4-4 出会い
ケルトは外にある有刺鉄線で腕を刺す。そして腕から滴る血をミージャの口に流し込む。
そうだったな…。
ミージャの怪我が見る見るうちに癒されていく。悪魔に食事は必要ない、血さえ飲めれば生きていける。生命維持、魔力回復、治癒に効力がある。ミージャは間違いなく悪魔だ。だが、可笑しい。ケルトは自分の腕に力を入れるが傷ついた腕が治癒することはない。魔力を流すことで膜を作り傷を補修する機能があるはずなのだが。
だが、そんなこと――今はどうでもいい。
クランは…、レイナはいったいどこへ行ってしまったのか。ここへ来て2カ月は働いている。それに加えて昏睡状態にあった時間を加えるとどれだけ時が経っているのか――把握できない。
もう、諦めたくない…。
異世界へ来た当初と同じ状況である。力もない、そんな状況で、諦めることしかできなかった。今は違う――と言いたいところだが、魔法が使える感じは全くない。あの時と同じ境遇にあると言っても過言ではない。ならば、諦めるのか?また繰り返すのか?ケルトはフッと笑うのだった。
心はあの時とは違う!!
ケルトが考えに耽っている間に抱えていたミージャが目を覚ました。
「ミージャ、お前が知ってるこの町のことを俺に教えろ」
ケルトの気迫に気圧されたのか、ミージャはコクリと頷く。
この町は人間が頂点に君臨する町、人呼んで人間の楽園ラスタル。悪魔はその魔力に応じて弱体化するらしい。この町を作ったのはバーレンであり、中央公園の広場にはバーレンの銅像が建っている。
あの不快感しかなかった像はバーレンだったって訳か。記憶は無くても生理的な拒否反応はキッチリ残ってたって訳だな。
悪魔はこの町では奴隷として扱われる。そして稀に天界兵長の目についた悪魔は天界兵として天界へと連れていかれるらしい。
「天界兵長ね…。ミージャが絡んでたあいつがそれか?」
「うん」
この地区から出たことが無いミージャでは天界がどこにあるのかまでは分からなかった。夜の町中、ケルトはミージャに問いかける。
「ミージャ、人間は嫌いか?」
ミージャは真剣な目で「嫌いだ」と答える。「だが、俺は人間だ。俺も嫌いか?」そう問いかけると唇を噛みしめながらミージャは黙りこくる。そして少しの間を置き「ケルトはギリ大丈夫だ」と答える。何とも不安な回答である。だが、それでいい。ケルトはこの町に来る前の話をミージャに聞かせた。クラン、レイナと共に、恐らくだがこの町に入ったと思われる。多分…。この先ケルトはお尋ね者となる、「一緒にいればミージャも罪人として扱われる。それでもいいのなら一緒に行こう」と言うと、ミージャは笑顔で頷いた。
「おい…、泣くなよ。俺は救いのヒーローじゃねぇんだぞ、もしかしたら地獄へ引きずり込んでる貧乏神かもしれないんだぞ」
「それでもいい」
ミージャの答えに心の底から安堵する。
「俺の目的は仲間を助けてこの世界から脱出する。無一文ホームレスだがいいのか?」
「それでもいい」
「そうか」
ケルトは涙でクシャクシャになったミージャの顔を袖口で拭ってあげた。そしてミージャを下ろし、とりあえず人目に付きにくい町はずれの森へ姿を隠すことにした。先立つものなんて何もない。だが、立ち止まってはいられない。この先どうすることが正解なのか考えることから始めなければならない。とりあえずの拠点ともっとこの町の情報が必要である。以前ならば力技で押し切ってという案も有りだったのだが、人間である今、力技なんてたかが知れている。考えても何も浮かばない頭に嫌気がさし、少し気分を変えることにする。
「ミージャは元々どこにいたんだ?」
「私はドーネル王国だ」
「ほへぇ…、家族もそこにいるのか?」
ケルトの問いにミージャは少し暗い顔をした。
「家族はいない。私は小さい頃はここと同じで奴隷だったからな。でも、ドーネルには家族同然の皆がいるのだ」
小さい頃って…、とケルトはまだ子供のミージャを見て脳内でツッコミを入れておく。これ以上この話題で話してもミージャに辛い思いをさせるだけだと思い、ケルトは「そうか、それは良かったな」と言いつつ話を流した。
