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2-11 下等生物の本気

 11章



アジトにて情報の精査をする。奴隷船の出航という言葉にドルガンが暴れだす。ドルガンの様子にクランは一筋の可能性を見る。ガンザにとって奴隷船というものは比重が高いのかもしれない、と。奴隷船の出航は西の港である。それを邪魔すればガンザは現れるかもしれない。もしかすれば、その場にガンザもいるかもしれない。

「奴隷船の出航を邪魔するというのもアリかもしれない。上手くいけば少しはガンザの取り巻きの戦力を削れるかもしれない」

「それはいいな。俺も行こう」

クランの言葉にミゲウも参加を表明する。だが、

「ガンザもいる可能性もがある。ドルガンを奪われたらこちらが一気に不利になる。それに戦えないキャルも連れて行くのはリスクが高すぎる」

「最大戦力でいくべきだが…、キャルにドルガンを見張ってもらうのは許可できないしな…」

ミゲウは苦悩しだす。

「大丈夫だ、次も3人で行く」

「それでいいのか!?」

ミゲウが驚いている。カジノでの失敗はケルトとレイナのせいである。また、暴走しないという保証はないし、クラン1人で2人の舵を取るのは荷が重い。

「こいつらも反省してるだろ。次は絶対に俺の指示に従うだろうしな。だよな?」

クランの確認にケルトとレイナはうんうんと首を縦に振るのだった。

「それにこちらの拠点も既に割れている可能性だってある。相手の戦力を分散させることもできるかもしれない。その場合はミゲウ1人で防衛に徹してもらう訳だから、責任の重さは俺と変わらないだろ」

クランの言葉にミゲウは少し安堵の息を漏らす。

「そういうことなら、了解だ。俺は全力でこの拠点を守ろう。キャルとドルガンには指一本触れさせない」

ミゲウの言葉にキャルの目はハートに変わっていた。

「キャ――」

ケルトが言葉を発しようとした瞬間、キャルに腕を極められたのだった。

「何、ケルト?」

「いえ、何もございません…」

ケルトのいじりは始まる前にキャルに制されたのだった。

「あんた、次はちゃんとクランの言うこと聞きなさいよ」

キャルはケルトの腕を極めたまま、そう釘を差す。

「キャルさん…、子供じゃないんだから、大丈夫だって」

「いやいや…、不安で仕方ないわ」

そしてキャルはレイナに向き直る。

「ケルトは全く信頼できないからね、あんたがしっかりしなさいよ。頼んだからね、レイナ」

「うん、分かった」

それから西の港へ向かって戦うための作戦を詰めることにした。西の港へ辿り着くためには森を抜けなければならない。そして、そこら一体の森はラクトスの森とは呼ばれていない。

『奈落の森』

そう呼ばれているのだった。森に作られた港への道は使えない。堂々と港へ迎えば、辿り着く前にこちらが疲弊してしまう。だからこそ、森の中を忍びながら進む必要がある。ひとつ気がかりなのがその怪しさ満点の森の名前。レイナからの情報では森での採集を行う際はローゼルピスニカ、ランプ間の森で行うらしい。西の森は整備された道以外は誰も通らない。森へは、入ったら最後、生きては帰れない――らしい。だが、それは噂である。

「噂よりも現実をとる。だから俺たちは街道ではなく、森を進む」

クランの言葉に誰も反対する者はいない。港へ辿り着いたらクランの指示により行動。勝手は許さないと再度釘を差される。

そうして、レイナとキャルは準備を済ませる為に町へと買い物に行く。護衛としてミゲウも一緒だ。次の日の早朝に出立する予定である為、早急にレイナの武具を揃える必要があったのだ。そうしてレイナの武具も揃い、ケルト、クランも完全武装して早朝、港へと向かったのだった。

「あのさ、この前の情報収集の時、敵に絡まれたって言ってたけどさ、誰にやられたんだ?」

ケルトはうやむやになっていた話の続きを聞いてみるのだった。

あの時は帰ってくるなりレイナは倒れこんでしまったので詳しい話は聞けなかった。その後、回復した後の話でも小手とチェーンシャツがあったから、と、そんな話をしていたのだが。

