2-14 苦労人
14章 苦労人
(ん、んん?)
目を閉じたまま体の感覚を確認する。
(体は軽いな。手も足も問題ない。体の痛みも…ない。)
1度レイナに起こされた時とは体の感覚が全く違うのだった。目を開き自身の体を確認する。
(痛みどころか傷すらない。いったいどうなってんだ…?)
ケルトは空を見上げながら今自分の体に起きている謎の現象について考えてみるが、答えが出ることはなかった。と、横に何かがいるのを感じる。ケルトはふと隣を見る。
「レイナか…」
レイナはケルトの隣で横たわっているのだった。
(疲れて寝ちゃったのかな。)
ケルトは起き上がりレイナに自身の着ている服を掛けてやろうとした。
(え…。)
ケルトはレイナの状態に思わず固まるのだった。一瞬何が起きているのか把握できない。目覚めたばかりで現在の状況に頭の処理速度が追い付かない。レイナは血だらけで倒れていたのだった。
「おい、レイナ!!」
ケルトはすぐさま起き上がり倒れているレイナの上半身を抱えて、呼びかける。
「レイナ、レイナ?」
レイナからの反応はない。というか、息をしていない。レイナを抱えているのだが、レイナの体温を感じることができなかった。人形のように冷たい。
「レイナ…」
ケルトは自分の手を強く握りしめる。目からは涙が溢れていた。
「何で…、何でだよ」
ケルトはギュッとレイナを抱きしめる。
「危なくなったら逃げろよって言ったじゃないか…」
ケルトの言葉は虚しく響くのだった。
「また俺を苦しめるのか…、この世界は…」
涙が止まらない。全てに絶望した、そんな表情をしている。
「もう見たくなかった…、誰かの死ぬ姿なんて…。結局こうなるんだ。だから…」
(仲間なんていらないんだよ。)
絶望が支配する世界。そんな中、笑い声が聞こえる。
「くっくっく」
笑い声の主は木陰からこちらへと歩いてくる。だが、ケルトは気にする様子もない。無防備にレイナを抱きしめ、泣いているのだった。
「泣いてもそいつは生き返らないぞ」
女性の声だった。話しかけられているにも関わらずケルトは反応しない。
「弱いってのは罪だな」
女性は独り言のように喋っている。そしてケルトの髪を掴み強制的に上を向かせる。
「だからこう言われるんだな。『お前には誰も救えない』ってね」
そう言って、女性は笑っていた。その言葉に涙が途切れる。全身が燃えるように熱を帯び、体が震えだす。ケルトは今怒りに支配されたのだった。
「貴様、何者だ。何でその言葉を知っている」
「さて、何故でしょう」
女性は依然として笑っている。ケルトは女性に髪を掴まれたまま立ち上がる。
「おい、お前がレイナを殺したのか?」
「そうだと言ったら?」
「殺す」
ケルトは殺気を放つ。だが、女性はケルトの殺気にも臆することがない。それどころか先ほどよりも楽しそうにしている。
「殺すって、誰を?私はこの奈落の森の主、バーレン。あなたに殺されるほど弱くなったつもりはないけど」
「関係ない」
そう言うとケルトはバーレンを殴り飛ばす。
「威勢のいいこと」
バーレンはスルリとケルトの拳を躱すとそのまま少し距離を取ったのだった。
「私が悪いんじゃない。悪いのは己の力を見誤ったそこの女でしょ」
バーレンはレイナを指さしながら首を傾げていた。突進して右ストレートを放つケルトに対して、バーレンはそれを避けながらケルトの顔面に右ストレートを放った。ボコーン。吹き飛ぶケルト。
「さて、あなたの力は分かったし、もう遊びはこのくらいでいいかな。死か服従か選ばせてあげる」
バーレンの言葉にケルトは睨みつけるのだった。起き上がるとすぐさまバーレンに突っ込む。
「そう、それがあなたの選択ってことね」
バーレンの手に等身大の鎌が出現する。そしてまだケルトには届かない距離であるにも関わらずバーレンは鎌を大振りする。【一閃】斬撃がケルトの向かって一直線。ザクッ。
「避ける気がないのか」
ケルトは肉体強化をかけ、捨て身でバーレンに突っ込む。ケルトの拳を軽く避ける。
「キレてるね。仲間を殺され、君の人生を狂わせた男まで知ってるとは、ビックリしちゃうよね」
【速移】バーレンの言葉の瞬間ケルトは速度を上げ、バーレンに頭突きをかます。ドカ。
「いてて…」
少し後ろに仰け反ったが相変わらずバーレンは笑っている。【バーニングオーラ】ケルトは全身に炎を纏いバーレンに拳を繰り出す。
「はぁ…」
バーレンはため息をつくと、ケルトの拳に合わせるようにケルトの顎に掌底をブチ込んだ。
「ブフッ」
ケルトは大きく弧を描くように後方へと吹き飛ばされた。
ゾンビのように起き上がるケルト。
「殺してって顔してる相手を殺すのは面白くないのよね。うーん、あっそうだ」
何やら妙案を思いついたバーレンはニヤニヤしだした。
