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3-13 笑っていたいから

  13章



…。


(…ふへっ?)


ケルトが猛ダッシュでタンダスへ向かっていると、ケルトの前に何やら見覚えのある奴が猛ダッシュで同じくタンダスへ向かっていた。

(んんんんんー。)

ケルトは気合でそいつに追いついた。

「おい、何してんだよ、クラン」

ケルトはクランと並走しながら話しかけた。

「はぁああ?お前こそ何してんだよ」

クランは今、ケルトが横にいることに凄く驚いていた。

「いや…、いろいろとありまして…」

「お前の作戦、お前がブチ壊してんじゃねぇかよ」

クランは呆れていた。

「まぁまぁ、そう言うなって」

そうです、私は予め作戦を立てました。全てのイレギュラーによって粉々にされちゃったんだけど。

まず、レイナがタンダスの結界を壊し、エルが村に入れるようにする。

そして、俺がタンダスの婆さんの秘密を暴く。クラン、レイナ、エルは婆さんを捜し、捕まえる。

最後に俺も合流して婆さんにはぐうの音も出ない程の意見をかます。婆さんは反省し村は平和を取り戻したとさ。チャンチャン、的な…ね。最終的にはいろいろと間違ってたし、変わっちゃったんだけどね。

「とりあえず、間に合ってくれればいいんだが」

「何とかなるさ」

ケルト達はそうこうしながらタンダスへ急いでいたのだが。

「前方、誰かいるぞ!」

クランの言葉にケルトはクランの手を引っ張る。

「関係ないからー!」

一気に突っ切ろうとしたケルト。だが、そうはいかなかった。

「はいはい、大人しくしてね」

「動かないでね、殺されたくないのなら」

ケルト達は簡単に捕縛されたのだった。そして木陰から1人の女性が出てくる。

「はーい、私はデリア=ヘルダン。ブロードディーラーです。そこの混血君には興味がないけれども、隣の人間君には興味がありまして」

「てめぇ…」

捕縛されているケルトは怒りを露にする。

「デリア、危ない」

さっとデリアの前に出てきた少年は即座にケルトの顔面に手をかざす。

「ベル、ストップ」

デリアはケルトに攻撃しようとした少年、アルベルト、愛称ベルを止める。

「商談だ、その人間を売ってくれ。いくらだ?」

「こいつは売り物じゃない。殺すぞ」

ケルトは殺気を飛ばす。

「お前はタンダスへと走っている。今タンダスは物々しい感じだな。ヘルジャス王国軍に囲まれてる。どうするつもりだ?」

「俺は村を助ける。だから、解放しろ!」

「ほう、まぁいい、混血。では命を買え。それで解放してやる。1人100万eでどうだ?」

「くっ・・・」

ケルトは金を持っていなかった。

「俺は――」

ケルトが金がないと言おうとした瞬間だった。

「200万e払う。それでいいんだろ」

クランがそう言ったのだった。

「ほぉ、ほぉほぉ。君、人間の割りに大金持ってんだね。いいよ、それでいいよ」

クランはデリアに金を支払った。

「君たちはどうも金の匂いがする。またいつか会える気がするから、今回はサービスしちゃう。この血をあげよう、混血君。そして、タンダスまでの道は私たちが切り開いてあげよう」

その言葉に唖然とするケルトとクラン。

「アバル、エリ、もうその子たちは離していいよ」

デリアの言葉でケルトたちは解放された。

「じゃあ、行きますか、諸君。村以外の森の中のヘルジャス兵の殲滅、同時に森から撤退するのであーる」

デリアの命令と同時に少年以外の5人が颯爽と森の中に姿を消したのだった。

「デリア、僕から離れないで」

少年はデリアの側で警護するのだった。

「うんうん、ベル。頼んだよー」

そう言って、デリアは後ろを向く。

「君たちも急いでいるんでしょ。早く行きたまえ」

その言葉に我に返ったケルトとクランは即座にタンダスへと向かうのだった。

「混血君、今すぐ血を飲むことを進める。村への移動速度も上がるだろうからね。それともう一つ。私は何よりも仲間を重んじる。何故かは分からんが、お前も私と同じ匂いがした」

