1-2 山賊少女
2章 山賊少女
ここは森の中。ケルトの住む森とは少し離れた、町の東に位置する、そんな森の中。
時刻はといえば、まだ朝日が昇るには少し早い早朝の4時頃だろうか。少女は目を覚ますと自分をくるんでいた布を綺麗に折りたたみ、部屋の隅に置いた。少女に自分の部屋はなく、場所を言うならここはリビングであろう。その片隅で粗末な布にくるまり寝ていたのだ。少女の名前はミリ。ミリ=ラクテシナといった。
ミリは目を覚ますなり、起き上がるとそそくさと行動を開始する。ミリの仕事は朝が早く、そして朝から多忙を極めるものであった。彼女の職業は山賊。とはいえ、一般的な山賊のように暴力を振りかざすような、そんな力を彼女は持ち合わせていない。少女は山賊の召使いという立場にいた。要は雑用係である。
少女はそんな彼らの仕事道具である武器を、リビングとは違う支度部屋という場所に準備する。支度部屋にはそれぞれの私物をおく棚が置かれている。そこに、昨晩綺麗に洗った武器をそれぞれの者の棚に収納していく。洗って外で乾かすために、収納するのはどうしても朝の仕事となってしまう。これは山賊たちが起床する7時までに行ってしまわなければならない仕事だ。少しでも遅れれば、それはその者たちからの怒りを買い、ミリが罰を受ける原因となってしまうのだから。そして、それは朝食においても言えることだった。彼らが起きるまでには必ずリビングに朝食を準備しておかなくてはならない。
それもまた、遅れれば、ミリにとっての罰の対象となるものだった。山賊としての生活はミリにとってはとても厳しいものであった。歳は現在7歳くらいであろうか。容姿はとても幼い、幼女だった。そして、後は洗濯。洗濯に関しては今日着る服を支度部屋に収納するだけ。外に干してある服を取り込み、たたんで。洗うという作業は彼らが仕事から帰ってきてからの夜の作業となる。それさえ終えてしまえば後は楽勝であった。時間に制限もなく、終わり次第寝るという、そんな日常を送っていた。先ほども言ったように、重要な仕事は朝がメインである。朝に関して言えば、少しだって時間が惜しい。大体の仕事を終えるのはギリギリだ。だったら、もっと早く起きれば。そういう考えに行き着くであろう。だが、夜の洗濯、武器荒いなどは時間制限がないものの質を要求される。綺麗に洗えてなければ、それこそミリは罰を受けるはめとなるのだ。それほどまでして。彼女は何故こんなところに留まるのだろうか。
彼女は大慌てで仕事をこなしていく。と、急に尿意を催す。こんなときに・・・。彼女は顔を歪ませている。我慢できないのだろう。少し止まり、考えだした。そして、辺りを見回す。まだ、誰も起きるような気配は無い。それを、ミリは耳を澄ませる事で感じ取る。意を決しトイレに駆け込む。鍵をかけそそくさと済ませようとする。だが、ミリは耳を疑った。遠くのほうで物音が聞こえたのだ。次第に冷や汗が自身の額を流れるのを感じる。
なぜ、彼女は焦っているのだろうか。それは、山賊の決まりに違反しているからであった。ルール上、ミリはこの建物内のトイレを使ってはいけなかった。トイレをしたければ、この建物から1キロ以上はなれた場所でやれと。いつもならそうする。だが、今はそんな場合ではない。朝は1秒だって惜しいんだ。そんな中1キロも離れた場所へ行くだなんて。確実に仕事は終わらない。
ミリの顔は焦りの色が隠せない。足音だろうその音は、次第にこちらへと近づいてくる。ミリは祈るしかなかった。トイレではなく別の場所に行ってくれるようにと。だが、彼女の願いは聞き届けられなかった。その足音が止まると、次はトイレのドアノブをガチャガチャと動かしだしたのだ。鍵をかけていたためすぐにバレる心配はなかった。すぐに諦めてくれれば。そんな淡い期待を抱く。だが、外の男は必要にドアノブを動かし続ける。その音は建物内に響き渡り、寝ている男たちを起こしかねない程のものとなりつつあった。誰も起きるはずのない時間。偶然起きたのだろう。ドアを引く音だけに留まらず、次は大声を張り上げる。早く出ろという催促のような大声。まずい。非常にまずかった。ミリは今の状況を必死で整理する。今見つかれば、罰は1人から受ければいい。だが、このままトイレに篭城して皆が起きた後に見つかれば、それは皆から罰を受けることとなる。そこにミリが救われる要素はかけらも無い。ではどうするべきか。
