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3-16 番外編 エルの過去1

      エルの過去1



これは今から12年前、僕が当時3歳だった頃の話だ。


僕の名前はエル=ベースナー。ラクトスの森の中に存在する唯一の村、タンダスで生まれた。皆に祝福され、村の皆が家族であるように感じた。タンダスは森と共存を図る調和のとれたいい村である。町とは違い、時代遅れな面もあるが、人の温もりが感じられて、とても過ごしやすいいい場所であった。

だが、僕が3歳になる頃、少し状況が変わるのだった。外部から来た人がこの村に住むことになった。それはとても珍しいことで、やはり時代遅れな面で生活が不便だという理由から休憩所としての利用はするが、住みたいという人はいなかったのだ。だが、今回住むことになった人はこの村の温もりに癒されたというのが理由だった。これは町では得ることのできないかけがえのないものだと言っていた。

そして彼は村の人たちに外の世界についていろいろな話をしてくれた。村人が村を案内していると彼は婆様の屋敷の前で急に立ち止まったのだった。

僕が何故こんなに詳しいのか。それは、僕も面白がって彼に村を案内していた村人の1人だったからだ。

婆様の屋敷の入り口には光る綺麗な石がいくつも飾られていた。僕たちからしたら、綺麗な石だなぁ、程度だったんだけど、彼はその石の正体を知っていたんだ。

それから彼は急に婆様に話があると言い出し、村の案内はここで中断してしまった。

それから毎日彼は婆様の所を訪ねていたのだった。でも、来る度に婆様に断られていた。そうして、浮かない顔をした彼は村人達を集め、ある話をしたんだ。

「あの光る石はただの石じゃない。私は元々、他の町に住んでいたから知っているんだが、あの石は魔石という。とても貴重な石なんだよ。いくら欲しがっても手に入らない、一般人には手にすることのできない石なんだ。だが、この村にはそれがゴロゴロある。ビジネスをしないか?これを売ればいろいろな疫病の薬、食べ物、オシャレな服、何だって買えるんだ。お金さえあれば、今は何だってできる。毎日をもっと楽しく過ごせるようになる。この村は一夜にして大金持ちになれるんだ。最初の資金なら私が出す。だから、魔石の発掘に是非協力して欲しい」

元々流行りとかには無頓着な村人であったが、1人そういう人がいるだけで、外の町への憧れは日に日に増していったのだった。彼がこの村にはない、町のいいところを毎日語っている内に村人達の心は揺れ動いていった。

そして、村人達は彼の見る未来に自分も参加したいと思うようになったのだった。彼の意思に従い村人達は魔石発掘を手伝うことにした。決め手は村長である僕のおじいちゃんが村人の為になるのなら、と賛成したからだ。

僕の父さんは今、病気で治療薬を欲していた。婆様の力でもどうにもならない病だったのだ。お爺ちゃんは父さんを救う薬を買う為にもお金が欲しかったのだった。そのことに関しては僕も賛成だった。

だが、村の中で唯一1人だけ反対した者がいたのだった。それは村の祈祷師である婆様だった。魔石とは土の中に存在している。つまるところ、森の木を伐り、土を掘り返すということだ。

ここはラクトスの森。普通の森とは違うんだ。主がいる。主がそれを良しとはしないだろうし、もし強行すれば、この村は一瞬で消されると婆様は皆に警告するのだった。

だが、既に村人達の盛り上がりを抑える術はなく、ちょっとくらいならいいだろうと、彼は村の若い衆を連れ、森へと出かけていった。

森で魔石を発掘し、夕方には帰ってくる予定だったのだが、彼がこの村に戻ってくることは二度となかった。それどころか、大勢で出かけていったはずなのに、帰ってきたのは村人1人だった。

その村人は泥まみれだった。慌てた様子であり、すぐに駆け付けた婆様に自分たちに何が起こったのかを伝えたのだった。

「木を伐り、邪魔だったから燃やしたんだ。そしたら、急に魔物たちが現れて襲ってきたんだ。そして、その魔物の集団の中に1人、オリジナルがいた」


オリジナルとは原初の悪魔。この世界が誕生した時からいた悪魔のことだ。魔物の姿と人の姿の2つの姿を持っている。僕たちは新悪魔と呼ばれ、人の姿しか持っていない。オリジナルは寿命を持たず、新悪魔は寿命がある。オリジナルは最初から魔法を全て身につけているらしいが、新悪魔は進化という段階を経て、一つずつ使える魔法が増える。オリジナルのことを旧悪魔と呼ぶ者もいるらしい。悪魔は悪魔でも、新悪魔と旧悪魔は全く違ったのだった。


