2-19 ニート最高
19章
ケルトは目覚める。目の前には白い天井が広がっている。フカフカなベットの上でまったりと生活をしている。ケルトはあの後、3日ほど目を覚ますことなく寝ていたそうだ。
(腹が減った。病院食っつーのは性に合わない。)
だが、1日中寝ていても誰にも文句を言われないというのは飯に勝るものがある。できることならこのまま一生ニートでいたいと願うケルトであった。起きて数分の時間だったが、再び目を閉じようとした。
(快楽の園へ。)
だが、その願いは届かなかった。
「おい」
そう声を掛けられるのだった。カーテン越しにもう一つベットがあるのだった。ケルトの部屋は2人部屋だったのだ。ケルトは気づかなかったことにして再び目を閉じようと試みる。
ザザッ。
勢いよくカーテンが開かれる。
「おい、起きてんだろ」
ケルトは目を閉じ、無言を貫く。少しすれば諦めるだろうと高を括って。
「おい、もそもそ動いてたろ。起きてるって分かってるんだからな」
隣の患者はベットから起き上がると、ケルトの掛布団を引き剥がしたのだった。
(何で、悪の親玉と一緒の部屋なんだよ…。もうちょっと考えて欲しいよね。)
そう思いながらも、もう狸寝入りは通じないと諦めるのだった。
「ん、何?」
ケルトは目を開けずに口だけを動かした。喋ってる相手は一緒に運ばれたらしい、ガンザ=レミラスだった。重症同士だったらしく、まとめてこの部屋に入れられたらしい。
「ドルガンたちから聞いたんだが、ランプの武闘大会で優勝したんだって」
ケルトはようやく重い瞼を開くのだった。ガンザはこちらではなく、天井を見上げていた。
(黄昏てんな。独り言なら他所でやって欲しいよ、全く。)
だが、独り言でないことは分かっているので、「優勝したな」と答えておく
「もう使ったのか?」
「あぁ、もう使った。それがどうしたんだ?」
「いや…、ならいいんだ」
ガンザはそう言うと目を閉じた。
「お前、病気なんだろ、結構重めの」
「あぁ、…もうじき死ぬ」
ガンザは至って冷静だった。自分の死を受け入れていたのだった。
「それでいいのか?」
「あぁ、もう皆には迷惑をかけられない。自分のわがままで突っ走って、仲間に多大な迷惑をかけて、皆に合わせる顔がない」
「合わせる顔がない…か。そう思ってるのはお前だけじゃないのか?」
ガンザは「ふっ」と笑った。
「死を恐れるのは何も人間だけじゃない。悪魔だって同じだ。もうアイツらには死線をくぐらせたくない」
その言葉に今度はケルトが「ふっ」と笑う。
「あいつらが真剣になるだけのことはあるな」
「なぁ、頼みがあるんだが、いいか?」
「嫌です」
ケルトは即答したのだった。だが、ガンザは真剣な顔でこちらをガン見するのだった。
「何だよ、聞くだけだからな。行動するかは神のみぞ知る」
ガンザはふぅと息を吐くのだった。
「俺はここでお別れだ。皆には起きたら既にいなかったと言ってくれ」
そう言って、ガンザは身支度を始めるのだった。
「おい、待てよ」
「何だ?」
「獣王の杖は使っちまったが、その後灰になったんだよ。その灰を飲んでみたらどうだ?」
「杖が灰にねぇ…」
ガンザの動きは止まり、少し考えるしぐさをみせる。
「試す価値はありそうじゃね?」
「そうだな」
「姿を消すなら、それを試した後でもいいだろ」
「そうだな」
ガンザは身支度を止め、大人しくベットに座ったのだった。
「因みになんだが、姿を消して、お前は何をしようとしてたんだ?」
「そんなこと知ってどうする?」
「え…、ただの暇つぶしだけど」
ケルトの答えにガンザは目が点になるのだった。