「戦いの途中ですが、大切なお知らせがあります。実は、あの女、殺してませんでしたぁ!」
「はっ!?」
ケルトは倒れているレイナを見る。だが、先ほどと体勢も変わっておらず、生きているとは言い難かった。
「お前は俺をどこまでバカにすれば気が済むんだ!!」
ケルトは怒りに震えていた。
「いやいや、本当だから。そこに転がってるのは私がスキルで作った人形。その女も死に急いでてね、殺しても面白くなかったから少し賭けをしたの。今から6時間以内にガンザを殺して帰ってくれば君の仲間は殺さずに助けてやろう――ってね。ガンザに殺されてたりして」
バーレンはハハハと笑っている。
「おい…」
ケルトが急に声を張り上げた。
「何か少し生気が戻った様な。もしや、仲間が生きててうれしかったの?」
「レイナが生きてるってのは本当なんだろうな!」
「はて」
バーレンは笑いながらはぐらかす。
「しょうがねぇなぁ」
ケルトの唇が緩む。
「ん?殺気が収まっていく。冷静さを取り戻したようだな」
「はん、これからっしょ」
・ガロンside
「カッハッハ」
黒い布で全身を覆った男は興奮を隠しきれない。現在奴隷船への奴隷搬入が完了し、取引が終了したのだった。莫大な金が男の懐に入ったのだった。
「これで、これで…」
男の頬を熱い何かが伝う。男のこれまでの努力を考えれば泣いて当然だと言える。
「長かった、本当に長かった…」
男はそう呟くと辛かった日々を思い出すのだった。
彼の名はガロン=ベーリン。底辺から這い上がった男の名だった。
彼は元はグエンサ王国兵士だった。同期は次々と出世し、皆から注目される人物となっていく。そんな中、誰からも認めて貰えないガロンは他の奴らより劣っている自分に嫌気が指すのだった。皆と同じように純粋に力だけを鍛えてきた。だが、結果はこれだ。自分にはとびぬけた才能はなかったのだ。力だけでは上に上がれないと悟ったガロンは考える。
グエンサ王国は現在鎖国をしており入るものは拒まないのだが、出る者に関してはその一切を許さなかった。それでも出ようとする者には死を与えていたのだった。
このままここにいてもただの兵士として一生を終えてしまう気がしてならなかったガロンは外で功績を上げ、グエンサ王国に認めてもらおうと画策する。だが、一兵士のガロンが外に出たいと申し出てもそれは脱獄と見なされるだろう。許可は下りないし、無理やり出れば脱獄としてグエンサからの追っ手に殺される。ガロンには発言力がないのだった。と、名案を閃く。それは少し前に脱獄した男の話だった。ガラフ=シルヴィーという男で、流れの傭兵としてグエンサにやってきたのだった。
彼は密輸船の護衛兵として任務についていたのだが、ローゼルピスニカにて逃げ出したのだった。男は未だに消息不明、追っ手も未だに発見していないという現状だった。これはと、ガロンは自分がガラフを見つけると進言しに行く。そして参謀の部屋をノックするが中にいたのは副長のガライズ=ドンペルだった。ガライズは力のみで現在の地位である副長の座についたらしい。このグエンサ王国では神と崇められるフォードさんとの厳しい訓練を耐え抜き、認めてもらったのだとか。ガロンからすれば雲の上の存在だった。
ガロンは本当は参謀であるナルビナと話をしたかったのだがこうなってしまってはしょうがない。ガライズに話をする。
「ガライズさん、この度はお願いがあり馳せ参じました」
「用件は?」
「はい、脱走兵の件です。まだ捕まってないとのことで、私もこの王国の為に尽力したいと考え、ここに参りました」
「で?」
「はい、私が指揮をして脱走兵を捕縛したいと考えております」
「ほお」
「つきましては、その為のチームを構成したいと考えます。レンジャーとアサシン、それに黒魔導士を共にしたいと思っております」
「宛はあるのか?」
「兵の中から厳選し、ローゼルピスニカへ向かいたいと考えております。その為にもガライズさんの許可が欲しいのです」
だが、返ってきた答えは一言、「却下」だった。
ガロンは納得がいかず訳を聞くがガライズは面倒くさそうな顔をする。
「名前も分からない下っ端の話は却下」
その言葉にガロンは「あっ…」と言葉を漏らしてしまう。最初に自分の名前も告げずに話の内容を話し出すなど、失礼極まりない――と。
ガライズはそう告げると、そそくさとガロンを部屋から追い出したのだった。しょんぼりとなるガロン、これからも同じように訓練に明け暮れるのかとがっかりだった。
同期にはパラゴ=ザクイース、レック=ノーバーズ、セサ=ランカーがいる。前の2人は幹部であるシルヴィー=ランバーズさんの配下として選抜され、最後の1人はこれまた幹部であるサイナス=アスフォートさんの配下として引き抜かれた。そう、同期でそのまま訓練生として残ったのはガロン1人であった。だからこそ悔しいのだ。このまま埋もれてしまうのがたまらなく嫌だったのだ。
