3-19 番外編 バーラとラクトス
ケルトたちの手によってタンダスは救われた。
ラクトス「ふっ、あいつら。ちゃんとタンダスを救ってくれたみたいだな」
ラクトスは目を閉じ、ホッと肩をなでおろした。
ラクトス「シィア、おれがあいつらの面倒をみるのはどうやらここまでらしい。あいつらのせいでまたこの地を離れられなくなった。ここにいないといけない。永遠に続くかもしれない約束を果たさないといけないんだ。ごめんな、おれも昔とは変わっちまったんだよ。まぁ、あいつらならやれるさ。今は非力だが、おまえが期待するように世界を変える力を持っているのかもしれない。だって、あいつらのおかげでおれはバーラとの約束は守られたんだから」
~バーラとラクトス~
今からおよそ5000年前、これはタンダスという村がこのラクトスの森にできるきっかけとなった話。
おれはこの大陸とは違う大陸、常魔区とはまた違う古魔区という大陸にいた。
そのころは血の気も多く、周りも大体そんな感じだった。親友の意志に賛同し、竜族という枠に収まって日々古魔区統一のために戦っていた。親友は竜族と神族の両方を掛け持つ族長だったのだが、何やら神族内部の反乱にあったらしく、俺の元に来るまでには大分力を奪われ、衰弱していた。親友の頼みもあり、俺は竜族を抜け、数人の仲間と共に常魔区へと逃げた、再び戦うその日まで。親友は常魔区で準備したいことがあるといって、それが済み次第、古魔区へ戻ると言い、仲間たちと約束を交わした。そして、約束の日が来るまではと仲間たちは各々常魔区で身を隠すために散っていった。
俺は親友の隠れ家のすぐ隣にある森を住処にした。これが、後のラクトスの森だ。最初は新顔の俺に対し誰もが戦いを挑んできた。だが、それを全て打ち負かし、気がつくと俺がこの森の頂点に立っていた。
ラクトス「あぁ、退屈だ」
あらかた戦いつくしていたため、最近俺に挑もうとする奴はめっきり減ってしまった。
古魔区だったらなぁ、相手が強ければ強いほど燃える、そんな奴がわんさかいたってのに。この大陸にはへたれしかいないようだな。
ラクトスは1人、森の中で暇を持て余していた。退屈すぎて、敵意の無い通行人まで攻撃する始末。
こっちに来てからははずっと人型の奴しか見ていない。古魔区の奴らは通常時が魔物の体だからそれこそめったに人型なんて変身したりはしないのに。しかも人型だとパワーも若干落ちるため、戦闘には向いていないはずなのに。この大陸はいったいどうなってんだ?
・・・。
そういや、この大陸に来て日々戦ってばっかで、この大陸のこと何も知らなかったな。
ラクトスはとりあえず郷に従えということで人型に変身し、他の町を見て回ることにした。
町へ行くと、ヘラヘラした奴らがたくさんいる。
くそー、この大陸を征服したい。この弱っちい大陸の奴らを強くして、もっと面白い世界に変えてやりたい。
・・・っと、そうしたいのは山々なんだが、ダメなんだよねぇ。今は逃げてきて、身を潜めてるんだったな、あまり目立った行動は慎むようにお灸をすえられてるんだった。
まぁ、俺の場合は、顔も割れてないし、多少やんちゃしてもバレないんだがな。
ラクトスはあらかた町を見て回ったところで、とりあえずと町の酒場へ入っていった。
酒場は昼間だというのに結構な客で埋まっていた。ラクトスは空いているカウンターの席に座り、注文した。
ラクトス「血ぃちょうだい、人間のやつがいいな」
ラクトスの注文に店のマスターは水を用意し、テーブルに叩きつけた。
「血が飲みたいのならブロードショップに行きな。ここは酒場だよ、場違いだって分かるだろ」
ラクトスはそうマスターにどやされた。
随分と粋がいいなぁ、こいつら俺の魔化の姿しかしらねぇからって調子のりすぎだろ。
ラクトスは下げていた顔を上げ、マスターを見上げた。
・・・。
女じゃねぇかよ、ざっけんな。
ラクトスは水の入ったグラスを持つと、そのままグラスを握りつぶした。
ラクトス「随分と態度がでかいじゃないか。俺がラクトスだって分かってのことじゃねぇんだろ。許してやるから、さっさとそのブロードショップとやらで、血ぃ買って来いや!」
