3-2 守り神
2章
ケルトたちは村長が食事を用意している間、応接室のソファーに腰掛け、くつろいでいたのだった。
「なぁ、クランはランプに来る前はどこにいたんだ?」
「ラカラソルテという町だ。ラクトスの森を抜けてすぐの町だな」
「ふーん、来るときもこんな大変だったのか?」
「いや、そんなことはなかったな。半日もあればこの森は抜けられた」
クランの言葉にケルトは目を閉じ少し考えるのだった。
(何で今まで黙ってたし…。)
「そこ!かなり重要じゃね?」
ケルトはクランの鼻に人差し指をくっつけながら指摘する。
「まぁな。とりあえず、その指どけろ」
(まぁな…、だと…。)
クランの素っ気ない態度に度肝を抜かれた。
「ぜんっぜん、全然お前が思っている程些細なことじゃねぇからね」
ケルトは愕然としたのだった。
「そんな興奮すんなって。お前が知らないだけなんだ。一旦落ち着け、ちゃんと説明するから」
クランはそう言うと一息置いて、説明しだした。
「ランプ、ラカラソルテ間のラクトスの森は毎年決まった時期にだけ、開通日がある。期間としては1週間程度。それはお前が一番知っている行事だ」
クランの言葉にケルトはハッとする。
「武闘大会」
「そう、ランプ武闘大会のことだ。1週間だけ森を1本の道が通る。その道には魔物もでないから安全に通行できるということだ。だが、いかんせん期間が短い。だからそこまで積極的に他の町へ行こうという者はいないんだ。もし、その期間を過ぎてしまえば、森は本来の姿に戻る。今の俺たちのような状況だ。迷子1択なんだよ」
クランの言葉にケルトは唖然とする。
「一度入れば迷子確定って…」
ケルトは恐ろしいことに気付いてしまった。
「もしや、俺たちは既に迷子なのか?」
2人の会話を聞いていたレイナがカットインする。
「多分ね。半日で通過できる森をもう3日も歩いているんだからね。この森の噂なんだけど、森が生きてるって言う人がいるの。常に道が変化し続ける…」
レイナの言葉に再びケルトは無言となる。
(まっすぐ歩いてきた意味…。しかも道が変わり続けるって…。ラクトスよ、マジキモいわ。趣味が悪すぎてドン引きだわ。)
ケルトがフリーズしている間に話題はラクトスの森の話から、村長の家の話に変わっていた。
「さすが、村長だね。こんな大きい家に住めるなんて」
レイナは周りを見渡しながら辺りを物色しだす。
「でも、この家に住んでるのは村長1人なんだろうな」
村長以外に家で誰も見ていないことからクランはそう推測する。
「そうみたいだね。奥さんとは…、別れちゃったのかなぁ?」
すると、いつの間にやら1人の世界から抜け出していたケルトが棚にあった1枚の写真を手に取った。
「家族がいたのは確かなんじゃないか。この写真、家族写真みたいだし」
ケルトはそう言って、レイナに写真を渡した。
「うっわー、かわいい。孫までいるじゃん。でも、この写真…、十数年は経ってそうだよ。村長の髪、白くないし」
随分と昔の写真だったようだ。この写真に写る皆は幸せそうである。きっと子供夫婦は町へ出ていったのかもしれない。ランプ武闘大会のタイミングであればどこの町にも行けるはずなのだから。でも、1人でこの広い家にってのは少し寂しい気もする。村長という役割がなければ、きっと子供たちに付いていくという選択肢もあったのかもしれない。3人がしみじみとなっているその時だった。
「お待たせしました」
村長がひょっこりと現れた。
(その登場の仕方…、可愛いじゃねぇかよ。でも、外見は爺さんなんだよな。くそっ、このキモカワじじいが!)
