3-10 カイル=ラントマス
10章
だが、それだけでは終わらない。エルはまだ右手を掴まれたままだった。ファーメンドルは再度自分の右手を振り上げると次は右肘を右上からエルの顔面へ振り下ろした。
エルはまたもや強烈な一撃をもらう。攻撃を和らげようにもファーメンドルに右手を掴まれているせいで身動きがとれない。エルは相手の様子を伺う。
(まだ魔力を解放すらしてないし…。)
エルは既に魔力開放をしており全力であった。エルは更に力を込め、掴まれている右手を更に大きくする。
(これなら、掴んでられないだろ。)
だが、エルを掴んでいる手が離れることは無かった。エルはこの状況に若干怯んでしまった。ファーメンドルもまた、エルの動きに合わせて左手を巨大化させていたからだ。
(すぐに僕の攻撃を見極め、対処してくる。…一国の隊長とはこれほどまでに強かったのか…。)
エルはどうにもできない現状に唖然とした。
(…次の一手が思い浮かばない。何をやっても対処され、反撃される気しかしない。)
心が折れ、攻撃を止めてしまったエルに対して、ファーメンドルが口を開く。
「もう終わりか、ラクトスモドキ」
(僕は別に今まで戦闘を極めようとしていた訳じゃない。襲われない為の最低限の迎撃、しかも獣相手。それくらいしかやってこなかった。どちらも3段階で見た感じは一緒なんだが、中身は全然違う…。)
どうやら相手が悪すぎたようだと悟るエルであった。ファーメンドルの右手から熱を感じる。エルはファーメンドルに腕を掴まれた状況から逃れることができずにいた。次のファーメンドルの攻撃に対しての回避なんて不可能だった。
「お前から処刑する」
ファーメンドルはエルに向けて右手を突き出すと、ゼロ距離から技を放った。【破壊玉】魔力を固めて作った玉がエルに当たり破裂した。
ドカーン。
エルの右手が解放された為、豪快に吹っ飛んでいったのだった。
だが、エルはファーメンドルからの攻撃をまともに、しかもゼロ距離から受けたというのに全く傷を負っていなかった。不思議に思い周りを見渡すと、少し離れたところでレイナがブイサインをしていた。そんなレイナを見てエルは笑ってしまった。
(レイナは戦力外だと思っていたが、それは僕の勘違いだったみたいだね。レイナもちゃんと戦っていたんだね。)
エルは攻撃が当たり弾け飛んだ訳では無かった。爆風に飛ばされただけであった。と、エルの目からは涙がこぼれていた。今までエルは森の中でずっと1人で戦っていたのだ。だが、今は違う。今は仲間がいる。1人じゃないということに嬉しさが込み上げ、ついつい泣いてしまったのだった。煙が晴れ、ファーメンドルの姿も露になる。
(僕がやらなきゃいけないことは1つだけ。)
残念ながらファーメンドルの方には誤爆の影響はないようで無傷だった。レイナに救われたこの命――決意を胸にエルは立ち上がる。
「どうやら邪魔者がいるようだな。先にそっちから処刑するか」
ファーメンドルのターゲットがエルからレイナへと切り替わった。ファーメンドルの視線を浴び、レイナは硬直する。
「もう村なんてどうでもいい。早く逃げて、レイナ!!」
エルは必死に叫ぶ。
「エル…」
レイナは泣きながら精一杯に叫ぶエルを見て、震える自分の足をバシッと叩き喝を入れる。そして、ファーメンドルをキリッと睨んだ。
「私には逃げるなんて選択肢は無いから!」
レイナはファーメンドルに向かってビシッと言い放った。
・
サッサッサッサッサー。
ケルトから解放されたザキルは風を切る様にヘルジャスへと向かって走る。
(何であんなのがいやがんだよ。全くもって想定外だ。一刻も早くこの場所から逃れたい。)
ドスン。前を向いて走っていたはずのザキルは何故か人とぶつかり弾き飛ばされてしまった。
「いてぇなぁあ!!」
ザキルは勢いよくぶつかった相手を見上げる。そして、フリーズした。
目の前で佇んでいるのは会ったことこそないが、知っている人物。
「ビジャルさん…」
ビジャルと呼ばれた男は尻餅をついているザキルに手を差し伸べた。
「おお、お前は確かシルヴィーんとこの。どうした、そんなに慌てて?」
心配そうにビジャルはザキルの顔を覗き込んでくる。
(まずい…。非常にまずい…。言うべきか、言わないべきか…。敵にこちらの情報を漏らして命を助けてもらいました…なんて…。)
ザキルの背中を嫌な汗が流れる。
「び、ビジャルさん…、どうしてまたこんなところに?」
(言えねぇだろ!)
