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1-4 小さな希望

 4章 小さな希望




ミリは現在町中を歩く。脳をフルに動かし、現在の状況を整理しようとしている。

(いったい何なの?なぜ私の前に人間・・・、いや、多少悪魔の匂いがしたから混血か。)

考えても考えても、分からないことばかりである。(何故私は町の中にいたのか。ヌカンドたちは?私は彼らの罰を耐え切ったはず。いつもであれば、彼らは私を放置し、そのまま帰途に着く。私が意識を取り戻すときには、そこには誰もいない。だが、今回は違う。目の前には混血がいた。汚らわしい。意識を失う前までは森の中にいたはずだから、あの混血に町まで運ばれたということになる。触れられたのか。)下等種族である人間ごときが私に、悪魔の私に容易く触れるなど絶対にあってはならないのだ。ミリは混血に触れられたであろう体の箇所を手で軽く払う。

そして、ミリは更に考えを深めていく。これから、どうするべきなのか。普通に考えればアジトに戻る方がいい。今までなら、意識が戻るまでは自由時間という認識でよかったため、お金を稼ぎに町へと繰り出していたのだが。だから、彼らも町の付近で私の罰を執行していたのだ。だが、もう状況は変わっている。彼らには知らせてないから無理もないのだが、すでにお金は貯まっている。町の付近まで私を連れて行く必要はもうないのだ。私がこのままアジトに帰った場合、彼らはどう思うだろうか。私がお金を欲していたことは皆の知る周知の事実だ。現に賊長にはある程度の話をした上で仲間に加えて貰っている。


飴と鞭。罰を与え続ければ、人はすぐに潰れてしまう。だからこそ賊長は罰を与えるときはなるべく町の付近で行えと彼らに命令していたのだ。今回すぐに戻れば、賊長くらいは気づくかもしれない。私が目標金額を達成していることに。それによるメリットとデメリットを考えるが、ミリからすればメリットの方が大きいように思える。

これでやっと・・・。ミリの目には何やら熱いものが込み上げてくるが今はまだ成されていないその目標に対して涙を流すというのは少しばかり早い気がする。流れそうになる涙をぐっと堪え、ミリは辺りを見回す。町の者たちは皆ミリを嫌悪の目で見てくる。ミリは自分の姿を見て、さっと人ごみから逃れるように動き出した。

(どうやら、あの混血はもう追ってきてはいないようね。)ミリは混血の存在を確認しながら、忍ぶように路地裏へと歩を進めていく。自分の服の臭いを嗅ぎ、ミリも少しげんなりとした顔を浮かべる。(それはそうよね。近くで臭くて汚い格好をした人が歩いていれば誰だって嫌な顔をするよね。)まぁ、それだけではなかったのだが。ミリの顔はヌカンドに殴られボコボコになっていたのだから。

ミリは賊長と話すためにアジトへ戻ることにする。それは、仲間になるときに提示した約束。ローゼルピスニカまで私を護衛すること。ローゼルピスニカとは今いるランプの隣町のことだ。そうと決まれば後は行動あるのみ。

ミリは魔物に細心の注意を払いながらアジトへの道である森の中へと入っていく。


             ・・・


「賊長!」

部下の叫び声により夢の世界から現実へと引き戻される。ここは山賊のアジト。彼はこのアジトの長である。名をジャン=ララクといった。

まだ眠りたいという気持ちを外へと押し出すように瞼を擦ると、目の前にやってきた部下を見上げる。彼はまだベットに横たわっていたのだ。

「騒がしいな。いったいどうした?」

ジャンは首を回しながら他人事のように聞き返す。すると部下は大変なことが起こりましたと慌てている様子だった。現在の時刻は朝の8時。通常であれば、これから狩に出発する時間だ。慌てている部下をなだめ、何が起きたのかを説明するように促す。