1人である今のうちに姿を晒し、甘んじて罰を受けた方がいいだろう。だが、ミリの決断は遅すぎた。
ドアの鍵を開けようとしたときにその他の足音が聞こえてきたからだ。だが、もうどうしようもない。ミリは意を決し、ドアの鍵を開けた。すると、ドアは勢いよく開かれた。ドアの前に立っていたのは大柄の男。ポポイだった。そしてその後ろには小柄の男と大柄の男の2名が立っていた。
表情が曇るミリ。それとは対称的にニタニタとした笑みを浮かべるポポイ。(はめられた・・・。)ミリは即座に気づいた。偶然起きたのだろうという考えはポポイという存在を目の前にしたことで容易く否定されたのだった。ポポイは幼女好きである。今までの生活でもそれを見てきている。町へ略奪行為を行いにいった際は必ずといっていい。手土産に1人は幼女を拉致してくる。そして、自室に監禁する。3日持てばいい方であった。その後は死体となり、外に放り出される。その片づけをしているのはいつもミリであったからだ。ポポイはいつもミリを見ている。どうにかして自分の玩具にできないかと。だが、力押しでそんなことをすることはポポイにはできない。ミリは良くも悪くも山賊の法に守られていたからであった。ここに来て、仲間になる際にミリは賊長と約束を交わしている。不当な暴力は受けないように俺が守ってやると。そう、不当な。だから、ルールさえ破らなければミリは他の山賊たちから暴力行為を受けたりはしない。
絶対的な賊長の法で守られているのだった。だが、それが完全なものではないことも確たる事実であった。朝の忙しい今のようなときには建物内のトイレを使わなければ、仕事が間に合わない。だが、他の山賊たちから雑用と同じトイレは使いたくないという不満が上がったのだ。それはどうにかしてルールを破らせ、賊長が否定できない状況で暴力を振るいたかったからだ。賊長もその意図は知っているだろう。だが、ミリには拒否権がない。だから、その不満はおのずと可決される訳だ。それが今回の騒動の原因となったルールである。ポポイはそれに目をつけていたのだ。いつかこのルールを破るはずと。だが、そんなの当たり前だ。十数人に袋叩きにあうのと、一人に叩かれるのとなら、確実に一人の方を選ぶだろう。完全にミリの敗北である。
ニタニタと笑うポポイと目が合った。その瞬間ミリは髪を掴まれ、トイレから引きずり出された。そしてそのまま。引きずられたまま外に出る。ポポイの後ろからは2人の男が続く。今回罰を受けるのはこの3人からというのが確定した瞬間だった。もうミリにはどうしようもできない。目を閉じ、この罰が終わるのを必死で耐えるだけだ。ミリは引きずられながら、今日という日の全てを諦める。
そして、どこまで行ったのだろうか。長時間引きずられていたような気がする。よく見ればうっすらと町の景色が見える。ここは町の北側である。ミリは東の森から北の森まで髪を掴まれ、引きずられたのだった。
そして、勢いよく前方に放り投げられた。ミリはそっと顔を上げる。すると目の前にはポポイを含む3人の男が立っている。最初に動き出したのはポポイだ。罰を与える順番は第一発見者からと決まっていた。順番に1人ずつ、3人から罰を受ける。ポポイはミリの前に立つと、足の裏を見せる。建物から靴も履かずに歩いてきた為その足は泥だらけであった。そして言う。お前のせいで足が汚れたから舐めて綺麗にしろと。ミリはポポイの足の裏をまじまじと見た。汚い。不衛生さこの上ない足を眼前に寄せてくる。ポポイは近くの大きな石を持ってくるとそれに座った。そして再びミリの前に足を出す。
