3-15 許す
15章
クランは1人、西の祭壇へと向かっている。村人を送った時とは違い、森の中は静寂に包まれていた。魔物も現れなかった。そんな中、祭壇の付近に人影があった。赤髪の男性、ラクトスであった。ラクトスはクランを見つけると立ち上がりこちらへと歩いてくる。
「人間よ、タンダスを救ってくれたようだな。礼を言う」
頭を下げるラクトスに少し引き気味だった。あのバーレンを子ども扱いする程の強者に頭を下げさせている自分が恐ろしかったからだ。だが、疑問もあった。
「何でお前が礼を言うんだ?タンダスはお前とは関係ないだろうに。っていうか、お前が直接タンダスを救う方が効率良かったんじゃないのか?」
クランはバーレンとの戦闘の最中に言われたことを全く聞いていなかったのだ。ラクトスはやれやれと思いながらももう一度言ってやることにした。
「それは無理なんだ。俺はタンダスを見守るだけだと遥か昔に約束したんだ。だから、何が起ころうともあの村にだけは手出ししない」
クランはラクトスの言っている意味が全く理解できず首を傾げてしまう。見守るだけなら、救ってくれっていうのも間違ってるだろ、とか思っちゃうクランだったのだが、「誰と約束したんだ?」それが今は一番気になるところだった。世界最強と言われる土地神に約束させるような人物とはいったい。
「それは秘密だ」
「は…」
クランは目が点になった。これだけもったいぶった話し方をしといて一番重要なところは秘密とかありえないだろと呆れかえる。そして、それに気づいたのか、ラクトスがため息をついた。
「まぁ、タンダスを救って貰ったからな。1つだけ教えてやる。ただし、他言無用だぞ、分かったな?」
「あぁ…」
息をのむクラン。恐らくは誰も知らないことを知ることが出来るのだろう。知りたいという期待が半分、知ってしまうと後悔するかもしれないという恐怖が半分である。そんな中、ラクトスが口を開く。
「俺の名前はラクトス=ベースナーだ」
(…ベースナー。)
クランは今のラクトスの発言を頭の中で何度も転がす。そして思い当たる節を見つけた瞬間フリーズしたのだった。
(エル=ベースナー…。)
「じゃあな。頑張れよ、人間」
ラクトスはそう言うとその場から去っていった。ラクトスを見送り、クランは本来の目的を思い出す。(祭壇へ村人たちを迎えに行くんだった…。)
クランはまだ先ほどのラクトスの爆弾発言に意識を持っていかれたままだった。その驚いた顔のまま洞窟内に入っていったのだった。
「クラーン!」
ミヤはクランを見つけるなり駆け寄ってきた。抱き付いてきたミヤの頭をヨシヨシと撫でてやる。
「全て解決したから、皆で村に戻ろう。もう、生贄なんて制度は必要ない」
クランは皆にそう告げる。だが、本当にそうなのかはまだ不確かであった。生贄を捧げる相手はバーレンであり、ラクトスが倒してくれた。祈祷師であるババとの話が済めば生贄の制度は消えるはずである。だが、あの戦闘の最中、ババが姿を現すことはなかった。ババは村の守りの要なはずなのにどうして…、という不安もあったがひとまずは村人たちを村に帰すことが最優先であろう。きっと驚くだろうなと思うクランであった。村はヘルジャス軍との戦いでほぼ全壊しているからだ。巫女の屋敷には地下が存在し、そこだけは爆破の影響を受けなかったらしい。今はそこにケルトたちが寝ている。
「クランさん…」
セトが目を潤ませながら頭を下げていた。同様に村人達もクランに頭を下げるのだった。そうして、クランは村人たちを引き連れ村へと帰還したのであった。案の定、村人たちは唖然とした。全壊した村を見て、ヘルジャス兵の死体の山を見て。
(村の外に関しては俺たちじゃないんだけど…。)
とも思ったのだが、まぁそこは言う必要はないだろうとクランは何も言わなかった。村でレイナとクランは村人たちにエルの存在を伝えた。エルが必死になってこの村を守ろうとしていたこと。すると、村人達はエルに対し過去の仕打ちを悔いていた。西の祭壇へ行くまでに村人達は皆で協力し、魔物とも戦った。その経験がいい方向に向いたのだろう、もうエルのような子がでないように村を皆で守ろうと団結していたのだった。
