2-9 崩壊
9章
・クランside
クランは2部屋借りた宿の男部屋の隅で頭を抱えていた。それはローゼルピスニカのカジノ襲撃に失敗した日から2日目になる。襲撃に出たはいいが、クランが瀕死のケルトを負ぶる形で帰ってきたのだった。それからケルトは寝たきりであり、まだ目覚めずにいた。傷の治療から回復薬を飲ませたりもしたのだが、一向に目覚めない。寝息は立てているので、死んでないということだけは分かっている。それを隣で心配そうに見ているミゲウではあったが、「少し考えさせてくれ」というクランの言葉にそれ以上何も突っ込むことなく静かにしていた。取り合えず、襲撃の結果に関してはレイナから聞いているので、詰みの状態ではあるが、ケルトが起きるまでは――と、ミゲウは思っている。
(どうしてああなった…?作戦は?)
それから1日経ち、ようやくケルトが目覚めたのだった。腹が減ったというケルトを引き連れ、皆で町中の食堂へと向かったのだった。飯を食い、すぐさま宿へと戻る。
最悪の場合撤退も考えなければならない。相手が強大とかそれ以前の問題である。相手どころかカジノにいた客に負けているのだから。
男部屋に皆が集まり、今後の方針を決める――と、その前に大切なことがあった。
「おい、ケルト。お前は何者だ?」
クランは真剣な眼差しでケルトを見つめる。
「オラ、混血だ」
飯食って元気になったか知らんが、これは真剣な会議である。
「お前の今までの戦闘経験は?」
「ん?それが何か関係あんのか?」
「ある。集団で戦ったことはあるのか?」
クランの質問にケルトは少し考える素振りを見せる。
「あるにはあるが…、ほぼほぼ1人だな」
「そうか。じゃあ、今回のカジノでの戦い、何故1人で突っ走った?」
「それしかなかったから?」
ケルトは首を傾げながらクランの質問に答える。
「それしかなかった…か。俺は止めたが、それは聞こえなかったか?」
「どうもね、頭に血が上ってて聞こえてなかったわ」
「そうか。じゃあ、別の質問だ。お前は寄合所には登録しているのか?」
「してないけど…」
「じゃあ、職業付与もされていないってことだな」
「職業付与?」
「自身の戦闘スタイルに合わせた恩恵を授かる儀式がある。その熟練度によっては職業スキルが上がり、更なる力も手に入る」
「詳しいなぁ、クランも職業持ってんのか?」
「俺は人間だ。魔力がなければ職業付与は受けられない」
「へぇー…」
その言葉にクランは一抹の不安を覚えた。それからクランはこの世界の力の使い方について聞いてみた。すると、ケルトは見事に何も知らなかったのだった。
1.職業ボーナス…体に刻み込んだ職業による強化効果の恩恵を受けられる。
2.魔力解放率…最大魔力に対して一度にどのくらいの割合を放出できるのか。赤色の目の発光で25%。青色で50%、黄色で75%、緑色で100%である。
3.魔力レベル…寄合所にそれを計測する水晶がある。魔力を体内にどれだけ内包しているのかということであり、高ければそれだけ大技を使えたりする。
4.スキル…悪魔は魔法とは別に魔力を使わないスキル技を習得する。
5.進化の段階…悪魔はレベル100になるとそれ以上レベルが上がらない。だが進化することで100から更にレベルが上がる。ミゲウは3段階であり、レベルの上限は500以上となっている。つまり1段階はLv100まで、2段階はLv500までが上限であり、3段階は500以上ということである。現在確認されている大陸最強のレベルが3万程だと聞き及んでいる。ある特定の条件を満たすことにより進化が行われるという。
6.寄合所ランク…登録証はこの世界での身分証として有効であり、寄合所ランクとは寄合所の仕事をこなすことによる貢献度によってF~A、Sと上がっていく、7段階に区別されている。
7.属性…属性については有利、不利というのがあり有利属性に関しては攻撃力が2倍となる。そして重要なのは不利属性に関してだ。属性攻撃が半減、属性効果技は無効となるというところだ。
粗方の説明を終えたクランは更にケルトを問い詰める。
「これは試合じゃない。それを分かって行動しているのか?」
「あぁ、そのつもりだけど」
即答したケルトにクランは鳥肌が立った。試合じゃないと分かっていて、命のやり取りだと分かった上であんな行動をとったという事実に。
「お前は死ぬのが怖くないのか?」
その問いにケルトは少し頭を掻く素振りを見せる。困ったような表情をしているのだろうか、紡ぐように言葉を並べる。