デリアは真顔で唇の端を上げる。そして、忠告に素直に従うケルト。一気に貰った血を飲み干しクランの手を掴むと、村へと駆けだしたのだった。

(あの混血はいったい何者だ?絶対に死ぬ状況であの殺気…。得体のしれないものとは怖い怖い。)

デリアはベルの頭を撫でながら森を歩くのだった。


                    ・



タンダスの村内部。ここは今、ファーメンドルの独壇場と化していた。

拳を振り上げたファーメンドルに対し、成す術の無いカイルだった。

ドン。そう諦め目を閉じていたカイルに聞こえる。殴られる気配がない。そっと目を開けたカイルの目の前にはレイナがいたのだった。何故レイナがここにいるのか。それはレイナがファーメンドルにタックルをかましたからだった。

「ふー、痛い、痛い」

唖然とするカイル。

「何であんたそんなにピンピンしてんのよ!」

レイナの問いにファーメンドルは笑い出す。

「それはな、最後だからネタバラししてやるが、俺のスキル【スブル】を使いあいつの攻撃をしのいだんだよ。無傷だ」

ファーメンドルの返答にカイルは愕然とする。エルを見れば虫の息であり、もう立ち上がれそうには無い。

このまま何もしなければレイナがやられる。そんなことは絶対に認めたくないカイルは時空間から血の入った小瓶を取り出す。一気に飲み干し、力を回復させる。疲労感は取れないので足はガクガクではあったが、今一度気合を入れなおす。強制的に魔力を回復させることには弊害があり、アドレナリンが切れた時一気に疲労感に襲われ、2,3日動けなくなってしまう時もある。だが、そんなことは言ってられない。次の仕事は断ろうと決め、カイルは立ち上がる。

「まだ立ち上がるか。抗ったツケを支払ってもらうか。おい、お前等、全員捕縛し、俺の前に連れて来い」

ファーメンドルは部下たちに命令を下す。部下たちはカイルがファーメンドルを相手にしている間にエルたちを次々に捕縛していく。

「カイル、お前は国に連れて帰ってから死刑だ。だが、他の奴等は1人ずつこの場で処刑していく」

必死に抗うカイルだが、意識が今にも飛びそうであり集中できない。故に魔法が発動しないのであった。赤子のように扱われながらボコボコに殴られるカイル。

意識が飛びそうな中、レイナの声が聞こえた。

「ケルトーー!!」


                    ・



ケルトとクランは村へと辿り着いた。「ケルトーー!!」とレイナが叫ぶのだった。そこには捕縛されたレイナ、エル、巫女たちがいる。

「誰が敵なんだ?」

ケルトはクランを担ぎながら猛烈に走っている。

「状況からして、恐らくは角の奴っぽいな」

「そうか」

そう言うとケルトは担いでいたクランを放り投げる。

「は…?」

宙に浮いたクランは今何が起きているのかを理解できない。だが、即座に剣を抜き角の生えた男に斬りかかる。ガキン。驚くべきことに角の生えた男の体は大剣で斬れなかった。それどころか、剣をはじかれてしまったのだった。

危険を感じ、即座に離れるクラン。と、後ろにも危険を感じ、クランは即座にしゃがんだ。【火放】ケルトの足からは炎が放出され、ロケットのように突き進む。

ガゴッ。角の生えた悪魔に渾身の右ストレートを放ったケルト。それをくらい吹っ飛ばされるのであった。

「ふぅ…。大丈夫か?」

ケルトはへたり込んでいる男にそう尋ねる。だが、男は意識がないようで返答がない。

ドサッ。ケルトは後ろから押され、地面に顔面ダイブしたのだった。

「いいたいことは山ほどあるが、今は抑えといてやる」

そう言って、クランは走った。レイナたちを捕縛する男たちに向かって。

バシュッ。最初にレイナを解放する。バコッ。

「クラン、遅すぎ!何してたのよ!」

勢いよくレイナに殴られ、頭がクラクラしているのだが、

「すまん。だが、今は皆の解放が先だろ。誰が敵かを指示してくれ」

クランの言葉にレイナは怒りを抑え、的確に指示を飛ばす。それに合わせてクランが次々とヘルジャス兵を倒していく。

そんな中、先ほどケルトに吹き飛ばされた角の男がゆっくりと歩きながら戻ってくる。

「おい、お前は報告にあった混血だな。それにもう1人は人間。これでヴォルドの言ってた奴等は全員って訳か。…いや違うな。ザキル=メイビスがいない。おい、混血。ザキルはどこだ?」