部下の話とはこうだった。まずはミリがいないということ。だが、そんなことに今更驚く方がおかしい。どうせまた何かやらかして部下の誰かに罰を与えられているのだろうと。そして、ヌカンドとポポイとボロビスが一行に帰ってこないと。ポポイとボロビスだけがいないとなれば少しはおかしいとなるかもしれない。彼らは山賊の規則に忠実だ。皆の集合がかかる7時までには必ず帰ってくる。だが、今回は違う。その中にヌカンドもいるのだ。どうせ、駄々を捏ねているんだろう。あいつは程度というものを知らない。何に対してもとことんやるタイプだ。だが、それがあいつのいいところでもあると賊長はヌカンドを買っている。ヌカンドの姿を思い出しながら笑っていると、更に慌てた様子の部下が入ってくる。

「今度はどうしたんだ?」


新たに入ってきた部下にジャンはそう尋ねる。慌てた様子の部下は単刀直入に答えた。森の中で3人が誰かにやられていると。死んではいないものの今日は動けそうにないほどのダメージを負っていると。相手について聞いても部下はそれは分からないと答える。通常、魔物であるならば、足跡など、何かしらの痕跡を残す。だが、周辺にそれらしきものはなかったのだとか。

「まぁ、いい。奴らは意識が戻り次第ここに呼べ。それと、ミリはどうした?」

賊長の質問に部下は首を横に振る。そこにミリの姿はなかったのだとか。3人が死んでない以上、ミリだけが死ぬという可能性は低いだろうと考えたジャンはあいつなら原因を知っているんではと推察する。

「今日の狩は中止だ。全員でミリを捜せ。見つけ次第、俺も元へ連れて来い」

部下は大声で了解の意を示し、即座に賊長の部屋を後にした。(さぁて、これは嵐が起きそうな予感がするな。)ジャンは少し笑みを浮かべながら、自身の頭の中で考えだす。

(ミリは自分から山賊になりたいと言ってやってきた。どうしてもお金が必要だと言っていた。ミリができそうなことは体格から考えれば盗み、騙し。その程度だろう。最初はいろいろと教えてやったりもした。だが、今ではもう一人前である。盗みに関してはこのアジトで一番なのではないかというくらいの技術を持っている。そんなミリがこの期に及んで裏切り?)だが、それはないとジャンは頭の中で否定する。


あいつは一人でローゼルピスニカまではたどり着けないのだから。(では、いったい。まさか、他に協力者でも見つけたというのか。)嫌な表情を浮かばせるジャンではあったが、ふと思い浮かんだ可能性についつい笑顔がこぼれる。(まさか・・・、であるならば、貯まったというのか。)ジャンはその可能性を考えるが、あまりにも低そうな気がしてならない。ミリが貯めるとすれば、恐らくは3千万e。もう稼いだというのであれば、それはミリの力を侮っていたということになる。賊長も気をつかい、罰の後にはミリに自由時間を与えていた。それでも、日付が変わるまでには返ってくるようにと、取り決めはしていた。(2年か。2年で3千万eを貯めきったというのか。)ジャンはミリの努力に対して感服する他なかった。だが、これも推察の域。ミリが帰ってきたら、それとなく聞くほか無い。餌はある。もしそうであるのなら、ミリの役目はもうすぐ終わってしまう。目標を失ったミリが再び同じように金を稼ぐことができるか。それはいささか無理な気がした。であるならば、ここで切り捨てるべきであろうと。山賊としてはとても役に立っていたミリだ。ここで失うのは少々惜しいかもしれない。少し考えを改めようかと思うジャンではあったのだが、3千万eとミリ。それを天秤にかければ、どちらをとるかは比べるまでもなかった。早くミリが姿を現してくれないかと、胸を躍らせるジャンであった。


それから3時間程が経つ。外からは部下の怒鳴り声が聞こえる。どうやら、ミリを捕まえたようだと察する。ジャンは部下と共に入ってきたミリに対し、前に立つように指示を出すと、一緒に来た部下を部屋の外に出した。

「さて、ミリ。お前がここに呼ばれた理由は、・・・分かっているよな」

ジャンは静かにそう切り出す。だが、当の本人であるミリは手荒な歓迎に何も心当たりが無いようだった。

ミリがここに姿を現す前にポポイたちが意識を取り戻していたため、ジャンは粗方の話を聞いていた。それをミリに改めて確認する。だが、ミリはいっこうに白を切る。ポポイたちからの話はこうだ。タイミングよく混血が現れ、ミリを助けた、と。その混血は異常な強さであり、ミリは俺たちからその混血に鞍替えしたのでは、ということだった。その真意を探りたかった。だが、ミリはその混血について話す気はないようだ。ジャンもまたミリに対し、何も知らないように装っている。だが、このまま様子見していても埒があかない。そのまま黙りこくっているミリにジャンは助け舟をだす。

