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3章 序章

 1章



ここはラクトスの森の中にある村。

ヘルジャス王国の伝記によれば、大昔にラクトスに加護を受けた唯一の村だと言い伝えられている。森の中に村を作ることができるのであれば――と、森の隣に位置するラカラソルテの町の者が森を切り開こうとしたのだとか。その者たちは森から現れた魔物を従えるラクトスの下部と呼ばれる者たちに皆殺しにされたのだとか。そんな凄惨な過去もあり、ラクトスの森には絶対に手を出してはならないと記載されているのだった。

タッタッタッ。

1人の男が村の中を走り、自宅の扉を乱暴に開ける。中には妻が両手を絡めて組み、祈るようにテーブルの側の椅子に座っていたのだった。妻は何も言わず、扉を開けた男、つまりは旦那を見るのだった。旦那の表情は暗く、言葉を発さずとも結果を理解できたのだった。

「生贄が決まった。…俺たちの娘だ」

旦那はそう言うと、力が抜けその場に崩れ落ちたのだった。

「そんな…」

妻もまたテーブルに顔を伏せ、泣き崩れたのだった。

旦那はいつまでも泣き止まない妻の隣に腰掛け、肩を抱き寄せながら慰めるのだった。

その奥の部屋には娘が何も知らずに幸せそうな寝顔を見せているのだった。


                   ・



ここはランプの町中。ケルト一行がミゲウ達に見送ってもらってから丁度10分が過ぎただろうか。

「寂しいなぁ…」

ケルトはぼやいていた。今はクランに引きずられることもなく、自分で歩いている。

「まだ、ランプの町も抜けてないんですけど」

レイナは呆れ顔でケルトを見ていた。

「次はいつ会えるのかなぁ…。ミゲウも寂しがってんじゃないかなぁ…」

ケルトはひたすらに独り言を呟いていた。

「はぁ…」

耳障りな声にクランはわざとらしい程に大きなため息をつく。

「まだミゲウと別れて10分くらいしか経ってないし」

レイナの言葉にもケルトは下を向いたままだった。

「じゃあ、戻るか?」

クランの提案にケルトは顔を上げる。

「戻る?よしよし、ミゲウに早速文句言わねぇとな。酒は1本じゃ足りないって」

先ほどと打って変わったようにケルトに生気が漲っている。

「ホームシックでも何でもないじゃん。このアル中が!」バシッ。

レイナの叫びと共にケルトは頭を叩かれたのだった。3人は笑いながらラクトスの森へと入っていった。

ランプの町人には抜けられないラクトスの森。最も危険な場所はこの森のどこかにあるとされるラクトスの巣。ラクトスの住処とされているが、誰もその存在を知らない。近年においてラクトスが発見されたという報告はなく、本当に存在するのかも怪しい。恐ろしい魔物がいるという報告のみが上がる謎の森である。

クランとレイナは周囲の警戒をしながら慎重に進んでいる。そしてもう1人のケルトはと言えば、薄暗い森を照らすために指から炎を出し、明かり役となっているのだった。2人ともケルトからは少し距離を取り進むのだった。

(これってあれだよね。俗に言う、囮ってやつ。俺の扱いひどすぎるだろ。襲われた時は絶対に助けに来いよ、絶対だぞ。)

とか思っていると、クランが近づいてくる。

「今日はここまでにしよう。ラクトスの森は長いんだ、ゆっくり確実が一番だ」

「そうだな。真っ暗にするのも何だし、枯れ木でも拾って焚火でもしとくか」

ケルトの提案にレイナはその場に座り込んだ。

「よろしくね」

レイナは笑顔でケルトに手を振るのだった。

「え?何言ってんの、レイナさん…」

「肉体労働は男の仕事でしょ」

そう言ってレイナはくつろぎだす。足を揉んで疲れを癒しているようであった。レイナから少し視線を外すと、既にクランも座っていた。どういうことだよ、とか思いながらジト目でクランを見る。

「明かり担当が拾ってくるのが必然だろ。真っ暗じゃ見えねぇし」

(いやいや、あんたら協力しようって優しさはないんかい。)

