3-14 信念
14章
(うへっ…、マジやばしー、なんですけど…。)
ケルトは目の前で無呼吸連打の拳を継続するファーメンドルに手を焼いていた。何が悪いのか、それは全てにおいてケルトが劣っているということ。スピードもファーメンドルの方が速い。力だって、防御力だってケルトよりも高い。
「火属性の癖に覇属性に真っ向勝負とは、お前イカれてるな」
ファーメンドルは殴り続けながらケルトをバカにしている。「そりゃ、どうも」と、ケルトは愛想笑いをしながら受け流すのだが。
「お前の前に戦った奴は分をわきまえていたぞ。自分の能力に合わせた戦い方だ」
「へー、ソーナンダー」
適当に受け流すケルトに対し怒りがフツフツと湧いてくるファーメンドル。「サル以下が!!」と怒号を飛ばすのだった。そして、心なしか力も少し上昇している気がする。どうやら、そろそろ仕留めようとしているようである。
(だがしかし!)
ケルトは取り合わない。ケルトには今ファーメンドルを倒す程の攻撃、手段に心当たりがない。故に相手の戦い方から探り続けるしかないのだ。それが今の現状となっている。全てを躱しきれる訳では無い。
(きた!)
【破壊玉】ファーメンドルはエネルギー弾をケルトに向け発射する。
「ロケットまん!」
【火放】ケルトは足裏より火炎を放出させ真上へ即座に離脱する。が、すぐに下へと突っ込みボコーン。【火壁】ファーメンドルにカウンターの一撃を食らうのだった。
「ぶへっ」
火の壁を張ることにより正確な打撃位置をずらし細々と生き長らえているケルト。クリーンヒットを食らえば一撃ノックアウトの無理ゲーである。もっと賢い戦い方はある、それなのに何故こんな無謀を繰り返すのか。それは今ケルトがテンションマックスであるからである。
村に着く前にデリアと出会った。恐らくデリアの仲間は全員が目の前のファーメンドルよりも強い。そして、ザキルと出会った。この村にいたのはフォードの仲間、仇に少し近づいたってのに弱いままではいたくない。それに、デリアから貰った血を飲んで何故か分からないが体が猛烈にたぎっているのだ。痛みの感覚がマヒしているかのように鈍い。アドレナリンが異常分泌しているのか、前へ更に前へ、求心力がハンパない。
(エネルギー弾を打つときだけ少し動きが遅くなるんだよなぁ…。)
隙はそこにある。だが、そこからの一手に事欠いていた。と、ボコーン。【火壁】考えに耽っていたケルトが逆に隙を見せる結果となり、豪快に吹き飛ばされてしまった。
ズズズズー。ケルトの側には人影があった。
「おや、クランにレイナ」
ケルトは上を向きそう言葉を発する。だが、速度を上げ追撃を仕掛けるファーメンドルがすぐ側にいる。ドーン。ファーメンドルの拳にクランは剣の平で応戦する。拳の重みが遥かに違う。今までの相手なんて比にならない程の強さだった。受け止めきれず体が浮くのだが、「クラン、しっかり!」後ろでレイナがクランの体を支えている。寝転んでいるケルトの頭上でとんでもない攻防が繰り広げられている。
(いや…、心臓に悪いって…。)
【火放】ケルトはファーメンドルの真下から火炎を放射する。咄嗟に後方へ回避し次は寝転んでいるケルトへと攻撃を仕掛ける。ズドーン。地をえぐる程の威力のパンチが地面に突き刺さる。
「退避―、退避―!」
ケルトの叫びと同時にクランとレイナも後方へと逃げる。砂煙が辺りを覆う中、クランが「俺に考えがある。炎を振りまきながらできる限り広範囲で戦え」と言われ、首を傾げる。
「俺は真っ向勝負の――」
「たまには素直に従いなさい」