ラクトスはそう言って、マスターを睨みつける。酒場にいた周りの客もラクトスという言葉を聞き、次々に店を出て行く。
すると、店の客の1人がマスターに声をかける。
「バーラ、血なら俺が買ってくるから、ここは一つ穏便に済ませよう、な、な」
客は睨むことをやめないマスターを必死で落ち着かせようとしていた。
バーラ「・・・分かった」
マスターはラクトスを睨むのをやめ、店の奥へと入っていった。
ラクトス「おい、逃げるのか!」
気の収まらないラクトスはバーラに向かって叫んだ。
「すみません、ここは僕らの憩いの場なんです。マスターの無礼をどうかお許しください」
客の男はそう言うと、その足で血を買いにブロードショップへ向かっていった。
ちっ、胸くそ悪いぜ。何が穏便に・・・だ。
ラクトスは血を買いに行った男を待たずして店を出て行った。
やっぱり、新悪魔って奴はクソだ。シィアの奴、何が俺たちオリジナルにはない可能性を持ってる・・・だ。力に怯え生きる奴らに可能性もへったくれもないだろ。二度とこんな町来るかよ。知る価値もねぇ、この大陸は終わってるよ。
ラクトスはため息をつきながら自分の住む森へと帰っていった。そして、次の日からラクトスが森を出ることは無くなった。たまに来る、なり上がり野郎を叩きのめして終わる、そんな毎日が続いていった。
それから暫く経ったある日のことだった。ラクトスは高熱に犯され動くことすら苦痛な状態に陥っていた。
ラクトス「うぐっ、だりぃ。くそっ、全然治る気配がねぇ」
ラクトスの仲間はこの大陸の各地に散らばっているため今どこにいるのかも分からない。故に今ラクトスには頼れる相手がいなかった。
ラクトス「・・・なんとか治さねぇと」
ラクトスはふらつく体に鞭を打つように、森を出て、以前行った町へと向かっていった。
頼りたくはなかったんだが・・・、背に腹はってやつか。
町に到着すると、ラクトスは自分の目を疑いたくなるような光景を目の当たりにした。以前来たときには大勢の民衆で賑わい、栄えていた町だったのに、今はその欠片も残らないくらいに衰退していた。町はゴーストタウンと化していたのだ。建物はボロボロ、人の気配も感じられない。
いったい、この町に何が起こったんだ・・・。
ラクトスは町の入口に立ち尽くし、呆然としていた。
くそっ、もっと簡単に事が運ぶと思ってたんだけどな、こんな腐った町に薬なんてあるのかよ。
ラクトスはおぼつかない足取りで薬屋であったであろう建物へ入っていった。中へ入ると手当たり次第にいろいろなものを物色した。
ラクトス「くそっ、何もねぇじゃねぇかよ。ずっと、くそっしか言ってねぇし・・・」
何も見つからず、時間と労力だけを消費していった。
風邪薬だろ、何も薬屋じゃなくたって一般家庭にだってあるだろ。
ラクトスはその後もそこら中の建物へ入り、物色しつくした。
くそー・・・、何で何もねぇんだよ。・・・あっ、いかん。
ラクトスは頭がクラッとしだし、以前も入ったことのあった酒場の前まで来ていた。
最後はここだけだな。・・・できればここだけは入りたくなかったんだが。嫌なことしか思いださねぇし。
だが、ラクトスは首を振り、決意したかのように酒場へと入っていった。
ゴーストタウンなんだよ。誰もいやしないだろ。
ラクトスが酒場に入った瞬間だった。
グラッ
ラクトスの体は限界だったかのように崩れ去ろうとしていた。
・・・もう少しだったのに。
ラクトスは酒場のカウンターにもたれるような形で倒れたが、最悪なことに意識を手放すことはなかった。薄れ行く意識のままそのカウンターでぐったりと倒れていた。
永遠に感じられるほどの時間。
俺はオリジナルだぞ、最強の種族。寿命もないんだ。そんな俺がこんな風邪ごときに翻弄されて・・・今後ろから首でもはねられようもんなら即死だろうな、ハハ。情けねぇな。
ん?
後ろから気配を感じる。
こんな終わり方するのかよ、一時期は敵なんかいねぇみたいに粋がっていたんだが、人生って儚いな。
ラクトスはそんな自分の運命を受け止めそっと目を閉じた。
「生きてる」
ラクトスは意識を手放す前にそう聞こえたような気がした。
どのくらいの時間が経ったのかは分からない。
ん?頭がひんやり?
なんだこれ、俺はまだ生きてるのか?
