2-3 黒幕を捜せ
3章 黒幕を捜せ
「いらっしゃい」
ケルトは声を掛けられる。そう、ここは酒場。ケルトは今酒場へと来ているのだ。店主の目配せで座る位置を指定されたケルトは素直にそれに従う。バーカウンターに座り、ケルトは酒を注文する。そして目の前で酒を作っている店主にガンザ=レミラスという男の情報を知っているか、などと聞いてみたが店主はあまりいい顔をせず答える様子はない。なので、辺りを見渡してみる。腕に自身がありそうな面々が楽しそうに酒を飲んでいるのだった。酒のグラスを片手にケルトは立ち上がると一組ずつ聞き込みに当たってみる。
「おい、混血。喋りかけるな」
冷たくあしらわれた。その光景を見ていたのか、他にいる客達もクスクスと笑っている。ケルトはただ知りたい情報に関して知っているかを問うているだけなのだが、相手は話しかけられること自体に不満があるようだ。
(ダメか・・・。)
ケルトは肩を落とし次の組、次の組へと話に行くが、誰一人相手にはしてくれなかった。人間は下等種族、そして混血もまた悪魔を真似した下種な種族として認識されているようだ。存在自体に不快感があるとも言われ、ケルトは諦めるようにカウンターへと戻るのであった。
(俺、一応このランプの大会で優勝したんだけどな・・・。こいつらバカなの?)ケルトはカウンターに座るとぶつぶつと呟きながら酒を飲み干す。
「にいちゃん。分かったろ、ここはお前が望むような場所じゃない」
店主の言葉にケルトは入店してすぐのことを思い出す。愛想もなく、こっちに座れと命令するような態度を取っていた店主。誰一人ケルトを客として見ていなかったようだ。
だが、それでも。
ケルトは店主の言葉を鼻で笑い、もう一杯と酒を煽る。聞いても答えてくれない。それでもいい。何かを話しているその中にヒントが情報があるかもしれない。ケルトは酒を飲みながら聞き耳を立てることにしたのだった。
1人カウンターで酒を煽り続け、そして閉店を迎えた。
「おい、にいちゃん・・・」
店主は困った顔をしながらケルトにそう声を掛ける。だが、ケルトからの返答はない。
「う、う・・・」
ケルトは酔いつぶれ、カウンターに突っ伏し爆睡していたのだった。
と、カランコロンと入口のドアが鳴り、誰かが入ってくる。店は閉店している、客ではないだろう。ならば誰なのか。その姿を見た店主は安堵からか、深いため息をついた。
「ミゲウさん、どうしたんですか?めずらしい」
「変な男が店で迷惑をかけてるって聞いてな、回収しに来た」
ミゲウはカウンターに突っ伏し爆睡しているケルトを一瞥すると店主とは違う意味合いで深いため息をついたのだった。町長から依頼を受け、ミゲウはこの酒場へと来たのだが。
(やけに帰りが遅いと思えば、こんなところで・・・。ストレス発散か?)
閉店作業をしている店主に頭を下げると、ケルトを担ぎ上げそのまま店を後にしたのだった。
暗がりの中ミゲウはいびきをかくケルトを背負い家へと戻っていくのであった。
「ふはぁー」
朝になりケルトは大あくびをしながら目覚める。と、視界には異様な現象が映りこむのだった。だがその光景にケルトは心が少しほっこりとなっていた。
(ミゲウの腕に抱きついて寝てやがるよ、マジねぇわ。よそでやれって感じ。)
ケルトの視界には現在ミゲウと寄り添うように寝ているキャルの姿が映っているのであった。と、ケルトの心に衝撃が走る。
(まさか、俺は邪魔者なのでは・・・。)
ケルトは邪魔しないようにとこっそり家を出るために立ち上がろうとするのだが、そのタイミングでキャルが目を覚ましたのだった。
「う、うう・・・」
キャルはまだ起きたくないのか、ミゲウの腕に顔を擦り付けていた。
(もうこの空気やだ。起こしてすべてを終わらせてやろう。)そう決心したケルトはキャルに声を掛ける。
「おはよう、キャルさん」
「・・・」
キャルはケルトをしばらく見つめ、ようやく現状を理解したのか、次第に顔を赤くしていく。
「幸せそうですね。ハネムーンか何かですか?」
聞こえているだろう声に返答はない。故に追撃の一手を繰り出す。
「あっ、俺いちゃいけなかったか!」
キャルは辺りを見渡すと、頭から湯気が上がりだした。
「私はいなかったということにするので。後は若い者同士で・・・」
そう言ってケルトは玄関へと歩き出そうとするのだが。
ボコーン。
