2-18 終わらせてはいけない
18章
「はぁ!!これでも全速力だ。つーか何でお前はこんな森の中にいるんだよ。港は、港はどうなったんだよ!!」
クランの怒号が飛ぶ。
「まぁまぁまぁ…」
ケルトは興奮したクランの口から飛んでくる唾を避けながら自身のリュックを回収していた。そして少し落ち着いたクランはすぐ横で伸びている女に疑問を抱く。
「この女はなんだ?」
「ん?こいつはバーレン。オリジナルなんだと。戦闘民族だからオラタタカウっつって戦いを挑まれてた」
「オリジナル…、お前1人で倒したってのか…」
「いや、倒しちゃいない。今は気を失ってるだけだ」
「危険なら早くトドメを刺すべきだろ」
クランは大剣を構え、バーレンへと近寄る。
「いいんだよ。バーレンが危険なのは確かだが、こいつがいなければ森の魔物たちにやられていたかもしれないんだ。だから、これでおあいこだ」
「そんなんじゃダメだろ。命がいくつあっても足りないぞ」
「大丈夫!!俺にはお前たちがいるからな。命なら沢山あるだろ」
「バカは死なないと治らないな」
クランは呆れながら大剣をしまうのだった。そしてケルトはクランと一緒に来たドルガンを見るのだった。
「やっぱり来たか。それでこそドルガン」
ケルトは笑いながらドルガンの肩をバシバシ叩いていた。
「お前は未来が見えるのか?」
「何言ってんだ、頭湧いてんの?つーか、喋った」
ケルトはケラケラと笑っている。
「お前が何を知ったとしても、もう俺の未来は終わったんだよ。オリジナルを1人で倒したということには正直ビックリした。面白いものを見せて貰ったと思っている。もう十分だ、ここで俺を殺してくれ」
ドルガンは下を向き、そうケルトに許しを請う。
「私は神じゃ、あっりませーん。俺を神として崇めたいのであれば、その前に金を持ってこい。お布施は必須だろ。前借システムなんてないから、そのつもりで」
そう言うと、ケルトはドルガンの前に座る。
「ドルガン、お前は何故ここに来た。まだ諦めてないんだろ。それにそんな奴が信じる仲間だ。お前は仲間が諦めてるなんて思うのか?」
その言葉にドルガンはハッとする。ガンザが偽物でどうしよもないならメルケスはきっと仲間を見捨てずに皆で逃げたはずだ。それをしないということはガンザはまだ生きている。メルケスは一人で…。
「まだ終わりじゃない。お前の言葉だ。それをそのままお前に返すよ。どうする、まだ諦めていないかもしれない仲間を放って逃げ出すか?」
その言葉にドルガンは唇を噛みしめる。なんて愚かだったのか。俺は、こんなにも簡単に仲間との誓いを捨てるような男だったのか…、と。次第にドルガンの目に生気が戻るのがケルトからも感じられた。
「行ってやる。俺は絶対に、諦めない」
その言葉にケルトとクランは笑ったのだった。
「おっと、あんまりここに長居すると、またあのおっかない戦闘民族が戦いを仕掛けてくるからな。早くここからトンズラするぞ」
走って逃げ出そうとした時だった。ケルトはドルガンに手を掴まれたのだった。
「俺なら、走るよりも早くお前たちを港に連れていける」
そう言って、クランの手も掴むと、ドルガンは魔法を発動させる。【テレ】
空間転移により、一瞬でケルトたちは港へと辿り着いたのだった。
ドガッ。
ケルトたちは誰かの上に落ちたのだった。周りを見渡すとそこにはミゲウがいるのだった。キャルは何故か敵であるハイズ、ティアと共にいたのだった。
「これ、どういう状況?」
ケルトの問いにクランは首を傾げる。
「ミゲウにはランプに帰れってちゃんと伝えたからな」
しっかりと俺のせいではないとクランは自己弁護しておく。
「おい、ケルト!早くその下にいるレイナからどいてやれ!」
ガンザと戦闘中であるミゲウはケルトたちを見つけてそう叫ぶのだった。ミゲウはボロボロであった。立っているのがやっとという状況ではあったが、プライドだけで立っている。そんな様子であった。
ミゲウ、お前は戦士だよ…。などと感動していたケルトだが、ん?と思う。レイナがなんだって?ケルトはふと下を見る。すると、そこには気を失っているレイナがいたのだった。
「うげー、俺のせい?俺のせいなのか?…いや、違う、これは違う、絶対に俺じゃない。犯人はドルガンだ。お前がこんなところに転移させたのが悪い」
そう言ってケルトは即座にドルガンに責任転嫁したのだった。
「いや…、そんなことは今はどうでもいいだろ」
すぐ側にガロンがいることを認識するドルガン。
「お、お前…、何故生きている…」
「ふっ、俺の方が聞きたいよ。っと、ここは危ないから」
そう言うとドルガンはレイナたちも含めて、キャルたちの元へと転移したのであった。
「レイナ!!」
キャルは即座にレイナを抱きしめる。
