3-3 村の掟
3章
余りの急すぎる展開に、ケルトは1人乗っかることが出来ずに口をあんぐりと開け、フリーズしていたのだった。
「もう終わったんだ。あの娘は村を守る為に…、この村の為に…、この村の守り神になったんだよ。あの娘を誇ってやろうよ」
ヤンムはセトをギュッと抱きしめる。
「私は…、誇れない。あの娘にはもう死の選択肢しかないの?…だったら、最後の最後まで、私は側にいてあげたい。じゃないと、あの娘が可哀そうで…。今もきっと怖がっているはず」
セトは肩を震わせていた。
「それはダメなんだよ。婆様が許さない」
ケルトは今の一部始終を聞いても、展開がいきなりすぎて、ポカンとなったままだった。
(え?なになに?ランプ出て即行トラブルに巻き込まれちゃう感じなの?)
ケルトはそっと席を立ち、その場を後にしようとしたのだが。
「やっぱ無理ぃいいい!!」
ケルトはいきなり叫び声を上げたのだった。その姿を見てヤンムとセトはフリーズしたのだった。そしてケルトは再び席についた。
「おい、お前等ちょっとここに座れ」
そう言って、ケルトはテーブルをバンバンと叩く。
何が起こっているのか、という表情をしている2人は素直にケルトの座るテーブルに腰掛けた。
(何が起こってるのかって…、こっちのセリフだからね。)
「どうしたんだ?その不幸、俺が買ってやるから話せよ」
ケルトは昔から人の不幸を絶対に見逃せない性分だった。つまるところ、見て見ぬふりができないのだった。気になったら眠れない、そんな子供と一緒である。だが、ヤンムとセトは顔を見合わせるのだった。
これはこの村の問題であり、たまたま立ち寄った客人なんかに頼っていいことではない。それにセトがこれから行おうとしたことは村への反逆行為であり、最悪、村人全員を危険な目に晒すことになるのだ。村を潰すのと変わらない行為であった。直接ではないにしろ、自分たちは村人を殺している。そういう自覚を持たなくてはならないのだ。そう、年に1度の儀式であり、皆涙をのんだのだ。自分たちだけは無理ですなんて村の誰にも言えないし、言っちゃいけないのだ。全ては先人の過ちであり、自分たちもまたそれを償い続けねばならないのだ。この森の主、ラクトスの許しを得るまでは。
話すことを躊躇っているヤンムとセトにケルトは痺れを切らす。
(そこまで言っといて、やっぱり話しませんとか、ただの生殺しだからね。気になって気になって、今後眠れなくなっちゃうからね。)
「でも…、話したとしてもあなたにはどうすることもできませんし…」
「できるかできないかを俺の見た目で判断してんじゃねぇよ。ってか、見た目はポンコツとでも言いたいのか、お前等は!」
「いえ、そういう訳では…」
「じゃあ、話せ。包み隠さず全部話せ。じゃないと、この町に俺が引導を渡してやる。お前らが話さないから悪いと叫びながら、この村を荒れ地になるまで暴れ倒してやるからな」
「そ、そんな…」
「じゃあ、話せ…。って何回言ったら話してくれんだよ。頼むよぉー、話してください、お願いします。秘密は厳守しますし、実は私、口にジッパーが付いてて、チャックできるんですよ」
ケルトはなかなか話してくれないヤンムたちに頭を下げだしたのだった。
「あなたに言うことで、きっと私たちは不利な立場になると思います。だから言えないんです。申し訳ありません」
そう言ってヤンムはケルトに頭を下げる。
「そうなのかい。それじゃあ仕方ないね。外に出ようとしたセトさん。どこに行こうとしたのか。娘は守り神になった、神になるとはどういうことか。きっと死ぬということ。祭られるとかか。婆さんは祈祷師だ、結界を張って、外敵からこの村を守っている。でも、中にはその結界でも守り切れない外敵がいる。その為に守り神という名の生贄を奉納をし、その外敵の気を鎮めるのだろうな。暗い、怖い場所、どこなんだろうな。きっとこの村の中じゃないんだろうな。お前たちで救えるのか?」