「・・・ん?」
とてつもない爆音にミゲウが目を覚ます。ミゲウが立ち上がり音のした方を覗き込むと家のドアがなくなり吹き抜けの状態になっていたのだった。
「どういうことだ?」
ミゲウは横で仁王立ちしているキャルに問いかけたのだった。
「ミゲウさんおはよ。これはね、なんでもないの、気にしないで」
キャルは笑いながらミゲウにそう告げると、「お茶でも入れるわね」と言い、炊事場へと歩いていったのだった。ミゲウは消えた玄関の扉を探すべく外に出るとそこには扉の上で横たわるケルトがいたのであった。
「・・・攻撃が、・・・見えな・・・かっ・・・た」バタッ。
ケルトはそう言葉を言い残し、昇天したのだった。
唖然とするミゲウを他所にキャルはお盆にお茶をのせてミゲウに笑いかける。
「さっ、朝ご飯はお店で作るから。着替えたらさっさと店に来てね、バカも連れてね」
目覚めたばかりのミゲウには状況が全く把握できなかったのだが、どうせケルトがキャルにしょうもないことでもやったのだろうと完結させるのだった。
「あー、頭痛い」
居酒屋のテーブルに座るケルトは後頭部を抑えながらそううめいていた。
「飲みすぎなんだ。二日酔いだろ」
ケルトの正面に座るミゲウは呆れた顔をしている。今日はどうするか。そんなことを考えながらミゲウはケルトの話を聞いていた。
「二日酔いだけではないんだな、これが!実はな――」ゴフッ。
ケルトがミゲウにヒソヒソ話をしようとしたその時、朝ご飯を持ったキャルに後頭部をぶん殴られた。
「二日酔いと朝の件で頭が痛いんだな」
ミゲウは現在の光景を見て、うんうんと頷いていた。そしてキャルの後ろからひょっこりとセリカが顔をのぞかせた。
「キャルさんが朝から機嫌が悪いのはケルトさんのせいなんですね。もうキャルさんをイジるのやめてください」
ため息を吐きながらセリカは持っていた朝食をケルトたちのテーブルの上に置く。
「了解です。もう二度と致しません」
ケルトはテーブルに顔を突っ伏したまま懺悔したのだった。
「と、言うより、ケルトさんは今日は仕事休みなのですか?」
セリカの疑問に顔を上げたケルトは首を傾げる。
「休みじゃないと思うけど…」
「え…?」
ケルトの言葉にセリカは唖然とした。空気の固まってしまったこの空間をどうにかしようとミゲウは深いため息をついた後、重い口を動かす。
「こいつ以外はもう訓練所にて仕事している。…はぁ…。こいつだけだ、こんなグウタラでだらしないのは」
「そうなんですか…」
セリカもまたミゲウ同様にため息を吐くと、そのまま無言でキッチンの方へと戻っていった。
「え、え、え…?ってか、お前も一緒だろうが、ミゲウ!」
ケルトの会心の一撃だったが、「俺はしばらくは休みだ。仕事が入り次第町長の方から連絡をよこすそうだ」そう言ってスルりと躱されてしまった。
「いいんだよ、俺は先生だし。今日は…、…、そう、あれだ。自主練の日なんだよ」
「ケルト…、苦しすぎる」
そう言ってケルトの肩をポンポンと叩くと、キャルはそのままキッチンへと戻っていった。
「肩身が狭いな。早くここから出て訓練所に行ってやれ」
ケルトは返答せずにミゲウをジーと見るのだった。
「くれぐれも、昨日の酒場には行くなよ」
その言葉にケルトは何か面白いことを閃いたかのようにニコッと笑ったのだった。
「いやいや、お前なぁ…」
そんな話をしながら、食事を平らげたところだった。勢いよく居酒屋の扉が開いた。
「ケルトさん!!」
扉を開けたのはガスだった。表情は引きつっており汗だくであった。
「どうした、ガス?俺がいなくてそんなに寂しかったのか?」
息を切らしたガスにキャルが水を差しだす。そして少し落ち着くように促したのだった。
椅子に座り呼吸を整えたガスはケルトに問いただすのだった。
「今日アデルナさんたちが訓練所に来てないのですが、何か言ったのですか?」
「いいや、何も。ただのサボりなんじゃないの?誰だって休みたいときくらいあるでしょ」
「でも、僕はそのこと聞いてないんですが」
「お前、実はイジメにあってるのかもよ。町長の息子だし、偉そう…、…ではないな…。何でだろう?」
そう言って首を傾げるケルトとは対極的に難しい顔をしているガス。何かを思い出したのか、目を見開く。
「もしかして!」
「うるせぇよ…」
ケルトはいきなり叫んだガスを注意しながら自分の耳の穴をさすっていた。
