3-5 タンダスに仇名す者
5章
「そうか」
ケルトはそう返事をし、女の子を見る。地べたではあるが、スヤスヤと眠っていた。それは、まるで今までの地獄から解放されたかのような笑顔だった。
「相手をここで待つのか?そんなのは時間の無駄だ。待つくらいならこっちから呼び出してやるか」
クランもこの状況に怒りが抑えられないようである。いささか冷静さを欠いている。だが、しょうがないだろうとケルトは思うのであった。
「ふっ、そりゃ、いい考えだ」
「え?なになに?これからどうするのよ?」
今まで女の子の相手をしていたレイナはケルトたちの話には入っておらず、これからの展開を何も聞いていないのであった。
「いいから、いいから」
ケルトは両手でレイナの肩を叩くと、そのままレイナの疑問を無かったことにしたのだった。
「イギッ」
軽んじられたと思ったレイナは頬を膨らませるとケルトの両頬をつねり上げた。
「教えるまで、絶対に離してやらないんだから」
(え?レイナさん…、今、絶対につねりたくて俺に振ったでしょ…。)
その後、ケルトが女の子の枷を外し、3人はとりあえず洞窟から出て焚火を始めるのだった。幸い、貢ぎ物等で食糧には不自由しなかった。ケルト的には焚火を囲んでドンチャン騒ぎしたかったのだが、再びレイナが女の子に近寄ると、レイナの膝を枕にして爆睡したのでそれは無しになった。
(今日は静かに寝るしかないな。しょうがないか…。)
それからしばらく時間が経つ。日も昇り始め、森は朝を迎えた。こちらに近づいてくる何者かの足音に気付き、クランは寝ている2人を起こした。
「あと30分…」
ケルトはそう言って、再び床に就こうとしたのだが、クランに腹を踏みつけられ強制的に目を覚ましたのだった。
「朝は勘弁してくれよ…、ったく」
ケルトはふてくされながらも立ち上がった。
「バーレンじゃないな、ラクトスか?」
クランは近づいてくる者に警戒する。足音の主はケルトたちの前に現れると、一定の距離を保ち立ち止まった。謎の行動にケルトは首を傾げる。
「新聞の勧誘なら間に合ってますけど」
ケルトは半分寝たような状態で向かいに立つ相手に言った。
「我はラクトス。生贄をこちらに渡して貰おうか」
喋り方は偉そうではあるが、容姿はというと、青年であり、左目付近に火傷の跡がある。
(え?誰?ラクトスとか…その嘘、怖。)
ケルトがボヤーッとしているのを見かねてクランが対応する。
「タンダスから生贄を要求しているのはお前の意思なんだな」
「そうだ。だから、殺されたくなければ、早くその女の子をこちらに渡せ」
すると、頭をボリボリと掻きながら、ケルトが答える。
「いや…、無理でしょ。ラクトスとか嘘つく奴の言うことなんて聞けねぇって」
その言葉に自称ラクトスはケルトを睨む。
「お前…、何者だ?」
「ただの混血。ラクトスは友達だから知ってるし、村人の話から、タンダスに圧をかけている奴はバーレンだってことも知ってる。お前こそ誰だよ」
「バーレン!!!」
バーレンという言葉にレイナは強く反応した。
(あれ?期待したとことは別の場所から反応が…。後ろからそんな大声出されるとビックリしちゃうからね。あーもう、心臓に悪い。)
「もう一度聞く。お前はラクトスではないだろ、何者だ?」
「あーーーー!!!」
反応したのは自称ラクトスではなく、またもやレイナだった。
(えぇぇぇ。またお前かよ。心臓に悪いを通り越して、心臓破裂しちゃうよ、僕ちん…。)
「この子って、村長の家にあった写真に写ってた子供じゃない?何か面影がある」
レイナの発言にケルトは今一度、写真の子供の顔を思い出そうとしてみた。
・・・
・・・
(…覚えてねぇや。)
すると、マジ空気だったクランも喋りだした。
「お前、村長にも少し似てるよな」
・・・
・・・
(えぇぇぇえええ!!これはまさかの村長若返りアンド黒幕でしたエンディング!?)