「死ぬのは…、怖いと思うよ。でも、逃げるくらいなら、…死んだ方がマシだと――俺は思う」
「死んだ方がマシ…、だと…。ふざけるな!!」
クランの怒号が飛ぶ。だってそうだろ。死んだ方がマシなんて、生きる者としてそんな簡単に生を諦めてたまるか。
「どうしてそう思うんだ?過去の経験か何かか?」
ヒートアップしているクランを制しながらミゲウが冷静にケルトに問いかける。
「過去…、そうだな。まあ、いろいろ、ほんとっ、いろいろあったな。俺はもう死人同然だ。俺自身には何の価値も感じない。誰かの為に死ねるんであればもう――それでいいと思ってるのかもな」
ケルトの行動原理を理解した面々であった。
「私もそう思う」
ボソッと呟いたのはレイナだった。だが、その言葉に対して誰も返答する者はいなかった。
「私も、もう生きていたいとは思わない。私には何もないから。ただ、それでも平然と生きているあのガンザだけは許せない。だから、刺し違えてでもガンザをあの世に送ってやる。それが、私の人生の終わり…でいい」
レイナの言葉に沈黙が訪れる。終わったな…、と思うクランであった。これはチーム戦である。チームの中に自殺志願者が2人もいる――それではチームとしては戦っていけない。純粋に味方として自分の背中を預けることができないのだ。どれだけいい戦略を立てようとも無意味である。仇を見つければ突っ走る奴などお荷物以外の何でもないのだ。強い奴がいれば死を賭してでもと体を張る。そんな勝手な行動しかとらない奴もいらないのだ。クランの中では粗方考えが纏まった。
(そういうことであればもう答えは1つしかない。このチームは解散、無理に続ける理由なんてない。自殺したい者同士で傷を舐め合い、死んでいけばいい。)
「終わりだな…」
クランが全てを諦め、そう告げた時だった。
「終わりじゃない!!終わらせちゃ…、いけない」
鎖に繋がれ、監禁状態にあるドルガンが突然、そう叫んだのだった。
・ドルガンside
ドルガンは現在目にしているケルトたちの現状に何故か目から熱い物が流れているのを感じる。そして、もう忘れてしまっていた過去を思い出すのだった。昔に、そうずっと昔にガンザと話をしたんだ。
ガンザはローゼルピスニカのスラム街にて生まれる。幼少のころから身寄りもなく日々生きることに必死であった。力こそが全ての世界において、彼は必死に力だけを追い求めた。そんな中、いつも公園で遊んでいる4人を羨ましげに見つめていた。楽しそうに生きている。かたやこっちは明日さえ見えない環境下にあった。
いつだろうか。やはりあちらも気になっていたようで、不意に話しかけられた。「一緒に遊ぼうよ」と。だが、ガンザに遊んでいる暇はなかった。この公園にいるのはしばし休息をとるためでそれからすぐに今日の晩飯を調達しに行かなければならない。つまりは盗みにと言うことだった。
悪魔は食事をする必要がない。だが、それは血液を摂取するからであって、ガンザには魔物を狩ることもできない。なので、必然的に食事により血液の成分となる栄養素を摂取するしかなかったのだった。
年はあまり変わらない。互いに子供だった。「お前達に俺の気持ちは分からない」と、話しかけてきた皆を無視し、その場から去っていった。
だが、ガンザも本当は遊びたかったのだった。友達が欲しかったのだった。だが、それは許されないことであった。遊びを取るということは晩飯を抜くということであり、明日からの力もまた出なくなる。それは死活問題であるがために、遊ぶと言う選択肢も友達を作るという選択肢も選べなかったのだ。それから、その公園には二度と行かなくなった。叶わない夢であるのだから、未練は早めに捨てようと。それから、ガンザはメキメキと力をつけていき、スラムでも多少名のとおる有名人となったのだった。
誰もが近寄らないガンザ。だが、俺たちは知っていた。誰よりも努力していたということを。だから自分たちはそんな彼に話をしたのだった。「友達にならないか?」と。
メルケス、ハイズ、ティア、ドルガンは子供の頃からの付き合いである。そして、子供の頃からガンザという少年の存在も知っていた。時々公園で寝ている少年、と。
悪態をつく、そんなこともなく、ガンザは「俺でいいのか?」とだけ答えてくれた。それからだ。ガンザの心に触れ、皆、ガンザのことが好きになっていったのだった。