「それと、あれだ。こっちもガッツリとばっちりを喰ったんだ。理由を聞く権利くらいあるだろ」
「まぁ…、そうだな」
「あぁ、そうだ」
「お前は生命の大樹ってやつを知っているか?」
「知らん」
「生命の大樹の樹液には全てを癒す力があるらしいんだ。伝説なんだがな」
「何だよ、おとぎ話なんかにすがってんのか?」
「そうだ。嘘か誠かは分からないが、俺はガロンにこう言われたんだ。『生命の大樹は存在する、グエンサに』とな。それでこの間病院に見舞いに来たガラフに聞いたんだ。ガラフは昔、グエンサで傭兵をやっていたからな。そしたら、ガラフは見たことはないが、厳重に守られる森があるとだけは言っていたな。もしかしたら、そこにあるのかもしれないとな」
「それ、絶対適当だろ」
「でも、それに賭けるくらいしかないだろうが。不治の病なんだぞ。その樹液は酒と同じ味がするらしくて国内には病気にかかっている奴は一人もいなかったらしいんだ」
「胡散臭さ…」
「だがな、現在グエンサ王国は鎖国している。入るのには困らないが、出られないそうだ。一生グエンサの為に働くことを強いられるそうだ」
「ふーん、つらタン」
「だから、これ以上皆を巻き込む訳にはいかないんだ」
と、病室のドアが開く。入ってきたのはドルガンだった。
「俺は何があろうとも一生着いていくからな」
そうドルガンは言い放ったのだった。
(こいつ、ドアの前で聞いてやがったな…。)
ガンザは大きなため息を吐いたのだった。
「あぁ…、分かったよ」
「お前もだ、ケルト。お前にだって心配してる仲間がいるんだからな。早く怪我を治せ」
「へいへーい」
「ふっ」と笑うとドルガンはそのまま病室を出ていったのだった。
「安静にするしかないようだな…」
ガンザは諦めたようにベットへと寝転がるのだった。
「だな…。っと、忘れてたわ。お前、メルケスにお礼言っとけよ。お前を助けたのは俺じゃなくてメルケスなんだからな」
「おぉ、そうなのか!」
ガンザは驚いていた。
(おい、初耳なのかよ。あんだけ面会しといて、一番重要なこと聞いてないじゃないかよ。おまぬけさんなのか?)
「そうそう」
そんなこんなで2週間が経った。翌日には晴れて2人はこの病院を退院する。名残惜しいこのニート生活。どうにか、更なる病気が見つかり、入院延長になることを期待するケルトであった。そんなニート生活最後の夜。
「帰る前に例のやつ、やっとくか」
「そうだな」
ケルトは事前にミリに杖の灰を病院に持ってきて貰っていた。とても面倒だった。ミリはガンザを知っている。目の前で母ちゃんを石にされたんだから。一応、この病室は面会謝絶となっており、よっぽどの人物でない限りは入れないことになっている。だから、いちいち待合室まで行ってミリを待っていたんだ。あー、面倒だった。ミリの母を襲ったのは偽のガンザであって、こちらのガンザではありません――なんて説明無理だろ。説得できる自信がなかったから面会謝絶は丁度よかった。
ミリから受け取った袋を開ける。
「どうしたんだ?」
中身を見てフリーズしているケルトにガンザは問いかける。ケルトは何も言わずに袋の中身をガンザに見せた。それを見たガンザもフリーズしたのだった。
(思ったより多いな。)
「お前、これ全部飲めるか?」
一応杖1つ分の灰がこの袋に詰まっている。
「それを飲み干したら、願いどころか逆に死ぬ気しかしないな」
「はははー、ですよねー」
ケルトは爽やかな顔で答えるのだった。
「でも、ありがとな。全部は無理かもしれんが、できる限りは飲んでみる」
ガンザはケルトから手渡された袋をギュッと掴むと、覚悟を決めるのだった。