だが、それも全て終わり。
もう諦めるしかないようだ。と、廊下を歩いていると声を掛けられたのだった。
「危ねぇだろ、前見て歩け」
その声に顔を上げるガロン、目の前にいたのはバース=ミッドランさんだった。バースさんも同じだった。フォードさんの直属の部下であり、ジャンナという闇組織の構成員である1人。この大陸で最強のチームの1人だったのだ。
先ほどのガライズが雲の上の存在だとするならば、バースは神だった。そのくらいの違いがある崇高な人だった。
「何しょぼくれてんだ?」と聞かれ、興奮を抑えきれないガロン。
憧れである、グエンサを王の更に上から支配する男の1人に声を掛けてもらったのだから当然だろう。ガロンは先ほどのガライズとの話をするのだった。
「それ、面白そうだな」
食い入るように見つめるバース。
「でも、ガライズさんに断られたので話は終わりました」
そう告げる。すると、バースがガロンの肩を掴む。そこには興奮したように力が込められていた。
「俺、今ちょー暇なんだよ。シルヴィーから首宣告を受けてさ、特にやることなくて、・・・だからやろうぜ」
「でも・・・」
ガロンは渋る。先ほど断られたにも関わらず、再びガライズに楯突こうなどとは思わない。
最悪、その場にて処刑される恐れだってあるのだから。だが、ガロンの意思とは関係なく、バースに先ほどまでいた参謀の部屋まで引っ張られる。中にいたのはやはりガライズ。それにニコニコしながら話しかけるバース。
「こいつ連れて、その逃げたって奴捕まえに行くから。選抜隊なんていらねぇから、俺とこいつだけで行くから、フォードにはよろしく言っといて」
そう言うとバースはガライズの話も聞かずに退室したのだった。
(ゴリ押し過ぎる。)
「で?目的は逃げた奴捕まえる為だけじゃないよな」
圧倒され、口をあんぐりとあけたままだったガロンにバースは尋ねる。
「は、はい・・・」
バースはガロンの真の目的を見抜いているような顔だった。
「未だに捕まらないということはそれほど重要ではないということ。ガラフを捜すという名目で私は一旗上げ、グエンサでの地位を高めたいのです。そのためにローゼルピスニカで有名なカジノを襲おうと思っています」
「ほう、それで」
「そこを拠点にして、現在ローゼルピスニカでの奴隷売買にかかっている費用をまるっとこちらに頂くということを考えております」
「そりゃ、かなり儲かりそうな話だな」
「はい、重要なのはそれがグエンサ王国にバレてはいけないということ。だからその密売に関しては他人を使い、私たちはカジノの経営をしているということでごまかすのです」
「カジノで稼ぎながら、ガラフの潜入捜査をしているという呈にすれば糾弾されることはないでしょう。それに密輸船が来た際に少し金をグエンサに送れば私たちは感謝されるでしょう」
「いい、君、いいねぇ!」
興奮しているバース。目はキラキラと輝いている。
「じゃっ、転移してさっさと行くか」
「い、いえ・・・」
早速行動に移ろうとしたバースを引き止める。
「ここは皆に送られて行くべきです。私たちのやることを周知してもらうことも大事なんです。そして、奴隷船がどういう動きをしているのかもこの際知っておくべきだと思いますので」
「そうか。じゃあ、そういうことはお前に任せる。必要なときに俺を呼べ。それまでは俺は遊んでるし、1回呼ぶごとにお金が発生するから、そこんとこよろしくな」
「ありがとうございます」
ガロンは深々と頭を下げ、バースを見送った。その後、人づてに奴隷船が2日後に出発することを聞き、その日を出発の日とすることにした。
ローゼルピスニカに到着したガロンとバース。バースと共にローゼルピスニカの勢力図について一通り調べる。他国の息のかからないラクトスの森の領内にある土地。これほどやりやすいことはない。
もし他国の領地を無断で荒らし、それがバレればそれは国家間の問題へと発展しかねない。それがないのだ。ラクトスの土地といえども支配している訳でもない。こちらとしてはやりたい放題である。グエンサ王国と取引をしている奴隷商は3つ。警戒すべきはヨッカ=ニグビスであった。町での勢力図的には2大巨塔となっているのだから。そのもうひとつがこれからガロンたちが拠点としようとしている場所。ガンザ=レミラスが経営するカジノだった。ガンザは寄合所でのSランカーとして有名だった。力はある、ガロンでは絶対に勝てない相手であった。だが、こちらにはバースがいる、それに・・・とガロンは懐を探る。グエンサ王国の研究担当であるベンカイラ=ガーゾと仲がよかったため今回の件での餞別として呪いの符を数枚貰っていたのだった。ガンザにはそれを使い、不治の病を患ってもらうこととしようと。




