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3-8 人間の限界

 8章



次から次へと過去の記憶が蘇る。そう…。

(テレビを見終わった後、必ず俺の後頭部にチョップをかましやがったんだよな、あいつ。忘れねぇ、絶対に忘れねぇよ。あのチョップ、地味に痛かったんだから…。)

ケルトはハッとする。

(えっ…、てか、マジ…。あんな死に目にこんなくだらないことを一生懸命思い出そうとしてたの…。そんな俺って…。)

ケルトの目には少し涙がにじんでいた。

ケルトが再び妄想に浸っていると、目の前ではアラルがケルトにトドメをさそうと、今にも飛び掛かってきそうな体勢にあった。

(…、神様仏様、この際ユウリ様でも何でもいいや。私をお助け下さい。

感じろね、感じろ…。

…。

クソッ、何が感じろだ。ふざけんじゃねぇっての。)

ケルトは文句を言いつつも素直に感じてみることにした。

考えずに戦うこと。

ケルトは全身の力を抜き、戦闘態勢も解いた。そしてアラルの動きをじっと見据える。アラルの初動は両手を前に構えた状態でウルトラ級のスピードでもって真っ直ぐに接近してくる。そしてまたしても右ストレート。

(俺なら次は飛んでくる右手をカチ上げて、そのまま顔面ヘッドバットをかましちゃうんだけどなぁ。)

ケルトは首を振る。

(いやいや、それじゃダメなんだ。考えるな、感じろ。)

ケルトはアラルの拳の軌道と全く同じ方向に顔を引く。引く勢いそのままに右足を真上にカチ上げ、アラルに攻撃を与える。そして、ケルトはそのままバク転し、攻撃後すぐにアラルから離れた。

(こ、これは…、奴の拳!!――とか言っちゃうよねー。そうなんです。我が妹がハマっていたアニメとは、そっち系でした。)

だが、アニメとは裏腹にケルトの攻撃はアラルにはさほど効いていないようだ。それでも、次々に来るアラルの攻撃をスルスルと躱し、その後に必ず一撃を与え続けた。今やケルトは無の境地に達そうとしていた。端から見ればただのやる気のないだらけきった男にしか見えない訳だが。

「くっ、何だそのやる気のない顔は」

「へ?」

「次から次に躱しやがって」

アラルはケルトに飛び掛かり、顔面に膝蹴りをかまそうとした。ケルトはアラルの攻撃寸前の膝を持ち上げると、ニヤリと笑った。

(空中じゃ逃げ場ないよな。)【火柱】

ケルトがそう念じると、いきなりケルトの体が発火し、ケルトを中心とした半径5mの範囲で空に向け火柱が発生した。アラルは咄嗟に逃げようとしたが、ケルトに足を掴まれていたため身動きがとれなかった。

(特殊能力バンザイ。)

それでもアラルはケルトの手を無理やりほどき、火柱から脱出した。

「お前の負けだ、アラル」

アラルを見れば、軽く火傷を負っている程度であった。

(…、何故この人は俺の火柱を直撃して軽い火傷で済んじゃってんの?)

ケルトは完全に仕留めたつもりで決め台詞を吐いた訳だが、目の前にはそれに全く動じていないアラルがいて、頭がゴチャゴチャになっていた。

「とりあえず、深呼吸しとくか」

ケルトはひとまず落ち着こうと両手を大きく広げ深呼吸をしていた。

「この目の色、分かるか?」

アラルの目は青色に光っていた。

(ん!これは…。)

「確か、昔、昔に練習していたヤツだよな、えっと…」

「魔力開放だ」

「そうだったな。青ってことは…」

「魔力開放率50%ってことだ。魔力上限を上げた今の俺はこれより更に強くなるぞ。お前も早く開放させろよ。どうせできるんだろ?」

「ごちゃごちゃうるせぇなぁ」

ケルトはアラルを見て少し口元を緩ませた。アラルの様子が変わったからだ。戦いの中でどうやら悪魔がどうのなんて話はどうでもよくなったようである。純粋に戦ってどちらが強いかを確かめたがっている、そんなただ喧嘩の雰囲気に変わっていたのだった。