意識を取り戻したラクトスは目を閉じていた状態でそう思うとパッと目を開いた。
ん?ここは・・・?
ラクトスは仰向けで布団に寝かされていた。
俺は確か・・・酒場のカウンターで・・・。
ラクトスが一生懸命思い出そうとしているそのときだった。
「起きたの?薬、そこにちゃんとあるから、ちゃっちゃと飲みなさいよね」
そう女の声が聞こえた。
薬?
ラクトスが横を向くと、そこには薬がある。手を伸ばしてその薬を取ろうとするのだが、ラクトスの体は全く動かなかった。
ラクトス「すまねぇ、体が動かないんだ。飲ませてくれないか?」
ラクトスは自分を助けてくれたであろう女にそう頼んだ。
「・・・分かった」
女はそう言うと、ラクトスの頭を自分の膝にのせ薬を飲ませてあげた。
ラクトス「うっ、すまねぇ」
ラクトスは全部を飲み込むことができずに少し吐いてしまった。
「いいのよ」
女は落ち着いた様子のままそう言った。
ラクトスはすぐそばまでよっていた女の顔を確認した。
・・・。
ラクトスは女の顔を見て唖然とした。そんなラクトスの表情を見て女はラクトスに声をかける。
「なぜ助けた?・・・みたいな顔」
だが、それもそのはずだった。その女とは以前ラクトスが喧嘩を売った酒場のマスターだったのだから。すると、女は続けて話し始める。
「この町はあんたのせいでこうなった。あんたに戦いを挑んで敗れていった者たちが腹いせにこの町を荒らし続けた。もうすぐこの町は地図からも消えてなくなるでしょうね。今では無法地帯と化し、人攫いも増え、この町に寄り着こうという人は誰もいなくなった」
ラクトス「俺の・・・せいか。なんでお前はまだこの町に残っているんだ?」
ラクトスはふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「私はこの町が好きだった。昔からのなじみの人、旅人、みんなを癒し、それを見て私もまた癒される。酒場は私の天職だった。人のぬくもりを感じられる平和な町だった。今は誰もいなくなってしまったこの町にまたみんなが戻って来てくれるって信じてる。だから、私はずっとこの町に居続けるの、そして、おかえりなさいってみんなに言ってあげたい」
ラクトス「この町に帰ってくるのを待つか・・・。可能性はゼロだろうな、無駄だ」
「ゼロ?そんなの誰が決めたの?信じなきゃ何も始まらない」
ラクトス「ふっ、芯の強い女だな。だから、あのとき俺に対しても一歩も引かなかったのか」
「それはあなたがあまりにも非常識すぎただけだから。分からない人にはちゃんと正しいことを教えてあげないと、可哀想じゃない」
ラクトス「可哀想・・・」
ラクトスはその言葉に唖然とした。
ラクトス「可哀想なんていわれたのは初めてだ。大概のやつは俺の顔を見れば逃げ出すかヘコヘコしてたからな」
「それはあなた自身のせいね。世の中力だけで全ては解決できないのよ」
ラクトス「でも、こう言っちゃなんだが、お前だって俺に殺されてたかもしんないんだぞ」
「殺される?それはないわ。あなたを最初見たとき何か寂しそうな雰囲気だったから」
ラクトス「寂しそう?ふざけんな、俺は一人に慣れてんだよ。何年生きてきたと思ってんだ」
「だったら尚更。そろそろそのバチバチの殺気を奥にしまいこんでもいいんじゃないの。そしたら一人だった生活も終わって新しい生活を知るいいきっかけになるかもしれない」
ラクトス「てめぇ、ああ言えばこう言って・・・。地味に喧嘩売ってくるな、殺すぞ」
「その体でよく言うわ。逆に殺されるから。そういうところが無知なのよね」
女はそう言ってため息をつく。
ラクトス「・・・」
ラクトスは自分の現状に何も言い返せず、黙りこくってしまった。