と、ケルトは1人テンションが上がっていた。村長はお盆に置かれた皿を次々にテーブルへと並べていく。この付近で採れたであろう具材による料理であった。
「手慣れてますね」
ケルトの言葉に村長はニッコリと笑う。
「宿舎が1軒しかないものですから。客が多いときなどはこちらに招くことも少なくないですからね。混血の方とかも来たりしますので、料理を作れるようになったんですよ」
「ほぉ」
ケルトは感動していた。にじみ出る慈愛にレイナは少し目が潤む。
「子供さん夫婦はこの村にいないんですか?」
こんなにいい人なのに1人で暮らしてるなんて…。とレイナは村長を不憫に思っているのだった。村長は少し戸惑いの表情を見せる。
「子供さん夫婦?私には家族など、おりませんが…」
そう否定する村長にレイナは手に持っていた写真を手渡した。すると、村長はすぐに笑顔で答えてくれた。
「これは家族写真なんかじゃありません。村の仲良し夫婦と一緒に撮っただけの写真ですよ」
「ふーん、そうだったんですね」
と、クランが軽く話を流そうとするのだが、「えー、結構似てるのになぁ…」と納得がいかないのか、レイナはブツブツと呟いていた。
「あーぁあああ!!!」
と、突然レイナが大声を上げ、振り上げた手をそのままケルトの頭目掛けて振り抜いたのだった。バシッ。
「ブヘッ…」
「なぁに1人でちゃっかし食べ始めてんのよ。しかも!もうなくなりそうだし」
そう言うと、レイナも勢いよく飯をがっつき出したのだった。
「はっ!?お前は飯食う必要ねぇだろうが。血ぃ飲んどけ、血ぃ」
ケルトの言葉にレイナは耳を傾けなかった。テーブルの上で醜い争いが勃発していたのだった。
「やれやれ…」
クランは呆れながら食事を始めたのだった。そして、3人が食事をしている最中、村長の元に1人の訪問者が現れたのだった。
「村長、巫女から話を聞いてな、宿舎の主人の病気は癒しておいたから、宿舎はもう再開できるそうだよ」
そう村長に言ったのは、腰の曲がった全身を黒いローブで身を包んだ婆さんだった。
「ありがとうございます。これでここにいる客人の方々にも安心してくつろいで頂ける」
村長は笑顔でケルトたちの方を見たのだった。
「これはこれはお客人でありましたか。私はこの村の祈祷師の婆でございます。皆、婆と呼んでいますので、御用があればいつでもお尋ねください」
婆はそう挨拶すると、そのまま村長の家から出ていったのだった。
「祈祷師ってのは他人に顔を見せてはいけないものなのか?」
ケルトの問いに村長は笑顔で答える。
「婆はこの村では特別な存在なのですよ。祈祷師としての力を最大限発揮するための装束とだけ、聞いてますね」
「ふーん、そうなのか」
ケルトはチラリと見えたお面が気になったのだった。そこまでして力を高めて、婆はいったい何をしてるんだろう、と。だが、別に村長は理解してるみたいだし、それでいいんならそれ以上首を突っ込むことじゃないとケルトは軽く流そうとする。
「そうなのかぁ…、じゃないだろ。そこは普通聞くだろうが」
クランはテーブルを叩きながら少し大きめの声でそう言ったのだった。
「えー、面倒くさいって。もうベットで寝転がりたい系なんだって…」
そう言うと、ケルトは指に火を灯して遊びだしたのだった。
「へぇー、特別…。祈祷師のお婆さんはすごい人なんですね」
全くの無関心なケルトを他所に、レイナは興味津々だった。
「確かに。ここはラクトスの森なんだ、力なくしてこの森じゃ生きていけないよな」とクラン。
「お婆さんは普段どんなことをやっているんですか?」
レイナのキラキラの視線が村長に注がれる。
「婆はいつもこの村の為に祈りを捧げています」
「この村の為?」
クランは少し渋い顔をして聞き返す。
「そうです。この村は結界で守られており、魔物等は村に入れないんですよ。その結界を張っているのが婆なんです」