「え?こいつ村長なの?」
ケルトはビックリしすぎて、つい訳も分からないことを口走った。クランはケルトをチラ見するだけで、ため息を吐いて終わった。
(安定の放置ですね、分かります。)
「バッカだねぇ、ケルト」
レイナはケルトの隣でケラケラ笑っていた。
(レイナさん、少し黙ってて下さい。俺、頑張ったんです。俺の頑張ったシリアス…返して下さい。)
「多分、この子は村長の孫なんだよ」
レイナの答えにケルトは無言になる。
(納得だよ。…悔しいが、くぅぅう。何も言えねぇ。)
すると、少しばかり放置されていた青年が笑い出した。
(こいつ…、放置されて頭がおかしくなったのか?)
ケルトはいきなり笑い出した青年にドン引きした。
「君たちはすごいね。僕、結構本気の殺気で圧をかけてたんだよ。でも、全く怯まないどころか、皆でふざけ合ってるし…」
青年の言葉に対し、クランは冷静に話を戻す。
「まだ、返答してもらってないんだが。お前は何者だ?」
クランの真剣な眼差しに青年は笑うのをやめた。
「僕の本当の名前はエル=ベースナー。きみらの言う通り、村長の孫だね。でも、立場としてはタンダスに仇なす者」
「同じ村人である生贄をどうするつもりだ?子供に恨みなんてないだろ」
「生贄をこの森から、タンダスから解放してやるのさ。僕が恨んでいるのは村長と婆だけだからね。残りの奴はただ従うだけのクソ野郎だ。相手にするだけ無駄。その子供は僕と同じなんだよ。捨てられた子の気持ちは痛い程分かっているつもりだ」
エルの言葉にケルトはフゥと息を吐く。
「お前も捨てられたのか?」
「あぁ、そうだ。だが、君たちには関係ない。どうせタンダスからの依頼で僕を殺しに来たってところだろ。これからは口ではなく拳で語った方が効率がいいんじゃないのか?」
(なんて…、なんてイタい子なんだ、拳で語ろうだなんて…。妄想乙。)
エルは構え、戦闘態勢はバッチリだ。
「俺、やらねぇよ。何がタンダスに仇なす者だよ、中二すぎだっての。そんなのに絡んでたら俺まで中二かと思われるから。恥ずかしいわ!」
「…確かにな」クランも若干引いていた。
「いい子じゃんか。てか、君の討伐依頼なんか受けてないし」とザックリ切り捨てるレイナ。
「えええ…!?」
エルは皆の言葉に唖然とした。
「じゃあ、何でここまで来たんだよ!」
エルの問いにケルトは一歩前に出て発言する。
「我、幼女を守る戦士なり!」キリッ。
その発言にクランとレイナは頭を抱える。――新たなる中二病の誕生に。戸惑うエルに対し、ため息を吐きながらクランがフォローを入れる。
「えっと…、つまりこいつが言いたいのは、この子の両親に頼まれて、この子を助けに来たってこと」
クランの言葉にレイナもうんうんと頷く。
「連れて帰る?タンダスにか?そんなことしたら婆が黙ってないぞ」
「じゃあ、婆は俺たちの敵だ」
ケルトは笑いながらエルに答えたのだった。唖然とするエルだったが、次第にケルトの言葉が体に染み渡ったのか、笑みを浮かべる。
「ふっ、なんか君たち他の人と違うね。変すぎる」
そう言ってエルは声を上げて笑い出した。
「一番変なのはお前だから。ラクトスに憧れるとか、気持ち悪」
ケルトもそう言いながら笑った。
「変人はこのケルトだけだからね。一緒にしないでね」