ケルトの推測にヤンムは唖然とするのだった。
「もう一度言う、俺に話せ。一宿一飯の恩だ、俺がお前たちを救ってやる」
ケルトの真剣な目にヤンムは心が折れたようであった。大きく深呼吸するとケルトの目を真剣に見返したのだった。ヤンムが話始めようとしたのだが、セトに抑えられた。
「私が話します。私は最低です、でもこれだけは言わせて下さい。私は娘が一番大事なんです。それは、この村よりも、そして私の命よりも。だから、娘が死ぬのなら、それを受け入れ、私も一緒に死んであげたい」
「ふーん、そうなのか。でも死ぬ前に聞かせてくれ。生贄は誰が決めてんだ?」
ケルトの問いに次はヤンムが答える。
「婆様です。でも、今まで他の家族も同じ経験をしてきました。だから、私たちだけなんて…、文句を言える立場ではないんですよ」
ヤンムの言葉にケルトは考え込む。
(生贄ねぇ…。)
「村長はそれを良しとしているのか?」
「村長は何も言いません。何も言えないんだと思いますよ」
「何も言えない?一応、この村の長なんだろ?」
「はい。でも今から十数年前ですかね、この村で事件が起きたんです。それから、村長は発言権を無くし、事実上のトップは婆様になりました」
(事件…、十数年前?村長の家の写真も確か十数年前だったよな。)
「事件って何が起きたんだよ」
ケルトはいろいろな情報に頭がパンクしそうになる。難しい顔をしながら必死に整理しながら話を聞くのだった。
「私は戦闘力がなく、その時前線で戦っていた訳では無いので詳しくは分かりませんが…」
「村長がその事件をきっかけによそよそしくなったんだろ」
「そうですね」
「そりゃあ、大事件じゃねぇかよ。知らないって…、なんだそりゃ」
「でも、本当です。私たちは当時避難することに必死でした。神社に逃げ込み外の状況とは隔離されていましたから。ただ、ラクトスが攻めてきたとしか聞いていません」
「ラクトスねぇ…、他には?覚えていること」
ケルトの問いにヤンムは深く考えだした。すると、セトが口を開く。
「私、あの時ラクトスを見ました。すぐに神社に入ったので確かかどうかは分かりませんが、大鎌を持った女性だったと思います」
!!!
ケルトは驚きの余り、目を見開いたのだった。
(そ、それ、ラクトスじゃねぇぞ…。しかも、大鎌を持った女って。もし俺の知ってる奴だったとしたら、間違いなくバーレンだ。嫌だなぁ…、戦いたくないなぁ…。あの時は初見殺し見たいなところがあったから勝てたようなものの…。次かぁ…。)
憂鬱な世界に浸りこんでいたのだが、そんなことは一旦忘れることにする。気を取り直しこっちの世界にカムバックする。
「そうか。まぁ、もう事件の話はいいや…。過去よりも今が大事だからな。それよりだ、村を捨てるという選択肢はお前たちには無かったのか?」
「私たちにはそんな選択肢はありません。この村を出れば、森の魔物に一瞬で殺されます。それに、森が開通する時期を狙って町に出ても必ずしも幸せになれるとも限りません。最悪、人攫いに合い、奴隷としてこき使われることも考えられますし…」
(ん?こいつらそんなに弱いのか?ん?確か前にランプでも、普通の悪魔の大抵は弱いって話してた奴がいたような…。誰だったっけ…。――まっ、いっか。)
「婆さんに森の外まで送ってもらえばいいじゃん。婆さんがすごい人なら町にだって顔が効くはずだから、よろしく言って貰えればそこまで危惧することもないんじゃ?」
「そんなの無理ですよ。婆様はこの村を愛していますから。皆で協力しようとしか言いません。外に出たいなんて…、きっと許してくれません」
