2-20 旅立ち
20章
そう言って、ガンザはケルトをジト目で見るのだった。見られたケルトは即行で視線を反らしたのだった。
「嘘…、じゃないよね?」
ティアの目からは涙が溢れる。
「嘘なんてつくわけないだろ。本当だ」
「よかったよ…」
ティアの目から溢れた涙は決壊した。
「うれし泣きしてくれるのはありがたい。だがな、ティア。泣いてる暇なんてないぞ。メルケスを捜すんだ、奴隷船の行先に心当たりはあるか?」
ガンザの問いにハイズが口を開く。
「それはメルケスしか知らないからなぁ…」
沈黙が訪れようとした時、部屋の隅でずっと黙りこくっていたガラフが口を開いた。
「多分、グエンサへ直行だ。行きはミラバールへも寄るが、帰りはそんなことはない」
「そうか、グエンサか」
「船では行けないぞ。守りが固すぎるし、海へ落ちれば海神の餌食だ」
ガラフは的確にガンザに指示する。
「ふーん。あっ、そうか。ガラフは元グエンサの傭兵だったね」
ティアは手の平をもう一方の拳でポンと叩くと納得の表情を示す。
「じゃあ、移動手段は陸か…。遠いな」
ハイズは難しい顔をする。ケルトは頭の中に豆電球が光る。
「ドルガンは転移が使えるじゃないか。無理やりグエンサまで飛べよ」
その言葉に全員がシラケた目でケルトを見る。
「あのなぁ…。各国、そして色々な土地には空間自体にバリアが張ってあったりするからな。転移は危険だ。それに、最悪そのバリアに引っかかった場合、国であれば牢屋であったり、他の土地でもそれに近い場所に強制転移させられたりするんだ」
ドルガンの説明にケルトはうんうんと頷くのであった。
「そうと決まれば話は早い。行くぞ」
ガンザはそう言うのだった。
「方向一緒なら手伝うぞ」
「ちょ…、おま…」
ケルトの何気ない発言にクランはケルトの肩に手をかける。そして、そのクランを押しのけレイナがケルトの頭にチョップをかましたのだった。
「あんた、ノリ軽すぎ」
「いてーよ。俺はまだ病人なんですからね」
ケルトは振り返り、レイナにそう言うのだった。そんなケルトにガンザはポンとケルトの肩を叩く。
「ありがたい申し出だが、もう十分だ、ケルト。ここまで十分すぎる程に良くしてもらったんだ。お前はお前の目的の為に生きるべきだ」
ガンザの言葉にケルトは口元を緩ませたのだった。
「そうか…。そうだな。また、もしかしたら会うことがあるかもしれない。その時まで元気でな」
そう言うとケルトは手を出し、握手を求めたのだった。
「次に会う時は俺を実験台にした仕返しをしてやるから――覚悟しとけよ」
ガンザはハニカミながらケルトと握手を交わしたのだった。すると、店がひと段落したのか、キャルが休憩室へと入ってきた。
「せっかくだから、ご飯食べていきなさいよ」
「ありがたいが、一刻も無駄にできない。仲間が世話になった、心から礼を言う」
そう言ってガンザはキャルに頭を下げた。
「いいのよ。事情があるんならしょうがないわよね。まぁ、頑張ってね」
「あぁ。あと、ケルト。お前からは1つ学ばせてもらったよ。人間も悪魔も変わらないってことを、ありがとな」
キャルとミゲウは顔を見合わせ、笑顔になった。クランとレイナも笑顔になったのだった。
「当然!!以後、先生と呼んで貰っても構わんぞよ」
バシッ。
「調子に乗るな!!」
ケルトは即行でレイナに叩かれたのだった。
「本当に、世話になった。この借りはいつか必ず返します」
ガンザはそう言うと、皆を連れ、店を出たのだった。外に出て、ガンザたちの門出をケルトたちは皆で見送ったのだった。
「行っちゃったね。敵だったのに、敵じゃなくなって…。変化が多すぎて頭の痛い日々だったよ」
レイナは笑っていた。
「まぁ、良かったじゃないか。無事、解決したんだ」
ミゲウは酒を飲みながらそう言う。
「まぁ…、全てが解決した…、訳ではないがな」