「マジで…。リーダーに対しての配慮が足りなさすぎる」

ケルトの言葉に2人はハッとするのだった。

「え?誰がリーダーだって?」

レイナの驚きの言葉に、「俺だろ、俺」と当然のようにケルトは答える。

「一番輪を乱している人がリーダーとか、ありえないんですけど」

その言葉にクランはうんうんと納得しながら、レイナの後に続く。

「リーダーなら俺がなってやろうか?」

「そっちの方が断然いい」

(断然って…。)

「じゃあ、枯れ木拾いはケルト担当、以上」

クランの謎の仕切りにケルトは呆然としたのだった。

「いってらっしゃい」

レイナが笑顔でこちらに手を振ってくる。

「こうやって、イジメが誕生するんですね、よく分かります」

ケルトの体からは怒りからか湯気が沸き上がっていた。

「今、お前結構イラついてんだろ?」

「ん?何の話?」

ケルトは無表情でしらばっくれる。

「お前の単独行動は好きでやってるんじゃない。誰にも迷惑をかけたくない一心で、その結果が単独行動となっているだけだろ」

「何だそれ?」

クランの言葉の意図が分からずケルトは首を傾げる。

「俺はお前を信じる。それを忘れるなよ、この狸やろうが」

その言葉にケルトは目を見開く。

「狸だと!訂正しろ、キツネに訂正しろ。狸はカッコ悪いだろうが」

緊迫したかと思われた空気だったが、ケルトの発言によりレイナはため息を吐くのだった。

「変わらんわ」

そして2人も立ち上がり、3人で枯れ木を拾い、焚火を始めたのだった。

「でも、ヤバイんじゃないか?すぐそこにラクトスの巣があるかもしれないんだ。焚火なんかしてたら俺たちの居場所も諸バレだろ」とクラン。

「そうね。ラクトスに喧嘩売ってるのと変わらないわね。ラクトスに見つからないように慎重にここまで来たのに。こんなところで見つかったら全てが水の泡だよ」

「そう、水の泡だ。お前以外の2人の努力がな!」

クランはそう言うと、ケルトをじっと見つめる。

「え?俺は囮だから普通にしてて良かったんじゃ…」

「言っても聞かないから囮にしてやったんだよ。お前が単独で進んでたらこの道は修羅と化してたぞ」

「そなの?」

ケルトは笑いながらクランに答えるのだった。

「そなの?じゃないわよ。ケルトに寄ってきた魔物をクランが排除しながらずっと進んでたんだからね」

「あら、クランさん。そんなことしてもらってたなんて。やけに平和な森だなぁ、なんて思ってたんですよ」

「ふざけないでよ、ケルト。いつまでもそんな風にしてたらいつか危険な目に合うからね。もっと真剣に考えてよね」

レイナはプリプリしていた。

「分かった、分かったって。俺が悪かったから、今日は休もう。明日も長いんだろ」

今にも飛び掛かってきそうなレイナにケルトは即行で謝ったのだった。そうして時間も経ち、クランとレイナが寝息を立てようとした時だった。

「この話はさぁ…、はぁはぁ…、俺が昔聞いたこの森の奇妙な噂話なんだけど…、はぁはぁ…」

ケルトは寝静まろうとしていた2人に無理やり怖い話を聞かせた。そして、案の定レイナが飛び起きる。

「何勝手に話してんのよ!!」

レイナは激怒していたのだった。

「え?子守歌のつもりだったんだけど。もしかして怖かった?」

ケルトは笑いを堪えながらレイナにそう言った。

(こいつ…、もう絶対に眠れないな。グフフ…。あー、ごちそうさまです。)

「その話なら俺も知ってるぞ」

(え?マジかよ…。お前も怖がれよ。)

「マジ…、シケるわ」

ケルトはつまらなそうに寝転がりだす。と、その瞬間だった。

「わっ!!!」

レイナがいきなり叫んだのだった。ビックリしてケルトは飛び起きたのだった。

(え?何?何?マジで…、こっちが心臓止まりそうだったんですけど…。)