「あなたにもきっと分かる日がくる。誰かがそばにいる、それは人を愛することの喜びや尊さ、がむしゃらさを教えてくれる。すごく心地がいいものよ」
ラクトス「なんだそれ・・・。てか、普通に喋っているが、お前は俺が怖くないのか?」
「怖くない。戦えばすぐに殺されるかもしれないけど、言ったでしょ。戦うことが全てじゃない、人を信じることの方がよっぽど勇気だっている。人を寄せ付けないように力を振りかざしていて、人に怯えてるみたい。それがプライドだというのなら、捨てた方がずっと強くなれると思う。強さに対する価値観なんて人それぞれ違うんだから」
ラクトス「信じることねぇ。じゃあ、お前は死ぬことを恐れてないってことなのか?」
「それは違うでしょ。死ぬのは誰だって怖い。でも同じくらいに生きていくことにだって辛さだったりとかがあるんだよ。何年も生きてるのにそんなことも分からないのね」
その言葉にラクトスは自分が無性にバカにされているように感じた。
ラクトス「覚えとけよ、お前、絶対殺すからな」
「殺す、殺すって、あなたは本当に寂しい人」
ラクトス「てめぇ、絶対に忘れない。名前、何ていうんだよ」
「私?私はバーラ=ベースナー。あなたは暴れん坊ラクトスよね」
ラクトス「暴れん坊って・・・。なんで俺はここまでなめられてるんだ・・・」
ラクトスは完敗したかのようにガックリとした。
その時だった。
ガタガタッ
「おい、こっちから人の声が聞こえたぞ。捕まえろ!!」
外からそう叫ぶ声が聞こえた。
ラクトス「早く逃げろ。お前には助けてもらったんだ、借りは今ここで返す」
ラクトスは真面目な顔でそう言う。
バーラ「貸しね。あなたは動けないんだからここでじっとしてればいいの。後でちゃんと返してね、その貸しってやつ」
バーラは笑ってそう言うと、立ち上がり、寝ているラクトスの全身に布をかけた。
ラクトス「おい、何してんだ、バカ野郎」
バーラ「ちゃんと約束は守ってよね」
バーラはそう言うと、部屋のドアを開け外へと出て行った。
くそっ、囮になろうってのか・・・。俺は、俺は・・・あいつに助けられるようなことなんか1つもしてねぇってのに。
今のラクトスには自分の歯をかみ締めることくらいしかできなかった。
それから3日ほど経っただろうか。ラクトスは誰にも見つかることなく酒場の奥の部屋にて完治していた。ラクトスはバーラによって救われたのだった。
約束か・・・。ふざけんなよ、俺が何でお前らのような下等種族を助けないといけないんだよ。
ラクトスはそのまま森に帰っていった。
だが、いくら日が経ってもバーラの言葉が頭から離れることはなかった。
何なんだよ、いったい。どうしたんだ、俺は。
ラクトスはイライラしていた。
くそっ、このままじゃゆっくり寝られやしねぇ。助けてやるから・・・、そしたらこのモヤモヤも晴れてくれよ。
ラクトスは意を決し、森を出て今は荒地と化したラカラソルテへと向かっていった。
とりあえず、人型で行くか。相手からバーラの居場所を聞き出さないといけないしな。
そして、ラクトスはラカラソルテにて手当たり次第に人を見つけては脅し、バーラの居場所を聞き出そうとした。しかし、すでに探し出してから1週間経つにも関わらず見つからない。今のラクトスにはバーラの宛てもなければ、頼れる仲間だっていない。でも、助け出してどうしても確認したいことがあった。
なぜ、あのとき俺をかばったのか。
その時ふとバーラの言っていた言葉を思い出す。
人を寄せ付けないように力を振りかざしてる。人に怯えてるみたい。それがプライドだというのなら、捨てた方がずっと強くなれると思う。
このプライドを捨てれば何か変わるのか?