それから数日が経つ。村では簡易の家が建てられていた。そしてケルトたちも復活を果たす。
「あー寝た、よく寝た」そう言いながらケルトが歩いているとケルトの視界にヤンムたちの姿が写る。
「あー、ヤンム。今こそ約束を果たす時だぞ。酒くれ」
ケルトの言葉にヤンムは苦笑いをするのであった。
「ケルトさん、本当に申し訳ないのですがお酒も全部戦いで壊されてしまったので…」
「へ…」
ケルトは目が点になった。一体俺は何のためにこんなに戦ったんだろう…。そういう後悔を胸に抱きながら絶望に崩れ落ちたのだった。ガコッ。崩れ落ちたケルトの後頭部にチョップするレイナ。
「あんた何言ってんのよ。酒なんて言ってる暇があるんだったら村の復興の手伝いをしてきなさいよ。はい、瓦礫運びに行く!」
ケルトは後ろ襟を掴まれ、レイナに引きずられていったのだった。
村の再建の手伝いをしていたケルトたち。少し落ち着いた頃、ずっと眠っているカイルの見舞いに巫女の屋敷の地下へと行ったのだが、いつの間にかカイルは姿を消していたのだった。
「カイルさん…」
エルはしょんぼりとしていた。あれだけの戦いを共にやってのけだのだ、エルはきちんと礼を言いたかったのに、それは叶わなかった。
「エル、気にすんな。そういう変な奴もいるんだって」
ケルトはエルの頭をポンポンと叩きながら励ましていたのだが、「カイルさんはケルトほど変な人じゃない!」と怒られてしまった。カイルはまぁ、今はどうでもいいだろう。それよりも大事なことがあった。村の修繕はとりあえずひと段落したのだった。これから行われることこそが非常に大事なことなのだ。村の中央に集められた村人たち、そして巫女にケルトたち。その中にはエルを見捨てた祖父の姿もあった。
ケルトたちの立ち合いの元、この村で起こっていたことについて巫女達が全てを打ち明ける時がやってきたのだ。皆の前に立つのは巫女のリーダーであるクイナ=ラランズという女性であった。
「私の名前はクイナ=ラランズと申します。皆さん知っている通り私は巫女としてババ様に仕えておりました。他の4名に関しても同じです。皆さんが噂しているババ様なのですが、落ち着いて聞いてください」
クイナがそう言って一旦口を閉じると、他の巫女達もクイナの横に並び地面に膝をついたのだった。
「ババ様は私たちが殺しました。暗殺依頼をし、銀髪の女性に殺してもらいました。その後、ずっとその銀髪の女性がババ様の変装をしてこのタンダスの結界を維持されてきました。恐らくババ様の屋敷を爆破したのはその銀髪の女性であると思われるのですが、この戦乱の中で姿を消してしまいました。全ては私たちの浅はかな行動のせいです。責任をとり、私たちは今この場で死罪を受け入れます」
そう言うと、その場で土下座したのだった。その光景に、内容に唖然とする村人達。そして誰かが話すよりも先に村長が口を開く。
「彼女たちが死ぬ必要はない。彼女たちが何故このようなことをしたのか、皆は知らないだろう。覚えているか?昔ラクトスが攻めてきたときのことを。あの時エルの父親がラクトスを止めてくれたおかげで村は助かったのだ。それは誰もが知ること。だが、最初そんな予定は無かったんだ。ババが死を賭してラクトスと戦うつもりだったんだ。そしてこの子たちはババの盾として生きたままラクトスの攻撃から身を守る壁にされたんじゃ。体を拘束する魔法を使われて。だから、彼女たちの恨みに対して私たちは何も言えない。元々この村の出身でもない彼女たちに死を賭して村を守れなど言えない。まだ小さかったこの子たちに村の為に死ねなどとは言えない。だから、全ての責任は私がとる、私の命一つで許して欲しい」
そう言って村長は皆の前で土下座したのだった。そんな村長の姿をジッと見ているエル。村人たちは、特に自分の子を生贄にされた者たちは怒りからか村長を殺そうと話しているのだが。
