2-6 ローゼルピスニカ
6章
医者の余命宣告を過ぎたその日、ドルガンはあくびをしながら眠たい目を擦っていた。ドルガンを埋める準備をしようとしていた3人。
「「「え!?」」」
全員の息が合った瞬間だった。
「どういうことだ。昨日までの気だるさ、痛みが綺麗さっぱり消えているんだが…」
ドルガンの言葉にケルトとクランは顔を見合わせる。
「確かに医者は余命3日だと言ったよな?」とクラン。
「んだ、んだ。完治まで3日なんて絶対に言わなかった」とケルト。
「しかも手遅れだ、とまで言ってたよな?」
「んだ、んだ。毒が体中に回ってるって言ってた」
「どうなると、こうなるんだ?」
「んだ、んだ。んだ?」
「さっきから“んだんだ”うるせぇわ!まずはお前がどうなってんだよ!?」
「んっだー」
「もういいや。ミゲウ、これからどうするよ」
クランはケルトとの対話を諦めミゲウにシフトチェンジするのだった。クランの問いにミゲウは少し考え込むとドルガンに話しだした。
「何がどうなっているのかは分からんが、お前の余命宣告はなかったことになったみたいだな。だが、お前が何も話さないというなら一生監禁されることになるぞ」
その言葉にドルガンは自分に取り付けられた封魔のリングを見る。
「はぁ、全てを諦めたのに…、生きてるんだな、俺。まだ死ぬときじゃないってことなんだな」
昨日までのドルガンとは少し雰囲気が変わったようであった。
「俺は仲間を救わなくてはならない。昨日ケルトから貰った紙きれの内容がそれだ。悪いようにはしない、だからこのリングを外してくれ」
そう懇願するドルガン。素直に話し始めたことに驚きはあるが、現実は何も変わらない。
「じゃあ、アデルナを痛めつけた奴のことを話せ」
そうケルトは落ち着いた様子で問いかける。
「それはハイズだ。俺たちの仲間。だが、そいつを痛めつけたのは俺の指示だ。だから、ハイズに責任はない」
「そうか…」
「そうだ。話したんだ、頼むから解放してく――」ボコン。
ドルガンはケルトに殴り飛ばされ気を失ったのだった。
「ハイズか」
ケルトはそのままミゲウの家を出ようとする。
「おい、こいつはどうするんだ?」
クランの問いに、「ここに置いとくのも迷惑だし、連れて行く」とケルトは答える。
「いやいや。そもそもだ、どこに行くってんだよ」
「ローゼルピスニカだ。ハイズにガンザ、敵がまとまってるんだから捜す手間が省けたってとこだな」
だが、ケルトはミゲウに止められる。
「ガンザはミリの仇だな。じゃあ、俺も行く。少し待ってろ」
そう言ってケルトを家に残し、ミゲウが外に出て行ったのだった。そしてしばらくが経つ。
「待ったー?」
ミゲウの家にキャルが来たのだった。
「え?何故にキャル?」
ケルトの疑問に不思議な顔をしているキャル。
「いやいや、ミリちゃんの仇討ちなら私も行かなきゃダメでしょ」
「いや…、でもキャルは戦えないだろ?」
「戦えないって何よ。殴るだけが戦いな訳じゃないからね。どうも見た感じミゲウさん以外は能筋しかいなさそうだから、私が頭脳になってあげるって訳よ」
「いやいや、見た感じだったらミゲウが一番能筋っぽいだろうが…」バシン。
「いった…。おい、頭脳派。何、力に頼ってんだよ」
ケルトがミゲウを罵倒した瞬間、キャルに叩かれたのだった。
「まぁ、そんなことはどうでもいいから。で、これからどうするのよ。ローゼルピスニカへ行くにしてもそれからガンザまでどう辿り着くつもりなの?」
キャルの問いにケルトは自分の頭を掻きながら明後日の方角を向きだしたのだった。
「そんなの…、あれだろ。――ガンザさんどこですかーって聞いて見つけたら倒すって感じで」
その言葉に一同は頭を押さえる。
「あんたねぇ、これは試合じゃないのよ。ガンザさんどこですかーって聞いて、はい私ですって素直に出てくる訳がないでしょ。そんなの闇討ちされて終わりよ」
「えー」
ケルトは唇を尖らせて嫌な顔をしている。
「でも、行くってことはもう決めてるからね。ここで四の五の考えてても変わらないから、どう言われようとも俺は行く」
そんなケルトの決意にクランがケルトの肩を叩く。
「それでいいと俺も思う。行きながら考えたらいいだろ。先に進まなきゃ何も始まらないんだからな」
「そうだな。とりあえず俺の役目はドルガンの見張りとキャルの護衛がメインだな。困ったときだけ手を貸してやる」
ミゲウも行く気は満々であった。
「まぁ、ミゲウさんがそう言うなら…。考えながら向かうってことで良いわ」
と、渋々だがキャルも同意したのだった。
