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2-8 ニスルの女

  8章



宿へと戻ったケルトたちはとりあえずキャルに服を持ってきてもらい、レイナに着せたのだった。それから回復薬を飲ませ、ボロボロだった体を癒したのだった。一通り回復し、落ち着いたレイナを中心として皆で話をすることにした。

「ここが俺たちのアジトだ。ガンザを討つために皆集まってくれたんだ」

ケルトの言葉にレイナは周りを見る。

「何故、人間なんかとつるんでいる、悪魔としての誇りを捨てたか!」

ミゲウとキャルを見るや、レイナはそう言葉を吐き捨てる。だが、誰一人としてレイナの言葉に動じる者はいない。どうやらレイナと同じように思うところがない訳でもないようである。

「レイナちゃんさ、今ケルトとクランに助けられたんだよ。それは十分に理解してるよね?」

優しく、諭すようにキャルが話しかける。

「毒されたのか、それとの弱みでも握られているのか、それとも洗脳、それとも…」

レイナはキャルを睨む。

「私は悪魔、そしてあなたも悪魔。ケルトやクランは人間。でも、種族が違うだけ。ガンザは悪魔。でも殺したいほど憎んでいるんでしょ?何故そんなに拒否するの?あなたは人間の何に嫌悪感があるの?」

「人間は下等種族だ」

「だから?下等種族って弱いってことでしょ?悪魔の子供は弱いわ。その子たちも嫌いなの?」

「いや…、そういうことじゃ…」

「違うのね。じゃあ、下等種族は理由になりません。他に嫌いになる理由は?」

「人間は陰険で、ずるくて、すぐに裏切る」

「そう。そういう人間がいるのも否定はしない。でも、それは悪魔にだっているわよね。陰険で、ずるくて、すぐに裏切る悪魔が1人でもいれば、レイナは悪魔全体を嫌いになるの?」

「それは屁理屈だ」

「そう、屁理屈。でも何一つ矛盾はしていない。レイナは教えられただけの知識で人間を下げずんでいる。目の前にいるのはケルトとクラン。人間だけどそこら辺の悪魔なんかよりずっと信頼に足る人物」

「お前は頭がどうかしてる」

「ケルトはガンザを倒しに来てる。その理由を知らないでしょ」

キャルは微笑みながら、一呼吸置くと続きを話し始める。

「ガンザに不幸にされた悪魔の子供の仇討ち。自分の為じゃない、他人の、しかも自分たちを下等生物呼ばわりしている者たちの為に戦ってる。ランプでは混血への偏見ってのは大分減ってきてるのよ。ケルトのおかげでね。あなたは何を信じるの?世間体か、自分の目か」

キャルの言葉にレイナは黙り込んだ。

(この人間共は確かに私を助けてくれた。そしてこの混血は私に『敵じゃないから戦わない』と言った。何が正解か…、それは間違いなく世間体だろう。だけど、今の現状における本当の正解は違うのかもしれない。私にとっての敵は悪魔だ。決して人間ではない。人間は眼中にないとも思っていたが、目の前の男たちは恐らく私よりも強く、下等種族という括りでは収まり切れないのではないか。)

しばらく考え込んでいるレイナを見かねたのか、「大事なのは一歩踏み出す勇気」そう言葉で後押しするのだった。

「申し訳ない、私が悪かった…」

そう言ってレイナはケルトたちに頭を下げたのだった。どうやらキャルの説得が功を奏したようである。その後、レイナもチームに加わってもらうことになった。レイナからの情報により、明日の偵察の必要はほぼほぼ無くなったと言える。正面から階段を登り、3階で4階へと続く階段を探す。カジノは大衆に開かれた店であり、よっぽどじゃない限りは入店拒否などはされないだろう。それに、宿泊手続きもすれば少しの難もなく3階まで辿り着くことができるのだ。戦いは4階に上がるまではないと思っていい。皆でレイナの持っている殺人アイテムを使えば粗方の戦力を削ることも可能であろう。複数での撹乱による致命的な一打をガンザに与えることができる――という共通の認識を得たのであった。

「俺とケルトとレイナの3人で明日カジノを襲撃しようと思うんだが、それで問題ないか?」

クランの言葉にミゲウは頷き、了承の意を示す。

クランの完璧な作戦を聞き、皆は納得したようである。

1人では厳しい戦いだったとしても、3人であれば仕留める確率は格段に上がるだろう。決行は明日の昼、カジノに客が溢れる時間帯とする。人に紛れることで相手の判断を遅らせられるだろうから。