そしてしばらく歩くと、目の前にテントらしきものが立っている。ブルーシートを木々に結び付けるそれはホームレスの家そのものだった。少し小腹の減ってきたケルトは敵として一番遠い存在であろうホームレスに物乞いすることに決めた。そしてあわよくば拠点兼情報をゲットしたかった。
「すみませーん」
ケルトは丁寧に玄関であろう入り口から声を掛ける。途端、「おせぇぞ!!」と中から怒鳴り声がした。ビクッと驚いたケルトと顔色を悪くしたミージャ。2人共中にいる人物が良い人でないと判断したようである。ここは無かったことにすることが一番だと判断したケルトは入り口ののれんを上げることなくその場から去ろうとする。
「早く入れ、ケルト!!」
その言葉に去ろうとしていたケルトの足が止まる。そして、何か聞き覚えのある声だと違和感を覚える。バッとのれんを上げて中を見る。そこには見覚えのある身の丈程の大剣を背負った人物がいたのだった。
「クラン!!」
思わずそう叫んだケルト。目の端には少し涙が浮かんでいる。
「何で、どうしてこんなところにいるんだよ!!」
興奮しているケルトにドン引きしているクラン。「落ち着け、落ち着け」とは言っているが、ケルトには聞こえない。「この町はどうなって――」ボコン。全く落ち着く様子の無いケルトは顔面に拳をくらい、ノックダウンしたのだった。
それからしばし気を失っていたケルトが目を覚ます頃には何故かミージャもクランと仲良しになっていた。そして、もう一つ謎が発覚する。
「この人誰?」
クランとミージャと、その隣に女性が1人いるのだった。クランに問いかけたつもりだったのだが、何故か誇らしげにミージャが説明してくれた。
彼女の名前はシャウラ=キマウ。緑色の長い髪を頭頂部で一本結びにして纏めている。瞳の色も緑色の人間で言うところの17歳くらいの女の子だった。シャウラはクランに助けられたのだそうだ。つまるところシャウラも悪魔であるということ。どうやらずっと俺が洗脳から解放されるのを待っていたそうだ。クランは幾度もケルトの横を通りすがったらしいが、全く気付く素振りがなかったと言っていた。そりゃ、失敬、失敬。
「これからの話だ。この町の情報は粗方つかんでいる。それもこれもシャウラのお陰なんだがな」
クランの言葉にシャウラはえっへんと自慢げに胸を張るのだった。シャウラは役所で働いていたらしくこの町の知識に関してはだいたい知っているのだった。
本題としてはレイナの居場所が分からないということ。この世界の出口は天界のどこかにあるということ。この世界は海中に存在する大陸であるということ。外は海であり結界が解かれれば海の藻屑となり生還するのは無理に等しいということだった。結界は天界の遣いと呼ばれる者達が常時確認に来ているらしく、クランたちはこの場に定住する訳でもなく転々としているらしい。
そして一番やっかいなことはその天界の遣いは魔法が使えるということ。その理由が分からなければまず太刀打ちできない。戦うというよりは誰にも見つからないようにレイナを救出するということができればマストだ。
「秘密裏にってのは難しいよな。既に俺はお尋ね者な訳だし…」
ケルトはガックリ肩を落としながらクランの提案のマイナス要素を報告する。
「それに関しては足を引っ張ってる気を起こす必要はないな。俺は既にお尋ね者だ」
はい?と驚きを隠せないケルト。どうやらクランは洗脳にはかからなかったらしい。役所にてこの町の説明を受ける際に暴れたのだそうだ。その時の説明係がシャウラだったそうだ。ため息しかでない。
「うちのこれが…、どうもご迷惑をおかけしました」
ケルトはシャウラに事後ではあるが謝罪する。「い、いえ…、迷惑だなんて…。こちらこそ助けていただき、感謝しています」とケルトに会釈し返した。
「おい、ケルト。今はそんなことはどうでもいいだろ」
クランの態度にケルトはクワッと目を見開く。
「そんなこととは何だ!俺はお前の保護者として謝罪してる訳なんだよ。ドゥー、ユー、アンダースタン?」
バコン。気持ちいいくらいに叩かれてしまった。どうやら最後の言葉は余計であったようだ。
「レイナのこともあるんだ。あまり時間が無い。それでだ、さっき言ったことの補足なんだが、天界の遣いが魔法を使えることに関して、彼らは輝石を持ってる。この世界で魔法を使うための必須アイテムらしいぞ」
輝石!?