舐めろ。再び言われる。そう、先にも言ったのだが、ミリには拒否権が与えられていない。逆らうようであれば更なる罰を与えていいという決まりである。ただ、その罰には上限があり、殺してはならない。というものだった。つまり、裏を返せば死ななければいいのだ。死ぬギリギリであろうが、死んでいなければ何のお咎めも無いという認識でいいのだった。ミリは固唾を飲む。そして意を決し舌を出す。目をしっかりと閉じてポポイの足の裏についた土を舐め落とす。ポポイは特に何も指示を出さずに静かにしている。目は開けていないのだが、ポポイはとても満足しているようであった。両足を綺麗に舐められ、気が済んだのかポポイは立ち上がると、後ろに控える他の山賊と交代する。
次にミリの前に現れた山賊もポポイが用意した石の椅子へと腰掛ける。こいつの名はボロビス。こいつも体躯は大柄なのだが、先ほどのポポイとは異なる体格である。先にいたポポイは筋肉質で大柄だったのに対し、ボロビスは脂肪を大量に纏った大柄の体だったのだ。ボロビスはミリに対し指示を出す。
「疲れた。足を揉め」
ボロビスはポポイのような幼女好きではない。ミリには全く興味がなかったのだ。だが、ミリの嫌がる顔というのは嫌いではない。ミリは汗ばんでベトベトのボロビスの足を見て、これまた動きを止める。相手は確実にミリが嫌な顔をすることを知っている。だが、拒否権がないため、命令されれば、実行せざるを得ないのもまた分かっていた。ミリは極力今の気持ちを表情にださないように勤め、ボロビスの足を揉む。ボロビスはミリが嫌な顔をしながらも我慢して揉む姿を見たいはずだ。だが、人の気というのは不思議なもので、ずっと嫌な顔をしていれば、最初は支配している自分に心酔し満足感を得るだろう。だが、次第にそれは不快感へと変わっていくのだった。ボロビスのその感情の変化のタイミングはミリには分からない。今までそれで何度も失敗しているのだった。失敗し、怒りを買えば、その後は決まっている。動けなくなるまで叩かれるのであった。それを知っているからこそミリは感情を押し殺し、必死で笑顔を作りボロビスの足を揉む。
「おい!」
と、いきなりボロビスが不快感を露にし、ミリに罵声を放つ。ミリはその声にビクリと体を震わせた。何が不快だったのだろうか。それがミリには分からない。必死に考える。何が不快だったのか。めまぐるしく頭を働かせるが答えはでない。気持ちは更に焦る。このまま、更なる怒りを買えば、またもや動けなくなるまで殴られることとなる。それは、未来が分かっているからこその恐怖だった。
「手が止まってる」
そうボロビスは言う。ミリはハッとし手に力を込める。もう、30分は足を揉んでいるだろう。ミリの手は疲れきっていたのだ。それを理解したミリは自身の手に意識を集中させる。手にはもうほとんど力が入らない。だが、ここでやめる訳にもいかない。必死でボロビスの足を揉む。と、ミリの手からボロビスの足が離れていく。どうやら、ボロビスは満足してくれたようだ。ボロビスは立ち上がり後方へと下がる。そしてまた次の男がやってくる。だが、ミリは少しホッとする。この男が最後であるからだ。やっと見えた罰の終わり。こいつの罰が終われば今日は全てが終わる。朝の仕事は罰を受けていたという理由で免除となるからだ。ミリはずっと膝立ちの状態だったのだが、次の男はミリに立つように指示を出す。ミリを睨みつけながら男はそっと視線を逸らし、何やら木の枝を拾う。男は笑いながら地面に円を描き出す。
「この円の中に立て」