レイナはケルトを指さしながらエルに忠告した。
(え?それいる?円満に解決した感じだったじゃん。)
笑っていたケルトはレイナの言葉に唖然とした。
「まぁ、この際だ。お前がここにいる理由も俺たちに話してみろよ。今の件も含めて、まとめてエイってしてやるから」
「エイって…、何する気なんだよ」
エルはケルトの発言に不安そうな顔を浮かべるが、とりあえずケルトたちを信じることにしたようだ。女の子はというと、まだ朝も早かった為、焚火の側でスヤスヤと寝ていた。そこに4人は焚火を囲むように座り、エルの昔話を聞くこととなった。
これは今から12年前、エルが当時3歳だった頃の話。エルは村で生まれ、村で育ったそうだ。その頃、村には新しい住民が増えたらしい。それは町から来た者だった。町から来た者はこの村の光る石に目をつけ、村民を従えて森に発掘しに行ったんだ。それがラクトスの怒りに触れたらしく、皆は八つ裂きにされたんだとか。それを収めるためにエルの父さんは死んだ。父さんは村で一番強かったんだ。その血を引いた僕はすぐに3段階まで進化した。3段階以上は結界の中では暮らせないんだ。当時4歳だったエルは母と共に村から捨てられたんだ。4歳のエルには力などなく能力だけが高くても森では生きていけなかった。そのせいで母を失い、一人ぼっちになったんだ。町へ行くことも考えたんだが、森の出口で光を浴びたんだ。それまで笑っていた母なんだが、光りが消え、気づくと死んでたんだ。それだけが今でも分からない。それだけが…。
エルは思い出し、悔しいのか唇を噛みしめる。
「酷すぎる…」
クランは下を向いたままだった。そして次にレイナが話す。
「許せない。今更婆や村長に謝ってもらっても、もうあなたの両親は戻ってこない。仇を討つなら私も協力したい」
レイナは泣きながら言った。そしてケルトも話す。
「でっていう」
「「「………」」」
ケルトの一言に皆唖然とする。エルは村に見捨てられた。幼い子供に死ねと言う大人たちの住む村。そんな村許せるはずがない。手を取り合い、どうにか助かる道を模索するべきだったはずだ。ケルトの言葉にレイナは怒りがフツフツと湧いてくる。
「何ふざけてんのよ!!」
レイナは怒りの余りケルトを怒鳴りつけた。
「お前なんかに、僕の気持ちが分かってたまるか」
エルの言葉にケルトは首をボリボリ掻きため息をつく。それを見かねたレイナが話し出す。
「ケルトだって分かるはずでしょ。こっちに来てすぐに仲間を攫われたって言ってたじゃない。失うことの辛さは分かってるでしょ」
レイナは真っすぐケルトを見据え、心の内に訴えかける。
「俺の過去と一緒にするな」
だが、レイナの言葉は届かなかった。そうケルトに一喝されたのだった。そしてケルトは威嚇するかの如くエルを見据える。
「お前の恨みはただのエゴだ。お前言ったよな、父さんは村の為に犠牲になったと。お前の父さんはきっと村を救いたかったんだ――お前のいるこの村を。その時のお前に何が出来た?何も出来なかったんだろ。
だが、お前も強くなり結界に拒絶された。何が、何も出来ないだ。年なんて関係ない、村の外を知らない、関係無いんだよ。
事実、今こうして生きてるじゃないか。
お前の母さんはお前の心の支えになってやりたかったから、だからお前の元に来たんじゃないのか?