「回復アイテムはあるんだろ。だったら、レイナを頼むな」
「うん!!」
キャルは即座にレイナの治療に当たるのだった。
「ティア、ハイズ大丈夫か?」
ドルガンは2人に近づくと声を掛ける。
「ドルガン遅い!!」
ティアは怒っている。ティアの足を見ると、膝が曲がってはいけない方向に曲がっており唖然とするのだった。
「お前…、早く回復薬で治療を…」
「そんなことはいいの。あの女の方が重体だから。私とハイズは命に別状はないから心配しないで。それよりも今までサボってた分、ちゃんと働きなさいよ」
ハイズはボロボロであり意識はない。だが、息をしていることから死んではいないと分かった。
「おい、ドルガン。何してんだ、もうバカは突っ込んだぞ」
クランはドルガンを急かす。
「あ、あぁ…」
ガンザに対してはケルトとミゲウ。ガロンに対してはクランとドルガンが対峙しているのだった。
「おい、ミゲウ。ちゃんと耳はついてんだよな?」
「あ、ぁあ?ついてるだろ、見たら分かることを聞くな」
「俺はランプに逃げろって言ったんだけど。そこんとこどうなのよ?」
「危ないから逃げろって言われてな、素直に逃げる奴なんていないんだよ」
「ミゲウなら逃げると思ったが…」
その言葉にミゲウはケルトをジト目で見る。
「そう…、だな。俺は逃げるつもりだったが…、キャルが、な。絶対に逃げないでって言って聞かなかったからな。震える体でそんなこと言われて…、逃げられる訳がないだろ」
ボフッ。
ガンザの一撃にミゲウは沈むのだった。
「繋ぎは十分だろ。俺の仕事はこれまでだ」
ミゲウは笑いながらケルトを見上げるのだった。
「そうね。前座ご苦労…、さん!!」
ケルトはミゲウを蹴り飛ばし、キャルたちの元に返却した。
「おい、ケルト!!あんた、ミゲウさんになんてことしてんのよ!!」
後ろに控える大御所はさぞお怒りだった。
「あれが…、震えていた…だと。全く想像がつかん」
ケルトは分からないことは考えるだけ無駄と割り切り、現実へと戻る。
「ガンザ?でいいのか?違うなら、名前をおっしゃって貰っても構わないのだけれども」
「混血が、粋がるな」【呪拳】
ケルトはガンザの拳を華麗に避ける。【火柱】上空より柱状の炎を降り注がせる。
「や、やめろ、ケルト!!」
ガロンと戦っていたクランが叫びだす。
「あっ、やべっ…」
「お前、後で覚えとけよ」【テレ】
怒鳴り散らすクランを捕まえ、ドルガンは転移する。少しイラつきだしたガンザであった。ふざけた感じで戦いに臨む目の前の混血。
「お前は少し俺を舐めすぎだ。しょうがないな、俺の力の一端を見せてやる」
ケルトは警戒を強める。ガンザの圧力が変わったのだった。【毒化】
ケルトの拳をガンザは避けようとしない。ジュワッ。ガンザの体に自分の拳が沈んでいく。そして、焼けるような熱さを感じる。即座に拳を引き抜くと手は皮膚が剥がれ火傷のような症状をおこしていた。出血も見られる。
(俺は火属性だぞ…。何で火傷してんだ?それに、あいつに打撃が効かなくなった。)
戸惑っているケルトを見てガンザは嬉しそうに笑っている。
「俺の本来の属性は毒だ。触れたら最後、全身に毒を浴び、死ぬぞ」
【毒マムシ】これは毒のビーム砲である。攻撃を受けた対象は大量出血を起こし、死に至る。ケルトは即座に避けようとするのだが、後ろを見て、その選択を捨てる。【火放】ガンザの毒のビーム砲に対し、ケルトも火炎のビーム砲で応戦する。ぶつかり合う2つのビーム砲。飛び散った毒がケルトの体を少しずつ蝕む。
(いってぇ…、何、この毒、マジいってぇ…。)
毒が付着した箇所が皮膚を剥がし、そこから出血する。
(まずい、まずい。こいつ、ヤバすぎる。)
ケルトは少し後退すると、腹に力を込める。
【火壁】【火壁】【火壁】【火壁】【火壁】【火壁】【火壁】【火壁】【火壁】【火壁】【火壁】【火壁】【火壁】
何重にも炎の障壁を作り出す。一粒もあの毒を通せない。ケルトの体は無残なことになっている。痛すぎて今にも意識を手放しそうである。
(あとひと踏ん張り!!)
そう言うと、ケルトは最後の力を振り絞り、技を発動させる。【大和砲】
巨大な炎の犬の獣が出現する。それは生きているかのように炎の壁を飛び越えガンザへと襲い掛かる。
「召喚魔法か?」
毒のビーム砲を炎の壁からその炎の獣へと変える。相殺を狙ったのだが、その獣は毒のビーム砲を口を開け、食っていた。
「は…!?」
驚いたバースではあったが、違和感を覚える。こちらに殺気を向ける者の存在。混血とは違う、別のもっと遠くから感じるものだった。バースは狙われている。
「こりゃ、まずいわ。引き時だな」
正体こそ分からないが、それは確実にバースよりも強い。それどころかフォードよりも強い。
(土地神か?)