ケルトは3倍増しで目が輝きだす。
「奇跡って何だよ。おまじないか?祈ったら奇跡が起きるのか?」
何故かは分からないが、3人共が軽蔑の眼差しを向けているような気がする。
「お前の言うキセキは『奇跡』のことなんだろうな。俺の言っているキセキは石だ。輝く石と書いて『輝石』だ」
「輝く石があんのか。それじゃあ、その石を探しに行こう。今すぐに」
ケルトは勢いよく立ち上がる。テントの外に出ようとするのだが誰一人付いてくる気配がない。
「無いから困ってるんだろうが。バカだなぁ、ケルトは」
ケラケラと笑うミージャ。
「無いって…。さっき持ってるって言っただろ。それを取ればいいだろ」
「無力なお前がどうやって天界の遣いから輝石を奪うんだ?」
クランのごもっともな指摘に「根性で…」と負け惜しみの答えを出しておく。更に爆笑しだすミージャ。
「でも天界の遣い以外にももう1人輝石を持ってるだろう人がいましたよね」
シャウラの言葉にケルトは刮目する。いるじゃんかよ、という目でクランを見るが、「あれは…、多分無理だ。あいつは悪魔で下手に近づけば返り討ちにされかねない。不毛な争いでしかないならできる限り避けたい」
シャウラからその辺の事情を詳しく聞いておく。クランが全く歯が立たなかったそうだ。現状最大戦力であるクランに手の施しようのない相手ならば却下一択だろう。
「じゃあ、どうすんだよ。何もしてないのにもう手詰まりってか?」
ため息をつきつつ、ケルトはその場に腰を下ろした。
「いや…、輝石に関してはまだ機ではないってだけだ。レイナの居場所を突き止めることも大事だ。ただの人間相手ならば武力だけで言えば俺が有利だからな」
「ほう、と言いますと」
「レイナは恐らく奴隷堕ちしてる。悪魔はこの町に来るとまず奴隷市場へと送られるらしい。レイナは必ず奴隷市場を経由している。運が良ければまだそこにいるかもしれない」
「奴隷市場かぁ…。じゃあ――」
ケルトは周りを見渡す。ミージャにシャウラはそこへは連れていけない。となれば、
「俺とクランで行くしかなさそうだな」
「わ、私たちは、その、どうしたらいいんですか?」
ケルトの言葉に不安そうにシャウラが問いかける。不安な気持ちは良く分かる。だが、一緒に連れていく訳にはいかない。どうするべきか。
「1日待っても帰ってこない時はこの拠点から離れて逃げ隠れするのがいいだろうな。失敗しても殺されることはないと思うが、保証もないからな。シャウラは覚えていると思うが、今まで拠点にしてきたところを転々とするのがベストだ。それならば遅れて帰ってきても捜す宛があるからな」
「分かりました」
クランの言葉にシャウラは素直に納得する。
「おい、ケルト。ちゃんと真面目にやれよ」
ジト目でミージャが見てくる。
「おい、俺はいつだって真面目だろうが」
次の日、ケルトとクランは奴隷市場へと向かった。奴隷市場があるのは自分たちの拠点とは真逆の場所だ。道は碁盤のマス目のように綺麗に整地されている。ルートは2通り、役所を通る1本道か刑務所を通る1本道。役所で暴れているクランがいることを考えるとルートは1択だ。刑務所を横目に2人は歩く。すると、前方に人だかりがある。
「人だかりには嫌な予感しかしないな」
クランの呟きにケルトは首を傾げる。ケルトとしては人だかりの中心で何が起こったのか知りたい気もするのだが。何が起こっているのかを把握しておくことも今後の行動に生かせる可能性だってあるはずだ。
「人だかりには高確率で天界の遣いがいる。俺たちはお尋ね者なんだ、変なトラブルは避けたい」