「協力ねぇ…。それって協力なのか?俺にはただの押し付けにしか…」
「でも、しょうがないんですよ。私たちだけではどうすることもできない。この村で生まれ育った以上、受け入れるしかないんですよ。それに、生贄のしきたり以外は何も文句が無いのですから。そこだけに目を瞑れば、何も…、何も…、問題ないんです…」
ヤンムの声が徐々に小さくなっていく。
「そうかぁ。じゃあ、お前等の運命を俺が否定してやる。この村から連れ出してやる。娘も一緒にな」
「でもそれだけでは…」
「あーあー、分かってるって。ランプって町にさ、チョー強い巨人がいるんだって。俺はそいつとも知り合いだし、町長とも仲良しだ。俺がお前等を紹介して、受け入れて貰えるようにするから」
ケルトの言葉にヤンムとセトは涙を流し始めたのだった。
「本当ですか、ありがとうございます、ありがとうございます」
2人はケルトの手を握りしめ、何度も何度もお礼を言うのであった。
「で、だ。娘はどこにいるんだ?」
「西の祭壇です。本来なら婆様に聞くのが一番なんですが…」
「分かってる、分かってる。だが、どの辺りかくらいは分かるんだろ?」
「そうですね。村から西に進めばあるとしか知りません。正確に伝えられず、すみません」
(西の祭壇、…ラクトスへの貢ぎ物ってか。ラクトスがそんなんで満足するタマかよ。まぁ、黒幕は恐らくラクトスではない訳だけどね。それで満足してるということは、そうする理由がある訳なんだが、きっとそれは分からずに終わるんだろうな。)
ケルトは今は分からないことを未来に棚上げし、現実に戻ることにした。
「娘を祭壇に送ったのはいつだ?」
「だいたい3日前です」
「で、選ばれたのは?」
「それも、3日前です」
ケルトは目が点になる。
「即かよ!選ばれて即行とか、鬼すぎる…」
(3日経つってことか。余り時間はないと考えた方が良さそうだな。)
「しょうがねぇ、時間が惜しい。今から祭壇とやらに行ってくる。だから奥さん、あんたは旦那さんと大人しく待ってろよ」
ケルトは笑顔でそう言った。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
セトはケルトの言葉に、泣きながら何度も頭を下げた。
「礼なら酒でよろしく。俺は貧乏人で金がないから、タダでたらふく飲ませてくれればそれでいいから」
ケルトはニッコリ笑うとそのまま宿を出る。辺りは日の落ちかけた夕暮れ時だった。外に出た瞬間、ケルトは再び笑ったのだった。
「何だよ、お前等寝てたんじゃないのかよ。しかも外って…、出入り口は1つしかないんだよ。2階から飛び降りてんじゃねぇよ」
「たまたまだ。仲間だろうが、1人で背負い込んでんじゃねぇよ」
と、クランは空かした顔で笑っている。
「そうそう。礼なら酒でいいから…、だって。プフッ」
(てめぇら、いつからいたんだよ…。)
「うっせぇよ。てか、何でレイナもいるんだよ」
「ちゃんと言わなきゃ、仲間なんだからね」
レイナはケルトの質問をシカトしてクランの真似をしていた。はぁ、とため息をつきながらケルトは背伸びをする。
「しょうがねぇなぁ。邪魔すんなよ、レイナ」
ゴキッ。
ローキックを入れられたケルトの足からは変な音が聞こえたという。ケルト一行は村を出て、西の方角へ暫く道なき道を歩く。そして、大分日も落ちて辺りが暗くなってきた頃だった。先の方に何やら明かりが見える。辺りの暗さからして、そこはすごく目立っていた。
「あれだろ。てか、あれ以外にないだろ」
「だよな。でも、不用意に近づいて大丈夫なのか?」
クランは不安そうに辺りを伺っている。
「え?何で?」
ケルトはとぼけ面でクランに尋ねる。
「ラクトスと鉢合わせになったら全滅だぞ」