クランはため息を吐いていた。
「そうね…」
キャルはレイナを見ながら暗い顔をしたのだった。
「いいじゃない。とりあえずは解決したんだし。ミリちゃんは救われた。ケルトの願いは叶ったんだよ」
レイナは精一杯の笑顔でそう言うのだった。
「まぁ、ひと段落したことを祝っていんじゃね。それくらいの一息はつくべきだって。誰だってさ」
そう言うと、ケルトはミゲウが飲んでいた一升瓶を強奪し、一気に飲み干すのだった。
「お、お前…!!」
ミゲウはくわっと目を見開く。
「酒だ、酒。酒が足りねぇぞぉ!!」
ケルトは秒で酔っ払ったのだった。
「弱いくせに、よくやるわ…」
クランは呆れ顔でケルトを見るのだった。
「さっ、祝杯だ。レイナも飲め。幸せは皆で共有するもんだろ!!」
ケルトは新たに所持した一升瓶をレイナの口に突っ込もうとしたのだった。
「ぐへっ…」
レイナの渾身のリバーブローにケルトは地面に沈んだのだった。
「さっ、中で飲みましょ」
閉店間際で客が引いてしまった店内へキャルはレイナの手を引くのだった。
仰向けに倒れているケルトの横にクランが腰掛けるのだった。
「まぁ、先のことは誰にも分からないんだ。レイナの仇だってその内見つかるかもしれない。しょうがないから、これからもお前に付き合ってやるよ」
そう言うとクランはケルトから一升瓶を奪い、飲むのだった。
「何がしょうがない…だよ。ボッチのくせに。寂しいから一緒にいて下さいって懇願しろ。しかも土下座でな」
仰向けの状態で偉そうに言うケルトだった。
「そう死に急ぐもんじゃないぞ、ケルト。お前忘れてないよな。港での戦いの時無差別に火の柱を降らせたこと」
「あ…」
ケルトはそのまま無言となった。その後、ケルトはクランに頬をつねられ、引きずられるように店へと帰還したのだった。
ケルト一行はそのまま朝まで飲み明かしたのだった。
それからあっという間に2日が過ぎ去ったのだった。
「何故だ…」とケルト。
「…」無言のまま呆然とするクラン。
「おかしすぎる」とミゲウ。
そんな様子をみて呆れるレイナ。
「あんたら何言ってんのよ」
それにキャルも追従する。
「誰だってあれだけ飲めば2日酔いになるからね」
3人は2日酔いでダウンしていたのだった。
「昔はこんなんじゃなかった…」とケルト。
「はぁ…、昔を語れるほど年食ってないでしょ」
レイナは頭を抱えるのだった。
「クラン、お前も言ってやれ。酎ハイ2本でもう無理とか言いやがる根性なしに」
だが、ケルトに振られたクランは無言のままだった。
「おい、クラン!!」
ケルトは反応のないクランの肩を掴むと、思いっきし揺すったのだった。
「待て…」
「おっ、やっと喋った」
「次、俺に触れたら、その首、飛ばすぞ」
クランの言葉には殺気がこもっていた。
「クランさん、冗談はその血の気の引いた青い顔だけにして下さいよ」
クランは黙りこくり、反応しない。そんな2人のやりとりを見ていたミゲウが口を開く。
「それよりも、これからお前はどうするんだ?」
ミゲウの問いにケルトは少し考えを巡らせ、真剣な表情を作る。
「そうだな。とりあえずはこれから寝て、夜にまた店に集合って感じでいいだろうな」
そう言って即行で布団に潜り込もうとするケルト。だが、レイナが即座にケルトの掛布団を強奪する。「アル中になって死ねばいいのに」
レイナの冷たい口調にケルトは息を詰まらせるのだった。
「はっ…。ケルトは精神的ダメージを500負った。残りライフ9兆」
その言葉に全員がドン引きしたのだった。
「もういいから、そういうの…」
レイナはガックリと肩を落とし、ため息をついたのだった。
「お前の旅の目的って何なんだ?」
ミゲウの表情にケルトは首を傾げる。
「ん?まさか、これって、マジなやつ?」
そう言うとケルトは苦笑いする。ケルトの首元には今、クランの剣が突き立てられていたのだった。