               ・



ここはローゼルピスニカの町と西の港の間にある奈落の森。ここに住んでいる1人の女性はタンダスの結界が解かれたことに気付く。

「あれ?タンダスの結界が解かれるなんて…、何があったんだろ。もしかして…」

そこにいたのはバーレンであった。バーレンはニコニコしながら天を見上げる。

「あの混血だったら、またイタズラしちゃおっかな」

バーレンは奈落の森を後にし、タンダスへと向かった。


                    ・



「セト、これで全員か?」

クランは村の宿舎の前で30分程待たされていた。

「…村長が見当たらないんですよ。それ以外は全員集まりました」

セトは不安そうな顔をしていた。

「村長か…、まぁ村長は他の仲間が何とかしてくれるだろうから、ひとまずはここにいる皆で非難するぞ。じゃないと…、もう時間もないしな」

クランが周りを見渡すと、クラン以外の皆は村長の身を案じてか不安そうな顔をしていた。

(村長の心配もそうだが、恐らくは俺が人間だからっていうのが一番の不安要素なんだろうな。この世界で一番弱い種族である人間に守ってもらうなんて、どう考えたって信じられないよな。)

「大丈夫、みんなで乗り越えましょう。ここにいるクランさんを私は信じます」

セトは村人の前で高らかと言い放った。

「キモが据わってらっしゃる」

クランはセトの言葉に少し笑顔になるが、キュッと顔を引き締めた。

「じゃあ、行こうか」

クランを先頭に集団でタンダスを出る。目指すは西の祭壇。

(ここが一番重要だ。爆発音が誰の仕業なのか分からない以上明確な敵の姿がない。ババの反乱なのか、もしくは少し前に遭遇したヘルジャス軍なのか。村さえ出られれば後は何とかなる…はず…。)

クランはタンダスの入り口を警戒しつつ出る。だが、誰にも襲われることはなく、敵の姿もなかった。

(何なんだ、いったい。この村で何が起きているんだ?)

クランは不思議に思いながらも、村人を引き連れタンダスの入り口から出る。そしてしばらく歩いた頃だった。

「いやぁ!!」

クランのすぐ横にいたミヤが魔物を発見し、叫びだした。

「任せろ」

クランは大剣を抜き、魔物と対峙した。赤い目をした狼に近い魔物。確か、名前はオガルだったっけ。クランはオガルとの距離を一気に詰めると、即座にオガルを薙ぎ払う。

「ふぅ…」

クランは地面に剣を突き立ててミヤたちの方を振り返る。そして無言になるのだった。

(オガルは群れで行動する魔物だったな…。)

ケルトたちと西の祭壇へ行ったときはオガルが軍団で攻めてくることは無かった。それは力量の差が歴然だったからだ。だが、今は違う。それを相手も判断しているのだろう。村人の周囲をオガルの群れが囲んでいるのだった。

「はぁ…、まずいな、これは」

クランはため息をつき、再び剣を握りなおす。怯えて一塊になる村人だったが、その中からヤンムが前に出てくる。

「私は戦う!」

そんなヤンムを横目にクランは颯爽とオガルの軍団に突進していった。クランの行動、そしてヤンムの気迫に後押しされたのか、集団の中で縮こまっていた男衆も次々と前へ出てオガルとの戦闘の意志を示した。