ビジャルは答える前にザキルの手を掴み立ち上がらせた。
「あ?シルヴィーを迎えに来た。それだけだが」
(この人はフォードさんをリーダーとするジャンナというチームのNo2。実質フォードさんの次に強いとされている人。)
ビジャルは髪をくしゃくしゃと掻きながら面倒くさそうに答えた。
「シルヴィーならこの先のタンダスです」
ザキルは冷や汗が止まらない中、ボロが出ないように細心の注意を払いながら話す。
「分かってる。だからこうしてタンダスへと向かってるんだ」
「あ、あ、そうですか…」
ザキルの声が語尾に行くにつれどんどん小さくなっていく。
(何故この人がジャンナにいるのか分からない。ビジャルさんだったら他人に従うことなく自分の力で何でもやれるだろうに。…いったいどんな理由でこのチームにいるんだろう?)
「まぁいいや。お前、急いでんだろ。いろいろ聞きたかったんだが、直接聞いた方が早そうだ」
「あ、あのぉー」
ザキルは申し訳なさそうにしている。
「いいから行け。お前はお前の役目をまっとうしろ」
ビジャルはそう言うと、ザキルを通り過ぎ、タンダスへと向かっていった。
「はぁ…」
ザキルは自分の醜態を晒さずに済んでホッと肩を撫でおろした。そして、そのままヘルジャスへ逃げるように駆けていった。ビジャルはというと、
「おっ、やってる、やってる」
森陰からタンダスの中の様子を伺っていた。
「あれは確かファーメンドル=ブロコだったかな。ガキ相手に何遊んでんだ?」
ビジャルが見るに、ファーメンドルは全く本気を出していないようであった。
「こんなの見てても時間の無駄だな。シルヴィーでも捜すか」
ビジャルはブツブツ独り言を呟きながら、気配を消し、村の中へ入っていった。
・
ラクトスの森の中、ランプよりタンダス方面へと向かう集団があった。先頭を歩くのは黒髪の男、名をカイル=ラントマスといった。そしてその後ろを歩く集団は寄合所の組織登録をしているチーム、ラードーン。Sランカーのいるチームだった。血の売買を専門とするブロードブローカーである。そして、そのチームのリーダーを務めるのは所属しているSランカーではない。戦闘としては全く役に立たない2段階の悪魔、デリア=ヘルダンであった。皆に信頼され、頭がきれる、指揮官の女性であった。
彼女たちの目的地はこの森のどこかに存在しているとされるラクトスの巣。寄合所で依頼をし、道案内役として選ばれたのがカイルだったのだ。
「時にカイル君、君は何故誰も知らないラクトスの巣を知っているんだい?」
そうデリアは尋ねる。
「俺はこの森に住んでいる、そりゃ、怪しい所の検討くらいはつくだろ」
「検討。つまり正確には知らないってことかい?」
「そうだな。確証はないが、それでもいいってことで俺を雇ったんだろ。後で違うから報酬はなしってのはダメだからな」
「分かってるさ。ラクトスの森は迷宮、それを迷うことなく進めるのは恐らくこの世界で君くらいなもんだろう」
「まぁな…。どっからそんな情報を仕入れたのかは知らんが、怖い奴だ。ラクトスと遭遇したら全滅だぞ」
「そうか。それは気を付けないとな」
「ふっ、思ってもないくせによ…」
「はは、君は殺し屋だという。だが、その前はトレジャーハンターだったそうではないか。何故全く違う道に?」
「知ってて何故聞く?」
「もしかすると調査とは違うかもしれない。直接聞くのも大事だ」