「まぁ、これは俺からのサービスだ」
そう言ってケルトは自身のリュックから、じいさんに貰った酒瓶を取り出すのだった。
「酒で薬を飲む、のか…?」
ガンザは呆れ顔だった。だが、ケルトの目はガンザとは違い、キラキラと輝いていた。
「万能の杖に百薬の長だ。これ以上にない組み合わせだろ」
「俺を実験台にして楽しんでるだろ」
ガンザはため息をつきながらも、思い切って灰を口に含み酒で流し込んでいくのだった。ケルトは真剣にその様子を観察していた。
「結果次第では残った灰は旅のお供にしたいからな」
半分ほど灰を平らげた辺りからだろうか。ガンザは嗚咽が激しくなり、顔からは血の気が引いていくのだった。そして、ついには意識を失いその場に倒れたのだった。
(あれ?これ、ヤバいんじゃね。)
ケルトからも血の気が引いていく。すぐさまナースコールで救援を呼ぶ。治療室ですぐさま飲んだ灰を除去するために口からホースを突っ込み、吸引したのだとか。その風景はさながら地獄絵図だったのだとか。
「こりゃ、却下だな…」
そのせいか、退院が2日延びる羽目になったのだった。2日間、ずっと昏睡状態だったガンザ。山は越えたらしく、後は目を覚ますのを待つだけだと先生は言っていた。
完治したが、ガンザが心配だという理由をこじつけて無理やり病室に残ったケルトはガンザの横のベットで寝転がっていた。
(ニート最高。一度経験すると抜けられないよなぁ。ビバ天国。)
と、動く音がする。どうやらガンザがお目覚めのようだ。
「どうだ?」
ケルトの問いに目を開き、ガンザは笑ったのだった。
「効いた…みたいだ」
「プハッ、マジかよ」
ケルトは驚きの余り、ベットから飛び起きたのだった。
「いつもは頭が割れるくらいの頭痛が常時続いてたんだが…」
「おい…、それでよく俺と普通に会話してたな」
「今日はそれが全くない」
「マジかぁ…、マジなのかぁ…」
ケルトはしょんぼりとしたのだった。
(もう捨てちまったぜ、あの灰。)
跡形もないくらいに焼却してやったのだった。ケルトが。
「飲んだ時の記憶はあるのか?」
「あぁ、ブッ倒れる寸前までの記憶ならなんとか…」
「その後、すぐに医者を呼んだんだぞ」
「ほぉ」
「医者が言うには灰は猛毒だったそうだぞ。『心臓が止まらないのが奇跡です。もう二度と飲まないで下さい。ってか、そんな物早く捨てて下さい。』って言われちゃった、てへっ」
ガンザの顔が青白くなっていく。
「その後、飲んだ灰は全て体から吸い出したんだ。だから、灰が効いたのかは正直俺にも分からん。まぁ…、でも良かったんじゃないか。病気も治ったっぽいし、チャレンジ大成功って言うか…、毒が裏返ったって言うか…」
ケルトは一杯一杯だった。しまいには目が泳ぎだしていたのだった。ガンザは咳ばらいを一つ。
「お前の言うことは二度と信じない方が良さそうだな」
そう言いながら、ガンザは笑っていたのだった。一呼吸置き、更に一言。
「それでも、…あれだ。お前のおかげだ、ありがとう」
そう言うと、ガンザは深々とケルトに頭を下げたのだった。
「いいってことよ」
退院した2人は誰のお迎えもなく、2人して一応皆が待機しているというキャルの店へと帰るのだった。
・
「何で私が皿洗いなのよー!!」
ティアは店のバックヤードで叫んでいた。居酒屋は今日も大繁盛であった。
「本当、丁度良かったのよね。店長風邪で寝込んじゃってるから。セリカと2人じゃとてもじゃないけどお店、回せなかったのよね」
ティアたちは今、店の奥の休憩室に泊まらせてもらっているのだった。
「我慢しろ。泊めて貰ってるだ、ありがたいと思え」
ハイズは文句しか言わないティアを叱咤していた。
