2-4 ドルガン=クラウン
4章 ドルガン=クラウン
ここはラクトスの森。地図が存在せず、決して出口のない死の森である。ランプ武闘大会の開かれる前後2週間のみ、何故かこの森は解放されランプ―ラカラソルテ間は繋がるのであった。そんな死の森を歩くドルガン。目的は先ほど酒場で出会ったケルトを復活させたパルと呼ばれていた女に会うためだった。
(もうこれしかないんだ。もう…仲間に苦痛を味合わせたくない。)
ドルガンは迷うことなくラクトスの森へと入っていったのだった。それが例え自分の死と引き換えになろうともあの女と会えるのであれば、そこに後悔はない。彼はそんな決意を胸にラクトスの森を彷徨っていた。
そして出会った。だが、気づいたときにはドルガンは地に突っ伏していた。
(俺が、俺にしか…。)
諦めきれない想いを他所に体は既に限界を超えており、そのままドルガンは意識を失ったのだった。そして、過去を思い返すのであった。
――――――――
それは時をさかのぼること昨夜。
ここはケルトのいた酒場の屋根。そこに1人の女性が座っていた。
「はぁ…」
彼女は深いため息を吐きつつ、おぶられて帰るみっともないケルトの姿を眺めていた。彼女の名前はティア、1日を通してケルトを監視していたのだった。
「こいつの1日は濃いなぁ。ガンザのことまで割れたとなれば私たちのところまで辿り着くのはそう遠くないだろうね。でも、これ以上情報が流出しないようにこの酒場にはお灸をすえておく必要がありそうね」
ティアがそう呟いた瞬間、ふと背後に気配を感じるのだった。
「そうだな、それが妥当だろう」
ティアの後ろには大柄の男性が立っているのだった。
「なんだ、ハイズか。てっきり私はガラフかなと思ったんだけど。…まぁ、あいつが気を利かせて来る訳がない、よね」
その言葉にハイズは笑いながらティアの隣に腰掛けるのだった。
「あいつは来ないだろうな。というかほとんど無口だから何考えてるかも分からないしな。まぁ、来るとしたら後は、…ドルガンくらいじゃないのか?」
「そうね、ドルガンはお人好しだもんね」
そう2人が笑いながら話していると、「おいおい、お人好しでまとめるなよ」と下から声がしたので、2人は驚きながら屋根の下を覗き込んだのだった。
「マジかよ、ドルガン」
ハイズの言葉にドルガンは呆れ笑いをしているのだった。
「もう屋根の上にいる必要はないだろ、降りてこいよ」
ドルガンは手招きしながらそう促す。
「それもそうだよね」
ティアとハイズはドルガンの元へと降り立った。
「お灸なら俺が据えておくから、取引の日まではゆっくり休んでおけよ。小蠅を払うのは俺の仕事だからな」
「うん、頼むね」
ティアはニッコリしながらそう答えた。
「昔は楽しかったよね…」
一呼吸空けてティアは空を見上げながらそう言った。
「あぁ、そうだな」
ドルガンはティアに優しく笑いかける。
「ガンザの病さえなかったら…」
「言うな。決めただろ、俺たちはガンザの為に悪人にでもなると」
ハイズはティアの言葉を遮るように言った。
「そう…、全ては生命の大樹のある場所を知るまでの辛抱だ」
生命の大樹の樹液はどんな病でも治してしまうという伝説の樹木。それを教え導いてくれる男、そいつが現れてから皆の生活は一変した。奴の言い分では情報料がかなりかかるということだった。
「私が、大会で勝っていれば…」
考えれば考えるほどに自分の弱さに嫌気がさしてくるティア。
「夢想の杖か。まぁ、本来の計画は順調に進んでいるんだ。気にするな」
「それでも…」
「一番つらいのはガンザだ。皆を巻き込んで何も思わない奴じゃない。でも今回のことが成功すれば全ては元通りになる、安心しろ」
本当にそうなればいいのだが…。ガンザは変わってしまった。誰よりも正義感の強かったガンザが一変したからだ。生活の大体をガロンというよそ者と過ごすようになった。何かがおかしい気がするのだが…。
