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4-3 安らぎの世界

どうなったんだ?


ケルトは今白い世界に囚われている。周りを見渡しても一面白に覆われ、何も存在しない。そんな一人の空間にずっと鳴り響く声。「大丈夫、もう大丈夫だから――」「辛かった記憶は全て夢の世界。あなたの居場所はここにあるから――」「辛かったんだね――」「ゆっくりでいいよ――」「甘えていいんだから――」「あなたの側にいつもいるから――」「頑張っていたことは皆知ってるから――」

ひたすらそんな言葉が鳴り響いている空間。ケルトは次第に自分が何をしていたのかさえ忘れてしまうのだった。


「目が覚めた後にはきっと良くなる――」


そんな言葉と共にケルトの目には光が差し込んで来る。「先生、目覚めました」隣でそんなことを言う女性の声が聞こえる。「お名前は分かりますか?」女性はそう言ってケルトの腕をギュッと握る。一生懸命な女性に対して咄嗟に何か答えないといけないと思い、自分の名前を告げる。「ケルト=バラモントです…」「良かったです、本当に良かった…」そう言いながら女性は涙を流していた。


その女性は看護婦さんで、ケルトが寝ていたのは病院だった。何日も昏睡状態だったのだとか。毎日毎日諦めることなく看護婦さんはケルトに話しかけてくれていたらしい。

「ここは?」

ケルトの質問に看護婦さんは笑顔で「ここはラスタルという町です、意識不明で運ばれてきたんですよ」と返答する。


一体自分はいつから意識不明だったのか?


ケルトは不意に手に力を入れてみた。だが、何も起こらない。看護婦さんは頭上で手を広げたまま停止しているケルトを見て首を傾げていた。

「どうかなさいましたか?」

看護婦さんの質問にケルトは「いえ、何でもないです」と少し頬を赤らめてスッと頭上に掲げたままだった手を布団に忍ばせたのだった。


火炎を放つようにイメージしたんだけどな…。魔力を感じない…。


ケルトは自分の体の違和感に気持ち悪さを覚え、この際!、と思い切って看護婦さんに聞いてみることにした。

「あ、あの…、魔法が使えないみたいなんですけど…。何故か分かりますか?」

ケルトの言葉に看護婦さんはクスクスと笑い始めた。

「あ、いや…、ごめんなさいね。バカにしている訳じゃないの。魔法って何のことですか?手品か何かかしら?」

意味が分からないのはこっちの方だ。


魔法って何のことって、この人こそ何を言ってるんだ?


少しムッとするケルトはその勢いで返答する。

「悪魔は魔法が使えるだろ、そんなことも知らないのか?」

威勢よく言った。当たり前である。今まで自分は炎を操り戦ってきた。死に目だって何度も見たんだ。だが、そんなケルトの怒りを全く理解できないのか、看護婦さんは首を傾げてなんだか悲しそうな表情になる。

「悪魔は架空の存在ですよ。現実には人間しかいません。長い間眠りにつかれて混乱してるんですね。大丈夫ですよ、一歩ずつでいいんです。元の生活に戻れるように一緒に頑張りましょう」

看護婦さんはケルトの暴走に対しても優しく諭すように接してくれる。どうやら自分は混乱しているようだ。そう、何が本当で何が嘘なのかが分からなくなっている。


この記憶は夢?じゃあ、あの扉をくぐった時から俺は昏睡状態に陥っていたってことなのか?悪魔なんて存在しないのか?


ケルトは病院でセラピーを受けながらゆっくりと社会に復帰できるようにリハビリを受けたのだった。そして、心身共に安静を保てるようになり退院した。役所の人の案内によりケルトは仮設住宅に住むこととなった。体を動かす職業に適性があるということで建設業関係の就職が決まっている。お金を貯め、自分で家を借りることが当面の目標となる。

自分の住む仮設住宅はマキラーゼ街と呼ばれる地区である。ケルトが生まれたのはアリアンロッドという町だったのだが、その町がどこにあるのかは知らないと言われたのだった。お金を貯めて故郷に帰ることが最終目標となりそうだ。