次の日、ケルトたちはカジノへと出立する。

「ガンザは雷属性だと聞いている。真っ向から戦うと強烈な電撃で動けなくなる可能性もあるから気を付けてね」

レイナの忠告に2人は頷く。そして、もしも想定外のことが起こってバラバラになってしまったとしたらという仮定にレイナは自分の寝床を紹介したのだった。

「はぐれた時はここに集合するということで」

レイナの機転にクランは感心する。ここはカジノの裏の森の中。とりあえず一時避難としてはうってつけの場所だろう。

「よし、じゃあ皆、行くぞ」

クランの掛け声と共に3人はカジノへと向かうのであった。

「ん?」

ケルトはカジノの裏手でガンザらしき人物を見かける。

「あれ、ガンザじゃね?」

ケルトはガンザのいる場所を指さし、皆に知らせるのだった。

「ん?あの中にいるのか?」

クランが指さした方向を見るが、クランはガンザの顔を知らない。

「いや、いないわ」

レイナも確認するが、そこには裏口を守る門番しかおらず、ガンザの姿はないという。

「いや…、あれ?消えた。雷属性って転移できるのか?」

「転移は術属性じゃないとできない。ケルトの見間違いだろ」

ケルトの問いにクランが答え、当初の予定通りにカジノの入り口へと到着する。

3人で同時に入店する。

「お客様、あなたは入店拒否となっておりまして、直ちに出て行ってもらえますか」

カジノの店員はレイナに向かってそう言ったのだった。

「えっ、どういう――」クランが店員に問いかけようとすると、ケルトがしゃしゃり出る。「俺が保護者として見てるから大丈夫だ」

「そう申されましても、決まりですので貴女の入店を認めることは致しかねます」

店員はケルトの言葉にも意志を曲げようとはしない。

「警備員、この女を外に出してください」

店員は近くにいた警備員にそう声を掛けるのだった。

「待てって」ケルトが店員の肩を掴み、なだめようとするが、「待ちません、決まりなので」

警備員に対して構えをとるレイナ。戦闘の意志を感じ取ったのか、警備員が速度を上げて詰めよる。

「おい、待て――」クランの言葉が虚しく場内に響き渡るのだった。ケルトは2人いた警備員を横から纏めて蹴り飛ばしたのだった。

「ブギャーーーーーー!!!!」

場内では悲鳴が上がる。混乱する場内でレイナは単独で階段へと向かう。

「おい、ケルト。一旦引くぞ。レイナも、ここは分が悪い。早く逃げるんだ」

クランの叫び声にレイナもケルトも全く反応を示さない。ガンザに逃げられるのも面倒だが、それよりもSランカーに加えて集団で向かってこられたら絶対に勝ち目なんてない。ひっそりと階段を上がり、ガンザを見つけて奇襲をかけるという作戦の元、ここへとやってきたはずなのだが…。入口の段階でゲームオーバーとなってしまったのだった。

現在、客と戦う謎の状況に置かれているケルト。そして、そんな中無謀にも階段を登ろうとするレイナ。クランの頭はパンク寸前だった。暴走する2人をどうすればいいのか。クランはしばしの間呆然とするのだった。

「あなた、ここから先は関係者、もしくは許可の下りたものしか入れませんが。無理やり入ろうとするのならば痛い目に合って貰いますよ」

偵察していたから分かる。そう言った男はメルケス。ガンザの仲間の一人である。まずい、非常にまずい。このままだと確実に2人共死ぬ。

と、メルケスに一撃で伸されたレイナがこちらに吹っ飛んできた。意識のないレイナを回収したクランはジリジリと詰め寄ってくるメルケスから一歩ずつ距離をとる。

(まだケルトがいる。このまま逃げる訳にはいかない。あの非常時の約束は皆がバラバラになった時であって、今は纏まっている。というかあの約束は作戦が破綻している今、守る必要があるのかも怪しい。)

クランは苦悩する。

(ケルトを無理やり回収して逃げる――ことは今の状況下では無理だろう。メルケスに何か強そうなケルトの相手。手負いの2人を担いで逃げられるほど甘くはない。)