そう指示を受け、ミリは素直に円の中へと歩を進める。円に入ると、男は円の中では絶対に気を付けをしろと指示するのだった。ミリにはこの男のやろうとしていることが分からなかった。ただ指示されるがままに、ミリは行動する。と、男は自身の腕をフルスイングした。それによってミリは円から外に吹き飛ばされる。ミリは円から3メートルほど離れた場所まで飛ばされた。ミリは頬を触る。頬はジンジンと痛む。叩かれた衝撃で口の中も切っているのだろうか、少し血が出ていた。平手打ちだったため、そこまでの痛みではない。グーで殴られなかっただけマシだと思うべきなのだろうか。横たわるミリを真顔で見つめている。よく見れば男は手招きしている。それは、早く円の中へ戻って来いと言っているようであった。だが、それしかないだろう。ミリは男の考えを察するとすぐに立ち上がり走って円の中へと戻る。バシン。戻った姿を確認し、再び気をつけをした瞬間、何のモーションもなく再び平手打ちを食らった。またもやミリは後方へと吹き飛んだ。
そう。と、ミリは思い出した。こいつの名はヌカンド。他の奴らとは違い体格は小柄であるが、性格は最悪であった。あまりこいつから罰を受けることが無いため、ミリは記憶に残していなかったのだ。次第に蘇ってくる記憶。こいつの行う罰はただ1つ。暴力だった。皆賊長の言葉により多少は加減をする。だが、こいつだけは賊長の目の前だろうが関係なしに過剰暴力を振るうのだった。
つまるところ頭がイッているのだ。誰かが止めるまでその暴力行為は終わらない。と、ミリの頭の中には最悪の記憶が蘇ってきた。そう、ポポイが拉致してくる幼女たちであった。彼女らはポポイに玩具にされている訳だが、死ぬまでのことはされていない。ではなぜミリがあと片付けをするはめのなっていたのか。それは用済みになった幼女をヌカンドに渡していたからだ。ヌカンドは渡された玩具を死ぬまで殴り続ける。その後、ミリの下にたどり着くのだった。これは正に絶望であった。
ヌカンドは倒れて動かないミリを睨みつけるだけで、こちらに寄ろうとも、声を張り上げようともしない。ただ、このまま動かないとなると次はもっと残虐なことをしてくるだろう。そんなことはミリにも容易に想像できた。だからこそ、ミリは立ち上がり再び円の中で気を付けをする。その後やられることは分かっている。だが、ヌカンドが満足するまでミリは耐え続けるしかなかったのだ。(イタイ、イタイ・・・。)
もう何度打たれたのだろうか。顔は真っ赤に腫上がって、口からはダラダラと血が流れている。後ろの二人は、まだヌカンドを止めようという仕草は見せない。(イタイ、イタイよ・・・。)次第にミリの目からは涙が溢れ、こぼれだしていた。それでもヌカンドは止めようとしない。ただひたすらに早く立ち上がって来いと、目で訴えかけてくる。ミリは泣きながら、立ち上がると、円の中へと戻る。バシン。
また吹き飛ばされる。グエッ。口の中に溜まった大量の血をミリは外に吐き出す。だが、それでも。ヌカンドはこちらをじっと睨みつけるだけであった。いつになったら終わるのか。もしかすると、私はこのまま死ぬまで打たれ続けるのでは。そうミリの頭をよぎるほどだった。永遠にさえ感じてしまう時間。分からない。もういつから打たれているのだろうか。感覚も感情も麻痺しかけていた。思考能力はかけらも働いていない。だが、何故だろう。倒れた体は、再び立ち上がることを求め、円へと戻らなければという感情で支配されている。今ではもう叩かれる瞬間に目を閉じるなんて行為は行っていない。瞼を動かす動作を本能が無駄だと判断したのだろうか。視界に入るのはヌカンドが振りぬこうとする腕だった。叩かれて吹き飛ぶ。これはミリの目に鮮明に焼き付けられていた。
だが、ヌカンドの振りぬいた腕はいつまで経ってもミリには届かなかった。ミリはぼんやりとした視界でその不思議な現象を確認しようとする。手が二つ。ヌカンドの腕と、それを掴んでいるであろう腕。どうやら、罰は終わりのようだ。ミリは安堵からか意識を失いその場に倒れてしまった。