうだな、あいつは考えると言うよりは脊髄反射か何かで生きているな。バカ過ぎて死ぬイメージが湧かんな」
ミージャの答えにクランは内心ホッとするのであった。
ケルトを助けるのも大事だが、先の準備も重要である。ミーファは魔法を使った。この時点でこちらが魔法を使えないというのは圧倒的不利でしかない。ケルトを救い出す前にそこら辺をどうにかしないとまずい。この下界と呼ばれる区画には3人の治安を守る為に配置された天界の遣いがいる。彼らは魔法を使うために必要である輝石というアイテムを持っている。この中で一番弱いミージャが輝石を持てば形勢は一気に逆転するだろうとクランは踏んでいる。現状戦えるのはクラン1人。今はまだミージャもシャウラも足手まといでしかない。一般市民と体力的にもほとんど変わらないシャウラは恐らく輝石を持っても戦力とはなり得ないだろう。レイナの居場所に関しては奴隷市場で入手済みだ。既に売られていたというのは面倒くさい限りではあるが。下界にある輝石は3つ。俺とケルトとミージャで戦うのが理想的である。とりあえず、レイナは放置だ。ケルトも放置でいい。最悪の事態に備え、戦力を少しでも上げておきたい。ミーファから輝石を強奪し、ケルトを救う流れで行動を考えていこう。
「とりあえず、ミーファは知っているか?」クランの問いにシャウラはもちろん一緒にいたので知っている。首を縦に振っているのだが、ミージャは知らないようで首を横に振っていた。
うーん…。「これからミーファの行動パターンを調べる。これから行うことには輝石がどうしても必要となってくるからな。シャウラは1人で行動して貰っても構わないか?俺はミージャと行動し、ミーファを教える。ミージャがヘマしたときの為にも一緒に行動しておきたい」
クランの言葉にシャウラは口を尖らせる。「私も一人じゃ不安です…」
ごもっともだ。だが、皆で行動していては目立つしミーファを陰から観察するだけなのでそこまで危険なことではない。悠長に過ごす時間が無いため、ミージャにもミーファを教えたら、次の日からは3人別行動で調査を行う予定だ。
「いずれは3人別行動になるんだ。危険だと思えば尾行する必要は無いからできる範囲で頑張って欲しい」考えを変えないと悟ったのかシャウラは渋々頷いたのだった。
次の日、クランとミージャ、シャウラで別れて調査を開始した。奴隷の首輪が見えないようにシャウラは喉元まで服で隠していた。町中を普通に歩く分には奴隷とは気づかれないだろう。深く帽子を被ったスタイルだ。ミージャにも同じような格好をさせた。よし!シャウラを見送ったクランは自分たちも行動を開始する。ササッと森陰を進むクラン。
ん?何故だろう…?10分程しか移動していない。早歩き程度だったはずだ。にも関わらずミージャはクランの側にいない。少し待っても一向にやってこない。転んで怪我でもしたか?それか、誰かに絡まれたか。
クランは急ぎ来た道を戻る。「ハァ、ハァハァ…」ミージャは木の根元に寄りかかり休んでいた。
「おい、ミージャ。何してるんだ?」クランの問いに荒い息のミージャは目をクワッと開いた。どうやら怒っているようだ。
「おい、人間。私はそんなに早く歩けないし、持久力だってないのだ。もう少し気を使え!」
唖然とした。絶望以外の何ものでもない。少し歩いただけで無理とか、使い物にならない。
「マジか…」心で思っていたことがポロッと出てしまった。
「マジか…、じゃない。大マジだ」
「あー、そう…。もういいや。元居た場所に戻って待機でいいから」クランはガックリと肩を落とした。
「何だ人間?私に喧嘩売ってるのか?」行動と乖離しすぎている発言にクランはドッと疲れを感じる。
「あのなぁ…。まずその人間っていう呼び方を止めろ。俺の名前はクランだ。俺はちゃんとミージャと呼んでいるだろ。お前もちゃんと名前で呼べ」命令口調が癇に障ったのか、ミージャはムゥっと口を尖らせている。
「お前の意志でここにいるんだろ?違うのか?」相変わらず口を尖らせたままだが、小声で「そうだ」と呟いた。
「俺はクランだ、分かったな」
「うん…」渋々であることは表に出ているのですごく分かるが、それでも納得してくれて何よりだ。
「じゃあ、ミージャは元居た場所に戻れ」
「あぁ…」ゆっくり腰を上げたミージャは来た道をゆっくりと戻っていく。
あぁぁあああ………。予想外だ。ぶっちゃけ、ミージャは手綱を握れそうにない。暴走してこちらにまで被害を及ぼしかねない。ケルトが連れてきた――だが、目的にそぐわないのであれば切り捨てることも考えなければならない。だが、今はいくら考えても仕方のないことである。時が結論を出してくれるだろう。