しばらくはメルケスから距離を取りつつ、ケルトを静観するしかないと諦めるクランであった。



               ・デスラside


私の名前はデスラ=パースキン。ニスルという町で寄合所に登録した組織『パースキン』として活動している。今回は日々の疲れを癒してもらう為にわざわざミラバール王国から船でこのローゼルピスニカの町まで慰安旅行に来ていたのだった。カジノで遊ぶ者、町で買い物を楽しむ者、酒場で浴びるように酒を食らう者、皆それぞれに旅行を満喫していた。そんな中、デスラは副リーダーであるカリーブとカジノで勝負をしていたのだった。一日でどちらが多く稼げるかを争っていたのだった。カリーブは計算高く、ちまちまと勝ち額を増やしている。それとは対照的にデスラはルーレットで倍々ゲームをしているのだった。赤か黒、それに全額をブッ込んでいた。だが、何故だろうか。デスラは負けというものを知らないようである。豪運がデスラに味方しているのであった。

「カリーブ、お前もこっちに来たらどうじゃ?ルーレットは気持ちがいいぞ」

「いや…、俺がお前みたいな賭け方したら一発で破産だわ」

「意気地がないのぉ…」

「勝負は勝負だからな、忘れんなよ。負けたら今日の晩飯奢りだからな」

「カーカッカッカ。わしが負けるとでも?」

「今日こそは絶対に勝ってやる!」

そう言ってカリーブはブラックジャックのテーブルへと戻っていくのであった。

「お客様、また…、全部ベットですか?」

「そうじゃ、赤に全部ベットじゃ」

いつしかデスラの周りには人だかりができているのであった。

「うおぉ、また当たったぞ!!」「どんだけ稼ぐんだよ」

ギャラリーも興奮状態であった。だからなのだろう。入口でのいざこざにデスラが気づくことがなかったのは。

「ここは勝負の時じゃな。緑に全部じゃ!!」

ギャラリーの興奮状態が移ったのか、デスラも興奮を抑えきれず声が自然と大きくなっているのだった。

「お客様…、よろしいのですか?緑はゼロ、しかもそれに全部だなんて…」

「よいよい。興が乗ったのでな。それにわしは負けるつもりはないぞ」

その言葉にギャラリーがより興奮し始める。

「マジかよ」「ゼロの1点賭けって36倍だよな」「いくら賭けてんだ」「黒のチップって10万eだったよな…」「数えきれない…」「少なくとも100枚以上はあるだろうな」「当たったら3億e以上ってことか…」泡を吹いて倒れる者も中にはいた。

ルーレットが回り始める。玉が転がり、緑に入りそうになるが隣の黒に落ちる。「あーー」とギャラリーからため息が漏れる中、黒に入ったと思われた玉が跳ねて飛び出る。その様子に大勢が目を見開いたのだった。


入る、確実に緑に入る。


そう確信を得たデスラであった。


ドガーン!!!


何ということだ、緑に入ったのは玉ではなく、2人の大男だった。緑に入ったというよりはルーレットの上に降ってきて、そのままルーレットのテーブルごとブチ壊し、テーブルに座っていた客全員のチップも混ざって――デスラは頭の中が真っ白になった。

「ブギャーーーーーー!!!!」

(緑に入った、確実に緑に入った…、後1秒も満たない間に。そして、わしのチップがどれだけあったのかわしは覚えていない。…というか、次々にこちらを狙っているかのように人が飛んでくる。隣のテーブルのチップもこちらにない交ぜになり、もう収集がつかない。…わしに喧嘩を売るとは、いい度胸してるじゃないか。)