「へぇー、そうなんですね。祈りを捧げてこの村の皆を守ってるだなんて、タンダスの守り神みたいですよね。憧れちゃいます」
そう言うと、レイナもテーブルの上で両手を絡めて握り、何やら祈りだした。
「では皆さん、宿舎の主人も元気になったとのことですし、これから宿舎の方に案内します」
そう言うと、村長は立ち上がり、皆の先頭を進むのであった。
「何から何まですみません」
レイナは村長にお辞儀したのだった。隣には何故かブスくれているケルトに、物思いに耽っているクランがいたのだった。
「はぁ…、先が思いやられるわ…」
レイナは失礼極まりない2人を見てため息をつくのだった。そんなこんなで3人は宿舎の前まで案内された。村長は宿の中へは入ろうとせず、宿の前まで案内するとそのまま帰ってしまった。その様子を見て、クランは首を傾げるのだった。
病気だった宿の主人を見舞ってあげるくらいのことは普通するだろう。他人ではあるが、村の規模からして、皆家族のように接してもいいはずなのだが…と変によそよそしい態度をとった村長を不審に思うクランであった。
レイナは先頭をきって宿舎へと入っていく。すると、中から主人らしき人が出てきた。
「私はこの宿の主のヤンムです。ごゆるりとおくつろぎ下さい」
そう言って、深々と頭を下げたのだった。その光景にケルトは危機感を覚えたのだった。
(なんだ、この違和感は?)
ケルトの心配を他所にレイナはそのまま主人を通り過ぎ、宿へと入っていく。
「お客様、お代は先払いとなっております。おひとり様一泊5000eとなりますが、何泊されるご予定ですか?」
その瞬間だった。何かにモヤモヤしていたケルトはその正体に気付いたのだった。
「あっ、俺…、金ないわ」
ケルトの情けない言葉にレイナとクランはハッという顔をしたのだった。
「金がないってどういうことだよ」
クランは意味が分からず、ケルトに問いただす。
「大会で金は貰ったんだけどな、酒代とかであっという間になくなっちゃった」てへっ。
「お前なぁ…」
クランはそんなケルトに頭を抱えるのだった。
「とりあえず貸しといて。出世払いでお願い」キリッ。
そう言いながら、ケルトはレイナがさっきやっていた祈りのポーズをクランの前で始めたのだった。
「お前…、お願いする気、全くないだろ」
ふざけているようにしか見えないケルトに怒りが湧いてくるクランであった。
「えー、あるよぉ。私の守り神さまぁ」
ケルトの言葉にクランは目を閉じ、少し黙ったのだった。
「よし、今回だけは貸してやろう。ただし、今度そんなクソみたいな喋り方でお願いしたら、そっ首跳ねるからな」
そう言うと、クランは5000eをケルトに渡したのだった。
「え…?1泊分?」
ケルトは渡されたお金を見て、なんで?という顔をしたのだった。
「お前の守り神は世の中の厳しさも同時に教えてやってんだよ。感謝しろよ。…あと、ここでは酒も先払いっぽいから、お前は禁酒な」
クランの言葉にケルトは真っ青になった。
「クランさん、ツンデレという言葉は、たまにデレがあるからツンが映えるんであって、ツンツンだけだとファン無くしちゃうよ」
ケルトはクランにツンデレについて語った。
「うるせぇ、この貧乏人が!」
はい、これにてツンデレ講座終了。
「もういいの?早く入ろうよ」
レイナはケルトとクランのやりとりを一通り見た後、もう待てないといった感じで急かすのだった。「まぁまぁ、ゴチですわ」
そう言うと、ケルトは渡されたお金をヤンムに支払い、宿へと入っていったのだった。それに続いてクランもヤンムにお金を払ったのだった。
「1泊以上の場合はあいつのみ野宿させてやって下さい」
クランはヤンムにそう伝えると、そのまま宿へと入っていった。
(な…、に…。俺の守り神、厳しすぎるだろ。)
「ドンマイ」