ひっかかるんだけどなぁ…。
「今は心を捨てろ。どんなことをしてもガンザを救うと決めただろ。元を正せばガンザは俺たちを庇って呪いを受けたんだから」
「そうだよね」
それからティアはそのままアジトへと戻っていった。
「ようし、ハイズくん。とりあえず今回の邪魔者であるケルトという奴を殺す計画の内容を話し合うことにしよう」
「おう」
「俺が先に酒場に潜入して様子を伺う。その後合図まで外で待機しておいてくれ。合図とともに酒場内の抵抗する者の全てを殲滅ということでいいかな」
「それは2人でってことか?」
「いや、1人でだ。もし不測の事態が起きた時は即時撤退。尻ぬぐいは俺がする。だから、俺とお前は他人ということで明日は進めよう」
「了解だ」
そして次の日を迎える。ドルガンは計画通りに先に酒場内に入る。すると、既に大層な人数の客がいた。ケルトが現れるまで少し酒でも飲みながら待とうと思ったのだが、誤算が生じる。自分たちを嗅ぎまわっているのはどうやらケルトだけではないようであった。ドルガンはすぐにハイズに指示を出し、店内で暴れてもらうことにした。その内の1人は弱いくせに人一倍正義感が強いのか、ハイズに殴られても殴られてもたてついてくる。そしてその周りでは「やれやれー!!」と煽る女性の姿もあった。あまりのしつこさにキレたハイズはそいつを弄り倒したのだった。このまま見境なく暴れられればケルトを待ち伏せしている作戦がご破算になるため、ハイズを撤退させる。
そしてその後やってきたケルトをどう殺そうかと考えていたのだが――、目の前で殺されたのだった。一撃、たったの一撃で。だが、その氷の矢はケルトを貫通し店を破壊することはなかった。新たに店に入ってきた奴によってその矢は破壊されたのだった。
(ばかな…。)
目の前の光景に唖然とするドルガンであったが、何かが息を吹き返す声にドルガンは下を見る。すると、ケルトの体に空いた大穴はふさがっており、ケルトは息を吹き返したのだった。何が起こったのか。
(こいつらはいったい何者なんだ?)
関われば命はない。それは瞬時に理解できた。だが、それと同時にもうひとつ瞬時に理解したことがあった。
(こいつの力があれば…、ガンザの病は治るんじゃないのか…。)
無意識のうちにドルガンはケルトを治療した女性に近づいていた。だが、声を掛けた瞬間だった。側頭部に鈍い痛みが走り、そのまま意識が飛んだのだった。
目を覚ますとその女性はもういなくなっていた。店主の話では自分は酒場にいた金髪の女性に殴り飛ばされたのだとか。
…そんなこと信じられる訳がない。(俺が認識できない速度で殴り飛ばすなど、ありえるはずがない。)ドルガンは店主の言葉を無視し、恐らくは仲間であろう男が口にしていたラクトスの森に行ったのだろうと考え、即座に追いかけることにしたのだった。
だが、その考えは甘かった。
ラクトスの森内で奴らを見つける、そこまではよかったのだが…。
ドルガンの認識する限りではこうだ。銀髪の女がトマと呼ばれていた男に攻撃を放ったのだろう。それを避けるために後方に跳びそこに俺がいたのだ。咄嗟に振り向いた男の手が俺の顔に当たった。ただ、振り返りざまに動いた手が当たっただけ。それだけで俺は意識を失うほどのダメージを受けたのだった。
「お前がドルガンか?」
体を揺すられドルガンは目を覚ます。目の前には酒場で出会ったケルトが佇んでいる。だが、何やら様子がおかしい。
(ドルガンか?知っているはずなのに何故確認したのか。)
「先ほどの死にぞこないじゃないか。次は救わないが、それでも向かってくるというのか?」
銀髪の女性ベルサレスはそう答える。
「こいつ、死んだのか。どおりで耐性が弱ってたんだな。すんなりと乗っ取れた訳だ」
「乗っ取れた…だと?」
「危ない、こいつは混血じゃない。恐らく転生したオリジナル」