毎日汗を流し、決められた時間働き、充実した日々を送っていた。

「おい、ケルト。今週末は何してんだ?」

そう話しかけてくるのは同じ職場で働く男勝りな女の子だった。

「別に…。特に何もしてない…家でゴロゴロかな」

「じゃあ、週末ちょっと付き合え」

「えー、面倒い…」

「いいから付き合え。お昼くらいは奢ってやるのだ」

「マジ!じゃあ行く」

ケルトは満面の笑みで承諾するのだった。この子はミージャ=テラカタス。めちゃくちゃ非力だが頑張り屋さんだ。仕事は半人工以下であり周りからも疎まれ、無視されている。それでも頑張っているミージャを俺は嫌いだとは思わない。オシャレなのか知らないがいつも首にリングをつけている。


週末になり待ち合わせしていた公園でミージャを待っていた。公園の中央には女性の像が建てられていた。何故かは分からないがその像を見るとケルトは少し不快な気持ちになるのだった。

「待たせたな」

ミージャは走ってこちらへ来る。

「遅せーぞ」

予定より5分遅刻だ。「5分くらいいいだろ、小さい男だな」とボヤいているのは無視だ。それから買い物を済ませ、約束通りお昼を奢ってもらった。大きな袋一つの買い物をしたのだった。今日ケルトが呼ばれた訳を理解した瞬間だった。完全に荷物持ちである。

「お前の荷物だろ、自分で持てよ…」

「持てないんだから、仕方ないだろ。それにお昼奢ってやっただろ」

ケルトはムスッとなりながらも別に暇だったのでいいかと反論するのをやめた。もう夕暮れに差し掛かっている。

「何だ、あれ?」

帰り道、ケルトはお偉いさんの大名行列を発見し、ミージャに問いかける。この町に関してはほとんど知らないケルト。全てのことが新鮮であり気になるのだ。「え?なんだよ?」ミージャは面倒臭そうにケルトに相槌をうつ。


こいつ!見てすらないじゃねぇーか。


「あれだって、あれ」

ミージャの顔を掴み強制的にそちらへと視線を向けさせる。すると、ミージャがそのまま固まったのだった。


あれ?


目の前で手を振ったりしたのだが、ミージャからの反応はない。いつもならば「うざい!」と言われて、ペシっと腕を払われる場面なのだが。と、ミージャが突然走り出した。

「お、おい…、待てよ」

駆けだしたミージャを追い、ケルトも走る。大名行列の先頭は軍服を着た男性が歩き、5人ほど草臥れた者が連なる。そして最後方には武器を持つ女性が歩いていた。その先頭の男性の前に躍り出るとミージャは座り込んで手をつき、頭を下げたのだった。何をしているのか全く分からないケルトは少し離れた場所から呆然とミージャを見つめるのだった。

「お願いします、私も軍に入隊させて下さい」

額を地面に擦りつけながらミージャは懇願している。だが、男はミージャのそんな姿をチラリと見ただけでそのまま通りすがっていく。それが分かったのか、ミージャは立ち上がり男のズボンの裾を掴み更に懇願するのだった。その時、後方にいた女性が動き出した。

「無礼者!汚れた手でヴィルム様に触るな!」

女性はそう怒鳴るとミージャを蹴り飛ばした。その光景にハッとしたケルトは荷物をその場に置き、倒れこんでいるミージャの側に駆け寄った。

「おい、ミージャ。大丈夫かよ」

ケルトは横たわるミージャの上半身を起こすように少し抱えてミージャの様子を伺う。口に手を当てれば息があることは分かる。だが、どうやら蹴り飛ばされたせいで頭を打ったのか、意識がない。そんなケルトたちを気にもとめず男のいる集団はその場を去っていこうとしている。


何だ、こいつら…。


ケルトの心を怒りが支配していく。丁寧にミージャを横たわらせると、クラウチングスタートのような形でその場を飛び出す。ケルトの敵意を察知したのか先程ミージャを蹴り飛ばした女性がケルトの進行方向を塞ぐ形で立ちはだかる。


おいおい、姉ちゃんだからって悪いことして殴られないなんて思うなよ!


渾身の右ストレートを放つのだが軽く躱される。「グフッ…」ケルトは腹に鈍い痛みを覚える。バコーン。そのまま顔面を殴られ後ろに突っ伏した。


くそ…、クソッタレ…。


相手の攻撃が全く見えなかった。気づいたら地面に倒れているそんな感覚だった。力の差は歴然である。だが、そのまま去っていこうとする様子を見てケルトは唇を噛みしめる。

「謝れ…、謝れよ、コラ!」

ケルトは立ち上がり、去っていこうとする相手に再び殴りかかろうとする。


へっ…?