そう言ってレイナに両頬をつままれる。「う、うん…」ケルトはレイナにつままれているのが地味に痛いので仕方なくクランの言葉に従うことにした。砂煙の晴れない中、ケルトはそこら中を駆け回り、ファーメンドルに向かって火炎を放ちまくる。ファーメンドルが急接近してくる様は煙の揺れ具合でなんとなく察知できた。だが、こちらもピンポイントでファーメンドルを狙い打てない。
【ミスト】レイナが霧の魔法を唱えると同時にクランも動き出す。低空で素早く距離を詰め、バシュッ。クランは素早くファーメンドルに斬りかかった。だが、斬った感触がない。どうやら剣は空を切ってしまったようだ。
「くそっ」
再びクランは走り出す。
「全員消毒してやるぅ、かかってこーい!」
【バーニングオーラ】ケルトは体中に炎を纏い、ひたすら火を吹きながら誰ともなく暴れまわっていた。
煙の揺らめきから危険を察知するクラン。ガキン。煙の中から飛び出てきた拳を必死に受け流す。そして、クランは大きく後方に回避しようとするのだが。
「まず1人」
距離を取ったはずなのに目の前にはファーメンドルが拳を構えていた。
(くそっ…。)
クランは必死にファーメンドルを見据える。ファーメンドルが振りかぶった瞬間、拳が消えたのだった。回避不可能な一撃、クランは剣の平で覆える分だけ体を隠す。
ズドーン。目の前で大きな音がする。クランの目の前には今、誰もいない。辺りには熱気だけが漂っていた。
(まさか…。)
クランは最初レイナの霧の技を使い、それをケルトの炎と掛け合わせることで蜃気楼を作り出そうとしていた。そうすればいくら速度に自信のあるファーメンドルでも目標を失い変に突進できなくなると考えたからだ。こちらにも不利ではあるが、先ほどよりは戦いやすくなると踏んでいた。しかし、「光の屈折…。あいつが考えてやっているとは思えない…。偶然か…、とんだラッキーボーイだな」クランは呆れ笑いをしていた。
クランは即座にレイナを捜しに走る。近くにいて、戦いの巻き沿いになってしまうのを避ける為だ。
(行け、ケルト。今のお前は誰にも見えない、無敵だ。)
・
砂煙がだんだんと晴れていく中、ファーメンドルを予想外の事態が襲う。ドゴーン。ファーメンドルは再び吹き飛ばされた。気配を感じることはできるが、それが複数いる為中々的を絞りこめない。
(クソ…、匂いで察知したいところだが、森の焼ける臭いで鼻が利かない…。)
相手は恐らくあの混血野郎だ。だが、全く見えない。スピードが上がったのか?力を隠していたというのか?謎の現象に考えを巡らせる。
ズドーン。(くそっ…。)インパクトの瞬間に捕まえようとしたのだが、スカをくらってしまった。とりあえずガードを固めることくらいしかできない。防戦一方に殴られ続けるファーメンドル。
(俺はヘルジャス王国を守る戦士だ!悪には屈さない。)
ファーメンドルは生まれも育ちもヘルジャス王国だ。幼い頃憧れたヘルジャス王国の元帥、それは今はもういない。元帥の名はバーランド=ブロコ。そう、俺の父親だ。王国で一番強い戦士だった。だが、戦死した。もう伝説になったと思われていたラクトスに殺されたのだ。父は当時ヘルジャスにて指名手配されているオルカローム=ベサリィを追い、ラクトスの森に進軍した。そして、そこでラクトスと遭遇し、殺されたのだという。それは国へと逃げ帰った兵士が言っていたので間違いないだろう。赤髪で男性の姿をしたオリジナルだと言っていた。そして、過去のヘルジャスの文献にも同じようにラクトスの容姿が記されていた。俺はラクトスを許さない、必ず仇はとってやる。そう思い、ラクトスの森での事件には率先して首を突っ込んでいた。だが、今回現れたのは偽物も偽物、期待外れにも程があるってもんだ。俺はラクトスを倒す為、父の仇を討つ為に軍へと志願した。そして隊長まで上り詰めたのだ。