ガンザは平和を願っていた。自分のような、明日も生きていけるか分からないような子供をこの町からなくしたいと。その願いに賛同し、皆で寄合所の組織に登録し、強くなってこの町を救おうと決めたのだった。ガンザはなんとランクSとして登録されるまでに上り詰めたのだった。世界に一目置かれるようになった自分たちのチームはローゼルピスニカを拠点とし、孤児院などを作り、誰もが幸せである、そんな町作りを目指す予定であった。
――そう、予定…だったのだ。
誰かは分からない。だが、確実に強いよそ者。そいつによってガンザは呪いをかけられ、弱体化してしまった。そして時と共に体は衰弱し、日に日に弱っていったのだった。
ティアが人にぶつかったのだ。話に夢中で後ろ向きに歩いていたので、仕方ないといえば仕方ない。だが、そのよそ者は謝っても許さなかった。
「てめぇ、誰にぶつかってんだ。ロペス様だぞ、ロペス様。早く死んで詫びろ」
だが、ティアとロペスの間にガンザが割って入ったのだった。
「謝ったんだ、許せ。でなければ、俺はお前を殺さないといけなくなる」
ガンザの殺気が辺りに放出される。
「ひっ、ひぃ…」
ロペスという男は腰が引けたのか、体も震えていた。だが、
「すまないが、こればかりは見過ごせない。部下の失態は上司の責任だ。俺が相手になろう」
ロペスの後ろにいた白髪の男が前に出てきた。
「そうか」
「だが、勘違いはするなよ。これは一騎打ちじゃない。皆殺しになるということだけは分かっておいてくれよ」
その言葉にガンザは額に汗が流れる。そして、周りを見渡す。
「そうか。であれば仕方ない。上司の責任と言っていたな。俺がこのチームのリーダーだ。全ての責任は俺がとる」
そう言ってガンザは膝を折ったのだった。
「おい、早く死にやがれ!!」
ロペスが横からちゃちゃを入れてくる。
「ロペス、お前は黙れ」
その言葉にロペスは委縮し下を向くのだった。
「俺も忙しい身。これは呪符ベガリーイ。ゆっくりと死ね」
そう言って白髪の男はガンザに呪いをかけ、そのまま去っていったのだった。呪符ベガリーイ、それは徐々に生命力を奪い、最終的に死に至らしめる呪いであった。解呪の方法は今のところ誰も知らない。
「ごめん、…ごめんなさい…」
ティアはその場に泣き崩れたのだった。これは生命力を常に奪い続ける呪い、つまりは常に体には激痛が走っているということだ。
「ガンザ…、もうお前が助かる道はない。夢はここで終わりだ。死ぬというのであれば私も付き合うが」
メルケスはナイフを片手にガンザにそう囁くのだった。
「私も…、ガンザ1人では死なせない、よ」
泣きながらティアもそう話しかける。ドルガンは迷っていた。
(この場での最善とはいったい…。)
でも、救う道がない。ガンザは自らが生贄となったのだ。そんな中死にたくないなんて言えない。これから近い将来、死が確定しているガンザにそんなことは言えない。もしかしたら、助かる道があるかもしれない…。なんて軽はずみなことは言えない。
それならばやはり…、ここで死ぬことが最善であり、皆の為となるのであろう。死に恐怖はない――と言えば嘘にはなる。だが、皆で一緒にということならば、そこまでの恐怖はないだろう。
「俺も、それでいい…」
重く暗い言葉となってしまったが、ドルガンもまた皆の意見を受け入れたのだった。
「おい…、何なんだよ。――何なんだよいったい!!」
暗い空気を吹き飛ばすようにハイズの怒号が響く。
「死ぬ、皆で死ぬだ?何言ってんだよ、お前等。死んでたまるか!これからだぞ、やっとこれからなんだぞ」
「だが、ガンザ1人に責任は取らせたくない」ボコン。
メルケスの言葉にハイズは思いっきりメルケスを殴り飛ばした。
「責任?責任って何だよ。ガンザはリーダーだが、俺たちは皆平等だ。上も下もねぇんだよ。ガンザ、お前からも言ってやれ」
「あぁ、その通りだ」
「未来が見えない、死が確定している。だから何だってんだ。生きることを諦めんなよ。寄合所のSランクだって見えてた訳じゃねぇだろ。じゃあ、探そうぜ、ガンザが生きられる道をよ。ガンザ、お前もだ。死ぬなんて絶対に許さねぇからな、血反吐吐こうとも生きやがれ。絶対に何とかする、――俺たちを、信じろ」
「あぁ…」
ドルガンは懐かしい過去を思い出したのだった。『人は変わらない』恐らくはメルケスが書いたであろう手紙に書いてあった言葉だ。変わらないなんて嘘だ、皆根底は変わっていなくとも変わってしまっただろ。だが、それでも――この過去があったから今でも頑張っていけるんだ。頑張ってる?人は変わらない?