ラクトスはバーラの言うとおりにする覚悟を決めた。そして、ラクトスはラカラソルテの隣にあるヘルジャスという王国へと足を運んだ。
プライドを・・・捨てろ。
ラクトスは心の中で何度も繰り返した。
そしてラクトスは生まれて初めて土下座した。自分よりもはるかに劣る新悪魔たちに。
ラクトス「どうか、この国のヘルジャス王に会わせてください」
ラクトスはヘルジャス城の門前で何度も何度も土下座した。
その日、ラクトスは誰からも相手にされず無視され続けた。
次の日もずっとラクトスはその場を動くことなく土下座し続けた。
ラクトス「どうか、この国のヘルジャス王に会わせてください」
ヘルジャス城の門番に蹴られ、邪魔だとののしられ。でも、ラクトスはじっと我慢し、耐え続けた。
そして、どうやらその光景が王国内部にも伝わったらしく、ラクトスはやっとヘルジャス王と会うことを許された。
ただ条件として、自分が檻に入った状態でしか会えないとのことだった。でも、ラクトスからすればそんなことは些細なことだった。
ラクトス「檻でも何でもいい、恩に着る」
ラクトスはそう言うと、ヘルジャスの兵士と共に地下にある牢獄へと向かった。
ガチャン
ラクトスは檻に入れられ、厳重に鍵をかけられた。
「今から王様がくる。少しの間待っていてくれ」
ラクトスは待っている間、檻の鉄格子を触ってみた。
・・・ふっ、耐魔の呪布か。これじゃあ、力技では逃げられないな。
ラクトスがそんなことを思っていると何やら階段を下りてくる足音が聞こえてきた。
ラクトス「あなたがヘルジャス王ですか?」
ラクトスの目の前にはヘルジャス王がいて、王はその言葉に首を縦に振った。
ラクトス「王様、このたびは私事ながらお願いがあって参りました。私は今人を探しております。バーラという女性です。1ヶ月程まえに人攫いに遭い行方が分からなくなってしまいました」
ラクトスは精一杯の敬語で話す。
ヘルジャス王「探すのに協力しろと?」
ラクトスの言葉にヘルジャス王は淡々と話す。
ラクトス「はい、自分ひとりでは限界でした。どうかお願いします」
ラクトスはそう言って、ヘルジャス王に頭を下げる。
ヘルジャス王「では協力する代わりにこちらにも要求がある。それはラカラソルテをヘルジャスの領地とし、ヘルジャスおよびラカラソルテには干渉しない。これを守れるのであれば私はお前に協力しよう」
ラクトスはヘルジャス王の言葉に若干イラっとした。
くそ、弱者が。人が下手に出てれば調子にのりやがって。
・・・いかん、俺は決めたはずだ。プライドを捨てると。
ラクトス「よろしくお願いします」
ラクトスは自分の気持ちを押し殺し、そう頼んだ。
ヘルジャス王「では、そのバーラとやらが見つかるまではこの格子の中で待っていてくれ」
え?
ラクトス「私も一緒に探します。でないと…」
ヘルジャス王「では、今までの話はなかったことにする」
ラクトスには今のヘルジャス王の言葉に少し嫌な予感がよぎる。
だが、またもやバーラの言葉を思い出した。
戦うことが全てじゃない、人を信じることの方がよっぽど勇気だっている。
ヘルジャス王の言葉にラクトスは唇をかみ締める。
ラクトス「分かりました」
なぁ、バーラ。このまま、信じていいのか?もしかしたら牢屋で一生を過ごすなんてことにもなりかねないぞ。俺はそれだけのことをしてきたんだ。それでも信じろってのかよ、なぁ、バーラ。
そしてそれから、1ヶ月と時は過ぎていった。
ラクトスは静かにその時を待っていた。
ラクトスの牢屋へ近づいてくる兵士が1人。そんなことこの1ヶ月まるでなかった。
「バーラという人物の情報だが、ミラバール王国にて見たという情報を得た。だが、すでに女は奴隷となっている。ミラバールとの和親の協定もある。俺たちにはここまでしかできないし、女は手遅れだ。約束どおり探したんだ、もうあきらめろ」
兵士はそう言うとラクトスの元から去ろうとした。
ラクトス「おい、じゃあ俺が助けに行く。だから、この牢屋の鍵をあけてくれ」
ラクトスは精一杯叫んだ。
「それは無理だ。お前はいくつもの残虐な行為を行ってきた。今解き放てばまた同じ事を繰り返す。それが、この国の王の見解だ」
ラクトス「じゃあ、このまま俺はこの檻の中って事か」
「あぁ、すまない」
兵士はそう言って、地下から去っていった。
すまない・・・か。あいつも不本意だったってのか。こんなクソ格子・・・。
ラクトスが全ての力を解放して格子を破壊しようとしたときだった。また、別の男がラクトスの元へとやってきた。
それはずっとラクトスが土下座をしたときにいた門番だった。
「俺はお前を信じる。だから、牢を破壊するような真似はするな、どうせやっても無駄だから」
門番の男はそう言うとラクトスのそばに牢の鍵を投げた。
「お前はここから脱獄するわけだが、それでも頼む。王との約束は果たしてくれ。王様だって不本意だったんだ、王様よりもっと上の連中によってお前はこうして捕らえられているんだ。だから、頼む」
門番の男はラクトスにそう言うと、そのまま地下から去っていった。
ラクトス「ありがとう」
ラクトスはそう言い、その門番に深々と頭を下げた。
ミラバールか!