「あぅ、すみません」
申し訳なさそうにしているガスにケルトは話の続きを促す。
「あの、実はですね――」
ガスの話によると、昨日のケルトの騒動が町の役場にも広がっていたのだとか。恐らくいつも早くから来ているアデルナがその話を聞いて、ケルトに協力するべく酒場の調査に向かったのではないか、とのことだった。その話を聞いて、ケルトも確かにと思う。昨日の朝のインチキ占い師の騒動の時、アデルナはケルトと占い師の話を聞いていた。そしてアデルナは人一倍リーダー気質の強い人物だ。――目の前を見てガスももう少し頑張れよな、と思ったことは内緒である――。ならば、アデルナがそのように行動を起こしても不思議ではない。
(というか、こいつ、誰よりも遅く来てるってことかよ…。)
まぁ、今はガスのことはどうでもよくて、アデルナがサボると考えるよりは調査のために皆を引き連れ出立したと考える方がつじつまが合いそうだ。
ケルトはガスと暇なミゲウを引き連れ、昨日の酒場に行ってみることにしたのだった。
「いてっ…」
道すがら、大柄の男と体がぶつかり、ガスが吹っ飛ばされていた。
「あぁ、わりぃな、兄ちゃん」
そう言って大男は何事もなく通り過ぎて行った。
「お、おおお…ぃ。お前今まで鍛えてたんじゃないのかよ…」
ケルトは呆れながら吹っ飛ばされて倒れているガスの手を引っ張り上げていた。そうしてケルトたちは酒場へと到着する。酒場の扉を開けるとそこには数人が倒れ、テーブルなども粉々に粉砕されていた。
「お前ら…」
ケルトは急いで倒れている女性の体を起こした。
「アデルナ…、何があったんだ?」
「う…、う…」
アデルナたちは重症であり喋ることもできそうになかった。
「ミゲウ、アデルナたちを頼む。後、ガス。お前は町長に報告し、他の奴らを病院に運んでもらうように上手く行動しろ」
ケルトの言葉にミゲウとガスは迅速に行動を開始したのだった。そしてケルトは周りを見渡す。この中で無事なのは4人。この状況の中でも楽し気に話しながら飲んでいる女性2人、そして1人で静かに飲んでいる男、店主。
昨日の今日でケルトはきちんと学んでいる。酒場内でむやみに話しかければ喧嘩になるということを。それに自分が混血であり皆からは忌み嫌われているということも。故にまずはできるだけ騒動にならないように女性の方から事情聴取をすることにした。
「あの…、すみません、ここで何があったのか教えてもらえませんか?」
「でさ、いつもは私とアイとの2人だけど次はパターンを変えてみたいんだ」
「うん、試してみるのはいいことだけどさ…。無視しないで隣の男の人の話に応えてあげたら?」
金髪の女性にそう言われた銀髪の女性はケルトに視線を向ける。
「え…」
銀髪の女性にキリッと睨まれたケルトはもう嫌な予感しかしなかった。
【アイスアロー】
銀髪の女性は手のひらをケルトに向けると、氷の槍を作り出し、そのままケルトの体を貫いたのだった。
「ぐはっ…」
それは一瞬の出来事だった。火属性のケルトは氷属性には強いはずなのだが、その氷はケルトに触れても溶けることはなくそのままケルトを殺したのだった。
ドーン。
そしてケルトの後方でその氷の槍が砕ける音がした。
「バカ姉貴、言いつけはちゃんと守れよな。一般人は殺すなって言われたばかりだろうが!」
そこには氷の槍を砕いた男が酒場の入り口に立っていた。
「おい、愚弟。姉貴の前にバカをつけるのはやめろと言っているだろうが。それにヘルモードの修行から解放されたばかりなんだ。楽しく飲んでる邪魔をされれば怒るのは当たり前だろ」
愚弟と呼ばれている男はやれやれといった様子でため息をついていた。
「ここにいる間はちゃんと約束を守らないと怒られちゃうんですからね。しょうがないですね…」――【シーリターン】――。
次に酒場に入ってきた女性がそう言いながら、腹に大穴の空いたケルトに手をかざしたのだった。するとたちまちの内にケルトの傷口がふさがっていったのだった。
「ぐはっ…」
そしてケルトはその女性のおかげで息を吹き返したのだった。
「パルにこんなことさせやがってよ…。もう息抜きは済んだだろうが。皆外で待ってんだからもう行くぞ、バカ姉貴と姉貴」
「分かった、トマ」
「おい愚弟、ラクトスの森で覚えてろよ。森でボッチにしてやるからな」