ケルトは喉元を軽く掴まれると軽々と持ち上げられたのだった。目の前で相手をしている女性は華奢でケルトを持ち上げられるだけの筋力があるとは思えない。打撃に関してはテクニックがあり強いのかもと思っていたのだが、これだけは――この光景だけはありえない。息が苦しく、女性の手首を両手で握りしめているのだが、ビクともしない。そんな状況の中、男が近づいてくる。

「謝れとはいったい?」

何の悪振れもなく男はそう尋ねてくる。そんな男に驚いたケルトは目を見開く。恐らくは部下であろうこの女性が特に何も危害を加えていないミージャを一方的に蹴り飛ばしたのだ。謝るのは当然だろ、普通はそう思う。

「ミージャを蹴ったこと、謝れ!」

ケルトの言葉に男は少し難しい顔をした後、ポンと手を叩いた。そしてため息を吐くのだった。

「謝るのは私ではない、君の方だ」

何を言っているのか、全く意味が分からない。意識が飛びそうになっているが、そこはアドレナリンでカバーしながら必死に睨む。

「奴隷の不始末は、主人である君の役目だ。幸い、私はこの町の管轄官ではない。あまり知らないようなので特別に今回のことは不問にしてあげるから、以後こんなことが無いように」

そう言うと男は去っていった。ドスン。ケルトは投げ捨てられるように地面に叩きつけられた。そして、腰に差してあった刀を抜き、ケルトの喉元に突きつける。

「次、盾突いたときには容赦なく斬り捨てます」

そう言って、女性もケルトの前から去っていった。


何なんだこれは?


ケルトは混乱していた。


奴隷、主人?ここは人間界だろ?まだ奴隷なんて身分制度が残っている町があったなんて…。


ケルトは意識を失っているミージャの側に寄り、目を覚ますのを待つことにした。木陰に座り、ミージャの寝顔を見ながらのんびりと待っている。フッ、と何故か懐かしい感情に浸ってしまう。その気持ちが何故懐かしいのかも分からないまま。


数時間経ってもミージャが目を覚まさなかったので抱えて家まで連れて帰った。ミージャもまたケルトと同じく仮設住宅に住んでいる。鞄から鍵を取り出すと玄関を開け、ミージャをベットに寝かせたのだった。


『お前はそこまで分かった上でその少女を見捨てるというんじゃな』


帰ろうとした時、不意に頭に流れてくる。ケルトは閉めようとした玄関の扉を握り、しばし立ち止まった。気持ち悪い言葉だ。意味は分からないものの、不快感が募っていく。ケルトは唇を噛みしめながらドアを閉めると自分の家へと帰っていった。


次の日、ミージャは現場で元気に働いていた。昨日の暴走が嘘のような雰囲気にケルトは自分が夢でも見ていたのではないかと錯覚を起こす程だ。だが、なんとなく話しかけ辛い。ケルトもまた黙々と仕事をして過ごした。

「よっ、昨日はありがとな」

不意に近寄ってきたミージャは笑顔でケルトを見ていた。モヤモヤしていたのは自分だけだとでも言いたげなその笑顔。ケルトは昨日、人として間違った行動は一切していない。何故こんなにまで後ろめたい気持ちになっているのかが自分でも理解できない。「あぁ…」と小さく零しケルトは再び仕事に戻った。


家に帰って飯を食い、家事をして――それでも心のモヤモヤはとれない。何故、何で…、自分が自分でないような感覚。バコン。当たりどころのないこの怒りを部屋の簡易のテーブルにぶつける。


どうしたってんだよ…、俺の体は…。


次の日、朝のミーティングの場にはミージャの姿が無かった。遅刻した姿なんて一度だって見たことが無い。休んだ姿も一度だって見たことが無い。今日は珍しく社長が朝から来ていた。社長は朝っぱらから応接室で誰かと話をしていたようだ。部屋を出る際に一度だけ見たことのある男と話をしていたようだ。その男とはガウラ=マキラーゼ。この地区はマキラーゼ街と呼ばれている。地主のような偉い人でこの地区の警官的な立場でもあるのだそうだ。