「実はね、心配かけたくなくて言わなかったんだけど…、ケルトが戦った相手だったの。デスラ=パースキンって言ってね、結構有名な寄合所のチームだったの」

レイナの言葉にケルトは「はっ…?」という顔をする。

「いやいや…、そんなの武器があったって勝てねぇし、逃げ切れねぇだろ」

「そうなのよ、拠点まで逃げる訳にもいかないから戦って隙を作ろうって思ったの。だけど、全く隙なんてなくて…、やられそうになった時、混血の人が助けてくれたの」

「ほぉ、いい混血に出会えてよかったな」

「そう。その人めちゃくちゃ強くてね、ビンタ1発でデスラを倒したんだよ」

レイナの言葉にクランとケルトは絶句するのだった。

「レイナを助けるってことはガンザの手の者ではないってことだな。仲間になれるんだったらすごく心強いんだけどな。特徴とか、名前とかどうだった?」

クランの質問にレイナは少し思い出すように考え込む。

「ダグザって言ってたね」

「ダグザかぁ…」

クランは考えるが、心当たりは無いようである。

「俺も、心当たりはないな」

ケルトもこの異世界で強烈に強いと言われる混血には心当たりがない。

(だが、ダグザかぁ…。懐かしい名前だな。人間界にいた時、同じクラスにダグザって女がいたな。猫好きで、家に5,6匹猫を飼ってたよな。プライベートは猫の着ぐるみを着てたりなんかしてな、学校では先生に怒られてからは猫耳のフードだけ被って通ってたよな。)

ケルトは懐かしい思い出に浸りながらホッコリとなっていた。

と、道中に廃屋を発見する。天井は完全に抜け落ち中は家財一式が潰れている。壁だけが残った廃屋であった。この廃屋には覚えがあるケルト。ここは昔にケルトが住んでいた家だったからだ。それはまだ、この異世界に来て間もない頃の話。

と、中から人の気配を感じる。

「おい、人ん家で何してんだ」

ケルトの言葉にクランは首を傾げる。

「人ん家って、ここはお前の家なのか?」

「あぁ…、この世界に来てすぐの時住んでた」

「そうなのか…」

クランは何故かそれ以上聞いてはいけない気がしたのだった。ケルトから伝わる殺気、それがクランにそう感じさせた理由なのだから。

「おい、約束は忘れるなよ」

「あぁ…」

「俺が指揮官だ。勝手は絶対に許さない。それが例え思い出の地を汚されているからという理由でもな」

「あぁ…。皆との約束だ」

「レイナも、絶対に先走ることは許さんからな」

「うん」

レイナも少々殺気立っている。

「あいつはガンザの手下で間違いないんだな?」

「うん、あいつはガラフ」

姿を現したガラフはこちらに対して一定の距離を保っている。

「ガンザは港にいるぞ。だが、奴隷船が出向してしまえばガンザは港から消える。出航まではあと1時間ってとこだろうな。3人で俺の相手をしていたらガンザには手が届かないぞ」