だが、そんなことはどうでも良かった。ここがバースの終着点ではないのだ。ここからが本番であり、この地でやることはもうない。ならば答えは一つ。
【テレ】
バースは転移し、颯爽と姿を消したのだった。
そして、その森影からバースに殺気を送っていた張本人は一言、呟くのだった。
「ケルト、見っけ」
そして、そのまま姿を消したのだった。
ドーン!!!
ケルトの召喚した炎の獣が大爆発を起こす。爆風にケルトの炎の障壁が全て破壊される。爆炎の吹き荒れる中、一人の男がケルトの前に現れるのだった。
「メルケスからの依頼だ。じゃあ、こいつはここに置いとくぞ。ドルガンという奴に伝えといてくれ」
「何だ、それは?」
満身創痍のケルトだった。
「本物のガンザ」
そう言うと、男はケルトの体を押したのだった。バタッ。ただ押しただけでケルトは抵抗もできず倒されたのだった。ケルトの目には涙が浮かんでいた。
「アラル…、生きてたか」
ケルトは仰向けになり爆煙の中、泣いていた。アラルは「ふっ」と笑うとそれ以上ケルトと言葉を交わすこともなくそのまま姿を消したのだった。
爆煙が晴れる。そこにはケルトとガンザが倒れている。
「ドルガン、今だ、トドメをさせ!!」
クランが叫ぶ。ドルガンは即座にガンザへと駆け寄る。
「待て、それは本物だ!!」
仰向けに倒れているケルトがそう叫び、ドルガンを制止させた。
「本物…、だと!?」
ドルガンには見分けがつかない。どうするのか、ケルトを信じるべきなのか、ハイズたちの仇は絶対に取るべきだ。ドルガンは頭を目まぐるしく回転させる。
「メルケスからの依頼、だと。ドルガンに伝えろと爆煙の中で言われた」
「メルケス!?」
その言葉にドルガンは動揺する。
「じゃあ、偽物はどこに行った?」
「それは知らん…、が、こいつはお前の仇じゃない。やめろ」
そう言って、ドルガンを冷静にさせたのだった。
「じゃあ、こいつは殺すべきだな」
そう言ってクランはガロンに向け、大剣を大きく振りかぶる。
スタッ。そこに体を黒いマントに包んだ女性が姿を現す。爆煙の余波を浴び、ガロンは既に伸びていた。
だが、瀕死のはずのガロンは立ち上がった。
「終わらせてたまるかぁ!」
ガロンの執念が最後の力を奮い立たせたのだろう。とどめをさすためにクランはガロンに歩み寄ろうとするが、マントの女性が間に割って入る。そして、クランの剣を軽く止めたのだった。
「好機!!」
ガロンはその隙を狙い、クランに攻撃を仕掛ける。
「お前もやめろ」
マントの女性はガロンの首にチョップをかまし、ガロンの意識を飛ばしたのだった。
「何のつもりだ?」
クランは嫌な汗をかきながら、女性に問いかける。
「こいつは瀕死だ。ここは痛み分けにしてくれないか」
「ダメだ」
クランは即座に否定するが、
「お願いだ」
そう懇願するのだった。
「私の名はリッタ=ゴルマイン。グエンサ王国領オトベ支部の支部長だ。部下がこんなところで暴れているなんてな、上司失格だな。本当に失礼した。今後このようなことがないようにしっかりしつけるので許してくれ」
頭を下げるリッタ。だが、皆のやられたことは決してはいそうですかと済ませられるようなものではない。
「無理だ…、と言ったら?」
その瞬間、クランは顔面を鷲掴みされる。
「全員殺すまでだが」
動きが全く見えなかった。クランは動くことができない。威圧されているような、そんな感覚。威圧の効果を無効にするチェーンシャツを着ているはずなのに、体が動かない。恐らくは自身の体が、教えているのだ。こいつとは戦ってはいけないと。
「それでいい。二度とそいつを自由にさせないと誓うならな」
倒れているケルトがそう言ったのだった。
「そうか、恩に着る」
そう言うと、リッタはクランの顔から手を離した。そして、気を失っているガロンを担ぐとそのまま歩いてその場を去っていったのだった。
緊張の糸が切れた瞬間だった。
「ガンザ、ガンザ!!」
ドルガンは倒れているガンザに近寄ると、ガンザに話しかけるのだった。大声に意識を取り戻すガンザ。
「ど、ドルガンか…。良かった、やっと会えた…」
そう言って、ガンザは再び意識を手放したのだった。超重体者2名、重体者5名、軽症3名という結果に終わったのだった。とりあえず、ローゼルピスニカにいるのは危険だということでランプの居酒屋へと皆で移動することになったのだった。無理やりドルガンの転移で皆を送った為、魔力欠によりドルガンも重体者に加わり、病院へと搬送されたのだった。