女性たちが酒場を出ようと席を立ちあがったその時だった。
「おい、その力、どうやったんだ?」
1人で酒を飲んでいた男が突然席を立ち、ケルトの傷を癒したパルに近づくのだった。
「キャッ!」
ビックリしたパルの叫び声と同時に――【雷速】――ボコーン。
アイと呼ばれていた金髪の女性が目にも止まらぬ速さで男に突進し、殴り飛ばしたのだった。
「おい…、姉貴もかよ…」
トマと呼ばれた男はまたもやため息を吐いていた。
「いや…、大丈夫。ちゃんと手加減したから」
「もー、ここにいたら無限に何か起こしそうだから早く撤収するぞ」ゴツン。
指示を出していたトマはバカ姉貴に殴られ、気絶したのだった。そして首根っこを掴まれ、引きずられるように店を出たのであった。
「リーダーは私だ。お前は少し調子にのりすぎだ」
「はは、ベルも少しは手加減してやんなさいよ」
何が起きたのか。突然の嵐のような騒動は彼女らの退出と共に消え去ったのだった。
彼女たちはここより遥か遠くのヘラレス王国の大会で優勝した神殺しという名のチームのメンバーだった。優勝後忽然と姿を消したため彼女らはこの大陸では伝説となった人物だったのだった。
そしてしばらくしてのことだった。
「はうっ」
ケルトは意識を取り戻したのだった。ケルトに何が起こったのか、鮮明には思い出すことができなかったのだった。何か悪い夢を見ていたような、そんな感覚だった。
「大丈夫なのか、混血?」
店主の呼びかけに辺りを見渡すが、そこにはもう店主以外誰もいなかったのだった。
「大丈夫…そうだ…」
ケルトの返答に店主はホッと胸を撫でおろす。
「そうか…。一度死んだ気分はどうだったんだ?」
「え?」
店主の言葉にケルトは先ほどのことが夢ではなかったのだと思い知ることになる。
「マジか…、あれは夢じゃなかったんだな」
腹の貫き空いたであろう穴の部分をさすりながらケルトは冷や汗をかいていたのだった。店主は「もう1人重傷者がいるからな、そいつの容態も見てくるわ」といい、ケルトの前から去っていった。それから店の中でもう一人の重傷者が目を覚ますのを待った。店主に事情を聞いたのだが、店主は店に入ってきた大男にいきなり殴られ意識を失ったのだとか。そして目覚めるとこの有様だったため内容を把握していないのだとか。恐らくは大男が来る前から店にいたこの意識のない男しか大男が暴れた理由は知らないだろうと言っていた。
「ん、んん…」
店にあった回復薬で少しはダメージの癒えた男が目を覚ました。「ん?」ケルトはその男をまじまじと見て知っている顔であることに気付く。
「名前を言えるか?」
ケルトの問いに男はドルガンと答える。意識が朦朧としていたせいなのか普通に男は答えた。
「ここで俺が来る前に何が起こったのか知ってるよな?」
「あぁ、大男が暴れていた。だが目的は知らねぇぞ。何かむしゃくしゃして憂さ晴らしがしたかったんじゃないのか?」
「そうか…」
ドルガンは立ち上がるとそのまま店を出ようとする。
「おい!お前にはまだ聞きたいことがあるんだよ」
だが、ドルガンは足を止めようとしない。
「俺も忙しいんだ、お前に構っている暇はない。店長、さっき俺を吹っ飛ばした奴らはラクトスの森に向かったのか?」
「あぁ、そうだと思うが」
「すまんな」
立ち去ろうとするドルガンを止めようとしたのだが、ケルトの手は動かなかった。
「なんだ?これは」
「しばらくそこで大人しくしてろ」
そう言ってドルガンは店から去っていったのだった。
しばらくして、ガスが呼んだであろう役場の者達が酒場へとやってきてやられた者たちを病院へと運んで行ったのだった。
「おい、ケルト。何面白いことしてんだよ」
手を伸ばした状態で彫刻のように固まっているケルトを見てミゲウは笑っていたのだった。
「いや、何かドルガンってやつにやられて動けないんだよ」
そう言うと、ミゲウがケルトの体を持ち上げたのだった。
「おや、何か知らんが解放されたぞ。自由に動けるようになってしまった」
「いやいや…、そういうおふざけをしている場合じゃないだろ」
「いやいやいや、本当だって。本当に動けなかったんだって」
「あーあー、分かった分かった。すぐに病院に向かうぞ。皆容態回復したからそこから情報を収集した方がいいだろ」
「いや、本当だから」
「はいはい」
ミゲウはそう言うと、いっこうに話を聞こうとしないケルトを引っ張り、病院に向かったのだった。