「オリジナル?」

村人の言葉に婆様は冷や汗をかいていた。

「そのオリジナルは大鎌を持った女だったんだが、皆そいつにヤラれた。俺は命からがら、そいつから逃げ切ったんだが…」

逃げてきた村人はまだ両手両膝をついたまま息を荒げていた。

「早く何とかしないと、取り返しがつかないことになる…。この森に対して怒りを露にするオリジナルなんて1人しかいない。ラクトス様がお怒りになられたのだ。女性と子供、それに戦闘に携われない者を神社に避難させなさい」

婆様の叫び声に皆は一斉に行動を始める。

「それと、私の弟子たちも呼んできなさい」

婆様の言葉に村人の1人が恐る恐る口を開く。

「婆様…、あの娘たちは弟子ではありますが、まだ子供です。幼いあの娘たちまで戦場に立たせるというなら、代わりに男たちが出ます」

だが、婆様は口を開いた村人を一喝する。

「早く、弟子を呼びなさい!それがこの村を守れる唯一の手段なのですから」

その言葉に村人はそれ以上逆らおうとはしなかった。

「なんてバカなことをしてしまったんだ。すまない、皆…。俺たちがバカだったよ」

逃げてきた村人は両手を地面につけたまま体を震わせていた。

「婆様、すまないが、俺を殺してくれないか」

逃げてきた村人はそう婆様に願うのだった。

「悪いと思っているのなら顔を上げなさい。悪いと思うのなら立ち上がり、武器をとりなさい」

婆様の指示通り戦力とならない者は皆神社に避難したのだった。そして、戦えるものは皆、村の入り口の外にて構えるのだった。全滅するかもしれない。だが、それでも抗うしか道がないのだから。婆様の前には5歳から10歳までの巫女見習いの女の子5人が並んでいた。女の子たちは皆足が震えている。それが何故なのか、彼女たちは知っていて、その場に立っているからだった。婆様を守る壁としての役目。例え死のうが、それでも立ち続けろと。この村での最大戦力は婆様であり、婆様が倒れるということはその時点で村の滅亡を意味するからだった。

巫女見習いの女の子達の前には、更に男たちが壁を作るのだった。

作戦はシンプルだった。婆様の前にある壁がなくなる前に婆様がラクトスを倒す、それだけだった。

婆様の視界には大鎌を持つ女性、ラクトスがこちらへとゆっくり歩み寄ってくる。【操糸】

婆様は見えない糸をラクトスに絡め、動きを封じようとする。だが、ラクトスには効いていないようで見えない糸は即座に千切れたのだった。

【念】間髪入れず、婆様は次の魔法を唱える。対象に内部ダメージを与える魔法なのだが、全く効いている様子がない。

「ラクトスは覇属性のはず…。術属性の技が効かない訳が…」

婆様は焦りだした。バシュッ。大鎌の一薙ぎで先頭に作っていた男たちの壁が崩れ去った。

「あら、脆い壁ね」

ラクトスは笑いながら2撃目を構える。男たちがいなくなり巫女見習いの女の子達が露になる。女の子達は体の震えが止まらない。中には目を瞑る者もいる。呪文のような何かをひたすら唱える者もいる。目から涙を流しながら立ち続ける者もいる。婆様からの命令は絶対である。女の子たちは逃げたい心を押し込め、崩れそうな足を強制的に立たせている。

そう、彼女たちは逃げるという選択肢がないのだった。幼い子供、そんな彼女たちが絶対の死に直面すれば精神はたちまちの内に崩壊し、即座に逃げるだろう。婆様は初めから知っていたのだ。

だから、婆様は最初にこの技を使ったのだった。―操糸―を。

それはラクトスを拘束する為という意味もあった。だが、もう一つ意味があったのだった。それは恐怖に負け必ず逃げるであろう自分の壁を固定するというものだった。

つまりは、全員が村の為に命を張ったのではない。逃げたくても体を拘束されている為に逃げることが許されなかったのだった。そして、現在巫女見習いの女の子達はその状態にある。どんなに祈ろうが、震えようが、足の力を抜こうが、立ち続け、生きている限り婆様の壁であり続けるのだった。

「ババ様―!!」

「死にたくない!!」

「うあーーーー!!!」

「うっ、うっ…」

「お願いします、お願いします、お願いします…」

子供の絶叫がこだまする地獄の光景であった。だが、幸いなことにこの現場を見ている者はいない。全員が神社に避難しており、この地獄が後世に伝えられることはない。万が一生き残る者がいるとすればそれは神社に避難している誰かだからだ。恐らく、ここにいる者、それは婆様も含めて全滅するからであった。

