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6章 前へ




まだ夜が明けたばかりの早朝。一人の男が慌しく動いていた。それは一緒に住む男に多大な迷惑をかけていたのだった。

「おい、ケルト。こんな朝っぱらから何をゴソゴソしとんじゃい」

あまりの騒音に耐えかねた爺さんは朝っぱらから声を張り上げた。

「そんな。怒っちゃ、やーよ」

ケルトはそんな爺さんの叱咤を軽くあしらう。ケルトがやっていたことは至って普通のことだった。昨晩風呂に入っていなかったため薪に火をくべ、風呂を沸かし、それと同時並行で朝食を作っていた。ただ、ひとつ普通じゃないことがあるとすれば、それはスピード。移動は歩かず、走っていた。その音がドタバタ騒音を引き起こしていたのだろう。

「そんな急いでどうしたんじゃ。昨日野菜を売り切るのが遅かったからって、朝っぱらからそこまで気合入れんでもよかろうに」

爺さんは後頭部を掻きながら呆れた物言いをする。

「違うんだ。違うんだよ、ジジイ。・・・」

何かを決意した満面の笑みのケルトが言葉を続けようとしたのだが、その前に爺さんから拳骨をくらう。

「ジジイ言うな」

ケルトは興奮していたのか、ついついそういう言い方をしてしまったらしい。頭をさすりながら口を尖らせる。

「で、何じゃ?」

少しいじけているケルトにそう言って話の続きを促す。その言葉に、いじけ顔だったケルトは満面の笑みに戻る。

「爺さん、悪いが決心がついたわ。腐っている自分は昨日で終わり。困っている人を無碍にはできない。それが過去の俺の性分だったんだ。昨日の女の子を助けて、そんで・・・、そんで」


ケルトは一端言葉を切り、唾をゴクリと飲んだ。表情は晴れやかなもので、そこにはしっかりと未来を見据える、希望に満ち溢れた青年が立っていた。

「踏ん切りがついたようじゃな」

爺さんはケルトが続けようとした言葉を、ケルトから告げられる前に察したようであった。

「あぁ。俺は俺の諦めた未来をまた進もうと思う。この世界に一緒にきた2人の友人。彼らを捜す旅」

言い切ったケルトはもはや、爺さんがどんなに止めようとも、止まらないであろう。止める気なんてのは端からない訳だが。

「そうか」

爺さんはそう静かに言葉を漏らす。頑張れと背中を押しているようでもあり、別れを寂しいと思っているようでもあり。

「修行から生活の面倒まで。何から何まで、あんがとな」

ケルトは満面の笑みのまま、爺さんに頭を下げた。

「ふっ」

爺さんはふと、ケルトを拾ったときのことを思い出していた。

「この森で野たれ死んでいたお前を拾って2年。ある程度は教えたつもりじゃ。せいぜい死なん程度に気張ってこい。疲れたときはここに、帰ってきてもいいんじゃからな」

爺さんもケルトに満面の笑みを返す。

「あぁ」

「過去は変えられない。じゃが、お前にはどうにでも変えられる未来がある。気の済むまでお前の言う目的とやらを果たしてこい」

爺さんは近くの椅子に腰掛け背伸びをする。

「世話になったな、シィちゃん」

ケルトは一言そう言うと、口を手で隠すようにしながら笑っていた。


「シィちゃんって・・・。それが最後に言う言葉か。さっさと行け。わしゃ、これからお前さんのやっていた仕事も一人でせにゃならんくなったのだからな」

「まぁ、最後なんだ。爺さんのお願いも1回くらいは聞いてやっとかねぇとな」

ケルトはそう言われ続けていたのだった。爺さんではなくシィちゃんと呼べと。だが、ただのジジイをシィちゃんと呼ぶなど、怖気が走るものでしかなかった。だが、今は違う。本当に世話になった。今自分が生きているのはひとえに爺さんのおかげだったのだから。