ラクトスは鍵を開け、外に出ると全力でミラバールという国へ向かった。場所は知らなかったが、そんなの誰かに聞けば分かること。ラクトスはそのままヘルジャス王国を駆け抜けた。
隣のミケラルという町でミラバールの場所を聞くと、瞬殺でそこまで駆け抜けた。
ラクトスはミラバールという国を見て圧倒された。
なんだこれ・・・。
ラクトスの見たことも無い高層ビルや謎の明かり高速で動く人を乗せた鉄の塊。
この中を探すのか・・・。
この国には人が溢れ、自由に歩くことすら困難な状況にあった。
でも・・・、今すぐ助けてやるからな、待ってろよバーラ。
ラクトスは今までやってきた人を脅して聞き出す方法から一転させ、丁寧に聞いて回った。
その甲斐もあり、奴隷が多数収容されている施設の場所を聞き出すことに成功した。
なんでも発電とやらに人がいるらしくこの国の地下で働かされているらしい。
とりあえず、そこにいってみるか。バーラを見つけるまではこの力は抑えとかないとな。
ラクトスは丁度新しく収容される奴隷に紛れてその地下へともぐりこんだ。
だが、いくら探してもバーラの姿はなかった。
・・・ヘルジャス軍が見つけるくらいだ。こんな奥なわけがないか。しかも奴隷として見つけたって言ってたよな。ここを見る限り奴隷というよりは働いているだけのような感じもするが。
ラクトスは1日この地下の様子を見ていた。
休憩だってある、これは奴隷の仕事なのか?
ラクトスは働いている数人の人に聞いてみた。すると、確かに奴隷としてこの国に来た奴が大半だった。だが、それは奴隷オークションで売れ残ったため国が格安で買ったとのことだった。
奴隷オークション?そんなのあんのか?
ここで働いている奴はここにきて本当によかったと口々に言っている。給料だってもらえるし文句はないんだとか。
はずれだな、ここにバーラはいない。
すると、1人の女がバーラという言葉に反応した。
「あなた、もしかしてバーラを探しているの?」
ラクトスはその言葉に目を見開いた。
ラクトス「そうだ、どこにいるのか知っているのか?」
「知ってるわ、彼女とは一緒にオークションに出されていたから。彼女は確か、このミラバールでは結構有名なバラス=ガンディーナという大金持ちの家に買われていったはずよ。でも、そのバラス、黒い噂しか聞かないのよね。奴隷を犬扱いしたり、憂さ晴らしに殺してたりだとか。探してるんだったら早く行くことをお勧めするわ、地図も書いてあげる」
ラクトス「そうか、ありがとう」
ラクトスはそう言うと、その女性から聞いたバラスの住んでいる家までの地図を片手にその地下発電所から出て行った。
ラクトスは地図通りにバラスの家へとたどり着いた。とりあえず、家の中を一望できる場所に移動し中の様子を伺う。
すると庭には犬がいる。
ん?
ラクトスは一瞬目を疑った。犬と一緒に人もいる。だが、そこにいる人達は首輪をつけられ鎖でつながれていて自由を奪われていた。
・・・服も着てないだと。
そして、丁度食事の時間になったのだろうか、平皿にドックフードのようなものが盛られでてきた。犬は口を使いもぐもぐと食っていたのだが、人にも同じ様なものを与え、手を使わずに口のみで食わせていた。
なんだこれ、最低な野郎じゃねぇかよ。
ラクトスの怒りは徐々にボルテージを増していった。
・・・まさか。
ラクトスは目を凝らしてその鎖につながれた人を見てみた。
4人か。全員女とは・・・。
!!!
