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3-17 番外編 エルの過去2

 エルの過去2



父さん(シエフ=ベースナー)との別れから、しばらく経つ。

村はババの張った結界により、ラクトスをも寄せ付けない力を発揮していた。この結界の効力はこうだ。

3段階以上の悪魔を入れない結界であるということ。

そして、その時いた村人の中で3段階以上の悪魔は父さんと婆様だけだった。婆様は術者であるが、父さんは第三者。結界を張ればはじかれる存在だったのだ。


なぜ、このような手段をとったのか、僕は婆様に問い詰めた。だが、婆様は何も答えてくれなかった。そして、その時一緒にいた巫女見習い達も同様で、答えてくれなかった。


結果としては父さんは命と引き換えにこの村を守ったのだ。僕にとってはそんな栄誉なんてクソくらえだった。皆はすごいすごいと父さんを讃えたのだが、僕からすればただの不幸でしかない。本当に父さんは村人達のヒーローだったのかな?村人達にハメられた道化のピエロだったようにしか僕には思えなかった。


そんなことばかり考える日々が続いていた。


エルは4歳となった。父親の血統ということもあり、4歳にしてもう2段階にまで能力を伸ばしていた。最近は、後ろ向きなことを考えることは止めようと努力している。でないと、母さんが悲しい顔をするから。僕は母さんを悲しませる自分が嫌いだった。だから務めて笑顔を振りまくようにしたのだった。村の友達とも積極的に遊ぶようになり、過去を克服したと母さんは思っているのかもしれない。最近は母さんの悲しい顔も減っていった。

そんな中、僕は友達と森へコッソリ出かけたのだった。

村を出ることは禁じられていたのだが、村の外には父さんを祭ったという祭壇が村の西にあったのだ。あの事件の後、婆様がラクトスの怒りを鎮めることも兼ねて作ったらしい。

婆様は定期的にそこへ貢ぎ物をしていたらしいのだが、僕も祭壇を自分の目で見たかったのだ。


祈りは届くんだよ、と母さんによく言われている。


父さんを祭った祭壇へ行けば、もしかすると父さんにまた会えるかもしれない。祈りは届くんだ。母さんは嘘なんて言わないんだ。そう言い聞かせながらエルは祭壇へと向かうのだった。

祭壇で祈りを捧げたのだが、エルの願いは聞き届けられなかった。

でも、めげたりしない。1度の祈りで届くなんて思っちゃいない。届くまで、何度も、何度も通ってやる――と決意するのだった。

僕と友達の2人は祭壇で祈りを捧げ、少し遊んだ後に、村へと帰ったのだった。だが、帰る途中でエルたちは魔物に襲われたのだった。

「プーイ、こっち!!」

エルは一緒に祭壇に来た友達であるプーイの手を引き走る。「グルゥウウウ、ガウ、ガウッ」子供と魔物の走る速度、どちらが速いかと聞かれればそれは言うまでもない。

「プーイ、危ない」ザクッ。

エルは友達を庇って魔物に背中を切り裂かれたのだった。エルも一応は2段階の悪魔である。それなりに戦闘力を持っており、痛いのを堪え応戦する。

【破力】エルは肉体強化の魔法を唱え、更に技を打ち込む。【破砲】エルは直撃すると爆発するビーム砲を打ち出す。だが、魔物はそれを避けるようにその場から離れる。それを機と見てエルは友達の手を引き再び走り出す。追いかけてくる魔物に何度も―破砲―をお見舞いしてやる。だが、魔物も慣れてきたのか、それをすり抜けるように接近する。

(まずい…。)

エルは咄嗟にプーイを突き飛ばす。「ガゥゥウウウ」魔物は高く飛び上がるとエルに覆いかぶさってくる。エルの肩には魔物の爪がめり込み、出血していた。だが、これ以上のチャンスはなかった。エルはフリーな手を魔物の腹に当て、技を発動させる。【破砲】

ドカーン。

魔物の腹をえぐり、ビーム砲は爆発を起こした。ゼロ距離であった為、効果は絶大であり、魔物は即死した。

「はぁ、はぁ…」

背中と肩に傷を負ったが、何とかエルは魔物を倒した。力のない友達を庇いながら、命からがら逃げきることに成功したのだ。

そして、村が見えてきた。村に入れば自分たちの勝ち。魔物は村には入れない。そう安堵し村へと入る。安全を確保するため、エルは友達を村の中へ投げ入れる。そして、自分も村に入ろうとした。