そうして、ケルトたちはローゼルピスニカへ向け、出発したのだった。道中は森の中だったのだがミゲウがいたおかげで特に迷うこともなく辿り着く。そんな道中で話し合ったことは2つ。拠点を確保しておくということ、最初は手を出さず情報収集に徹するということ。ドルガンの全身を布で覆い、町中を歩く。人を隠すなら人の中ということで拠点は普通の宿を借りることにしたのだった。
「妙なことは考えるなよ。変な行動を起こせば即座に殺すからな」
ミゲウはそうドルガンを威圧する。それもそのはずだ、町中の一般的な宿なので騒げば皆の注目を集めることとなってしまう。だが、比較的人気のなさそうなボロ宿なので客はあまりいない。
「これからの方針なんだけど、情報収集のみで。戦闘は絶対にしない、関わらない。情報は皆で共有できるように話し合いの場も設けましょう。調査はケルトとクラン、ミゲウさんはここで待機ということにしましょう」
キャルの指示に皆は首を縦に振る。
「お前はどうするんだ?」
「私は買い物よ。ローゼルピスニカなんて滅多に来れないんだから」
ケルトの質問に、キャルは当然と言わんばかりの口ぶりで答えた。そしてケルトたちは別れ、それぞれで調査を開始したのだった。
ケルトがまず訪れたのは町はずれにある道場だった。もしかすると、ここでガンザも幼少のころ鍛えていたかもしれないし、そういう物騒な情報には詳しいかもしれない。ケルトはそのまま道場内に入り見学していた。剣の修練、打撃の修練、いろいろと多彩であった。そんな中、見覚えのある写真が壁にかかっている。
「あのー、すみません。そこの写真の女性は誰ですか?」
「ん?あっ、これか。これはねぇ――」
そう言葉を区切って道場主であるガロゾは壁から写真を剥がしたのだった。
「え?その女性は何ですか?」
「この娘はいいんだよ。世の中には知らない方がいいことも多いからね」
そう言ってガロゾはそのまま生徒の相手に没頭するのだった。その後はケルトと目を合わせることもなく、時は夕方となるのだった。
生徒たちは皆帰宅し、道場内はケルトと2人だけとなった。
「あんたも、もう帰りな。ガンザについて話すことなんてないから。こんなところより、情報屋に聞いた方が早いだろうに」
ガロゾは道場を片づけながらケルトを全く相手にしない。
「ガンザのことはいい。その写真の女性のことを聞かせてくれないか?」
「これはさっきも言ったが、知る必要のないことだ。余計な詮索は身を滅ぼすぞ」
「だとしてもだ、俺は知りたいんだ。そいつは言ったんだ、俺の仇とそいつの仇が一緒だと」
「そうか…」
ガロゾは俯き少し寂し気な表情になる。だが首を振ると、自身の頬を叩いたのだった。
「俺は何も話す気はない。もう帰ってくれ」
だが、ケルトは立ち上がらない。
「お疲れでしょうが今から一本手合わせ願います。俺の力を見て、それからもう一度考えて貰えたらありがたいです」
ケルトは立ち上がり構えをとるのだった。ここでの戦闘で属性技は使わない。ケルトの属性は火であり、使えばたちまちこの道場は火の海になってしまうからであった。ガロゾはしょうがないとケルトに向かい合うのだった。
結果はガロゾの完敗であった。ランプ武闘大会での優勝はだてではなかったということだ。
そして、ガロゾは道場を閉め終えるとその中でケルトに話を始めたのだった。
彼女の名前はレイナ=リヴェールというらしい。彼女はガンザに両親と姉を殺され、その仇を討ちたくこの道場で鍛えていたのだとか。そしてとある日、彼女は家をなくしたのだった。残った姉と妹も消えてしまい、家は崩され、レイナは一人ぼっちになってしまったのだとか。それを不憫に思ったガロゾはレイナを道場に住まわせることにしたのだった。だが、それからしばらくして急に道場の生徒が激減し、ついにはゼロになってしまったのだった。そしてガンザの手下であろう者にこう言われたのだった。「あの女をかくまえば、この町では生きていけない」と。彼女はそれを察したのか、道場から出ていくと進言してくれた。ガロゾは何もできない。だから、首を縦に振ったのだった。
あらかたレイナの事情を把握したケルト。
「だから、彼女は全てを奪ったガンザを殺すためだけに生きていると言っていいかもしれない」
「そうか。でも、ガンザってそのレイナでも殺せそうなくらいの強さなのか?」
「………、いえ、正面きって戦えば勝率はゼロでしょう。なんせ彼は寄合所のSランクなんですから」
「Sランクってレベルでいうとどのくらいなんだ?」
「基本は1万以上の方だと聞きます。ガンザがどのくらいかと言われればそれは非公開なんで知りませんが。ヘルジャス王国軍のトップと同等の強さだと聞いたことがありますね」
「国の最強と同じ…。ガンザってなかなかな大物なんだな」
「そうですよ。だからこの町の人は何も言えないんです。従うしか選択肢はない。世界に10人しかSランカーはいないんですから」