ラクトスの目にはバーラも映っていた。
殺す・・・。
ラクトスはその瞬間、家の門をぶち壊し、向かってくる者全てを殴り飛ばした。
ラクトス「バーラ、遅くなった。すまない」
ラクトスはバーラを抱きしめそう言った。
ラクトスがバーラを見ると、バーラは少し怯えているようだった。
バーラ・・・。
ラクトスは再びバーラを抱きしめた。
ラクトス「約束だろ、人を信じろってお前が言ったんだぞ。ちょっと待ってろ、俺が全てを終わらせてくるから」
ラクトスはそう言うと、バーラたち4人をつないでいた鎖を引きちぎった。
お前らは俺が許さない。
ラクトス『幻力』
ラクトスは肉体強化魔法を念じる。
久しぶりだな、この力を使うのは。瞬殺してやる。
ラクトスは建物を破壊するがのごとく暴れまわった。
そして建物にいた全ての人を殲滅した。ただ1人を残して。
ラクトス「おまえがバラス=ガンディーナか」
1人の男を目の前にしラクトスはそう言った。
「ああ、そうだが。よくもこんなにめちゃくちゃにしてくれたな」
ラクトスを目の前にしてバラスは冷静だった。
ラクトス「じゃあ、殺す」
ラクトスがバラスとの距離を詰めようとしたその時だった。背後から異様な気配を感じた。
ラクトス「くっ」
ラクトスは背後からの攻撃に薄皮一枚で反応する。
ラクトス「お前は・・・」
「よぉ、ラクトス。久しぶりだな」
ラクトスの目の前に現れた悪魔にラクトスは唖然とした。
ラクトス「なぜここにいるんだ、セジュルク・・・」
ラクトスの言葉にセジュルクは笑い出した。
セジュルク「なぜ?それはこっちのセリフだ。なぜ、お前は竜族を抜けた?お前が消えたせいで、俺は堂々と竜族の頭になれないんだよ。本当はラクトスが竜族の頭だったのに・・・ってな。だから、そう言われないためにもお前を殺すためにわざわざこんなしょぼい大陸まで探しに来たんだよ。だが、意外と早かった、簡単に釣れたな」
ラクトス「これを仕向けたのは全部お前だったのか」
セジュルク「そうだが、予想外だったな。予定では隣町を潰し、その次にお前のいる森を総攻撃するつもりだったんだがな。なんでお前の方からこっちに来たんだ?」
ラクトス「俺は大切なものをこの大陸で見つけたんだよ。それを離さないために俺はここへ来た。俺はもう古魔区に戻るつもりはない。だから、戦う必要なんて無いだろ。頼む、俺を見逃してそのまま帰ってくれないか。俺の負けでいいから」
ラクトスはセジュルクを見据えたままそう言った。
セジュルク「ほぉ、どうやら昔とは変わったみたいだな。だがそれで、はいそうですか、って訳にはいかないんだよ。じゃあ、その大切なものってやつをここから解放してやる。だから、今すぐここで死ね」
ラクトス「分かった。じゃあ、その前に俺の用件を先に済ませていいか」
セジュルク「いいだろう。おれも着いていく、さっさと済ませろ」
ラクトスは後ろからセジュルクがついてくる中、バーラの元へ戻っていった。戻る道すがら、服を4着ほど拝借した。
ラクトス「ほら、この服を着ろ。どこへでも好きな所へ逃げろ」
ラクトスは4人の奴隷に向かってそう言う。
ラクトス「大丈夫だ、追手はこないから。それは俺が保障する」
すると、バーラを残し、3人の女性たちは服を着て一斉に逃げ出していった。
ラクトス「バーラ?」
バーラ「ラクトス、死ぬつもりなの?」
バーラはラクトスの背後にいる魔物の異様な殺気が気になりラクトスをじっと見据えた。
ラクトス「借りは返す性分だからな、それが例え俺の命であったとしても。借りたら返す、それだけだ。お前には新しい世界とやらを見せてもらった。それだけで、もうおれの長い人生は十分に満足した。ここで終わるとしても本望だ、悔いはない」
ラクトスはバーラに今までにないくらいに優しく言った。
バーラ「それで本当にいいの?」
ラクトス「ああ、本当はお前に聞きたいこともあったんだが、ここにたどり着くまでにその答えも見つけちまった」
バーラ「まだ、新しい世界の全部を見てないでしょ。まだ死んじゃいけない。だから・・・」
バーラの目には涙が溢れていた。
「 戦って 」
バーラのその一言に、ラクトスの体には戦慄が走った。
セジュルク「どうやら答えがでたようだな。いい女のようだ、お前の心をここまで動かすとは」
なんだこれ?なんなんだ・・・この込み上げるような謎の感情は・・・。
ラクトスは目を閉じ、少し考えた後、なぜか笑った。
ラクトス「バーラ、すぐに終わらせるからな」
ラクトスはバーラの頭を優しくポンと叩くと、セジュルクの方を向いた。
ラクトス「どうやら俺はまだ死ねないようだ。すまんな、セジュルク。死ぬのはお前だ」
セジュルク「ふっ、粋がるな」