「その仕返し、ないわー」

ケルトはジト目でレイナを見るのだが、レイナは挙動不審であり、辺りをキョロキョロと見回している。

「何してんだ?」

クランの質問にレイナは目を見開きクランを見る。

「え?今、聞こえなかった?」

レイナは冷や汗をかいていた。

(おっ、レイナがバグった。)

「何も聞こえなかったけど」

ケルトは首をボリボリ掻きながらシラケた目でレイナを見る。

「えっ!?たすけてーって声だよ。微かにだけど…」

「何それ…、怖」

ケルトに同意するようにクランも発言する。

「俺も何も聞こえなかったぞ。風か何かじゃないのか?」

「そうなのかなぁ…」

クランの言葉にレイナは少し安心するのだった。

「いや…、全く風ないし」

(ブハッ。ブッ込んでやりましたよ。)

ケルトの言葉にレイナの顔が真っ青になりだす。レイナは次元空間からおもむろに毛布を取り出すと、それで全身を覆った。

「ガクブルじゃねぇかよ」

ケルトはケラケラ笑っていたのだが、次の瞬間背筋が凍ったのだった。

「俺らで辺りを見といてやるから、安心して寝ろ」

クランの言葉だった。

(俺ら?何言っちゃってんのクランさん…。夜だよ、夜。明日も長丁場なんだよ。)

目を見開いてフリーズしていたケルトの肩をポンと叩く。

「お前のせいだからな。お前は絶対に寝せないからな」

クランは額に青筋を立てながら、そう言ったのだった。

「はい…」

ケルトは全てを諦め、その夜、自分の行いを長い時間反省する機会を得たのだった。夜も明け、3人はまたひたすらに森を歩き続けた。そして再び夜が訪れる。

「いつになったらこの森抜けるのよ」

レイナはケルトを睨みながらブツブツとボヤいていた。

レイナはこの森がかなり嫌なようだ。魔物だって出てくるのに、レイナからしたらお化けの方が断然怖いらしい。

(よっぽど怖かったんだね、風の音が。)

3日目の野宿が始まったのだった。もう、見張りはいない。皆、疲れすぎて泥のように眠り、次の朝を迎えるのだった。

レイナが言うように、確かにこの森は広い。広すぎる。何なんだ、この森は!ってくらいに出口が見えない。そんなこんなで森に入ってから3日が経つ。未だに森を抜けていない。詰みました、完全に詰みました。人生ゲームみたいに台風に遭遇した、スタートに戻る的なものはないものか。

「なぁ、ケルト。お前が言うように真っすぐ進んだ方が確かに戻るときは分かりやすいよ。だが、これじゃあ、埒が明かない。次、二股の道を曲がってみないか?」

クランの提案にケルトはどうでもいいという表情をする。

「えー、もう無理だよぉ。曲がるとか曲がらないとかじゃなくてさぁ、とりあえずランプに戻って仕切り直さない?」

そう言って、ケルトはその場にへたり込んだ。

「バカなこと言わないで。こんなに歩いたのに今更戻れる訳ないでしょ」

レイナは腰に手を当て、ケルトを説教する。

「戻るという選択もまた勇気の証。戦略的撤退ということで…」

レイナはケルトを軽くあしらい、先へ進んでいった。

(何、俺を見限るだと!)

「あーあ。レイナにまで相手されなくなったら、お前の言葉、究極の独り言、変態野郎だぞ」

(何、その野郎ってのは…、怖。――ん?てか…。)

「あっ!!」

ケルトはいきなり大声を上げた。スタートに戻る名案を思い付き、クランに熱い視線を注いだ。

「ランプ、ラカラソルテ間のラクトスの森の上空は飛べないぞ」

(お前、エスパーかよ。)

「え、何で?」

「ラクトスの森上空にもまた強制転移のバリアが張ってあるんだよ」

「行き先は?」

「不明だ。試した奴はいたらしいんだが、その後帰ってきた者は誰一人としていない」

「何それ…、サブイボなんだけど」

と、先に行ったはずのレイナがいる。

「無理なんだから、我慢して歩くしかないの!」

そう言って、ケルトの手を引っ張りだす。

(え?何故ここにレイナカットイン?先に行ってなかったっけ?)