「ほう、相手は世界屈指なんだな」
「だけど、少し気になることがあって、昔は今ほど横暴な人じゃなかった。寄合所の依頼もこなすほどの良識ある人物だったはずなんだがいつしか人格が変わったようになり、この町の支配にのりだしたんだ」
「人が変わった、ねぇ…。ありがと、ガロゾさん。この町はガンザの息のかかった町だということがよく分かったから、もうここには来ないことにするよ」
そう言ってケルトは道場を後にし、そのまま宿へと帰っていったのだった。
「おい、混血。ここで何をしてる」
宿へはもう少しだったのだが、帰り着く前にケルトは足止めを食らってしまった。
「ん?散歩だよ、散歩。ただ歩いてるだけの人物にそんなイキり立たなくても…」
女性、ランプで出会った赤髪の女性であった。
「この道場で何をしていた?答えろ」
怒りの表情を前面に押し出す女性とは対照的ににこやかな笑顔で応対するケルト。
「道場だよ。なまった体をほぐす為に運動を少々」
「どうやら、私をなめているようだな。話したくないのならそれでいい。死んで悔いるがいい」
女性は剣を抜き、ケルトに斬りかかる。
「!!?」
女性の振り下ろした剣は片手で止められたのだった。引き剥がそうとしてもケルトにつままれた剣はビクとも動かない。
「剣はダメだって。斬られたら死ぬし、――マジで」
「何を訳の分からないことを!!」
女性は剣を捨て、拳を握りしめる。ボコン。
思いきり振り抜いた拳はそのままケルトを吹き飛ばしたのだった。だが、ケルトはすぐに立ち上がるのだった。そして動こうとはしない。
「貴様、何を考えている!!」
一気に距離を詰め、女性はケルトに殴りかかる。地面に倒れても馬乗りになり殴り続けた。
「ハァ、ハァ…」
何度殴られても目を反らすことなくケルトは女性を見ていた。
「逃げもしない。かと言って反撃もしない。お前はいったい…、どういうつもりなんだ!!」
ケルトは女性の言葉に少し口を緩めるのだった。
「やっと、話せるくらいには落ち着いたな。おまえは敵じゃない。だから俺はお前とは絶対に戦わない。例え何をされたとしても」
そしてケルトは女性がこれ以上追撃してこないことを理解すると倒れていた体を起こし、立ち上がった。
「ガンザなら俺が倒してやる。だから、俺の仲間になってくれないか」
ケルトは手を差し伸べるのだが、女性は動かずに睨んだままだった。
「仲間?混血風情が。どうせお前もガンザを目の前にすればそんなこと言ってられなくなる。私には仲間なんていらない」
女性はそのままケルトに背を向けると町の中に消えて行ったのだった。ケルトはそのまま宿へと帰宅する。
「ケルト!遅いじゃないの。門限過ぎたんだからそこに正座ね」
キャルはオコであった。拘束具をつけられたドルガンの横に正座させられているケルト。その付近に皆が座り、今日の情報収集の結果報告が行われていた。
クランはこの町にある寄合所なるものに行ったらしい。寄合所は町の困りごとから国の困りごとまでを依頼として取り扱っている窓口的な施設らしい。クランもまた寄合所に登録しており、依頼をこなすことで生計を立てていたそうだ。
ここ最近この町では人攫いが急増しており人捜しの依頼が多数を占めているそうである。その黒幕は恐らくガンザであり、依頼をこなそうとする者はいないらしい。ガンザがSランクであることは周知の事実であり、敵対するリスクを考えると誰も引き受けないそうだ。他にも町には3つの奴隷商があり、それもまたガンザのおひざ元であるが故、誰にも手出しできないそうだ。恐らくガンザと敵対するということはこの町の全員を敵にするということになるだろう。
そして、ケルトもまた報告を行う。ランプで出会った赤髪の女性はレイナと言うらしく、今この町にいるそうだと。
「でも私の情報とは少し違うわね。奴隷商は2つしかないと聞いてるわ。一つはもう依頼としてこなされ、殲滅されたらしいわ。だから、全ての人が敵って訳でもなさそうね」
ガンザはSランクでこの町では恐れられている。それなのに1つ潰されている。どうやらガンザを敵として考えているかもしれない者もこの町にはいるのだろう。
「だそうだ。ドルガン、何か言いたいことはあるか?」
ドルガンを皆が見るのだが、ドルガンは口を開こうとはしない。
「じゃあ、カジノを襲撃するってことでいいか?そこにガンザ、そしてハイズもいるんだろ」
クランの提案に皆は同意を示す。
「カジノの襲撃だ。とりあえずは様子見をしてからってことになる。俺とケルトの交代で見張り、作戦を考えるってことでいいな」
皆の了解を得ることができたので、そのプランですすむこととなった。