「えー。ローゼルピスニカの家じゃダメだったの?」
そこにドルガンも下げ膳して裏へとやってきたのだった。
「あそこは危険だ。もう戻らない方がいいだろう」
「えー、ずっと立ちっぱなしでキツイ!!」
ガラフはティアの隣にいる。無言で黙々と皿洗いをしていたのだった。
「あんたはもっと喋りなさいよ」
文句で口が止まらないティアであった。
「うるさい!!皿洗いしか出来ないくせに」
バックヤードに顔を出したレイナがそうティアを怒やす。
「な…、弱いくせに…」
「弱くても、あなたほど不器用じゃないから」
そう言うと、レイナは仕事に戻るのだった。
「くー、ムカつく。メルケス、何とか言ってやってよ!!」
その言葉にバックヤードは静まり返った。
「…ごめん」
小声でティアは皆に謝ったのだった。
メルケスはいない。あの戦いの後、ケルトとガンザは病院に即入院だった。その他も入院していた。ガロンを倒し、全ては終わったのだと思っていた。また、皆で笑い合える日が来ると思っていた。
カランコロン。
店のドアが開き、2人の男が入店した。
「今日はもう満席で…」
ハイズが新規の客に店はいっぱいだと伝えようとしたのだが。ハイズはそのままフリーズした。
「ガンザ…」
横でテーブルに座って酒を飲んでいるミゲウが振り返る。
「ケルトもいるじゃねぇか」
調理を担当していたキャルがホールに出てくる。
「よーし、後はセリカと私で何とかなるから、皆はもう上がっていいよー」
そう言うと、キャルはガンザたちに奥の部屋へ行くように促したのだった。ミゲウも含め、皆で奥の休憩室へと移動する。そして、皆の前にガンザが立つ。
「いろいろと迷惑、心配をかけました。すみません、そしてありがとうございました」
そう言って、ガンザは深々と頭を下げる。
「大丈夫か?あの後、カジノからガロンが持っていた呪いに効く薬を持ってきたんだ。早く、飲んだ方がいいぞ」
ハイズがそう言い、ガンザに手渡そうとするのだが。
「いや、もういいんだ」
そう言ってハイズの行為を断るのだった。
「もういいってどういうことだよ!!」
ドルガンは立ち上がるとそのままガンザに掴みかかった。ティアはガンザを黙って見ている。ガラフは部屋の隅で静かに座っていた。
「お、おい…。少し落ち着け、ドルガン」
「はぁ!!これが落ち着いていられるかよ!!撤回しろよ、今の言葉、…撤回しろよ!!」
ガンザはドルガンの両肩を掴むと優しく引き剥がすのだった。そして笑いかけた。
「撤回はしない。まずは俺の話を聞け。俺を信じろ」
ガンザの真っすぐな瞳に、ドルガンの力は次第に抜けていく。腑抜けるように、その場にへたり込んだのだった。
「まずは、メルケスにお礼が言いたい。どうやら俺はメルケスに救われたらしいからな。メルケスは今どこにいるんだ?」
ガンザの問いに皆、曇った表情となる。沈黙を破ったのはハイズだった。
「いないんだ。お前が病院に入った後、皆で捜したんだが、どこにいったのか…、全く分からなかった」
ガックリと視線を落とし、悔しそうな表情を浮かべるハイズ。
「ふぅ」ガンザは下を向き息を十分に吐く。そして顔を上げた。
「そうか。それは随分と待たせてしまったようだ。メルケス、今助けるからな」
ガンザからは決意の意志が見える。
「でも…、お前は安静にしないと…」
ドルガンは弱々しく言葉を発する。
「大丈夫だ。怪我も…、そして病気も、ケルトのおかげで全部治った!!」
ガンザは高らかとそう宣言する。
「まさか…、杖?」
ティアの質問にガンザは笑いかけるのだった。
「ああ。杖の灰を飲んだ。賭けではあったがな」