なのに…。
「くそったれがぁああ!!!」
現状の自分にイラだちが抑えられない。ラクトスどころかどこの馬の骨とも分からない混血、人間、悪魔に翻弄されている。俺には他にもっとやることがあるんだ。こんな奴らの相手をしている暇なんてないんだ。そう思えば思うほどに苛立ちは募っていく。乱暴に巨大化させた腕を振り回すのだが当たらない。その代わりに相手からの渾身の攻撃を食らい続けている。砂煙は既に晴れており、ある程度の視野は確保されている。それなのに全く相手の姿が見えないのだ。
(こうなれば仕方ないか…。)
ファーメンドルは魔法を唱える。【魔界の手】先ほども唱えていた魔法ではあるがそれを最大まで使用するつもりでいるのだった。自分のできる最大限の巨大化。先ほどまで2m程であった腕は倍の4mにまで巨大化していた。ニヒッと笑うと、再びファーメンドルは腕を振り回しだす。木々を薙ぎ倒し風が流れだす。それに伴い湿っぽかった森の空気が乾いていくのを感じる。
(いるじゃねぇかよ。)
ファーメンドルの視界には飛んでくる混血の姿があった。バットでボールを打つようにファーメンドルは腕を振り抜いた。カスッ。フルスイングした腕に少々掠った感覚を覚える。
(芯を捕えたように見えたんだがな…。)
【破壊玉】お次は無作為にエネルギー弾を放ちまくる。木々の生い茂る一帯をまっさらにしてやれば嫌でも出てこなければならなくなる。相手にはなるがここを動く気はないと主張するのが得策だろうと考えるファーメンドルであった。再び飛んでくる混血。それに合わせるように腕を振りかぶりフルスイングする。スカッ。空振りしてしまった。そしていらない一撃を貰ってしまう。小さなダメージがチクチクと積み重なっていく。それが功を成したのだろう、ファーメンドルの体が初めてグラついたのだった。
(有効だと判断しているようだな。次も恐らくは突進してくるはず…。)
ファーメンドルの予想は的中する。混血はまんまと撒いた餌に食いついたのだ。
・
「え…!?」
いきなり飛んできた4mくらいある腕がクランの脇腹にクリーンヒットした。バキッ。
「グハッ…」
クランは宙を舞いながら盛大に吐血するのだった。
「ちっ、混血じゃないのか。ハズレだな」
クランはレイナをこの場から遠ざける為に蜃気楼の中、レイナを捜しまわっていた。そして、それが油断に繋がったのだ。見えない速度での腕のフルスイングへの警戒を怠ってしまったのだ。だが、それは仕方のないことである。ファーメンドルはそれまで半分の大きさの腕を振っていたのだから。その感覚での警戒であれば、その倍になった腕から逃れることは恐らく不可能である。
「おやおや、混血もいるじゃねぇかよ」
ファーメンドルの目の前には今まで見えなかったケルトがいたのだった。
「かくれんぼ作戦はもう止めたのか?」
ファーメンドルの問いにケルトは返事しない。クランの側に寄り口に手を当て、クランがまだ生きていると確認すると、「レイナ―!!」と叫ぶ。
ファーメンドルには理解できない光景である。この混血は何をしているのか?もし人間を助けたいのなら即座に抱え上げ、この場から離脱するのが筋である。だが、そんな様子はない。どれだけの攻撃を与えても有効打になっていないことは本人が一番分かっているはずなのに、先ほどまでやっていた足から火を出す技を使えば、もしかすれば逃げ切れるかもしれないのに。混血の目は死んでいない。というか、何かがおかしいと感じるファーメンドルであった。そしてその答えはすぐに分かるのだった。
「お前…、何故両目が光ってる?」
だが、ケルトは相手にしない。そこにレイナがやってくる。