そして婆さんもそれを許したんじゃないのか?きっと自分の力の無さを悔いていたんだよ。
恨んでんじゃねぇよ。誰一人悪気のある奴なんていないじゃないか。苦渋の選択をしたんだ。そして父さんを誇ってやれ。決してピエロなんかじゃない。お前の、そしてこの村の守り神だ。お前の父さんがいなければ、もうこの村は存在していなかっただろう。そんなお前の父さんの意志もあったからこそ、婆さんはこの村を守り抜こうと決めたんだと思うぞ」
ケルトは弾丸のように喋り倒し、ウルトラ級の熱弁をやりきった。これがケルトの想いであり、何一つ隠さずに言い切ったのだった。
(ふぅ…。マジ、カロリー消費ハンパないし…。)
それをじっと聞いていたエルは悔し涙を流していた。ケルトを批判し口撃していたレイナは口をあんぐりと開けたままフリーズしていた。
「お前、まともなことも言える子だったんだな」
クランは腕組みしながら感心していた。
(マジ、その一言で台無しだし。俺の渾身のシリアス、そして消費したカロリー返せよ。)
「ふっ。まぁ、お前も一緒に帰ったらいいさ。お前がいればもう結界なんていらないだろ」
すると、クランが「え?」っという顔をした。
「相手はバーレンだ。エル一人じゃ厳しいだろ」
その言葉にケルトは笑った。
「エル、お前ラクトスに会ったことあるんじゃないのか?」
ケルトはエルに唐突な質問をする。その質問にエルは難しい顔をする。
「どうして、そう思うんだい?」
「お前の殺気に若干だが、ラクトスの気配を感じた。あいつから力を貰ったんだろ。赤い髪で長髪の男に覚えはないか?」
エルは目を閉じ、過去を振り返る。そして思わず笑ってしまった。
(あの時の…。ラクトスは敵じゃなかったのか…。)エルは思いに浸りながらホッコリとなる。
「確かにケルトの言う人物には一度会ってる。そいつに強くなるおまじないをして貰った」
その言葉にクランはケルトの考えを理解する。
「ラクトスと知り合いだから、下手に攻撃は仕掛けられないってことか」
クランは腕組みしながらうんうんと頷いていた。
「そういうこと。でも、それが通用するのはバーレンだけ。これだけじゃ、バットエンドなんだよね」
「え?」
レイナはケルトの言葉に首を傾げる。
「婆さんか」
クランの言葉にケルトは頷いた。そして、更にクランは続ける。
「エルの母親には村を出ることを許した。だが、宿の両親には許可しなかった。村のことを考えての行動としては、若干腑に落ちないな」
クランの言葉にエルが答える。
「でも、僕の場合とその女の子の場合じゃ決定的な違いがあるよ。僕は生贄じゃなかった。どこへ行こうと自由だ。でも、その子の場合は逃げられると困る。親も一緒に行かせれば、必ず逃げ出すに決まってる」
エルの言葉にケルトはうねりを上げて悩むのだった。
「うーん。そうだよなぁ…。でも、あの婆さんからはお前の話の様な温もりってか、村に対する愛情を感じられなかったんだよな。淡々としていて、誰かに操られているか、もしくは婆さんとは別人みたいな…」
「いずれにしても婆さんがキーマンだってことには変わりないんだな。仮面だってそうだ。隠す必要が無ければ、つける必要もないんだからな」
クランが平行線を辿ろうとした話に区切りをつける。
「そうだな…」
ケルトはもやもやしながらもとりあえず落ち着くことにした。
(婆さんの仮面は力を高める為のアイテムと言ってたな…。だが、村長の家に来た時まで結界に作用する力を送り続けていたとは考えにくい。ヤンムを回復させたと言っていたが、結界維持と並行してできるものなのか?まだ、婆さんの他にも隠れている奴がいるんじゃないのか?)
色々なことを勘繰りながらケルトはキーマンである婆さんを調べることを重要視する。結果によって話が大幅に変わってくるからだった。婆さんがいい奴ならどうにか説得する道を模索。婆さんが悪い奴だったら最悪戦うこととなる。それに何やらヘルジャス軍とやらも動いている、面倒くさいことこの上なかった。以上を踏まえた上でケルトは作戦を考え、伝えた。
「じゃあ、今言った作戦を実行したいから、後はよろしくな。題して、お前のカツラはもうとれている。あぎゃー作戦!!」キリッ。
ケルトはどや顔でレイナを見た。
「何それ、やる気なくなるんですけど」
レイナはため息をつくと、1人森の中へ入っていった。