まさか…。
・
ドルガンの大声に皆は驚きの表情を浮かべる。
「死んでいい奴なんているもんか!!簡単に諦めてんじゃねぇよ!!」
「…いや、お前敵だろ。ずっと黙秘貫いてた奴に言われたくねぇわ」
クランが冷めた目を向ける。
「それでも、だ。俺が敵であることは認める。だが、諦めたらそこで終わりなんだよ。お前たちは何故ここに、こうやって集うことになったのか、それを思い出せ」
「いやいや、だからさぁ…。思い出すも何も、お前は敵、それ以上でも以下でもないの。それとも何か、俺たちを陥れるいいチャンスとでも思ったのか?」
クランはため息をつきながらドルガンを呆れた目で見つめる。
「そういう訳ではないんだが…」
「じゃあさ、そこまで言うんなら。ガンザを殺すためにお前の知る情報を全部教えろ。元はと言えばガンザが全ての現況なんだから」
「それはできない。だが、お前たちの考え方は間違ってる」
そう言って、ドルガンは黙り込んでしまった。クランは途方に暮れるかのようにため息を吐く。
「そうだな…。ドルガンは間違ってない」
突然そう発言したケルト。
「おいおい、敵の言葉だぞ。真に受けるな」
ミゲウもクラン側の意見のようだ。ミゲウだってそうだ。一緒にキャルがいる、だからこそ危険な真似は避けたい。生き残る意思のないチームに長居する気はないのだろう。
「確かに俺は死んでもいい、とは言ったが。それでも死にたいなんて思ってはいない。少し心が弱っていたのかもしれない。ミリがいる、ミリの母も元気になった。だが、それで終わりじゃダメなんだ。もう二度とミリのような悲劇を起こさせない為にも俺は絶対にガンザを倒さなくちゃいけない。それに、俺が死んだらきっとミリが悲しむだろうしな」
その言葉に暗かった皆の表情に笑顔が戻る。
「そうよ。それにミリちゃんだけじゃない。セリカだってそう、私たちだって悲しいんだからね。絶対に死ぬなんて考えちゃダメ。生きて、笑って帰るの」
「そうだな」
キャルの言葉にケルトは笑顔で返答したのだった。
「でも…、それでも私は…、違うから」
暗い表情でいるレイナ。
「レイナだってそう。1人だったかもしれない。でも、今からは私たちがいる。もう1人なんかじゃないんだから。だから…、だからもう、そんな悲しい顔して死ぬなんて言わないで」
キャルの目からは涙が溢れ、そのままレイナをギュッと抱きしめたのだった。
「ケルトだっている。クランだって、ミゲウさんだっているんだから。大丈夫。私だっているんだから。頼りなさいよね」
その言葉にレイナもキャルをギュッと抱きしめ、涙を流したのだった。人のぬくもり、久しく忘れていたそれを思い出したかのように。
「どうだ、クラン。終わりにする理由はもうなくなったようだが。それでもお前は抜けるのか?」
ミゲウはクランの肩を叩くと、笑いながら皆を見ていた。
「そうだな…。心が弱る…か。確かにそれは誰にでもあることだな。仕方ないか…、もう十分に乗った船だ、途中でなんて下りられないよな」
クランの言葉にミゲウは心底ホッとした表情を見せる。
「じゃあ、これからの話だ。カジノ襲撃は失敗した。それはもう変えようのない事実だ。これからどうする、同じことをしても結果は変わらないぞ。それに時間だって限られてくるはずだからな」
その言葉にケルトは首を傾げる。ケルトの行動にクランはやれやれといった表情をつくり、ミゲウの話の続きを請け負う。
「ガンザの手先が俺たちを捜してるってことだろ。見つかるのは時間の問題だってこと。その前にもう一発チャレンジするってとこだろうな。限られた時間、そして正体を悟られない。かなり難易度は上がったが、それでももう一度情報収集をするべきだろうな。――俺たちは誰にやられたのか。それが分からないことには絶対に先には進めない」
「誰が情報収集をするんだ?」
ケルトの問いにクランは少し考え、答える。
「俺たちではダメだ。顔が割れてる上にここの地理にも詳しくない。ミゲウがベストな訳だが、1人では時間的に厳しいものがある。だから、ミゲウとレイナでやってもらいたいと思う。俺たちはここで待機だ」
「まっ、しょうがない…か」
「おっ、今回は素直なんだな」
「当たり前だろ。わがまま坊ちゃんなんて年じゃないからな」
「つい数日前まではわがまま坊ちゃんだっただろうが」
「人は成長するものなのです」
「うるさいわ」