金髪の女性アイファスはベルサレスの手を引くと後方へと下がらせた。
「その通り。まだ、転生して間もないからな、器の人間の姿から本来の姿に変身はできないが、それでも事足りるだろ」
「何故、私たちの元へ来た?」
「それはだな…、いい器だったからな、生前の最後の想いくらいは叶えてやろうかな、と」
「そうか、私たちはお前が器に定着するまでのただの暇つぶしって訳だな」
「まぁ、そうとも言えるな」
目覚めたドルガンは全く今の話についていけない。
「トマ、全力だ!!」
「あー、分かってるって」
ベルサレスとアイファスの弟であるトマーンは颯爽と最前列へと躍り出る。
「名を聞いておこう。一応倒したオリジナルの名は知っていたいからな」
「ほぉ、死ぬ前に自分を倒した奴の名を知らないのは可哀そうだし、いいだろう。俺の名はバーニスト」
「ほぉ、知らない名だ。魔力も段違い――」「もう雑談はいいだろ?退屈だ」
一瞬にしてトマーンはバーニストに首を掴まれ持ち上げられていた。
「おい、アイファス、今の見えたか?」
「いや、ベル。全く見えなかった」
「落ち着いて会話している場合じゃないですの!」【ブラックボックス】
銀髪のツインテールの女性、トトノはそう言うと即座に魔法を発動させる。バーニストを黒い箱に閉じ込めたのだった。
「ぐはっ…」
バーニストから解放されたトマーンは尻もちをつき、乱れた息を整えていたのだった。
「トマ、下がれ!!」
ベルサレスの怒号にトマーンは即座に後方に下がる。
「一気に仕留めるぞ」
【アイスイールド】【サンダースピア】【アースハンマー】
それぞれの遠距離魔法がバーニストを拘束するブラックボックスへと直撃する。
「ぐぐ…、全然効いてないみたいですの…」
ブラックボックスを発動させているトトノは異常な汗をかいていた。だが、パリンと音が鳴ると共にブラックボックスは崩壊したのだった。
「私が出よう」
ブラックボックスの崩壊と同時にバトラーの職業であるシャナルが飛び出す。
「では、私も」
それに追従するようにアイファスも飛び出した。
「ったく…、策もなくどうすんだよ」
トマーンも呆れながらその後を追った。
【極力拳】シャナルは強烈な拳撃をバーニストに見舞う。
「ほう、じゃあ俺も付き合ってやるか」【音速拳】ドゴーン!!
シャナルとバーニストの拳がぶつかり合う。
「ギャーーーーー!!!!」
次に辿り着いたトマーンの目の前にはシャナルが倒れこんでいた。その光景に唖然とする。シャナルの右手が肩からなくなっており血が噴き出していたのだった。
「えっと、何だったかな。あっ、そうだ。『先ほどの死にぞこないじゃないか。次は救わないが、それでも向かってくるというのか?』だったな。どうするんだ?」
バーニストはニタニタと笑いながらトマーンを挑発する。
「救わないがどうするか、だって?殺し合いの場で何をヒヨったこと言ってやがる」
トマーンはそのままバーニストに突進する。
「ふっ、潔くて結構」【炎武】【アースクリフ】
両者が同時に技を発動させる。バーニストの火炎をトマーンの作った大地を盛り上がらせて作った壁が受ける。
【アースクリフ】【アースクリフ】【アースクリフ】【アースクリフ】【アースクリフ】【アースクリフ】…………。
幾重にも張った障壁を紙のように突き破ってくる。だが、わずかだが衝突の際に速度は落ちているようだ。
「姉貴、今のうちにシャナルを頼む!!」
「分かった」
アイファスは倒れたシャナルを担ぎ、急いで後方へと下がるのだった。
(しょうがない。俺の役目はこれまでだな。)
魔力が尽きるまでトマーンは壁を作り続けた。だが無情にもその壁はバーニストの炎からすれば紙同然。「ぐっ…」炎はトマーンの体を焼きだした。
「おい、アイ!トマはどうしたんだ!!」
帰還したアイファスに対しベルサレスはそう叫ぶ。
「パル、お願い。シャナルを助けて」