セジュルクが攻撃を仕掛けようとした瞬間だった。
ラクトス『魔化』
ラクトスは人型の姿から魔物へと姿を変えた。
ラクトスの殺気にセジュルクは少したじろいだ。
ラクトス「俺を誰だと思ってんだ、セジュルク。俺の喧嘩相手はシィアだったってこと、忘れてんじゃねぇだろうな」
そう、最大のライバルでありかけがえのない親友、それがシィアでありこの世界を治めていた神だ。
ラクトス「俺が負けるのはシィアだけだ!」
ラクトスとセジュルクの戦闘はミラバールの半分を破壊しつくすほどの威力だった。セジュルクは敗北したのだが、すぐに他の竜族の奴らに回収されていった。
ついでに俺にも謝ってきやがった。まぁ、いいんだけどね。
ラクトス「さっ、バーラ。ここはやばいからさっさと帰るぞ」
ラクトスはバーラの手を引きラクトスの住む森へと戻っていった。
帰る道すがら、奴隷オークションという謎の会場もついでに潰してやった。そして、そこに捕まっていた人々も連れていった。
ラカラソルテに戻るとラクトスはバーラに一言疑問を投げかけた。
ラクトス「なぜ、あのとき俺をかばったんだ?お前だって死ぬのは怖いって言ってただろ」
ラクトスの疑問にバーラは笑いながら応える。
バーラ「1人じゃないってことがどんなに幸せか、教えてあげたかったから」
ラクトス「ふっ、なんだそれ。お前はそんなことのために命を張るのか・・・呆れた奴だよ、全く」
ラクトスもそう言って笑った。
バーラ「ありがとう。じゃあ、私は行くから」
バーラはラカラソルテ方面へ向かってラクトスの前から去ろうとした。だが、その時だった。
ラクトス「待てよ、ラカラソルテはもうないんだよ。お前には他に行く宛てなんてないんだろ」
バーラがラカラソルテに戻った所で今はラカラソルテの町に家屋はない。さら地となっていて、ヘルジャス兵の手によって新しい町が作られている最中だった。
バーラ「ないけど、そのうち見つかるでしょ」
バーラは不安な顔をせずに精一杯笑っていた。
ラクトス「俺を1人にする気か。俺にはお前が必要なんだ。お前は俺に教えてくれるんじゃないのかよ、1人じゃない幸せってやつを」
気づくとラクトスはバーラの手をつかみ、どこにもいかないようにひき止めていた。
ラクトス「お前を見つけるために、ラカラソルテはヘルジャスに譲ると約束してしまったんだ、だから、この森に村を作ろう。昔お前が住んでいた人のぬくもりを感じられる村をこのラクトスの森に作ろう」
バーラ「ラクトスの森?そういうこと自分で言う?おかしいんだけど」
バーラは笑っていた。
ラクトス「いいじゃねぇか、シンプルでかっこいいだろ。で、村の名前はと・・・」
ラクトスが村の名前を発表しようとしたときだった。
バーラ「タンダスね、ラクトスにはネーミングセンスがないからそれで決定」
ラクトス「なんだよ、タンダスって」
バーラ「単なる思いつき」
・・・。
バーラのその言葉にラクトスは言葉を失った。
そして、バーラの思い描いていた人のぬくもりを感じられる村を作った。村にはミラバールから連れてきた奴隷として捕まっていた帰る場所の無い人達も受け入れた。
ラクトスとバーラはその後タンダスで幸せに暮らし、子供もできた。
バーラ「ラクトス、あなたには苗字はあるの?」
バーラはふとラクトスに聞いてみた。
ラクトス「俺はラクトスだ。それ以外に名前はない。苗字っていったいなんだ?」
ラクトスは不思議な顔をしていた。
バーラ「名前は人それぞれ違うもの。でも苗字は変わらない、家族の証」
ラクトス「そうなのか」
ラクトスはバーラの言葉にふーんといった顔をした。
バーラ「ラクトス、あなたと私は家族なの。そしてこの子もね。だからあなたの名前はラクトス=ベースナー、そして私はバーラ=ベースナー。それでいいでしょ」
バーラはそう言って笑顔になった。
ラクトス「あぁ、家族の証だな」
そして、その後もラクトスとバーラは仲むつまじく暮らした。そして、バーラは寿命により死んでしまった。
最後にバーラが言い残した言葉は、
「私たちの家族をいつまでも見守っててね、お父さん」
だった。
ラクトスはバーラが死ぬのと同時に村を離れ、森からタンダスという村を見守ることにした。
バーラ、約束は絶対に守るからな。
それから、5000年程経つだろうか。森でエルを見つけたときに名前を聞いて少し笑顔になった。
・・・ベースナー、俺の孫じゃねぇかよ。
ラクトスは悲しみにふける少年におまじないをかけてやった。お前に力を与えてやるとうそをつき、強くなったように思わせてやった。
バーラ、どうやら俺たちの血はまだまだ受け継がれているようだぞ。
ラクトスは空を見上げ笑っていた。