クランは面倒事を未来の自分に丸投げする。そしてミージャ待機の元、クランとシャウラによるミーファの行動観察が続けられた。その甲斐あってか、いくつか分かったことがある。ミーファは夜になると大扉の方へと帰っていく。どうやら大扉の向こう、天界と呼ばれる場所に住んでいるらしい。門には何やら1人腰掛けた男がいる。ミーファはオンネス街を朝から練り歩く。昼にはオンネス街中央にある公園で昼寝をしているようだ。ルートは毎日変わらない。几帳面なのか、ただ単に単純なのか。狙うならば昼寝をしている公園だろう。真っ向から勝負すればまず俺では近寄ることができない。通りすがりのフリをして輝石を盗み出す。それが一番であろう。決行は明日。シャウラとミージャはお留守番させることにした。
「おい、クラン。本当に上手くいくのか?」ミージャはブツブツお小言を言っている。
それはそうだ。1週間程ずっと拠点待機だからだ。皆の調査結果を紙に書いて纏めるのがミージャの唯一の仕事だったからだ。
「上手くいかせる為にこうやって地道にやってきたんだろうが」
「まぁまぁ、2人共落ち着いて下さい…」2人の言い合いをシャウラが止めに入るのが毎日の習慣になっていた。
「まぁ、見とけって」自信満々にクランは1人拠点を出ていった。
ミーファの昼寝の時間を公園の遊具の影に隠れて今や遅しと待ち構える。ミーファは公園に現れると何の迷いもなくベンチに座り、次第に横になり寝息を立て始めた。
今だ!クランは何食わぬ顔でミーファに向けて歩き始める。ズドーン。気づくとクランは地面に這いつくばっていた。
一体何が起こったんだ…。何かが上に乗っかっている。罠?ミーファは狙っていた?
クランの顔は次第に青くなっていく。そうだよな、こんな単純な奴がいる訳がない。こちらを引きずり出す為の罠だったことに全く気が付かなかったなんて…。次第に怒りがフツフツと湧いてくる。上に乗っているものを勢いよく立ち上がることで弾き飛ばした。
「いててて…」転がったそれは痛がっているようである。幸いなことにミーファはまだ起きようとしている段階だ。今なら逃げられる。
「悪魔よー!」公園にいた人が叫びだす。悪魔?俺がか?辺りを見回すが視線は俺には向いていない。ふとクランは転がっているそれに目を向ける。
ん?あれ?「お前は確か…」一生懸命思い出そうとしていると
「お前はタンダスにいた人間じゃないか。名前は確かぁ…、…クラン!」鮮明に思い出すと同時に勢いよく血の気が引いていく。
「カイル…か?」
「おう」
転がっているカイルは笑顔でそう返事をした。まずいって。もうミーファが起きる。周りの人達も騒ぎ出したせいでもう作戦は継続できない。逃げるか?でも…。クランは一瞬考え込む。カイルを放置するか否か。こいつはタンダスでファーメンドルと互角に戦った男だ。絶対に今は使えないが、後々助かるかもしれない。そう結論がでるやクランはカイルを担ぎ上げ、一気に公園から逃げ出した。
「おい、クラン。早かったな。私の纏めた情報のおかげで輝石はゲットできたんだろうな?」
帰ると、仁王立ちしたミージャが嫌味と共に出迎えてくれた。
「はぁ…」気が抜けたクランは持ち上げていたカイルから手を離した。ドサッ。落ち方が悪かったカイルは後頭部から地面に追突した。
「いてーだろうが、もっと丁重に扱え!」激怒するカイル。
「何だこいつは?輝石っていうのは生き物だったのか?」ミージャは分かりやすい嫌味を更に続けてくる。
バタッ。クランは地面に大の字に寝転がった。「あー、あー、あー。失敗だ失敗。悪かったな、丁寧に纏めてくれた情報だったんだよな」
一気にやる気が霧散した。現状使えない奴が更に1人増えてしまった。
「あ、あ、あの…。クランさん、皆で力を合わせれば何とかなりますって」シャウラは苦笑いではあるが、ガッツポーズをしながらクランを慰めようとしている。
フッ。不甲斐無い現状にクランは顔を手で覆った。「何とか…、なる、ねぇ…。少し歩くだけで息切れして歩けなくなる奴2人だぞ。力を合わせたら共倒れだ」
「テッメー、言いやがったな!」ミージャは怒りが爆発し仰向けになっているクランに馬乗りになる。顔を覆う手の上からポコポコ殴っているのだが、全く痛くも痒くもない。赤ん坊に殴られているようなものだ。
「おい、クラン。お前はここで一体何をしようとしてたんだ?」一方的に殴られている状況のクランが見えていないのか、はたまたバカなのか、目が腐っているのか、カイルが平然と普通の話をしてくる。