ガツン。

エルには何が起こったのか全く理解できなかった。

ガツン。

ガツン。

何度村に入ろうとしてもエルは村に入ることができなかった。

幸い、逃げる途中で魔物は倒していた為、すぐに自分に危険が及ぶような状況ではなかったが、どうやら僕は結界に拒絶されてしまったようだ。

エルの命からがら逃げるという行動が2段階から3段階への進化の水準を満たしたようだ。

あの時は必死だったため違和感や進化の際の苦痛に気づくことが出来なかった。


何てことだ、最悪だ…。


僕が村の入り口で佇んでいると、不審に思った友達は大人たちを呼んできた。そして、村人たちは僕を村に引っ張り込もうとしたが、どうしても無理だった。そして、それから少し経ったとき、婆様やお爺ちゃんもやってきた。僕はお爺ちゃんを見たのだが、お爺ちゃんは視線を反らしたのだった。


嫌な予感がした。


婆様がエルの近くへやってくる。

「ごめんね、エル。この村は結界を解くことができない。結界を解くということは村の滅亡を意味するのよ。結界を解けばたちまちの内にラクトスがこの村を消しに現れるの」

婆様はそれだけ言うと、立ち上がりもう一言だけ言った。

「あなたは強いから、大丈夫。きっとこの森でも生き抜ける…から…」

そう言うと婆様はエルの前から姿を消したのだった。

「おじいちゃ…」

エルの言葉は最後まで出ることは無かった。お爺ちゃんは婆様が去るタイミングで一緒に去っていったのだった。最後までエルに目を合わせることはなかった。

残された村人達の間では婆様が無理だと諦めた事実を目の当たりにして変な空気が流れだした。そして、痛々しいエルの姿から目を背けるように次第に皆はその場から消えていったのだった。

「エルは?」

僕と一緒に森へ遊びに行った友達はそう親に問いかけるが、親は何も言うことなく子供の手を引き、エルの前から姿を消したのだった。


僕は1人、村の入り口に取り残されたのだった。


『あなたは強いから、…大丈夫。』え?何それ…。


エルは頭の中が真っ白になる。

僕は…いったい。え?僕は…村の為に見捨てられた?『強いから』って何?


強くなんてない。さっきだって命からがら逃げてきたってのに…。

しかも、僕はこの村しか知らないんだ。他に行く宛なんてない。4歳だよ。大丈夫って何?さよならって意味なの?訳分かんないよ。そのままエルはどうすることもできずに村の入り口でふさぎ込み泣いていた。体は傷だらけであり、出血も未だ止まらない。疲れてきたのか意識もふら付いてきた。何か声が聞こえる。エルはふと顔を上げたのだった。

「エル、大丈夫だからね。母さんがずっと側にいるから」

エルは母の言葉にしばらくその場で泣いていた。母はその間ずっとエルを後ろから抱きしめてくれていた。

そして、母さんに手を引かれ村から去るのだった。森を出て町で暮らそうと言ったのだった。だが、エルの怪我を治療しなくてはならない。落ち着ける場所として、とりあえず西の祭壇へ行くこととなった。エルの案内で西の祭壇へと辿り着く。母は父さんを祭った祭壇を見て泣いていたのだった。それから、祭壇のある洞窟内でエルの治療を行い、回復を待った。その間、母は度々外に出ては傷だらけになって帰ってきていた。祭壇にはいろいろな食物があるのだが、悪魔にとって最も重要な血はなかったのだ。母は森の外で罠を張り、魔物や動物を狩っていたのだった。そうやってエルが回復するまでの間を乗り越えたのだった。

「母さん、大丈夫?」

エルは日に日に傷の数を増やしていく母を心配する。

「ええ。エルも回復したし、早く安全な場所に行かないとね」

「うん」

それから2人の旅が始まった。ある時は森陰をひっそりと歩き、毎日が野宿だった。川を見つけた時には大いに喜んだ。エルよりも弱い母だったが、エルを守り懸命に戦ったのだった。エルも戦うと言ったのだが、「じっとしていなさい」と戦うことを禁じられたのだった。

魔物に囲まれた時はエルを下敷きにして上から覆いかぶさって必死に耐えた。

「母さん…、僕のせいで…」

悲しい顔をするエルを母さんは優しく抱きしめる。

「エル、大丈夫。こう見えて母さんは強いんだからね。それに、ほら…」

そう言って、母さんは時空間から回復薬を取り出した。

「早く寝ましょうね。明日も大変だから」

「うん」

エルは母に抱きしめられながら眠ったのだった。

町での暮らしは自由だという。魔獣を恐れ村人は出ないのだが、こうなってしまっては仕方ない。森を出るしか生きる道はないのだ。エルの父を失うことになったきっかけであり、村に結界を張らなくてはならなくなった原因である外部の人間。それがこの状況での名案へと繫がったのだった。目指すはヘルジャス領土のラカラソルテ。ランプは統治する者がおらず治安が悪いという噂を聞いていたからだった。