「さて、2撃目いっきますよー」

ラクトスはニヤニヤしながら目の前の女の子達を凝視する。笑いながら、恐怖する顔を自分の目に焼き付けながら、一思いに大鎌を振った。

ガキン。

ラクトスの大鎌は女の子達を切り裂くことなくはじかれたのだった。

「何だ、貴様!」

ラクトスは驚き、後ろに飛びのく。

「なぁ、ババ。本当にこれだけしか村を守る手段は無いのか?」

いきなり婆様の後ろから跳んできて、ラクトスの一撃を防いだ男はそう婆様に尋ねたのだった。

「シエフ…」

婆様は男の姿に唖然としたのだった。

「シ、シエフ…。体は大丈夫なのか?」

シエフと呼ばれた人物は既に血を吐いている状態だった。

「ババ、どうしたらこの村は助かる?」

シエフの言葉から婆様は強い意志を感じ取ったのだった。村が助かる方法…。シエフの願いを叶えるべく、婆様は急速に思考を回転させる。そして、婆様は1つの答えを導き出した。

「あるにはあるが…」

婆様はそれ以上口にできなかった。

「何だ?あるなら早く言え!俺が持たない」

「持たない…か。お主では無理だ。もう遅いんだよ、何をしたって、この定めは変えられない」

婆様はシエフに諦めろと言う。

「定め?変えられない?じゃあ、俺は何で今も生きているんだ?病気だが、ババのお陰で今も生きていられるんだぞ。ババは定めを変えられる。村ではそんな存在であり、村の希望だろ。そんな弱音を吐くな!」

そんなシエフの言葉にババは決心したかのように顔を上げる。そう、先ほど言いかけたが、1つだけ村が存続できる方法がある。ババの決意の固まった表情を見てシエフは笑った。

「そうだ、それでいいんだ。俺はこの村の為なら何だってするつもりだ。遠慮なく言ってくれ」

ババは少し口を開くのを躊躇った。だが、シエフの視線に当てられ、下向きな気持ちの一切が断ち切られる。

「お主の命と引き換えの平和だとしても。シエフ、お主はそれを望むか?」

シエフはババの言葉に戸惑うことなくニッコリと笑った。

「当たり前だろ」

「そうか…」

ババは少し残念そうにシエフに答える。

「で、具体的にはどうするんだ?」

「私とこの巫女たち5人でこの村に結界を張る。3段階以上の悪魔が入れない結界だ」

「そうか、なるほどな。じゃあ、早く取り掛かってくれ!」

「だが…」

ババはまだ躊躇っていた。今まで張り付けにして強制的に壁として使っていた巫女達を解放して言うことを聞くはずがないと思っているのだ。

「大丈夫だ、ババ」

そう言うと、シエフは張り付けにされている巫女たちに歩み寄る。

「頼む、お嬢さん方。今はこの村の為に飲み込んでくれないか。この村の為に今だけでもいいから、ババに協力してくれないか?俺はこの村が好きだ。もう誰も死なせたくない。俺はもう十分に生きた。だから、死ぬのはあと一人、俺だけにしてくれないか?どうかおじちゃんの願いを叶えてくれないか?」