「トラブルメーカーだもんな、お前」
ケルトはジト目でクランを見る。しょうがないとケルトたちは公園を横切りもう一つの道を進む選択をする。
「おい、クラン。こいつ、あいつだよな」
「あぁ、バーレンだな」
公園の中央にはバーレンの銅像が建っている。不快感しかない。あのサイコパスとは二度と会いたくないものだ。そう願うのだが、きっと出会ってしまうのだろうな、とケルトはため息を吐くのだった。
嫌な気分を振り払い、今はレイナの探索のことだけを頭に入れるように気持ちを整理する。
奴隷市場へ入る前、「ケルト、これ付けとけ」そう言って渡されたのは小型無線だった。中で離れた時に連絡し合う必需品だそうだ。
「中では2人別れるんだ。レイナを見つけた時点で連絡しろ。即座に撤収するから」
「その場で助けないのか?」
奴隷市場の入り口には大勢の客が並んでいる。
「この通り、その場で助けても逃げ切る自信がない。この場は一旦諦めて機を伺う。――とは言っても、俺たちがここに来てから大分経ってるからな。恐らくはもういないだろう」
「ふーん」
「中へは普通に入る。最初から仲間だと気づかれるのを避けたい。ここからは別行動だ。立ち回りは個々に任せる」
「へいよっ」
そう言うとクランは列に並びだした。少し時間を置きケルトも列に並ぶのだった。開店時間のようで客がぞろぞろと中へ入っていく。入口でパンフレットを受け取った。内容としてはオークション形式の販売であり購入方法などの説明が書かれていた。入口では身分証の提示が求められ、データ処理されているようだ。そこはクラン先生がどういう手段で入手したのかは分からないが、偽造身分証をきっちり用意してくれていた。
人の流れるままにケルトは会場へ到着する。着席し、クランを捜すが、いくら捜してもその姿はない。
「さぁ、始まりました。今回も目玉商品目白押しです。では、早速。ナンバー1、氷属性の悪魔の女の子です。レベルは1です」
レベル1?ケルトは分からない単語をパンフレットで調べる。ふむふむ、レベル1とは、家事、雑用には不向き。鑑賞用、もしくはイジメ用奴隷。しかし、すぐ死ぬので手加減要。
何だ、この説明。フツフツとイラ度が増してくるわ。
「1000万!」
番号札を掲げ、大声で叫ぶ女性。
「1050万!」
対抗して値を吊り上げる男性。
「1060万!」「1070万!」・・・
これがハンマープライスってやつか。会場の興奮に呑まれるケルト。この競りに異常に執念を燃やしているのが、最初に声を上げた女性。
「ナタナエル様、随分とお気に入りなのね」「レベル1なんて買ってどうするのかしら」「あの悪魔も悪運が尽きたってことなのかしらね」「そうよね。もって2日ってとこでしょうね」
そう近くで話す婦人たちの声が聞こえる。もって2日?ケルトが持っているパンフレットに目を落とすと、『すぐ死ぬので手加減要』という文字が視界に入りこむ。
もって2日…。へぇ。
「2000万!」
ナタナエルのその声に会場の皆が静まり返る。どうやらこれで決まりそうだ。
「1億!」
その声に会場の皆、そしてナタナエルが声の主を振り返った。会場の静まり方を見て「135番、1億!」カンカン。テーブルをハンマーで叩く音が鳴り響いた。そして、商品である悪魔が舞台袖へと下げられていった。
「ナンバー2、女性悪魔、レベルは5です」
次の商品が舞台へと上がる。皆の視線がとても痛い。勢いで言ってしまったことに今頃後悔の念が押し寄せてくる。ケルトは自分の震える手を見ながら「どうしよう…」と呟くのだった。