「なんか、話したらもう満足したわ。朝食も風呂も何もいらない。もう行くわ」

「あぁ、行ってこい」

爺さんの言葉に後押しされるかのごとく、ケルトは玄関のドアを開け、自分の未来に向かって再び歩き始めた。

爺さんに別れを告げたケルトは颯爽と山を駆け下り、町に出た。そして、昨日少女と別れた場所まで来ていた。

(んー、町には着いた。後は、昨日の少女がいれば、っと。)

目星も何もなくノープランで駆け出したケルトはとりあえず、しらみつぶしに町を徘徊してみることにした。野菜を売るために毎日来ている。だが、それはほんの限られた一部でしかなかったために町の大部分の地理は知らない。闇雲に、ただ歩き回った。

(んぐー。何故だ。何故いない。)

結構な時間歩き回っていたのだが、それらしい人物とは未だに遭遇していない。時刻は朝の7時くらいだろうか。(さすがに早すぎか?)そう思われたのだが、不意に別の考えが頭をよぎった。


(あのガキ、もしや・・・。)

ケルトはすぐ近くにいる人に尋ねてみる。

「あの、この付近で活動する山賊のアジトってどこですか?」

その問いに聞かれた人は知らないと返答する。だが、ケルトはへこたれたりなんかしない。視界に入る全員に聞いて回る。

「知らない」そーか。

「うるさい」ぬぬ・・・。

「忙しいんだけど」なにっ・・・。

「知らない」あー、もうやだ。

「知らない」またか。

「それなら分かるよ」あー、また。

んんん。えっ、今なんて言った?ケルトは望まない返答ばかり受けすぎて脳が麻痺しかけていたようだ。

「えっ、もう一回言ってもらっていいですか」

「いや、だから知らないって」

ケルトは結構前に聞いていた人から呆れたようにそう返答を受ける。

「お前じゃねぇ!」

そいつの顔を見て話した訳でもないのに、そう返答されケルトは思わず頭に血が上り、そいつの頭にツッコミをいれた。その光景を見ていた、そのケルトの期待する答えを持つ町人は多少顔を引きつらせながらも声を掛ける。

「ひ、暇だし・・・、近くまでなら案内しますが」

「近くまでって、そんなに山賊ってのは怖いのか?」

ケルトは今まで山で生活をしていた。山の中を移動する際も単独行動だった。そりゃ、ずっとそんなことをしていれば、モンスターにだって出くわすし、変なヤカラにだって遭遇した。だが、その誰しもをワンパンしていた。そう、一番のヤカラはケルトだったのだった。だが、町人が次に発した言葉はケルトの考えるものとは全く違うものだった。


「いや、恐いんじゃなくて・・・」

町人は言葉に詰まる。どう言えば伝わるのだろうか。どうやら一言で説明するには少々難しいようだった。

「なんだよ。恐くねぇってんなら、他に何があんだよ」

ケルトは町人のじらすような会話の間に耐えられなくなり、即答を求めるかのごとく町人の肩を揺すりだした。

「あ、あ、あ・・・」

町人はケルトの猛烈な揺すりに目が回り、そのまま地べたにへたり込んだ。

「あれ?もしかして・・・、やり過ぎた?」

気づいたときにはもう遅し。町人は気持ち悪そうにしながら、そのまま目を閉じ、意識を手放していた。そんな町人の様子にケルトは、全く、世話が焼けるなぁ。と、自分のやったことを棚上げにしてやれやれといった表情をつくっていた。とりあえずと、ケルトは倒れた町人を木陰に運んだ。日差しもだんだんと強くなってきていた。