「で、ですよねー」
ケルトは一度深呼吸をするのだった。
「まぁ、世話になった訳だし、話しますよ、ちゃんとね」
そう言ってケルトはこの異世界に来る羽目になった過去を少し語ったのだった。
「俺は人間世界からこの地へ3人で来た。1人は人間で奴隷として連れ去られた。もう1人は俺と同じ混血で、メルケスに依頼されてガンザを救ったアラルだ。港で爆煙に包まれた時、アラルは俺にガンザを引き渡したんだ。何故かは分からんが、すぐに俺の前から姿を消した訳だけどな。俺は、その2人と一緒に人間世界へ戻る。そう約束したんだ。かなりの時間、諦めて腐ってたんだけどな。だから、これから世界を回りその2人を捜す」
ケルトはおふざけなしの話をしたのだった。そう、おふざけなしの。
(だって、そうするしかなかったんですよ。クランさんったら、剣の腹を俺の首にビッチリ当ててたんだもん。身内による拷問ってどうよ…。)
「俺の目的も同じだ。人間界へと繋がる異ゲートを探し、帰還することだ。1人より2人の方がいいだろうから、こいつに付き合うことにした」
クランもまた、ケルトに続き、自分の目的を話したのだった。
(クランさん、クランさん…。マジウザいんですけど。今のコメント、上から過ぎてどこにいるかも見えない程だったんですけど。)
そんなことを思っていると自然にケルトの顔がニヤけてしまった。
「何笑ってんの!」
レイナはまたケルトがふざけだそうとするのを抑制する。
(レイナさん、マジ、パネェっす。心で思っただけですよ。私には妄想も許されないのですか。)
そんな中、ミゲウは苦笑いしながら話を切り出す。
「まぁ、目的が一緒ならその方がいいだろな」
「そうね。じゃあ、餞別に美味しいお弁当を作ってあげる」
そうキャルは笑顔で言うのだった。
「じゃあ、俺も餞別に美味しい酒をやろう」
「うほっ」
ミゲウの酒という言葉にケルトは即行食いつくのだった。
(マジ、ミゲウ、やっぱ心の友だわ。)
「じゃあ、昼には出発するぞ」
クランの言葉にケルトは顔が青くなるのだった。
(えっ…、早くない?それ、誰得なんだよ…。)
とは思うが、そんなことは口には出しません。ケルトは学んだのだった。拷問はもうこりごりだと。
「昼っていうと…、あと1時間くらいしかないぞ」
ケルトは幼気な子犬の様な眼差しをクランに向ける。キラキラビームだ。だが、クランには効果がないようだ。
「お前の話からして、1分、1秒と無駄にはできないだろ」
ケルトはそこまで想ってくれるクランに対して込み上げる何かを感じた。
「俺のことをそこまで理解してくれるなんて…。お前って奴は…、ホモなのか?」
クランは無言となった。
(はい、終了。詰みました。結果、俺の1人負け確定。)
「首元に当たってますよ…、刃が…」
だが、クランは反応しない。ケルトの言葉に耳を貸す様子はない。
「即座に準備いたしますので、許して下さい」
その言葉にクランは剣を収め、立ち上がるのだった。
「じゃあ、今日でこの町ともお別れだから、ミリのところに挨拶に行ってくるわ。ガスのところにも顔出しとくかな」
そう言うと、ケルトは颯爽とミゲウの家を出ていったのだった。
「ケルト!」
「ん?」
外に出たケルトを追い、レイナが出てきたのだった。
「私は、私は…」
レイナは少し悲しげだった。
確かにレイナの仇討ちは終わっていない。未練を残したままこれから生活していくのは辛いだろう。ミリは直接あの戦闘に関わっていないのだから、倒したと言って安心させてあげられるだろうが…。レイナは全てを知っている。
「旅のついでだ。お前の仇討ちってのもよ、やってやるから安心しなって。これからは自分の幸せを考えて生きろよ」
ケルトは笑顔でそうレイナに告げたのだった。だが、レイナから返答は返ってこなかった。
(ん?あれ?違うのか?)