「そうだな、全く違う道だな。興味津々になるのもごもっともだが、答えたくない。すまんな」
「だろうな。誰にだって答えたくないことはあるさ」
「じゃあ、こっちからも質問だ。ラクトスが怖くないのか?」
カイルの質問にデリアは不敵な笑みを浮かべる。
「怖くない…、なんてことはないだろ。ラクトスは土地神だ。今までに勝てた奴なんていない。ましてや私の組織にもSランクはいるが、寄合所のランキングでは12位なんだ。ね、コローナ」
デリアは笑いながら、デリアの背後にいるコローナに笑いかける。
「酷いです、デリア。私が本気を出せばもっといくはずですよ」
コローナの言葉にデリアは笑っていた。
「いいよ、本気出さなくて。一目置かれるけど、そこまで警戒されない立ち位置が重要なんだから」
そんな言葉にカイルはコローナを見て怖気を感じる。寄合所ランキング、それはSランク未満の者は見ることが出来ないものである。と、不意にデリアは笑みを浮かべた。
「カイル君、ありがとう。君の案内はどうやらここまででいいようだ」
デリアの言葉にカイルは首を傾げる。
「早く逃げた方がいいと思うよ。私たちが君を助ける理由はないからね」
その瞬間、異様な殺気がこちらに向かってくるのを感じた。
「はい、これ報酬」
デリアはカイルに報酬を手渡した。デリアのニヤリとした笑顔を最後にカイルはその場を駆けだした。
「これはまずいね。コローナでも勝てないよ。じゃっ、久々行ってみよー。ココランの本気」
【アンレシチ】
「やっとか…」
ココランは最後方から最前列へと踊り出る。そして思いきり拳を振り抜いた。ドゴーン。何もいない場所で拳を振っただけかと誰しもが思ったのだが、地面には何やら男が伸びていた。その後ろから女性がやってきた。
「これはこれは、デリア。待っていましたよ」
女性の言葉にデリアは笑顔で答える。
「追加料金になりますが、よろしいですか、メシア?」
メシアと呼ばれた女性は足元に伸されている男を一瞥するとデリアに笑いかける。
「もちろん。助かりました。では、こちらの方へ」
そう言ってメシアはデリアたちを案内するのだった。
「ふはー、今回は簡単だったな。たまにはこういう楽な仕事ってのもアリだな」
カイルは1人ラクトスの森を歩きながら報酬の金の入った袋をジャラジャラいわせていた。ラクトスの森を抜ける方法は1つ。途中にあるタンダスの村を経由すること。経由することで無限ループだった迷路が一直線に開通するのだ。
(村で少しくつろいで、そして帰るかな。昔は入り口までしか行けなくてそれ以上は結界で遮断されてたんだがな、今は俺でも入れる結界に変わっているから。助かる、助かる。)
呑気にそんなことを考えている。3回目の二股の道を左に曲がる。そうすればタンダスへ辿り着く。カイルは二股の道を曲がりタンダスへと辿り着いたのだが。村の様子がいつもとは違う。村では破壊音がドカンドカン盛大に鳴っている。大勢のヘルジャス兵らしき者達が村に入り切れず外で待機している。だが、カイルはそんなこと気にしない。
「あっ、すいませんね。通りまーす」
そう言って、兵士たちの間を割って入ろうとする。
「ここは立ち入り禁止だ。今すぐ立ち去れ!!」
戦火の中普通に歩いている男に対し、武装したヘルジャス兵がそう告げる。
「おい、ちょっと待てよ。俺はラカラソルテに行きたいんだ。森を抜ける前に少しタンダスでくつろいでもいいだろ。この村に関わるつもりなんてこれっぽっちもないから、頼むよ」