今はこいつを宥める状況だろ…。とは思いつつも面倒くさいのでクランもこのシュチエーションに付き合うつもりはない。何事も無かったかのようによっこらせと起き上がった。何の痛痒も感じてないのが分かったのか、ミージャは頬をプゥっと膨らませている。カイルは知らないからな、とこの町の状況、それから俺たちの行おうとしていることを説明してあげた。
「そうか、それは大変だったな。んあ?だったな?え?…俺もじゃねぇーかよ!」状況が呑み込めたらしいカイルは動揺に打ちひしがれていた。
「そんで、輝石を取ろうとした時にタイミングよく、…違うな。この場合はタイミング悪くだな。タイミング悪くお前が俺の上に降ってきたって訳だ。俺に何の恨みがあるってんだよ、コラ!」
ぶつけ様のない怒りをとりあえずカイルにぶつけて発散してみた。
「いやー、それはすまんすまんだ。だが、ワザとじゃないからな」一応とばかりにカイルは言葉を付け加えるのだが。
そんなことは知ってるんだよ。知ってるのに言うところが癪に障る。あー、何もしたくない。クランは完全に無気力に陥ってしまった。
「もう同じ手はくいませんよね?」シャウラがそう聞いてくるが、そうだった。ミーファは単純野郎かもしれない。明日もまた同じ行動をしているのならば、まだチャンスはある。淡い希望を胸にクランは次の日公園へ行ってみた。―――ですよねー。ミーファが公園に現れることは無かった。それどころか、カイルを捜しているようだ。これはかなりまずいことになった。ゆっくりなんてしていられない。お荷物3人を捨てて、シャウラだけでも一緒に逃げなくては。クランは公園を駆け出し、拠点へと戻った。だが、テントの中では3人が神妙な顔で何やら会議をしていた。すぐにでも逃げ出そうと思っていたクランだが、テントの中の変な空気に呑まれてしまった。
「おい、何やってんだお前等?」その言葉に代表してシャウラが答えてくれた。
「実はですね。カイルさんがもしかしたら輝石を作ることができるかもしれないと言っているんですよ。ただ、魔石と本物の輝石が一つは必要なんですが…」
今のままでは魔力を使えないカイルに輝石を製作することは不可能である。魔力が使える状態ならば複製を作ることも可能かもしれないと言うのだ。どうするべきか。あれ?魔石って…タンダスでレイナが貰ってなかったっけ?お土産に綺麗な石をいくつか貰っていた気がする。多分あれは魔石だったと思う。輝石本体がいる。だが、それよりも先に作る為の素材を確保しておかなければならない。ならば、レイナを救出し、その後、少し時間を置いて輝石の強奪を新たに考えればいいか。そう考えるクランであった。何もせずに悩むよりかは、動いていた方が少しは気が紛れるってもんだ。それならば善は急げだ。クランは方針を変えることにする。皆にレイナを救うことを進言する。メリットはカイルの言う魔石の確保。そこでピシッと手が垂直に上がる男が1人。
「俺も行きたい。この作戦には俺は絶対に必要だと思う」
その言葉にミージャも競うように「それじゃあ、私も行きたい」ミージャの言葉にクランはジロリと2人を睨む。
「足手まといだ。1人で行く」
そうバッサリと切り捨てる。そうしてゴッチ邸へと辿り着く。形状は飛び込みセールスマン。ゴッチ邸の入り口で待つ。1人ではない、隣には不本意ながらカイルがいる。奴隷登録されてないから首輪をつけてなくて相方としてはまぁ、マシなのかもしれないと自分の心に言い聞かせる。門で対応してくれた使用人っぽい人に上手く話をする。そしてアポをゲットできた。
上手くいったようで何よりである。
ゴッチ邸にて応接間へと案内される。建物自体は広く、入り口の門から庭を通り玄関を入る。そこから広い廊下を抜け、応接間だ。時間にして15分は歩いたかと思われる。と、応接間の扉が開く。
「やあやあ、君たちがリフォームの提案業者の方かな。私も建築業でトップに君臨する者としていいお話ができることを期待しているよ」
ゴッチが座り、こちらも席に着く。
「いい装飾ですね。壁に飾られたインテリアの数々――すばらしいです・・・」
ん?――クランの視線がある物で止まる。
「そうだろそうだろ。自慢のコレクションだ。君も目に留まったかね」
ゴッチはクランの視線に気づいたのか、あるコレクションについて語りだした。
「これは、つい最近知人から譲り受けた物なんだよ」
どうしても欲しくて、知人経由でずっと探していたらしい。金額も唖然とする額だったとの事で、自慢気に語っていた。
「輝石じゃねぇかよ・・・」
カイルが小声でクランに耳打ちする。
これは何という偶然。レイナ救出が目的ではあったが、輝石も上手くいけばリスクなしでゲットできるかもしれない。それに、ゴッチは輝石を使用する気はないようだ。あくまでコレクションとして飾ることで満足している。