「ふっ、かっこいいじゃねぇかよ」

クランはその光景に笑みを浮かべながら残りのオガルを狩る為に距離を詰めに走った。

「急いで向かうからみんなで耐えてくれ」

クランは士気を上げる為に皆に声を掛ける。

「はい!」

中でもヤンムは気合十分だった。クランにとってオガルなんて敵として全く問題なかった。だが、村人たちには結構きつい戦いだったようだ。

「うわぁ」

「1人じゃダメだ。2人、もしくは3人で協力しよう」

声を掛け合い、精一杯にオガルと戦っていた。

「ヤバイ、ダメだぁ!!」

1人の村人がオガルに体を倒され、今にも噛みつかれそうな状態にあった。

バスッ。噛みつかれる寸前、オガルの首が飛んだ。

「よく耐えてくれた」

クランは剣をしまい、その倒れている村人に手を差し伸べた。

「ありがとうございます、助かりました」

それが最後の一匹だった為、クランは再び皆の先頭に戻り、西の祭壇へと向かうのだった。

「クランって強いんだね。人間でそこまで強いなんて、どうしたらそうなるの?」

ミヤは目を輝かせながらクランを見ていた。

「強いか…。まぁ、俺には魔石もあるからな。多分この魔剣に呼応して魔石の能力が発動しているんだと思うが、どうだろうな」

「でも、魔石とかだけじゃないよ。なんか、剣の達人みたいな動きだし」

「ふっ、そうか?剣は小さい頃からやってたしな。この世界とは違う、人間しかいない世界でも日々剣の腕を磨いていたんだ」

「へー、そうなんだ。何でこの世界に来たの?」

「何で?そんなことはいいんだよ。それより、森は危険がいっぱいなんだ。もっと集中しろ」

クランは笑いながらミヤに言った。

(俺の過去か…。誰にも言える訳ないさ。だって、俺は今でこそ変わったが、犯罪者として間違いなく死刑だったんだ。新制度のおかげで死刑の代わりに追放され生き延びた正真正銘の凶悪犯だったんだから。そんなこと、こんな小さな子供に言えねぇだろ。)

クランたちはその後多少の戦闘もあったが、無事に西の祭壇まで辿り着いた。

「ここなら恐らく安全だ。この祭壇は結構奥行きのある祠になっている。奥で全てが済むまで待機していてくれ。必ず迎えに行くから」

「うん!」

ミヤは笑顔で元気よく頷いた。そして、他の村人たちもクランの言葉に頷き、次々と祭壇の中へと入っていった。

「後のことはよろしくお願いします」

セトはクランに頭を下げ、祭壇へと入っていった。

「じゃあ、俺も遅まきながら作戦に復帰しますか」

クランはセトを見送り、タンダスへ向かおうとした。

「ふふふ」

クランのすぐ側で誰かの笑う声が聞こえた。クランはすぐにその声のする方を振り返る。そこには見覚えのある顔の女性が地面にしゃがんだ状態でこちらを見ていた。

「バーレン…」

クランの視線の先に座っている女性は尚も笑っている。

(クソッ、最悪じゃねぇかよ。)

「あれ?何で私のこと知ってるの?会ったことないはずなのに」

そう、バーレンはクランに会ったことがない。クランがバーレンを見たのはケルトがバーレンを気絶させた後だったからだ。

「でも丁度いい。私を知っているのなら、話は早いわね。その祠に入れた悪魔をみんな私に頂戴。それで、あなたを見なかったことにしてあげるから。いい話でしょ」

「悪魔を…だと。どうしてだ?悪魔を集めたってお前には何のメリットもないはずだ。奴隷の売買なんてたかが知れてるだろ。どちらかと言えば人間である俺の方が欲しいんじゃないのか?」

クランは大剣に手を掛けながら、バーレンに返答する。

「人間なんて間に合ってるから。この大陸の奴隷制度にだって興味ないし」

バーレンは地面にしゃがみ込んだ無防備な状態のままクランに答える。

「だったら何で?」

クランは一歩も引く気を見せない。

「リゲラーの為…、とは言ってもあなたには一生分からないことなんだけどね。というか何?その悪魔たちを守ろうって訳?たかが人間の分際で」

バーレンは笑い出した。

「だとしたら?」

クランはバーレンをじっと見据えたまま、剣を抜き、バーレンに向けて構えをとる。

(目の前にいるのはケルトが勝てないと言った相手。俺が勝てる可能性はゼロに等しいか…。でも!)

クランは両手に力を込める。

「あなた中々面白いわね。オリジナルに盾突く人間なんて未だかつて見たことがないわ。この大陸にいる新悪魔だって正面からオリジナルと戦おうとする奴なんていないのに。…あっ、でも、最近バカ混血に正面から勝負挑まれたんだったなぁ。まぁ、それは例外か。でも、今更後悔したって遅いんだからね。私は売られた喧嘩は全て買う性分だから、…ねっ」

バーレンはニッコリ笑うと、その場に立ち上がった。その瞬間クランは目を見開いた。

(くる!!)