カイルは言わない。本当はラカラソルテへ行く為にタンダスでラクトスの森の迷路を解除するということを。このラクトスの森の迷路の解除方法を知っている者は少なく、この情報は金になると知っているからだ。カイルは何度も頼み込む。
「ダメだ。これは隊長の命令だ。明日出直せ」
兵士はガンとしてカイルの要望を聞き入れようとはしない。
(おい、マジかよ…。こいつらヘルジャス兵だろ。どこのバカ隊長が指示出してんだよ。あー、腹立つ。)
カイルは苛立ちながらヘルジャス兵に言い返す。
「それは無理な話だ。どうもお前じゃ話にならんな。あっ、そうだ。隊長と直接話すから隊長のとこまで案内しろ」
そう言って、カイルは今まで抑えていた殺気をヘルジャス兵に放つ。
「それは、あ、あ…」
カイルは何を言ってもその場をどかないヘルジャス兵を押しのけ、ズカズカと村の中へ入っていった。
「お前、これ以上勝手な事をすると、命の保証はないぞ!!」
押しのけられた兵は怯みながらもそう叫ぶ。
「あ!?」
カイルはそう言うと、一瞬にして発言した兵との距離を詰め、胸倉を掴んだ。
「命の心配をするのはお前の方だと思うんだがな」
カイルの圧倒的な殺気に兵士は心を折られてしまった。戦意を無くし、力の抜けた兵士から手を離しそのまま村へ入っていく。
(あー、面倒くさい。でもまぁ、俺も少しは顔が利くからな。その隊長さんに会えばすんなり了解は貰えるだろ。)
カイルはそのまま村の中央を通り、平然と家屋が破壊される中を歩く。と、カイルは思わず息をのんだ。
(…ファーメンドル=ブロコじゃねぇかよ。…何でこんなちっぽけな村にこんな大物がいるんだ?)
カイルはこの異様な光景に少し警戒心を抱く。周りを見渡せばファーメンドルの近くには女性と少年がいる。
(ファーメンドルの相手はこいつらって訳か?)
ファーメンドルは地面にへたり込んでいる少年に向かって歩いていたが、そこに女性が割って入る。
「エルは私が守る!」
女性はファーメンドルに対してそう言っているのだが、明らかに膝が震えていた。
(こんなの勝負にならねぇじゃねぇかよ。)
「では、まずはお前からということでいいんだな?」
(お前から?)
ファーメンドルは女性の首を鷲掴みにし、宙に浮かせた。
(え?意味分かんないんだけど…。何でほぼ無抵抗の女を殺そうとしてる訳?…それはダメでしょ。)
カイルは首を鷲掴みにするファーメンドルに近づく。
「何だ?…お前は確か、ラカラソルテのカイル=ラントマスだったな。何か用か?」
(いひっ、やっぱり俺のこと知ってたか。)
「無かったよ、…さっきまでは」
「さっきまでは?何だ、言ってみろ」
「とりあえずその無抵抗な女を離してくれないか?」
「そんなことか。こいつらは罪人だ。死んでからなら離してやってもいい」
ファーメンドルは女の首を掴んでいる手に力を込めだす。
「うぐぅぅ…」
「はぁ…」カイルはファーメンドルの行動にため息をつく。
「言い方間違えたわ。処刑は中止。今すぐ女を離せ」
カイルはまだ笑っている感じで話している。
「おい、カイル。お前はここを通過してラカラソルテへ行きたいだけなんじゃないのか?他人に情けをかけると痛い目に合うぞ」
ファーメンドルがそう言った瞬間だった。ファーメンドルの手にはもう女の姿は無かった。