「一人ぼっちが寂しいから戻ってきたのか?」ボフッ。

「グヘッ」

レイナを覗き込むのと同時に顔面に真っすぐ掌底をくらった。と、クランが動き出した。

「ん?何かいい匂いがしないか?」

ケルトとレイナの後ろにいたクランがそう言いながら、先頭を歩きだす。

「んん!この匂い、何かやる気でるぅうう!」

クランとケルトは匂いに誘われるがまま、二股の道を曲がっていった。レイナの手を引きながら。

しばらく歩くと、村の入り口が見えてきた。看板もある。

――ようこそタンダスへ――

どうやらこの村はタンダスというようだ。クランの持つ地図には記載されていない。

入り口でケルトは2人を見る。すると、2人はケルトに頷き返したのだった。

「じゃあ、レイナさん。レディーファーストという言葉にあやかって、お先にどうぞ」

その瞬間、背中に前蹴りをくらい、ケルトの意思とは関係なく、ケルト先頭で村へと入っていくのだった。

「使いどころ完全に間違ってるから」

再びケルトが振り返ろうとした瞬間、レイナは前蹴りをかましたのだった。

「うぎゃー、あべし」

レイナの冷めた目をものともせず、ケルトは仕方ないと村の中を先頭で歩いていく。そして大きな声でこちらに近づいてくる老人にも聞こえるように喋るのだった。

「マジで、いつもいつも、こんなくだらないコントに付き合わされて、やになっちゃうんですよねー」

(俺の勝ちだ、レイナ。さっきやった前蹴りの恨み、思い知れ!この老人からしたらレイナは絶対に近寄れない暴力女だと思われてるわ。ブフッ。)

ケルトが1人満足そうな顔をしていると、老人が喋りかけてきたのだった。

(ほら、言え。暴力はいけませんよって。はしたないですよって。)

ケルトが老人の発する言葉に期待し目を輝かせている。

「ようこそタンダスへ。私はこの村の村長をしているゼスト=ベースナーです。旅の疲れをゆっくりと癒していって下さい」

村長はそう言ってお辞儀すると、そそくさと自分の家へと戻ったのだった。

「へ…?」

ケルトは呆然としたのだった。隣ではケルトの思惑がはずれたのがうれしいのかレイナがどや顔をしていた。

「ちょ、ちょっと…」

ケルトは慌てて村長を呼び止めた。

「何ですか?」

「私、すごくおなかが減っていて、すぐにご飯を食べたいのですが…。店の場所教えてください」

レイナとの小さな争いなどもうどうでも良かった。それよりも何よりも、早く何か食べたいケルトであった。周りを見渡しても店の様なものがないためにケルトは慌てて呼び止めたのだった。

「そうですか。この村は見ての通りこじんまりとした小さな村です。だから、そういう施設は宿舎が1軒あるだけです。残念ながら、今は宿舎の主人が病気の為宿は閉めてるんですよ。もし、すぐにと言われるのでしたら、私の家で腹ごしらえをしていかれてはどうですか」

村長の言葉にケルトはフリーズする。

(は?さっき体を癒していって下さいって言ったばかりじゃねぇかよ。とんだ詐欺おやじじゃねぇか。そんなんじゃ、癒すもクソも…。)

そして、ケルトは何か引っかかりを感じる。

(ん?…私の家で腹ごしらえ!!)

ケルトは目に輝きが戻る。

「マジっすか、あーざっす」

ケルトはうれしさの余り、振り返り2人にピースしたのだった。

「飯のついでにこの村がどんな村なのかも教えて貰えませんか?」

クランは辺りを見回しながら、そう、村長に聞いたのだった。

「いいですよ。村長なので、そのような話であればいくらでも」

そう言って、村長は3人を自宅へと案内した。村長は家に入るとすぐに応接間へと案内したのだった。

「今、食事を用意しますので、しばらくお待ちください」

そう言うと、村長はそそくさと応接間から出ていったのだった。


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