「ケルトさん!!」
病院に到着するとケルトーズの面子がケルトに駆け寄ってくる。酒場にいたのはアデルナを含め、3人。あと2人は酒場の周辺で聞き込みをしていて怪我は負っていなかったのだとか。今いる中にアデルナはいない。
「アデルナはまだ回復してないのか?」
ケルトの質問に皆は口を開かずに俯いたのだった。ケルトはミゲウに背中を叩かれ、「とりあえず中へ行こう」と促される。そして、アデルナの病室に到着し、中に入ろうとしたその時だった。
「あの、面会の方ですか?」
そう近くにいた看護婦さんに声をかけられる。
「あぁ、そうですが」
すると看護婦はケルトが開けようとしていたドアノブを掴み、ケルトを真剣な表情で見つめる。
「絶対に近づかないで下さい。病室に入ってすぐに止まってください」
看護婦の注意の意図がつかめないのだが、ケルトは頷きドアを開けた。そこにはベットがあり、ベットの上には誰もいない。病室の窓は開いておりカーテンが風でなびいていた。
「アデル…」
飛び降りたのではないかとケルトは咄嗟に窓に駆け寄ろうとするのだが、看護婦に手を掴まれ、静止させられた。
「落ち着いてください。アデルナさんならいますから」
その言葉にケルトは病室を見渡す。するとベットの奥の床に何やらシーツをかぶり震えるものがあることに気付く。自殺したのではないとホッとしたケルトはアデルナに声をかける。
「アデルナ、大丈夫か?」
返答はない。だが、耳を澄ますと微かに聞こえるのだった。
「すみません、すみません、すみません、すみません、…」
その様子を見てケルトは唖然と突っ立っていたのだが、「もう、よろしいですか?」と看護婦に病室から退室させられたのだった。
「アデルナさんにはどんな精神を癒す薬も効きませんでした。よっぽどひどい目にあったのでしょうね。今はこのままそっとしてあげて下さい」
そう言って、看護婦は去っていった。
「あの…、少しいいですか?」
そう言ったのはアムデルと一緒に酒場で重傷を負っていたエドガーだった。
エドガーはその時アデルナに何が起きたのかを見ていたのだとか。動けないくらいに痛めつけられていたためただ…ただ見ることしかできなかったと悔し涙を流したのだった。
エドガー曰く、酒場に到着した3人は酒場にて聞き込みを開始していたのだとか。そこに大男がやってきて自分たちは一撃でやられたのだとか。それを庇うようにアデルナは必死に抵抗したのだが、最初はあしらう程度だった大男もアデルナのしつこさに耐えかねて二度と立ち向かってこれないように徹底して痛めつけたのだとか。泣いて、わめいて、謝ってもそれが終わることはなかった、と。意識を失うその時までずっとアデルナの悲鳴が酒場に響いていたのだ、と。
「ケルトさん、やはり自分たちには無理だったんですよ。ランプを守るだなんて、分不相応だったんですよ」
エドガーの言葉に皆が同意を示す。
「だから、僕はもうケルトーズを脱退することに決めました。そしてそれは皆の意志です」
そう言うと皆はケルトに一礼しケルトの前から去っていったのだった。
「お前はいいのかよ?一人じゃ尚更無理だろうよ」
ケルトは横にいたガスにそう問いかける。
「僕は…、僕は…、絶対にやめません。最初に言い出したのは僕なんです。それに町長の息子として僕にもできることがある、そう思って始めたことなんです。だから、だから…」
ケルトはガスの背中を叩いた。
「お前の気持ちは分かった。頑張れ」
その言葉にガスは晴れやかな表情をするのだが、「だが、ケルトーズは残念ながら今日で解散だ。今後ミゲウを師として新しいチームを作るといい」ケルトはそう言うとガスの頭を乱暴に撫で、そのまま病院から出て行ったのだった。
「あ、あの、ケルトさん!僕は、僕は、ケルトさんと――」…一緒に強くなりたい…。
ガスはそう叫ぶのだが途中でその言葉はミゲウに遮られる。
「多分もうアイツに何を言っても変わらない。その気持ちを俺にぶつけろ」
そう言ってミゲウはガスの肩をポンポンと叩いた。
(奴はラクトスの森へと行くと言っていたよな。何が目的かは分からないが、協力してやろうじゃないか。そして、その後にアデルナをやった大男のことを洗いざらい吐いてもらうことにするか。)
ケルトは焼き尽くされそうな心に静かに蓋をしてラクトスの森へと歩んでいく。