ミーティングで言われたことは今日の仕事内容、そしてミージャの転勤に関してだった。そう言えばミージャはあの時、軍に入れて欲しいと言っていたような気がする。どうやらそれが叶ったのかもしれない。良かったな、とホッと安心するのだった。


『お前はそこまで分かった上でその少女を見捨てるというんじゃな』


不意にまた不快な言葉が頭に流れる。そこまで分かった?何を伝えたいのかが全く分からない。ミージャは夢が叶った、少々体当たり感がすごかったが。見捨てるなんて言葉、ここではそぐわない。言葉を正すのであれば祝福してやると言った方がしっくりくるだろう。


そうだ、俺は今日ミージャを祝福してあげよう。


ケルトは仕事が終わると同時に駆けだした。ミージャの家は知っている。お祝いに手ぶらはカッコがつかない。ケルトは途中で買い物をしてミージャの家の前まで来た。ドンドン。

「おい、ミージャ。いるなら開けろよ」

だが、いくら呼びかけても返事がない。引っ越していることは無いと思う。昨日の今日で引っ越しなんて常識的に有り得ない。それに空き部屋になった際に入るはずの清掃業者もまだ入っていない。それに外に傘だって掛かっている。だが、返事がない以上はもしかしたら引っ越しの準備とかで出かけているのかもしれない。ケルトは少ししょんぼりしながら自宅へ帰っていった。


うるさい、うるさい!!


寝ようとしても頭の中で何度も鳴り響く不快な言葉。このままでは明日の仕事に響くと思い、ケルトは気分転換に少し外を散歩することにした。体を動かしていると他のことを忘れるのか、頭の中もスッキリして気分が次第に良くなってくる。自宅への階段を上っていると何やらドタドタと物騒な音が聞こえる。この階はミージャの住んでいる部屋がある階だ。もしかしたらミージャも起きているのかもしれないと思い、ケルトは部屋へと向かう。


玄関のドアノブに手を伸ばしたその時だった。

「お前のせいでペナルティ食らっただろうが!!」

多少の防音性があるからだろうか、外には少し音が漏れている程度だった。中で行われていることは見なくても想像に難くない。ドアノブを回しガチャガチャとドアを震わせるが鍵がかかっている為、開くことはない。それなら、とケルトは格子のかかる窓の隙間を狙い思いきり殴る。バリン。窓のカギを開け中を確認する。だが、1DKの部屋なので台所以外は見えない。と、奥の部屋から男が姿を現した。瞬きしながらケルトは何度もその男を見る。男は自分の働く会社の社長だった。窓越しに社長と目が合うのだった。

「なんだ、バラモントか。窓なんか割りやがって、お前もそんなにイラついていたのか。だがな、器物破損は罪に問われるから気をつけろよ。やるなら中で本人を直接殴れ」

そう言って社長は玄関のドアを開けてくれる。何を言っているのか全く意味が分からない。

「お前は奴隷。立場をわきまえろ。天界兵なんてお前がなれる訳がないだろうが!!」

ケルトが中に入り見た光景は社長がミージャをボコボコに殴っている光景であった。一方的に怒鳴り散らし殴っている。ミージャは目も開けられないくらいに顔が腫れあがっている。というか、手を縛られサンドバックのように吊るされている。


『お前はそこまで分かった上でその少女を見捨てるというんじゃな』


再び鳴り響く不快な言葉。いったい俺は何を知っている、何を忘れているって言うんだ。間違っていない、間違っていたのはずっと俺だった。祝福ってなんだよ…。ケルトは玄関で立ち止まったまま唇を噛みしめる。憎悪に全身が包まれていくのが分かる、だが止められない。

「どうしたんだ、バラモント?」

不思議な顔をして社長が近づいてくる。ボッコーン。感情に身を任せケルトは社長を殴り飛ばした。倒れこんだ社長に馬乗りになり何度も殴り続けた。

「お前、人を何だと思ってんだよ。ミージャはお前の道具じゃねぇーんだよ。奴隷ってなんだよ!」

意識を失い動かなくなった社長を置き去りにしケルトはミージャを吊るしている紐を切った。ミージャを抱き上げそのまま外に出る。自宅へ戻ることもなくケルトは外を歩く。怒り、憎悪に染まったその顔から何故か涙が止まらない。


「思い…出した…」






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