クランの言葉にケルトは思わず笑った。
「すまん、すまん。実はさ、俺、ラクトスと知り合いだったり…」
「「は!!?」」
ケルトの言葉に2人は同時に驚いた。
「おい、そこかなり重要だぞ」
クランは怒り気味にそう言う。
「え、そなの?」
ケルトはまたとぼけ面をしたのだった。
「そなの…じゃない。そういうことは最初に言っといて!無駄に気を使ったじゃないの」
ケルトは興奮気味のレイナをどうどうとなだめるのだった。
(ラクトスは仲間って訳じゃないが、まっいっか。)
ケルトは笑いながら、その明かりの方へと向かった。と、ふとヤンムの言葉を思い出す。
(確か、正確な位置は分からないって言ってたような。こんな分かりやすい訳が…。)
ガキン。
こちらに飛んできたナイフをクランが剣で弾き飛ばした。
(ないよねぇー。)
3人は臨戦態勢に入る。
「何で私たち悪魔に囲まれてんの?」
レイナの疑問も当然だと言えば当然である。周りを見渡すと、当初相手する予定ではない悪魔たちがそこにいるのだから。悪魔と言ってもラクトスやバーレンじゃない。見たことすらない謎の集団。そして、その集団の1人がこちらに歩いてきた。
「私はヴォルドだ。君たちはもう逃げられない」
ヴォルドはケルトに向かってそう言う。
「こんなことされる覚えが全くないんだが」
ケルトはヴォルドをじっと見据える。周りの奴等も隙が全く無い。統率されている、まるで軍隊のようであった。
「ふっ、白を切るつもりか。じゃあ、こちらから言わせてもらおう。お前の仲間を尾行させてもらった。何故、ヘルジャス王国を調べている」
(何言ってんの、こいつ。アホなの、アホの子なの?)
ケルトはヴォルドの発言が意味不明すぎて、とりあえずクランに通訳してもらおうと首を傾げてみる。
「ヘルジャスとはこの森の先にある国だ。恐らくはヘルジャス王国軍の兵隊だろうな」
そこで話を区切るクラン。
(えっ…、そのままこの意味不明野郎と話してくれて構わなかったのに…。)
誰も話さない状況から、自分ですか…。と諦め話を切り出すケルト。
「仲間?何のことだ?ヘルジャス王国なんて一度も行ったことがないんだが」
ケルトには全く身に覚えがない為、そう答えるしかなかった。
(てか、こいつ絶対に勘違いしてるし。誰だよ、こんな面倒くせぇ奴等を俺に押し付けた奴はよぉ。)
「どうやら話し合いでは埒が明かないようだな。強制連行する」
(はっ…?マジ訳分からん。埒が明かんのはお前等だっつーの。)
「レイナ、俺たちの後ろに隠れろ。回復担当で頼む」
クランは指示を出す。そしてレイナの前にケルトとクランが出る。レイナは何故か2段階に進化していたのだった。そして、魔法を使えるようになっていた。技は回復魔法と結界の解除魔法だった。
「分かった」
「相手は6人だ。俺が4人やる。残りのボスと雑魚1人を任せる」
クランはそう指示するのだった。
「余裕」
ケルトがそう言った瞬間、クランは相手に飛び掛かっていった。
(怖…。ただの暴れんボウヤじゃねぇかよ。…っとふざけてる場合じゃないってね。)
ケルトは先に向かってきた雑魚に対して、下段回し蹴りを放ち、体勢を崩した。そしてそのまま顎に掌底をくらわし、意識を飛ばした。
「なかなかやるじゃないか」
(何感心してやがんだ、このボケ!!)
ケルトは4人を相手にしているクランが気になり様子を伺う。
「クラン…さん…」
ケルトの視線を感じたのか、クランがこちらを見る。
「楽勝だ」
クランは既に4人の雑魚を倒しており、すかした顔でヴォルドを見ていた。
(すかした顔してんじゃねぇっての。)
ケルトのクランを見る視線がジト目に変わっていた。
「ん?何か言いたそうだな」
「いえ、何も」
(サトリの能力でもあんのかよ、こいつは。)