レイナはケルトの肩を叩くと、笑いながら宿へと入っていったのだった。それから皆はそれぞれの部屋へと向かい、夕飯までの間は部屋でくつろぐことにしたのだった。部屋に入るなり、ケルトは夕飯の時間まで爆睡したのだった。
「ふ、ふぁぁぁああ」
ケルトは大きなあくびをしながら、いい時間だと思い、1Fへと降りていった。因みにだが、この宿は2階建てとなっており、2階は各々の部屋、1階は食堂、風呂などの共有スペースとなっていた。食堂にはすでにクランとレイナがいたのだった。
「皆早いねぇ、どんだけ腹減ってんだよ」
ケルトは寝起きに一発、軽く罵ってやったが、軽くスルーされた。
(けど、けどけど、そんなの関係ねぇ。あー、俺メンタル強すぎ。)
ケルトは即行でスルーされた事実を忘れることにしたのだった。
「そこで1人立ってられると目障りだから、早く座りなよ」
(な…、立っているだけで罪、だ…と…。)
ケルトは素直に椅子に座り、食事が出てくるのを待った。
(も、もうこれ以上はメンタルが持ちません…。)
ガックリしているケルトにレイナは首を傾げるのだった。そんな状況の中、クランが口を開く。
「これからの予定なんだが、明日の朝一番でここを出発しようと思うんだが」
「それでもいいよ」
クランの提案にレイナは快く賛同した。
「えー、朝弱いから無理」
(お約束でしょ。)
「じゃあ、朝10時に出発ということでよろしくな」
(はい、スルー。ってか、あれ?提案押し通ってるし。)
ケルトは不意に手を挙げてみた。
「何、ケルト?」
「ですよね…」
ケルトはレイナの反応を見てホッとしたのだった。
(一瞬、俺、空気と一体化して2人には見えなくなったのかと思った。はぁ、危ねぇ危ねぇ。)
そして定刻になると、ヤンムが食事を運んできたのだった。ケルトはヤンムを見ながら、首を傾げる。
(んにしても、機械的だなぁ。本当にこいつら人なのか?)
ニコニコ笑顔で食事の配膳を済ませると、すぐに調理場へとヤンムは戻っていったのだった。
食事が済むとクランは立ち上がる。
「じゃあ、俺はこれで」
そして、そのまま自室へと戻ったのだった。
「じゃあ、私も明日に備えてもうひと眠りっと」
レイナも席を立ち、自室へと向かったのだった。
(連れないなぁ…、本当に。夜はこれからっしょ。まぁ、さっきまで寝てたから眠れないだけなんだけどね。)
すると、ヤンムがお皿を片付けにやってきた。
「ごちそうさまです」
ケルトがそう言うと、ヤンムはお皿を片付けながら、「どうも、美味しかったですか?」と聞いてくる。
「まぁまぁですかね」
ケルトの言葉にヤンムは愛想笑いをすると、それ以降は黙々と片づけを始めたのだった。まずい空気になったことを瞬時に察知したケルトであった。
(彼はやはり機械ではなく、人でした。)
「うそです、うそ。めっちゃ、美味しかったですって」
慌ててそう訂正したケルトに対し、「ふふ、そう言っていただけると、有難いです」と、相変わらずの愛想笑いのままヤンムは答えたのだった。
「何か元気ないですね、闘魂注入しましょうか…、じゃなくて、まだ体調悪いんですか?」
ケルトの気遣いに対して、「体調の方はお陰様で、大分いいですよ」と答える。
ガタガタ。
調理場の方からこちらへと女性が歩いてくるのが視界に入る。やけにフラ付いている。
(誰?他の客?フラフラしすぎだろ、酔っ払ってんのかこいつは?)
女性はそのまま出口の方まで歩くと立ち止まった。
「ヤンム、私、もう生きてても仕方ないから…」
女性はそう言うと、そのまま外の方へと歩き出したのだった。それに対し、ヤンムは叫ぶ。
「セト!!」
ヤンムは外に出ようとするセトという人物を後ろから抱きしめると、涙を流しだしたのだった。その光景にケルトは1人フリーズする。
(え?何これ?え、え、えー!大切なのでもう一回言います。何これぇええ!!)