異様な光景にカリーブは即座にデスラの元へと駆け寄るのだった。

「デスラ…、少し落ち着け…」

カリーブが震えるようにデスラに話しかける。デスラの怒りはもう誰にも止めることはできないと分かってはいたのだが、一応、ダメもとで止めてみた。

「これが…落ち着いていられる状況だと…お前は…思うのか?」

デスラの殺気が刺さるようで痛い。

「いや、それでも…。ここは遊技場だぞ」

「先に暴れだしたのはあっちだ。わしが文句つけられる筋合いはないと思うんじゃが」

もう限界だった。これ以上デスラの近くにいればカリーブが一番目の犠牲者になるかもしれない。

「分かった。じゃあ、勝負は終わりということで…。あと5分待ってくれないか?その間に逃げとくから」

そう言うとカリーブはそそくさとチップを換金し、会場から逃げ出したのだった。

デスラは立ち上がると、自然に割れた大衆の作り出す道を歩き出す。

「お前だな、お前がわしの邪魔をしたのだな。混血…、お前はこの場で殺してやる」

デスラは今、怒りの炎でメラメラと燃えていた。

「邪魔はお前だっつーの。何言ってんの、デンパなの?デンパちゃんなの?」

混血の言葉にデスラの中の何かがプチンと音を立てたのだった。デスラは抜刀し即座に混血に斬りかかる。

「うっ、あっぶね…」

混血はデスラの刀を避けると攻撃に転じる。【バーニングオーラ】混血は全身に炎を纏い、デスラに拳を叩きこむ。だが、デスラはそれを軽く避ける。何度拳を放たれても全てを躱わす。接近戦であるために混血の攻撃は当たらずとも、デスラの刀は混血を切り刻む。分が悪いと判断したのか混血は距離をとり今度は遠距離攻撃を仕掛けてくる。刀の間合いから離れるようにチクチクと火炎をこちらに放つ。だが、デスラには当たらない。

(お前のような雑魚ではわしに触れることすらできぬと知るがいい。)

デスラは混血との距離を詰め、刀を振るう。相手もそれを予期していたのだろう、スムーズに回避する。

「グハッ…」

回避したはずなのに、混血は斬られて更に大きく飛びのく。【ラビュース】デスラは自分の刀の大きさを自在に変えられる技を持っているのだった。避けたはずの刀が突然伸びてきて襲いかかる、相手からしたらさぞ恐怖の瞬間であっただろう。デスラは笑いながら更なる追撃を開始する。

(怖いか、そうか、怖いんだな。)

混血は先ほどまでとっていた距離を詰めだす。

(近くてもダメ、離れてもダメならば近距離を取るのは必然というものじゃ。)

突然天井より火柱が降り注ぐ。それに加えて混血の近距離戦闘。普通ならば多少こちらに分が悪い展開となることであろう。だが、奴は知らない。

奴が誰と戦っているのかということを。

デスラは天賦の才を持っている。それがスキル【変幻自在】。これは現在起こっている事象を思いのままに捻じ曲げるスキルである。

混血がいくら攻撃を仕掛けようともデスラはその結果を捻じ曲げる為、攻撃は一切当たらないのだ。別に避けている訳でもない、技、相手の拳が相手の意志に反して勝手にデスラを避けているのだった。

それに、恐らくだが――とデスラは思うのであった。レベル差がありすぎると感じていたのだ。スキル【変幻自在】を使わずとも多分楽勝で勝てると。だが、デスラはスキルを切ることはしない。デスラの怒りを買った混血は圧倒的な力で叩き潰すと決めたのだから。

どこに行こうとも刀が追尾し、混血を斬り刻む。

「さぁ、そろそろ弄るのも飽きてきた。そろそろ殺してやるかの」

そう言って気合を入れた瞬間だった。

「ちょっと、あなたたち!出禁にされたくなかったら外で暴れて下さい」

メルケスの言葉にデスラはハッとしたのか、周りを見渡す。デスラは刀を振り回し、混血は炎を連発していたのだ。当然のごとくカジノの会場は大惨事になっていた。

出禁という言葉に慌てたデスラはケルトを店外へと吹き飛ばし、出禁を回避。すぐさま混血に止めをさすべく外へと出るが、もうそこに混血の姿はなかったのだった。

デスラはすぐさま追撃の為にスキルを発動させようとする。

「もうよろしいですよ、デスラさん」

とメルケスが追うのを止めるのだった。

「しかし…」

「いや、大丈夫です。あなたは大切なお客様ですので。助力いただきありがとうございました。申し訳ないのですが、会場はこの有様です。早急に整備しなおしますので、それまでは2階のレストランなどでゆっくりとされてください」

メルケスの言葉をデスラは素直に受け入れるのだった。そして、会場にいた他の客もまた、2階へと案内されていったのだった。

(混血に人間に女の悪魔か…。次見つけたら絶対に許さんぞ…。)

デスラの怒りは不完全燃焼のまま強制終了させられたのだった。



                    ・


ケルトの戦闘を壁にしながら、上手くメルケスから距離をとりレイナを抱えたまま上手く回避に徹するクラン。メルケスの一言によって外へと弾き飛ばされたケルトを見て即座にその後を追う。

よろよろではあるが、ケルトは根性で立ち上がっていたのだった。

(根性バカか、こいつは…。)

クランは呆れながらケルトの背後に忍び寄る。そしてトドメの一撃。気を失ったケルトも抱え、そのまま大剣に乗り、颯爽と逃げ出したのだった。

アジトに帰ってすぐミゲウたちに説明を求められたのだが、クランには今そんな余裕はない。布団に倒れこみ、死んだように眠ったのであった。


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