「許す!」
エルはそう言ったのだった。それに周りがざわつく。そして一番の功労者でありながら、この村での一番の不幸を味わったエルに対して意見できる村人がいないことも確かな事であり、ざわついていた皆は静まり返るのだった。
戦いの中で分かった。僕は昔捨てられた。村から、そしてお爺ちゃんはそんな僕を見ないようにして、助けてくれなかった。恨んだ、心の底から恨んだ。そのせいで僕の母さんは死んだんだ。だが、その考えは間違っていると気づいたんだ。村を守る為に皆は行動した、生贄だってそうだ。この村を守る為に――だ。だから…。
「誰が悪いとかそういうのはないから。皆、村を守ろうと必死で、村を第一に考えて行動したんだ。だから…、だから、僕は全てを許すよ」
エルの言葉に村人たちは頭を下げるのだった。皆思うところがあるのだろう。西の祭壇に行く際に一丸となって戦った。村を守るということがどういうことなのか、守られてばかりだった者達が今度は守る側に立った。だからこそ分かること。
しんみりとした空気がこの場を包む。そんな中、ケルトは大きくため息を吐くのだった。
「タンダスは救われたってことだな。めでたし、めでたし。シラケた空気はここまでだ、これからは救われたタンダスを祝おうじゃないか。巫女、地下に酒あるだろ、全部持ってこいや!」
ケルトの言葉に巫女達は頷き、酒を取りに走った。ヤンムたちは他の者達を引き連れ、宴席に出す料理を作りに行ったのだった。その光景を見てニヤニヤしだすケルト。
「あんたは復興の手伝いも結構サボってたからね、禁酒で」
レイナはケルトにデコピンしながら怒鳴り散らすのだった。
「ふざっけ!!」
ケルトは猛抗議するのだった。酒とは、ケルトにとって命よりも大事なものである。それをレイナに力説するのだが、レイナは耳をふさぎケルトの言葉を聞こうとはしなかった。そんな中、クランはケルトの怒られる様を見ながら笑っている。
「クランも笑ってる場合じゃないからね。あんたら何で村に来るのが遅かったのよ。罰として2人ともここで1時間正座してなさい!」
レイナは両手を腰に当て、ビシッと言い放つ。
「な…、ちゃんと来て、戦ったからいいだろ…」
「いやいや、作戦立てたでしょ。ちゃんと実行しなかった罪はちゃんと償って貰います」
「罪って…、俺たちはヒーローだろ」
早く宴会に参加したいケルトはレイナの言葉に何が何でも食い下がる。
「ヒーロー?俺たち?遅れて来といて偉そうに言うんじゃないわよ」
「ひ、ヒーローじゃない、だ…と…」
ケルトの讃えられながら酒を楽しむイメージが一気に崩れ去った。
「うん」
レイナは満面の笑みでそう答えるのだった。と、そこにミヤが近づいてくる。
「クランはヒーローだよ。私たちを救ってくれたから」
レイナに責められていたクランに救いの女神が舞い降りたのだった。
「ミヤ…」
クランの呟きにミヤはニッコリと笑い返すと、クランを庇うようにクランの前に立ち、レイナの手を握ったのだった。
「はぁ…、じゃあクランは釈放」
レイナはミヤの潤んだ瞳に負け、クランを釈放したのだった。
「…ノリ軽っ」
思わず声に出てしまったクランだったが、キリッとレイナに睨まれ、言わなかったということにしてミヤに手を引かれるがまま、その場を後にしたのだった。
「俺は?」
クランの釈放される光景をずっと見ていたケルトは現在1人で正座させられていた。
「ケルトには誰か弁護してくれる人はいる訳?」
レイナの問いにケルトは辺りを見回し確認するのだが――、誰も気にかけてくれそうな人はいなかった。少し目を閉じて名案を思い付くのだった。弁護してくれる人物…。
「…お、れ」
自己弁護を主張するケルト。それに対しレイナは「却下」と即答したのだった。クランの楽しんでいる様子を横目に見ながら正座しているケルト。
「あの裏切り者が…」
そうボソッと呟くのだった。その言葉に「フフッ」と笑ったレイナ。