実際にはバーレンは一歩も動いていない。バーレンの殺気が辺りに広がり、バーレンが瞬時に自分の間合いに入って来たような錯覚に陥っただけだった。クランは首を振り、錯覚であると自我を現実へと引き戻す。そして、改めてバーレンを見据える。すると、バーレンは右手に大鎌を持っていた。

「あれあれ?殺気だけでやられてくれるようなヤワな人間ではないようね」

バーレンはクランが他の人間とは少し違うことに驚いていた。

「そんな余裕ぶってたら、簡単に足元救われるぞ。ははは…」

バーレンのバカにしたような言い分にクランはキッチリ倍返ししてやった。

「ふーん」

バーレンはクランの言葉に少しムッとする。

「さっ、何分もつかしら。ガッカリさせないでね」

言葉を発してすぐ、バーレンの雰囲気が変わる。バーレンはクランの元に歩み寄り、大鎌を軽々と振るった。ガキーン。クランの大剣とバーレンの大鎌が激しくぶつかり合う。

「剣技のみなら負ける気がしないんだがな」

クランは歯を食いしばりながら笑ってみせた。

「よく言うわね、人間の癖に」

再び剣と鎌がぶつかった瞬間、クランはバーレンの大鎌をバット、自分の大剣をボールに見立て、弾き飛ばされる剣を自分を支点に一回転させ、剣を横軌道で振った。

「何、その技」

バーレンはクランをあざ笑いながら、少し下がるようにしてクランの攻撃を避ける。そしてすぐさまクランとの距離を詰め、豪快に大鎌を振るう。

「何だ…、このデタラメなスピードとパワーは…」

クランはバーレンの物理法則を無視したような異常な身体能力に息をのむ。

ガキーン、ガキーン。クランはバーレンの攻撃を受け止めることで精一杯だった。

「うわっ、すごいじゃないの。ちゃんと私の力を受け流してる。人間にしておくのが勿体ないわね」

バーレンは笑いながら、どんどん攻撃を繰り出してくる。

(防戦一方じゃねぇかよ…。俺からもそろそろ繰り出さなきゃな。)

クランは今までのキッチリとした受け方から防御の型をガラリと変え、バーレンの大鎌の攻撃をフワッと受ける。

「あれ?」

バーレンが体勢を崩した直後、クランはバーレンの顔面に右後ろ回し蹴りをくらわせた。更にガタッと体勢を崩したバーレンに対し、右上から大剣を振り下ろした。

「人間同士だったらここで決着がつくんでしょうね」

バーレンはクランが振り下ろした剣を右手でつまむ様にして受け止めていた。

「な…」

クランは唖然とした。

(確実に押していた。バーレンのあの動きは…、まさか…演技…?)

クランの額から嫌な汗が流れてくる。

「これが人間の限界。人間なんかどうあがいたって下の中くらいのレベルまでしか到達できないのよ」

バーレンは笑いながらクランを見ていた。

「下の中か…、面白いじゃねぇか」

バーレンのその言葉にクランもニヤリと笑った。そして、クランは剣にあるくぼみに魔石をはめ込んだ。

「これならどうだ!」

バーレンにつままれているクランの剣だが、押し込む力が一気に増した。

「面白いわね」

バーレンは咄嗟にクランの剣を横に避けた。そして、バーレンはクランと少し距離をとる。

「その剣は魔剣だったって訳ね。だったら話は変わってくるかな」

バーレンは大鎌を構えるとその場で大鎌を振った。【一閃】クランに向かって斬撃が飛んでくる。

「うそだろ…」

クランは受け止める術を知らず、精一杯にその斬撃の軌道から体を反らせた」

ドゴーン。クランの後方で轟音が鳴り響く。振り返るとすぐ後ろにあった大木が真っ二つになり、次々に倒れていっているところだった。

「まだまだぁ。どこまで逃げ切れるのかしら」

バーレンはその場でクランに向かって、何度も大鎌を振るう。絶体絶命のピンチであった。


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