1-20 幸福の時間
20章 幸福の時間
「おまたせー」
「え!?何で?」
店のドアが開きミリとミリの母が入ってきたのだった。ミリはこの場所を知らないはずなのだが・・・。そう思ったケルトだったのだが、視界の先ではキャルがブイサインをしていた。
(こいつ・・・キッチリしてるわ・・・。)
恐らくだが大会中にキャルがミリに教えたのだろう。ミリの母がケルトに近寄ってくる。
「本当にありがとうございました。あなたは私とミリの命の恩人です」
どうやらミリから全て聞いたのだろう。母は深々と頭を下げていた。
「いえいえ、気にしないで下さい。大会に出たのはただの力試しっすから」
ドスッ。不意にケルトは体を押される。
「何カッコつけてんだ。ただのホームレスのくせに」
ミゲウは既に出来上がっていた。
「痛てぇよ。絡むな、酔っ払い。それよっか、セリカはどうしたんだ?」
テーブルを囲んでいるのはミゲウとキャル、そして今しがた来たミリとミリの母である。
「セリカなら厨房で料理を作ってるけど」
酒の入ったコップを片手に、そうキャルが答える。
「セリカだけにやらせてんじゃねぇよ、さっそくパワハラかよ」
「違うんだって。私も誘ったんだけどね、今はこうしてたいっていうから・・・、好きにさせてあげようよ」
セリカもまた悲しい境遇にいた1人だ。今日という日は彼女にとっては奴隷から解放された日なのだ。自由を手にしている、これからは自分の意思で行動していけるのだ。うれしくない訳がない。その恩に報いる為に今の自分に出来る必死の恩返しをやっているのかもしれない。
その行為をやれている今という現状もまたうれしい要因のひとつなのだろう。
それから、ドンチャン騒ぎは続き夜も明けてしまった。
「やばっ・・・、もうすぐ店の開店準備の時間になっちゃう」
慌てた様子のキャルを他所にケルトとミゲウはテーブルに突っ伏し爆睡していた。
「セリカ、ケルトの方をお願い」
そう言うとキャルはミゲウの背後に立つ。
「えっ、私は・・・、無理ですよ・・・」
困惑するセリカの背中をポンポンと叩くのはミリだった。ミリは来てすぐに寝てしまっていたため、既に起きていたようだ。
「じゃあ、私が代わってあげる」
準備は整ったようだ。ミリはケルトの背後に立つと腕を振りかぶる。そしてキャルと頷きあう。
バッチーン。目覚めには丁度良い爆音が町に響き渡ったのだった。
「おっ、朝か」
いつもと変わらない反応を示すミゲウ。
「あっ・・・バカ・・・」
それとは対称的に背中を押さえ悶絶するケルトであった。今現在、店の回転準備1時間前である。とりあえずキャルとセリカ、ミリの母で猛ダッシュで片づけをしていた。ケルトとミリとミゲウはと言えば店内の席のテーブルを拭いたり、掃除をしたりさせられていた。大慌てで片づけを行った面々は汗だくで店を出る。それでは、とミリの母が告げミリと手を繋ぎ、帰っていった。あっさりとした別れであったが、それもそのはずである。
ケルトはこれから自分がやろうとしていることをミリには告げていないからであった。ミリからすればケルトはこれからもずっとこのランプにいると思われているだろう。でもそれでいい。ミリはもう何も考えなくていいのだから。振り返りながら手を振るミリを見送ったケルトは安堵の息を漏らした。
「じゃっ、ミゲウさん、ケルト、またね」
そう言って、キャルとセリカもケルトたちに別れを告げ帰っていった。残ったのはミゲウとケルト。
「これからどうするんだ?」
ホームレスであるケルトを心配したミゲウはケルトにそう尋ねる。
「まっ、俺は旅人だからな。少しの間だけミゲウの家に居候させてくれ。時が来たら出て行くからよ」
「時が来たらか・・・。俺が必要なときは言ってくれ、力になるからな」
その言葉にケルトは鼻で笑う。何も言ってないのだがミゲウはケルトの考えを察しているようであった。
「ああ、その時は」
その後、ミゲウ宅に戻った2人は即座に爆睡してしまった。これからやろうとしていることに対して、問題は山積している。今は未来の自分に託し、ゆっくりと休養することにしたのだった。