(ん?ザキル?何か聞き覚えがあるような…。いろいろありすぎて忘れたわ。)

「ん?知らん。ってか、お前は誰だ?」

「俺はファーメンドル=ブロコ。ヘルジャス王国の隊長だ。お前たちはここで処刑する」

「はぁ?何故に処刑?まったく意味が分からないんですけど」

「意味が分からないか。言いたくないのならそれでいい。死んで後悔することだな」

「そうか。俺は後悔しない質だ。故に死なない」

自信満々に言い放つケルトにファーメンドルはため息をついた。

「後悔しないから死なない?頭が悪いにも程があるだろ。お前と話しているとイライラする」

ファーメンドルは接近し連打を放つ。ケルトはそれを寸分の狂いもなく躱していく。

「気が合うな。俺もお前と話すとイライラする」

【火放】言葉と同時にケルトはファーメンドルの顔面に火炎を放射する。ボワッ。火炎の中から手が伸びてくる。ボコーン。ケルトは気持ちいいくらいに吹き飛ばされた。

「はへ?」

気づいたときにはもう目の前にファーメンドルがいる。ボコーン。再びケルトは殴り飛ばされる。

ボコーン、ボコーン。

殴ると同時に走り出し、ケルトに追撃を仕掛ける。ボコーン。

「グハッ…」

(何だ、こいつ。最初ははっはっはとか言って余裕を示すシーンだろうが。必死すぎて俺、ツラたん…。)

ボコーン。

(てか、マジ無理!)

ケルトは飛ばされる途中で軌道を強制的に変える為、横に回避する。

「へ?」

ボコーン。ケルトの回避にも難なく追尾し、更なる一撃を与える。

(マジだめだって。この人強すぎだって…。)

動きは見える。だが、攻撃を繰り出す瞬間だけケルトの視界から消える。故に回避できないのだ。最初は錯覚かと思っていたが、こう何度も殴られれば嫌でも分かる。

(くそ…、アラル戦でもう必殺技は使えないんだよ…。どうすんべ。)


                ・



【ヒール】レイナはクランの後方に控え、ヘルジャス兵との戦いで疲弊したクランを随時回復させていた。

「すまん、助かる」

クランはレイナにお礼を言いつつ、ヘルジャス兵をバッサバッサと斬り倒していく。

「あの女性は味方だから」

レイナの指示にクランは兵士に囲まれている巫女を救出する。クランが斬りこみ、瞬時に兵士を薙ぎ払った姿を見て巫女は唖然としていた。

「え…?」

尻餅をつき、見上げる巫女を見てクランは巫女の反応の理由に気付く。

「俺は人間だ。だが、負けないから任せとけ」

そう言い、駆けだそうとしたのだが。

「おい、それ以上近づくな!」

ヘルジャス兵たちは他の巫女たちを人質にとりクランを脅迫する。

「くっ…」

仕方なくクランは足を止める。

「下がれ」

そう言われ、クランはレイナたちのいる位置まで渋々戻るのだった。

(まずい…。俺は接近戦闘専門だからな。近づけ…。)

そこでクランはハッとする。そして小声でレイナに話しかける。

「おい、お前は何属性だ?」

小声でレイナも言い返す。

「私は水属性」

「どんな属性技が使える?」

「うーん、霧を発生させることはできるかな」

そして、クランは考えるのだった。

(霧か…。俺には魔石がある。そして、この剣は雷属性。バーレンとの戦いで雷が飛ぶことは分かった。雷で全員を薙ぎ払う――ダメだ。人質も巻き込まれる。ピンポイントで狙えない現状では却下か。)