「どうしたんだ?」
「ううん、何でもない。ミリちゃんによろしく言っといて」
「あぁ、分かったよ。んん?ってか、お前いつでも会えるだろ」
訳が分からないと、ケルトは首を傾げたのだった。
「あっ、そうだね。私ったら、何言ってんだろうね。まだ酔ってるのかも」
レイナは苦笑いしたのだった。
「酔ってる、酔ってる。ん、そんじゃ」
「うん」
(一体何だったんだ。しかもレイナは泣いていたし。)
ケルトは手を振り、レイナと別れたのだった。それからケルトは用事を済ませ、寄り道もせずにミゲウの家へと帰還したのだった。
「今回は時間キッチリのようだな」
クランは無表情で淡々と言う。
(こいつ、何故こんなにまで感情表現が乏しいんだ。この先、旅のお供としては相当難ありだな。)
「まぁ、真面目を取ったら何も残らない優等生だからな」キリッ。
「よぉ言うわ」
(おっ、軽いツッコミ。1点。でも、足りねーな、その表情だよ。-100点。俺が育ててやるしか無さそうだな。)
ケルトはやれやれといった表情を見せるのだった。
「世話になったな、ミゲウ、キャル」
ケルトは2人に笑いかけるのだった。
「おお、何かあったらいつでも戻ってこい。俺はいつまでもここにいるからな」
「私も」
「おーと、のろけ発言ですか。え!?まさかの結婚宣言ですか、キャルさん」
ボフッ。
(ごちそうさまでした。)
ケルトは腹に強烈な一撃をもらったのだった。そんなことを完全にスルーし、クランも挨拶するのだった。
「俺も世話になった。ありがとな」
「おお」
ミゲウがクランに笑顔で返答する。
「じゃあ、行こうか、ケルト」
「あ、あぁ…」
ケルトは腹を押さえ、悶絶していた。
歩き出した2人だったが、ケルトは急に立ち止まった。
(挨拶がねぇじゃないかよ。ふざけやがって。)
「おい、何してんだ?行くぞ」
ケルトは振り返り、レイナに向かってそう言った。
「行くって…、私、何も準備とかしてないんだけど」
「1分だけ待ってやるから、早く準備してこい」
ケルトのそんな言葉にレイナは少し笑顔が戻ったような気がしたのだった。
「バカケルト」
「バカじゃねぇ、さっき優等生だって言っただろうが。もう忘れてるなんて、あなたが最強のバカです」
「バーカ」
レイナは笑顔でキャルの部屋へと支度をしに戻ったのだった。
「いいのか?」
クランは神妙な面持ちでケルトに問う。
「ああ、どうやらこれが俺の人生らしい」
「キモイわ」
「キモイって言うな。また、精神的ダメージ1食らっただろうが」
「何だそれ」
「2秒で回復するけどね」
クランは呆れていた。
「その発言もキモイわ」
「てめぇ、コノヤロー。キモイキモイ言うんじゃないよ。こうなったら、必殺、子泣きじじい!」
そう言うと、ケルトはクランの背後に素早く回り込み、背中に負ぶさったのだった。
「おい。て、てめぇ…」
クランは振りほどこうと暴れまわるが、ケルトはしがみついて離れなかった。そんなこんなでじゃれ合っていると、レイナの支度も終わったようで、ケルトたちの前に姿を現した。
「2人ともバカだねぇ」
レイナは笑いながらケルトたちに歩み寄るのだった。
「ち、違う。バカはこいつだけだ」
クランは未だにケルトを振りほどこうと暴れていた。
「さっ、行くよ!」
レイナは気合の入った声でそう言うと、ケルトの背中を思いきり叩いた。
「グボッ」
ケルトはそのまま地面に倒れこんだので、クランがケルトの手を持ち、そのまま引きずる形で3人は次なる町へと旅立つのだった。
「寂しくなるね」
「あぁ、そうだな」
キャルとミゲウは3人の旅立ちを静かに見守ったのだった。