ガラフの言葉は明らかにこちらの戦力を分散させるための揺動。

「だから何だってんだ。お前の考えは見え見えなんだよ」

クランはガラフの挑発には乗らない。至って冷静に物事を判断していく。

「ローゼルピスニカの奴隷商は全て俺たちの傘下だ。全ての奴隷がその奴隷船に乗ってると言ったら?」

ガラフの言葉にレイナが発狂しだし、飛び掛かろうとする。だが、すぐにケルトに奥襟を掴まれ静止させられる。

「ナイス、ケルト」

「まぁな」

「離せ、離せ!!」

レイナは異常に興奮しだし、暴れだしたのだった。

「どうやら、分かったみたいだな」

ガラフはクスクスと笑いながらレイナを下げずんだ目で見る。

「分かったって何だ?」

クランには到底理解できない話の内容。

「フィンとマハノを返せ!!」

すんなりと釣られたレイナが面白くてたまらないガラフ。

「じゃあ、ここで油売ってる暇はないだろ。俺の相手をしてくれる奴さえ残してくれれば後はここを通してやる」

暴れるレイナの両腕を掴みこっちを向かせるケルト。

「フィンとマハノって何だ?」

「早く、早く!!」

レイナは興奮状態でケルトの言葉に反応していない。

「俺が相手をする、だからレイナを落ち着かせろ」

そう言うとクランは大剣を抜きガラフを警戒する。

「おい、レイナ!!」

ケルトはレイナを座らせると腕をしっかりと掴み、ずっと目を見つめたのだった。

「早く、早く!!お願い…」

次第にレイナの目からは涙が溢れだした。

「教えろよ、お前に何が起こってるのかを」

クランは依然として警戒態勢のままだ。ガラフも戦闘の意志を示しているクランに対して攻めてくる気配はない。

「フィンとマハノは私の姉と妹。両親と一番上の姉をガンザに殺されて逃げるように町のスラム街に隠れたの。でも、恐らくは私たちの住処を見つけたのね。私が帰ってきたときには家は潰されて…、姉と妹はもう…、いなかった…」

レイナはそのまま泣き崩れる。

「聞こえたか、クラン」

「ああ!奴隷船は出航させちゃいけないってことだな」

「どうするつもりだ?」

ケルトの言葉にクランは少し顔が綻んだ。

「お前の好きにしろ。何故かは分からんが、縛られたお前は何かお前じゃない気がする。気持ち悪いからな、解放してやる」

「気持ち悪いは余計だっつーの。俺に任せたらまた後悔するぞ」

「あぁ、後悔は毎度のことと諦めることにする」

「そうか。じゃあ、レイナを連れて行くぞ。1人で大丈夫か?」

「当たり前だ、俺はランプ武闘大会2位だぞ。舐めるな」

「そうだったな、それじゃあ、頼んだ」

そう言うとケルトはレイナを抱え、港へ向けて走り出す。

「止まれ!!ケルト」

クランの怒号が響く。

「何だよ、1人じゃ寂しくなったのか?」

「違う、港はあっちだ」

そう言ってクランはガラフの方を指さす。

「あれ?」ケルトは笑いながら頭を掻いたのだった。

「レイナ、お前がしっかり道案内しろ。ケルトは方向音痴だからな」

「分かった」

「いやいや、方向音痴ちゃうからー!!」

真っすぐにケルトは走る。クランはその間最大限の警戒に当たる。だが、ケルトがガラフの横をすり抜ける際、ガラフは何もしなかったのだった。すんなりと通過したケルトたち。

「何だ、お前ひょっとしていい奴なのか?」

「何故だ?」

「約束を守ってくれたからだよ」

「約束?俺はこちらの作戦を遂行しているだけだ。お前にいい奴なんて言われる筋合いはない」

「そうか。ほんじゃま、始めますか。さっさと終わらせてケルトの後を追わないといけないしな」

「人間、追うとはどういう意味だ?まさかとは思うが俺を倒して行くってことではあるまいな」

「そう言ったつもりなんだけど。理解できなかった?」

「ただの人間が。あまつさえ混血でもないお前に勝機など欠片もないと知れ」

言葉と同時にガラフが戦闘の意志を示す。ガキン。クランの大剣に対しガラフの拳が迎え撃つ。

「何故ただの拳が俺の剣をはじく…」

クランは冷や汗を流していた。生身の拳が金属をはじく現象にクランは少し驚くのだった。

「お前はあれか?雑魚の悪魔としか戦ったことがない口だな」

「それはどういうことだ?」

「俺は肉体強化【破力】を使える。人間とはスペックが違うんだよ。そして、それがこの世界の理。悪魔が人間を下等生物と呼ぶ所以だ」

「そうか、俺をそういう風にしか見てないってことか」

「そうだ。残念だったな、混血と一緒に戦えば少しは勝機もあったのだがな」

「ただの剣だけではお前の防御を崩せないってことか」

「ああ、体のどこを攻撃されようとも何の痛痒も感じない」

「それはそれは何とも…」

クランはガラフの攻撃を剣でさばく。肉体強化も魔法であるとするならばその効果は無限ではないはず。すぐに向かうつもりだったのだが、そう簡単にはいかないようだ。

ケルトは『無限だよ』って言ってたが、あいつは適当だからな…、あてにならない。師匠曰く、『肉体強化したって急所は存在する』と言っていた。正中線もその一つなのだろうが、そう簡単に相手が突かせてくれるとは思えない。