「ミリよ。お前もしや金が貯まったんじゃないのか」

その言葉にミリは顔色を変えた。図星のようだ。だが、目の色を変えてこちらを見るだけで言葉を発そうとはしない。

「もし貯まったのであれば、約束だ。そうだなぁ、明日、護衛をつけてローゼルピスニカまで送ってやらないこともないが」

「本当ですか!?」


どうやら待っていた言葉だったのだろう。ジャンの発言に間髪入れずに返答してきた。

「だが、その前にお前は言わなきゃならないことがある。だよな?」

ジャンはそう言ってミリから混血の情報を引き出そうとする。だが、ミリは首を傾げる。この期に及んでもまだ白を切るというのか。まぁいい。そちらがそういう対応をするのならこちらも同様にやるだけさ。どうせ未来は変わらないんだ。今だけは夢を見させてやろう。

「お前は朝、罰を受けていたよな。だが、その罰は途中で中断されているんだよ。お前もよく知っているだろうが。混血に邪魔されたんだ。だから、その罰をこれより執行する。その後だな。明日には約束通りローゼルピスニカへ連れて行ってやろう」

その言葉を聞いた瞬間、ミリは顔が青ざめていく。(だからか。)ミリはアジトに戻ってくる際に仲間に捕まり、手荒に連行されたのだ。その意味が分からなかったミリの謎はやっと解けたのだった。

「明日まで飯抜きだ。それと、右足にこれを付け今日の夜の仕事を行ってもらう」

ジャンは机の下から鉄球付きの足かせを出す。そして、ミリに対し足を出せと催促する。ミリはこれを拒否することはできない。なぜなら、すぐ目の前に餌がぶら下がっているからだ。そして、それは何よりも欲していたもの。そう、2年前からずっと。

「よし、じゃあ頑張れよ。少しでも粗相をすれば明日の話はなかったことにするからな」

そう言うと、ジャンはミリを部屋から蹴り出した。


ミリは転がり、壁に激突した。ポポイたちの事情を知る他の仲間たちはミリに冷たい視線を向ける。通りすがる仲間の皆がポポイたちの味方だと言わんばかりにすれ違うミリを踏みつけていった。

(イタイ、イタイ…。)

ミリは小さくうずくまりながら、皆の足蹴みをひたすらに耐え続けた。だが、この悪夢がすぐに終わらないことをミリはある山賊のぼやきで知ることとなる。今日はお前のせいで狩りが中止になったから、1日中監督をしてやると。(明日まで…、明日までずっとこれが続くの…。)ミリは心を絶望に侵食されそうになる。だが、耐えるしかない。歯を食いしばるミリではあったが、明日の天国を前に今日という地獄を生き抜けるのかという不安は一向に消えることはなかった。

しばらくして賊長の部屋に痛々しい表情のポポイとヌカンドがやってくる。

「お前ら、明日には動けるように今日は十分に安静にしておけ」

その言葉に2人は賊長の目を見て頷いた。ニコニコとなにやらうれしそうな賊長の姿に両者は顔を見合わせ首を傾げる。

「これは内密だぞ。明日でミリを切り捨てる。ローゼルピスニカまでの中腹あたりまでミリを護衛しろ。それからは煮るなり焼くなり、お前らの好きにするがよい」

賊長は机を叩きながら大笑いし始めた。賊長の意図が2人にも伝わったらしく、2人も次第に大笑いをし始めた。

「明日はいい日になりそうですね」

ヌカンドは賊長に笑顔で発言する。

「くれぐれもローゼルピスニカの中腹まではバラすなよ。きっと楽しくて楽しくて仕方がないはずだからな。そこから一瞬で地獄に叩き落す。さぞ快感であろう。それで今日の分はチャラにしてやってくれ」

その言葉に2人は大いに納得したようで、笑顔で頷いた。


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