「クラン、ちょっとだけど変わったかもね。角が取れたっていうか、何というか…」
レイナはクランとミヤが手を繋いで歩いている姿を見てふとそう思ったのだった。
「そうだな。じゃあ、俺たちもそろそろ皆のところに行こうか」
ケルトはレイナの肩をたたきそう言った。
「うん」
そして歩き出したのだが、レイナは一歩進んだところで足を止めた。
「ケルトは1時間正座してから来てね」
レイナは笑いながらケルトの足元を指さしていた。
(…くっそ。さっきのいい雰囲気で忘れちまったかと思ってたが、ねちっこい奴だぜ、全く。)
ケルトはそのままその場に座った。
(うるさいからやっとこう。)
「素直でよろしい」
レイナは笑いながらその場を去っていった。
「忠犬か、俺は…」
1時間後、ケルトも加わり盛大に宴会が行われた。丸太を組んで作ったかがり火を囲み皆で笑い合ったのだった。夜が明けるまで飲み明かしたのだった。もうこの村に結界の必要はないだろう。生贄だってそうだ。話し合いでエルが村長になると決まった。村は自分たちで守るという意見に皆が同意したのだった。それはそれで大変だろうとは思うが、皆で決めたことだ。昔のしきたりなんかよりは断然いいだろう。
そして次の日の朝を迎えるのだった。
「行くぞ、ケルト」
「あと、1時間…」
ケルトはクランにそう言い残すと、再び瞼を閉じた。だが、ケルトがそう易々と眠ってられるはずがなかった。
「イギッ、いっつーぁぁあああ!!」
朝っぱらからケルトの断末魔が響き渡った。
「そういうお約束はいいから」
レイナはかがり火の付近で寝ているケルトの耳をつまみ、そのまま引っ張り上げたのだった。
「お約束はお前だっての」
いがみ合っているケルトとレイナの間にクランが割って入る。
「村人たちには朝には出発するって言ってあるから、そのまま行くぞ」
クランは準備万端の姿でケルトの前に立っている。
「…初耳なんですが」
「いいから、早く準備しろ」
クランに急かされ、ケルトはしょうがなく荷造りを始めた。
「おい、お前は何を一生懸命リュックに詰めてんだ?」
クランの問いかけにケルトの額には冷や汗が流れる。巫女達の部屋には予想外に酒がストックしてあったのだ。飲み切れずそのまま放置されていた一升瓶を一生懸命にケルトの背中程の大きさしかないリュックに何本も押し込んでいるのだった。
「これがないと眠れないんだよぉおお、俺は!」
「うるせぇ、酒なんてお前にとっては百害でしかないんだよ」
お次はケルトとクランが争い始めていた。そこにヤンムがやってくる。
「おはようございます。朝食の準備が出来ていますので、出発する前に食べていかれてください」
ヤンムの言葉にケルトとクランは争いをやめたのだった。
「うん、ありがと」
ケルトたちはヤンムの表情を見て、自然と笑顔になったのだった。あれだけ暗い顔をし、抜け殻のような状態だったヤンムに温かさが戻っていたことに安心したのだった。
「あと、クランさん。昨日はミヤが大変お世話になりました。クランさんのことが大好きになったみたいで、またいつかミヤに会いに来てやって下さい」
「あぁ」
「ミヤはどこにいるんですか?」
最後にミヤの顔を見たくなったレイナがそう尋ねると、「今は先ほどまでクランさんが寝ていた場所で寝ていると思いますよ」
ヤンムの言葉にケルトはハッとした。
「て、てめぇ…、幼女キラーだったのか。マジ人間性疑うわー」
ケルトの言葉にクランから殺気が漂い始める。
「俺はそんな変態じゃないから。次に幼女キラーって言葉を使ったら、お前の体真っ二つにしてやるからな」
クランの威嚇にケルトは無言になるのだが、その視線は軽蔑の眼差しだったという。そして、ケルトたちは朝食を済ませ、ヤンムとセトに挨拶すると、まだ寝ているエルの顔を拝んでから静かに村を出ていった。
「これからどうすんの?」
レイナの問いにケルトは一瞬ニヤリと悪い顔をしたのだった。
(フォードがヘルジャス王国にいる。次は殺してやる。)