「頼む、まだ回復魔法でいけるはずだから。クランを助けてやってくれ」
ケルトの頼みにレイナは頷く。レイナも知っている、もう見ているから。ケルトの雰囲気が急に変わる時が今までに1度だけあった。ローゼルピスニカの港でガロンと偽ガンザと戦った時だ。隻眼のはずのケルトが両目を発光させている。それはありえないことである。この世界に隻眼の悪魔はそれなりにいるのだが、隻眼の悪魔が両目を光らせることはない。これは一種の呪いと言われており解決策は今のところ無い。両眼に比べ隻眼は魔力開放率が極端に低い。魔法攻撃の威力が極端に低く、戦闘には向かないというレッテルを貼られるのだ。
だが、目の前にいるケルトは違う。何故そんなことができているのか、分からないのだが、そんなことはどうでもよかった。素直に任せられると思えるからこそ、レイナは何も言わずクランを回収してその場から離れたのだった。
「本当に勘弁してほしいんだが…」
そうボヤキながらケルトはファーメンドルに歩み寄る。
「火属性が真っ向勝負とはいい度胸だな!」
ファーメンドルの啖呵にケルトはため息をつくのだった。
「それはもう聞いた。お前が正義かどうかなんてどうでもいい。俺は俺の仲間を傷つけたお前を絶対に許さない」
「許さないだと。それはこっちのセリフだ。どうせお前もさっきの人間も殺すんだ。順番なんてどうでもいいだろ」
「はぁ…、確かに。ここまできたらどうでもいいわ」
「じゃあ、大人しく死ね!」
ファーメンドルは巨大化した腕を最速で振るう。スカッ。偶然にも避けられてしまったようだ。それなら、と間髪入れずもう一撃加える。スカッ。
(はっ…!?)
ファーメンドルは唖然とする。目の前の混血はただこちらに向かって歩いてきているだけである。それを殴り飛ばすだけの作業、それなのに全く当たらないどころか混血の手の届く側まで接近されている。
「眠れ」
ケルトはファーメンドルの顔面を片手で掴むと、そのまま後ろに押し倒し、後頭部を地面に叩きつけた。ズドーン。その威力は地面をえぐる程であった。
戦いは終わった。手を離したケルトはそのままその場から去っていった。ファーメンドルはといえば動いていなかった。意識を失っただけなのか、はたまた死んだのか、それはケルトも確認しておらず誰にも分からないことであった。
辺りは地形が変わる程の戦闘跡を残したのだが、何故か次に訪れた時にはその破壊痕も薙ぎ倒された木々たちも元通りになっていたという。そして、ファーメンドルもいなかったのだとか。ヘルジャス王国にも帰っていない、彼がどこへ行ったのか、死んで土の下に埋まったのか、誰も知らない。この森の主以外は。
ケルトは無事ファーメンドルを倒し、村へと戻って来たのだが。レイナたちを見つけるとその場に倒れ、昏睡状態になってしまったのだった。
「ケルトぉ!」
レイナは倒れたケルトに駆け寄り、巫女達の案内の元、巫女の屋敷に寝かせて貰ったのだった。エルも疲弊して眠っているし、カイルも同じく眠っている。
「あ、ありがと…」
そうお礼を言うとクランは立ち上がろうとする。
「いや…、まだ治療終わってないし」
「俺にはまだやることがあるんだ。祭壇に皆を迎えにいかないと…」
苦しそうな感じでもクランは立ち上がり祭壇へ行こうとする。
「代わりに私が行くから――」だが、話の途中でクランが割って入る。「約束したんだ、村の皆と。だから俺が行きたいんだ。レイナは他の皆を見ててくれ。俺なら大丈夫だから」
そう言ってクランは村から出ていった。
「ったく、もう…。変なところで強情よね、クランって」
レイナは呆れながらクランを見送ったのだった。