「おい、動くなよ。動くと人質を殺すからな」

ヘルジャス兵の1人がクランたちに斬りかかってくる。ガキン。ヘルジャス兵の剣はクランの目の前ではじかれたのだった。

クランは避けようとしていたのだが、目の前の光景に周りを見る。すると、尻餅をついている巫女が手を前にかざしているのであった。

ガキン、ガキン。ヘルジャス兵は何度も空間を剣で叩きつける。

「お、お前がやったのか?」

クランは巫女にそう尋ねる。

「は、はい。咄嗟にバリアーを張りました」

その言葉にクランは閃く。

「少しの間でいい。人質たちにバリアーを張れるか?」

「10秒ほどしか持ちませんが、可能です」

「十分だ」

クランはニヤリと笑った。バリン。巫女のバリアーが破壊された瞬間だった。

「レイナ、ありったけの霧を出せ。巫女、仲間と俺たちにバリアー」

【ミスト】【バリアー】レイナは霧を、巫女はバリアーを張る。カチャッ。クランは大剣に魔石をはめ込み、思いっきり横なぎに振るった。それを目の前のヘルジャス兵は不思議な顔で見ていた。

「お前等には分からないだろうな。雷は真っすぐ飛ぶんだよ、何もなければ。大気に触れあう霧状の水は電気を通しやすく――拡散するんだよ」

「「うぎゃー!!!」」

断末魔の後、一撃でヘルジャス兵たちは全滅したのだった。

「ナイスだな」

クランの言葉にレイナは後ろでグッドサインを出していた。

「ありがとうございます。何とお礼を言っていいのか…」

巫女は土下座し、クランに礼を言っている。

「いや…、それは後でいいからさ。今は仲間と隠れてろ。ついでにエルもかくまってくれると助かる」

「はい、分かりました」

そして、クランはレイナを見る。

「行くぞ、レイナ」

「おっけー!」

2人はファーメンドルと戦うケルトの元へと向かうのだった。ドン。不意に立ち止まったクランにレイナはぶつかってしまった。何故クランが立ち止まったのか分からないレイナは「いきなり止まらないでよ」とすかさず文句を言うのだが、クランに聞いている素振りは無い。

「ねぇ、クラ…」

クランを押しのけ、前方を見たレイナは唖然とする。ケルトの戦っている相手の攻撃は一撃必殺。村から少し出た森の中であるのだが、ファーメンドルの攻撃の後、大木が薙ぎ倒される。その攻撃が引っ切り無しに繰り出されている。拳が速すぎて攻撃自体は見えないが木々の薙ぎ倒される様子から相手の強大さを理解できる。ここに来て初めてファーメンドルの本気を目の当たりにするレイナ。本能が叫ぶのを感じる――これ以上近寄るな――と。恐らくはレイナ同様にクランもそれを感じ取ったのだろう。急に足が重くなる感じがした。

「レイナ…」

クランは固唾を飲みながらそう呼びかける。レイナは何故クランが自分を呼びかけたのか分からなかったのだが、足元を見てそれを理解するのだった。レイナは無意識の内に少しずつ後ろに下がっていたのだった。

「怖いよな。俺だってそうだ。あんなの一撃でもくらえば確実にあの世行きだ」

クランの言葉にレイナは「そ、そうだね」と同意する。だが、クランの言葉にはどうやら続きがあるようである。

「だが、それでも戦ってる奴が目の前にいる」

そう。目の前ではファーメンドルとケルトが戦っているのだ。近接戦闘に特化していると思われるファーメンドルに対し、真っ向から戦いを挑むケルト。傷は確実にケルトの方が多い。戦闘風景に圧倒されているレイナを他所にクランは一歩前に出る。

「俺は恐らくファーメンドルの相手にはならないだろう。だが、ケルトを助けてやることくらいできる…はずだ。俺は行く、お前はどうする?」

クランの問いにレイナは固唾を飲み逡巡する。少し間が空いたことに対してクランは「怖いならここにいて構わない。誰も責めはしない」とフォローを入れてくる。

「私は…、私は――」

レイナは逃げたくなかった。エルの時だって逃げずにできることをやってのけた。今までケルトたちに守ってもらった。戦いの役になんてこれっぽっちも立てなかった。ビビッてたら何も変わらない。座って、目を閉じて、全てを拒絶する方が楽だと思う時期もあった。だが、それは結果としてただ辛いだけの日々だった。変わらなくちゃ、そう思った。笑っていたい――その為に前に進まないといけないのなら、進みたい。ケルトはそう思わせてくれる何かを持っていた。

「私も行くよ。この村を救いたいから」

レイナの言葉にクランは笑顔を見せるのだった。クランの顔を見たレイナは頷き、クランと共に戦いの中心へと歩む。


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