血を吐きながらもそう訴えるシエフに心を打たれた巫女たちは皆、頷いたのだった。そしてババは巫女たちの拘束を解いた。

「皆よ、私に魔力を注いでおくれ」

ババの言葉に巫女たちは従う。

「何か変なこと始めちゃったねぇ、そうはさせないよ」

ラクトスはババたちの企みを潰そうと突進する。

「お前の相手は俺だ」

シエフはラクトスの拳を受け止めたのだった。

「お前…、本当にラクトスなのか?氷属性の俺が止められるオリジナルなんて、霊属性くらいなもんだぞ」

「小賢しい」

ラクトスはシエフを蹴り飛ばしたのだった。

「いやいや、ここは絶対に通さないから」

蹴り飛ばしたはずのシエフはラクトスの足にしがみつき、飛ばされることを阻止していたのだった。

「例え腕が千切れようが、絶対にここは通さない。グハッ…」

シエフは盛大に吐血したのだった。

「何だお前。出てきたばかりなのに既に虫の息ではないか」

ラクトスはシエフを笑い飛ばした。

「だから、何だってんだ」

「オリジナルだぞ、私は。新悪魔ごときが私に勝てると本気で思っているのか!?」

ラクトスの言葉にシエフは血を吐きながら笑うのだった。

「何言ってんだ、お前。アリだって象を殺せるんだぞ」

「減らず口が!!」

ラクトスの怒涛のラッシュが始まる。だが、シエフはしがみつきラクトスから離れようとはしない。


「父さん!!!」


その声にババは後ろを振り向く。そして、シエフも声のする方向に視線を動かす。


                 ・



ここは神社の中。避難組は社の中で身を寄せ合っていたのだった。外の音は聞こえない、静寂であった。爆発音も無いため、まだ戦闘が始まっていないのだろうと考えている者が多い。避難してからは既に30分以上が経っている。もしかすれば、ラクトスが来たなんて言うのはデマだったのかもしれない。

皆は少し安堵に包まれるのだった。

「ゴホッゴホッ」

「父さん、大丈夫?」

エルは隣にいる父さんの背中をさすってあげるのだった。

「あぁ、エル。私は大丈夫だよ」

そう言って優しい顔を向けてくれる。

「でも、薬は?婆様が作ってくれた薬を飲む時間じゃないの?」

「そうだね、急いでたから忘れちゃったな」

父さんは笑いながらエルに答えてくれる。

「薬なら私が取ってきましょうか?」

そう言うのはエルの母であった。

「アメリ、大丈夫だよ。まだ外は危険かもしれないんだ。君にもしものことがあったらいけない。君はエルの為にずっと側にいて欲しいんだ」

その言葉にエルの母は頷く。

「じゃあ、私が行こう」

そう言うのはお爺ちゃんだった。

「父さん、ダメですよ。父さんは村長なんだから、皆の為にここに残ってください」

我が子の言葉にお爺ちゃんは口を噤むのだった。

「じゃあ、僕が…」

エルはそう言うのだが、父さんに頭を強く撫でられるのだった。

「エル、お前は母さんとお爺ちゃんを守ってあげなさい。父さんはまだ大丈夫だから、自分で取ってくるよ。まだ元気だからね、元気な内に取ってくるから。すぐ戻るから、大人しく待っているんだよ」

「うん」

父さんの言葉にエルは強く頷くのだった。そして、母さんとお爺ちゃんの手をギュッと握ったのだった。

「偉いぞ、エル」

そう言うと父さんは神社から出ていったのだった。父さんが出ていってからもう1時間が経つ。だが、神社には誰一人戻ってこない。ここから自分の家までは往復でも10分程度。絶対に何かが起こったはずだ。もしかしたら、途中で父さんは倒れたのかもしれない。

エルは我慢できなくなり、神社を出たのだった。

外では爆破音、木々をなぎ倒す音など爆音が鳴り響いていた。家へと走るエル。だが、家に父さんの姿はなかった。エルの足は自然と音のする方へ向かっていたのだった。そして、威烈な光景を目の当たりにしてしまった。


目の前にはラクトスと戦っている父さんがいたのだった。


「父さん!!」


エルは叫ぶ。父さんは病気なんだ。動いちゃいけないんだ。じゃないと…。

エルの目からは次第に涙が溢れていた。


「父さん、父さん!!」


エルは戦っている父さんの元へと走るのだった。

「アメリ、早くこの子を止めなさい!!」

後ろからエルを追いかけて来ていたアメリにババがそう怒鳴る。ババからそう言われ、アメリはエルを後ろから抱きしめるのだった。

「母さん、母さん…。離してよ。父さんが、父さんが…。死んじゃう…」

エルは泣き叫びながら、ギュッと抱きしめて離さない母親に訴える。アメリもまた涙を流しながら、それでもギュッと抱きしめ、エルを離さなかった。

そして、ババがシエフに呟く。

「シエフ、良くやってくれた。お主はこの村の英雄だ。ありがとう、そして、さようなら」

そう言ってババは結界魔法を唱えた。【ラーフル】

ババの言葉にシエフは笑った。そして大きく息を吸い込んだ。

「エルぅううう!!!泣くな。強くなれ!!!」

そう言って、エルとシエフの視線が交錯する。

「母さんを頼んだぞ…」

バシュッ。

それが父さんの最後の言葉だった。父さんはエルの目の前でラクトスに体を真っ二つに切り裂かれたのだった。

「父さぁぁああああん!!!」

エルは絶望を全て吐き出すように叫んだのだった。

だが、一つだけ腑に落ちなかった。切り裂かれる間際、父さんは笑っていた。それが何故なのかは、一生分からないのだろうと思うエルであった。


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