「能力の差というのは絶対だ。例えお前が人間最強であったとしても、俺の足元にも及ばん」

クランの剣を避けようともせずガラフは殴り続ける。

「大分驕ってんな。俺が何も考えず、日々のうのうとこの異世界で過ごしていた訳がないだろうが!」

クランはガラフから距離を取ろうと離れるが、ガラフはそれを許さない。

「これが悪魔と人間の差だ。都合よく事を運ばせる訳がないだろ」

「くっ…」

クランは振りかぶって剣を投げる。

「無駄だ」

ガラフは大剣に対し何もしない。ガキンと当たってそのまま地面に落下した。

「無駄じゃない!」

クランは大剣の影から拳を繰り出す。正中線を狙った5段突き。

「くっ…」

ガラフの様子からして多少は効いているようだ。

「貴様!」

飛び掛かてくるガラフの腕を掴むとそのまま一本背負いで投げ飛ばしたのだった。投げられた瞬間、体勢を整え、着地と同時にクランに突っ込むガラフ。

「小賢しいな」

だが、ガラフの拳による瞬撃は空を切る。クランは大剣に乗り、大きく距離を取っていたのだった。

「剣が動くだ…と…。まさか、それは魔剣」

「ご名答。これは魔剣だ」

(やっと距離をとることができたか。)

クランは腰に付けた袋かな何やら取り出す。

「何だ、人間。逃げる気でいたのではないのか?」

「逃げるかよ。ここは俺の戦場だ。任されたからには逃げる訳にはいかないんだよ」

「勝機でもあるってのか?」

「ある…かもしれないぞ」

「面白い、それがはったりかこの目で確かめてやる」

「そうだな、お前の人生観ってやつを変えてやるよ」

「人生観か…。じゃあ、俺から先にお前の人生観を変えてやるとするか」

【氷柱】上空より氷の柱が降り注ぐ。

(まずい…。こんなんじゃ…。)

ボコン。上から降ってくる氷を捌くので手いっぱいだったクランは正面からのガラフの攻撃に全く反応できなかった。

「グハッ…」

クランは吐血し、後方へと吹っ飛ばされた。

「まだまだ終わりじゃないからな」

次々に降り注ぐ氷。木々をへし折りながらクランへと向かうのであった。クランは氷を回避する為に駆け回る。ガキン。ガラフへと接近すると大剣を振り下ろす。その隙間を縫ってガラフの拳が飛んでくる。

(拳?手の平?何故?)

クランはバックステップで広げられた手の平を躱すのだが、【氷柱】手の平で生成された氷の柱がものすごい勢いでクランを襲うのであった。

「グハッ」

再びクランは吹き飛ばされる。

「ゼロ距離じゃ、回避もクソもないよな」

「はぁ…、そうだな」

クランは立ち上がりながらそう言葉を返す。上空より降る氷を剣で破壊しながらこちらへと歩み寄る。

「ん?何だ?」

先ほどとは違う違和感にガラフは目をしかめるのだった。氷が破壊されているというのに破壊音がしないのだった。剣に触れた瞬間に溶けている。よく見れば剣の窪みに何やら玉がはまっているのだった。

「魔石を持っていたか」

ガラフの言葉にクランは口を緩ませる。

「俺だって生身じゃ限界があるのくらい分かってたからな」

クランは剣を傘にしてガラフへと突っ込む。そして勢いそのままに大剣を振り下ろす。

「当たらなければ意味がない」

ガラフが大剣を左に避けた瞬間、クランも右足を一歩踏み込み、大剣の縦軌道を無理やり横軌道に変えたのだった。

「ばか力か…」

ガラフは体を仰け反らせ剣を回避するのが精一杯であった。クランは振り切った大剣をそのままブン投げると、体の勢いそのままに胴を斜めに回転させガラフに踵下ろしをくらわせたのだった。


ズドーン。


ガラフは顔面にクランの攻撃をまともにくらい、おまけに電撃まで受けたのだった。

「魔剣は手放したはずじゃ…」

「魔剣すら囮だ。この靴も法具なんだよ」

靴の電撃によりガラフは意識を失ったのだった。

「人間舐めんな」

クランはそう吐き捨てるとケルトの後を追うために急いで港へと向かったのだった。


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