再び森をひっそりと進む日々が始まる。戦って、傷だらけになって、それを回復薬で癒し、とうとう回復薬も切れてしまった。

そんな中、2人は森に光の差し込む光景を見る。それは森の出口だった。

「やったね」

エルの嬉しそうな顔に母が頷くと、エルは母の手を引き森の出口へと走る。


そして森を抜けた瞬間だった。急に重みを感じたのだった。何故か引っ張られるような、そんな不思議な感覚。冷や汗が流れ、咄嗟に後ろを振り返る。まばゆい光に目が慣れてきた頃、そこにあった光景にエルは唖然とする。


ピクリとも動かない母を引きずって走っていた少年。


エルは自分の現状に混乱する。さっきまで母は生きていた。笑顔で笑い合ったはずだと。うれしさのあまり母がふざけているのではないかと思いエルは母を揺さぶるのだが、結果は言うまでもない。すると、女性が話しかけてくる。彼女は森側からラカラソルテに来た者だった。エルは母がさっきまで生きていたと訴えるが、その女性は首を傾げ、こう言ったのだった。

「あなたは森を出るずっと前からその女性を引きずっていましたよ」

その言葉にエルは呼吸をすることさえ忘れるほどに時が止まったのだった。女性に慰められながらエルは女性にある言葉をかけられ、女性は消えていったのだった。

「ひとつしかない希望にすがりすぎた結果、現実が見えなくなってしまったのですね。この女性は昨日今日死んだ感じじゃありませんし。クフフ」

そして周りを見渡すと、ラカラソルテの住民だろうか。エルのことを奇異な目で見ているのだった。エルは咄嗟に母を引きずり、森へと戻っていったのだった。

エルの頭は混乱していた。なぜ、そのような行動を起こしたのか。

「母さんは生きていた。生きていたんだ!」

現実を受け入れられずに必死に否定し続けるが、現実は変わらない。手を繋いでいるのは母の死体だった。先ほどの女性の言葉そのもの。

(いつから、現実が見えなくなっていた…。僕はいつから母さんを引きずっていたんだ?)

エルの精神は絶望に支配される。そして全てを諦めたのか、その場にへたりこんでしまった。


エルは生きようと思うことを諦めた。


最愛を1年あまりで2人も失ってしまった。エルは一人ぼっちになってしまったのだった。魔獣が来ようがもう関係なかった。エルは横たわる母に覆いかぶさり大声で泣き出したのだった。

それからどれくらいが経ったのだろうか。

「おい、少年。こんな所で何をしている?」

エルにそう問いかけたのは赤髪を後ろで一本結びしている男性だった。

「僕は…、母さんを守ってるんだ」

エルは母さんを抱きしめたままそう答える。死体を守っていると言う少年を不思議に思った男性は更に問いかける。

「その母さんとやらは死んでいる。気づいているだろ?」

男性の言葉にエルはキッと睨むように男性を見る。

「死んでない、死んでない。うるさい、あっちいけ!」

エルの叫びの迫力に男性は後ずさりする。

「少年、ここは危ないんだ。どうせならすぐそこの町で守れ」

だが、エルからの返答はない。それからしばしの沈黙が流れた。

「少年、名前はなんて言うんだ」

「エル=ベースナー」

その答えに男性は顔が少し綻んだのだった。

「そうか。懐かしい匂いがするはずだ」

「え?」

男の独り言のような小さな声を聞き取ることが出来ず、エルは聞きなおす。

「何でもない。エル、ここは本当に危ないんだ。町へ行く気がないのであれば、この森で暮らせばいい。だがな、母さんはもう解放してあげなさい。もう眠らせてあげよう」

「いやだ、絶対にいやだ!」

「別れは辛い。だがな、皆いつか通る道なんだ。母さんをお空に見送ってやるんだ。そして、これからはエルが元気なところを空からいっぱい見て貰うんだ」

「空なんて嘘だ!父さんだってお祈りしたのに来てくれなかった。何もかも、全部嘘だ」

「嘘じゃない」

そう言って男性はエルの両手を握り、こちらに向かせる。

「お前は強い、きっとこの森で生きていける。祈りは通じるんだ、ほら」

男性は笑顔でエルにそう言う。すると、エルの手が温かくなり、それは次第に全身を包んでいった。力が漲る謎の感覚。

「泣き止んだな。ほら、強くなった。一緒に母さんを埋めてやろう」

その言葉にエルは無言で頷いた。

男性と共にエルは母を埋葬したのだった。上に石を立て、お祈りした。そして、エルは男性に自分の過去を話したのだった。男性は静かにエルの話を聞いてくれたのだった。

「お前は強い。自分の力を信じろ。さっきの温もりみたいなのはおまじないだ。もう、魔物なんかには負けない」

そう言うと男性はエルの頭を撫で、その場から立ち去るのだった。

「おじさん、名前は?」

エルの問いに男性は戸惑う。

「ラクト…、いや、えーっと。ラグだ。俺の名前はラグ、また会おう。強き少年、エル=ベースナー」

男性は笑いながら、エルの前から姿を消したのだった。


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