それから、30分・・・。・・・1時間。いくら待っても起き上がる気配を感じない。

「いつまで寝とんじゃい!」

ケルトは勢いそのままに寝ている町人にツッコミをかます。

「あっ、ここは?」

キョロキョロと周りを確認する町人はある一転に視界が動くとそのまま静止した。

「おい!」

かなりの間待たされていたケルトはお冠だった。ケルトの声にビクッと体を震わせた町人は勢いよく立ち上がる。

「ちょっと、用事を思い出したので・・・」

これ以上絡んだら、最悪命を落とすかもしれない。そんな体内の危険信号を察知したのか。町人は何食わぬ顔でそのまま過ぎ去ろうとしていた。


「そうはいかん!」

逃げる町人の後ろ襟を掴むと、そのまま顔の見える位置に移動し、二カッと笑った。その行動に町人はため息をついた。逃げ場なんて端からなかったんだ。そう自分を慰めるように。

「分かりましたよ。山賊のアジトですよね。でも、約束ですよ、近くまで。そこまでしか案内はできませんからね」

町人は今までの態度とは違い、強く言い放った。絶対に行かない。そんな意志を強く感じ取ったケルトであった。

「まぁま、分かったから。早く行こう」

手を使って町人に落ち着くようにジェスチャーをするケルトは町人に連れられて、そのまま町の東側まで来ていた。

(へぇー、いつも北の山から町に下りるだけだったから知らなかったが、東側も山だったんだな。)

ケルトは少し、新たなる発見に感動していた。と、ある疑問を抱く。

「おい。この町ってもしや、全体を山に囲まれていたりするのか?」

その問いに町人は首を縦に振った。そう、このランプという町は、町全体を山に覆われ完全に孤立した町だったのだ。それから、町人の顔には何やら燃え上がるような気持ちの何かが伺えた。そして、全ては謎なのだが、町人によるランプ講座が始まったのだった。聞いていて為になる話もあったのだが、大半は町に対する愚痴だった。

要約するなら、この町は他の町とは少々立ち位置が違うとのことだった。他の町は王国の傘下として平和を約束されているらしかった。この近くで言うならヘルジャス王国。


だが、その王国とこの町はラクトスの森という大きな森で遮られているとのことだった。その森のせいで、王国の力はこの町まで届かないらしく、まぁ簡単に言えば無法地帯とのことだった。だからこそ、町人たちはこの町から出ないそうで、ひとたび町を出れば、この森を支配する森の主、ラクトスの命により現れた凶悪な魔物の手にかかり命を落としてしまうということだった。この町が誰の傘下であるのかと問われれば確実にラクトスの傘下であると答えるしかないということだ。凶悪な魔物。だが、その姿は誰一人として見た事はないそうだった。

そんな話が始まって早30分というところだろうか。満足した町人は満面の笑みで、この先をまっすぐ行けば山賊のアジトに着くと教えてくれた。

(話なげーって・・・。)呆れ顔でそんなことを思っているが、そんなことは言わない。これでも一応道案内をしてくれた恩人である訳なのだから。

と、一番重要なことを聞いていなかったことにケルトは気づく。

「山賊のアジトってどうやったら分かるんだ?目印とか、あるんだったら教えてくれよ」

その言葉に、町人は意を決したように口を開く。

「目印は、臭いだ」

ただ一言。ただ一言そう言っただけだった。

「に、臭い?」

「一番臭い建物が山賊のアジトだ」

その言葉にケルトは町人が頑なにアジトに近寄るのを嫌がった理由を理解した。ありがとな。一言ケルトは町人にお礼を言うと、手を振り森へと歩を進める。


「理由は分からんが、頑張れよ」

そう応援してくれる町人。そんな言葉に少しうれしさがこみ上げたケルトは最後にと、言葉を発する。

「お前、名前何ていうんだ?」

「俺の名前はガスだ。ガス=リード」

その言葉をケルトは胸に刻んだ。

「ありがとな、ガス」

そう告げ、ケルトは森の中へと入っていった。それからしばらくが経つ。いくら歩いても景色は変わらない。人の通った形跡もない獣道と言われる道。それをひたすらに進んだ。


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