「はい」【シーリターン】
「おい!アイファス!!」
ベルサレスを無視して一心に行動するアイファスに掴みかかる。
「ベル、すぐにここから退避。早くラクトスの巣へ行くの」
その言葉に察したトトノとペントラムがベルサレスを抑えシャナルを抱え走りだしたアイファスを追いかけるのだった。
「トマ、トマ――――――――!!!!!!」
森に無情に響くベルサレスの叫び声。だが、アイファスはその声を聞き入れず無心で走るのだった。
(トマ、あんたはよくやった…。)
唇を噛みしめながらアイファスは仲間と共にただただ、走るのだった。
「こんなもんか…。仲間は全員逃げだしたし、どう暇をつぶすか…」
バーニストの足元にはトマーン、いや、黒焦げの何かが地面に転がっているのだった。
「暇つぶしか」
「んん?」
バーニストの背後には赤髪の男が立っている。
「何だ?俺の森を焼いといて、謝罪の言葉もないのか?なぁ、ケルザよ」
「そうだな。自分の土地を持たない奴にはこの腹立たしい気持ちは一生分からないだろうよ」
赤髪の男は青髪の男と愚痴を言い合っているのだった。
「僕もいますよ、バーニストさん」
黒髪の少年がその後ろからひょっこりと顔を出したのだった。
「なんとも…、こんなへんぴな土地に過去の大戦の英雄が勢ぞろいとはな。全くどうしたものか。ラクトスにケルザ、そしてパパオか」
「まだお前の出る幕ではないってことだな」
「ラクトスさん、ここは僕に行かせてください」
そう言ってパパオが一歩前へと出る。
「パパオか。お前の力は俺の加護の賜物だろうが。なにイキがってんだ」
「そうですね。そこに関してはとても感謝してますよ。でもそれがイコール従順ということにはならないと思いますがね」
「屁理屈ばかり、昔からそうだったよな」
「そうですね、懐かしいです。それに、僕の育てた子たちをこうも無残に扱われては…ね。――怒っちゃいます、分かりますよね」【スルア】
その言葉を皮切りにパパオが姿を消す。超速でバーニストへと突進したのだった。
「殴り合いってか。面白い」
バーニストの拳撃はパパオのスピードについていけずほとんどが空を切る。
「転生したばかりだというのにパワーはやっぱり化け物級ですね」
「ぬかせ、…ん!?」
いきなりパパオがバーニストの背後から羽交い絞めにしたのだった。
「何のつもりだ!」
「分からないんですか?最初に正解は教えといたはずなんですけど」【アンレシチ】
パパオの魔法の発動と共にバーニストが糸の切れた人形のように崩れ落ちたのだった。
「こいつも運がいい。死ぬときではなかったということだな」【万能薬】
ケルザは黒焦げの何かに魔法を発動させるのだった。
「後は…、と。まぁ、この気を失ってる奴は時期に目を覚ますだろ。そいつに全ては任せることにするか」
「どうもお世話かけました」
パパオが2人に深々と頭を下げる。
「いや、いいってことよ。俺の森のことだし」
「あぁ、僕もいいものが見れて得した気分だ。だが、この黒焦げ、回復の際に大分肉体能力を奪われたな」
ケルザの心配をよそに、ラクトスが何やら悪い顔をしながら笑っている。
「バレコ、いるな?」
「はい、ラクトス様」
ラクトスに呼ばれ、瞬時にバレコと呼ばれる女性が姿を現す。
「この黒焦げはパパオの大切な生徒らしい。回復の際に弱体化したから、鍛えなおしてから古魔区へ送ってやれ」
「かしこまりました」
バレコはトマーンの首根っこを掴むと、そのまま転移し、姿を消したのだった。
「えっ、いいんですか?」
パパオの驚きの問いに対し、「あいつら暇してたからな、玩具として丁度いいだろ」とラクトスは笑うのだった。
(玩具かよ…、感動して損した。)
素直な気持ちを言葉にできないパパオは思うことだけに留めるのであった。
「じゃあな、いずれ会う、その時まで」
そのラクトスの言葉を最後に皆は去っていったのだった。




