1-19 夢想の杖
19章 夢想の杖
入れ替わるように別の人がケルトの元へとやってくる。
「今年の優勝者はなんと混血のケルト=バラモント選手です。決勝戦は未だかつて前例のない混血と人間の戦いとなりました。ケルト選手には優勝賞品として夢想の杖を贈呈させていただきます」
(獣王の杖って、夢想の杖っていうのか。夢を叶える杖・・・、シャレてんじゃねぇかよ。)
「あなたが獣王なんですか?」
そのケルトの問いに聞かれた本人は慌てふためく。
「え?私は獣王ではありませんよ。この会場の従業員の1人です。解説を担当していました。獣王なんてこれまで見た事もないですよ」
そうなのかと、ケルトは少し残念な顔をする。獣王・・・、あのラクトスの森での強烈な殺気を放った張本人に会えると思ったのだが。
「ちなみに、この杖は何に使われるのですか?」
そう言われ、ケルトは下を向く。(帰ろうと思えばこの杖を使って人間界へ帰れるんだ。だけど・・・)
ケルトは顔を上げた。視線の先には透き通った瞳でこちらを見るミリの姿が映った。
(俺には力がある。こんな杖なんかなくともこの手で切り開く力が。未来なんてな、俺が変えてやるよ。)
ケルトは解説者の問いに対してゆっくりと口を開いた。
「私の身近にいる大切な人、その人の笑顔のために使いたい。そしてこの先ずっと幸せになってもらいたい。それだけです」
そう言ってミリを見つめた。ミリは笑っていたが、目からは大粒の涙がこぼれていた。そして横にいたキャルとセリカがたまらずにミリを抱きしめていたのだった。
「ふっ、若造の割には立派じゃねぇか」
ミゲウも腕組みしながらうんうんと頷いていた。
全てが終わったのだ。緊張の糸が解けたケルトは突如としてその場にブッ倒れた。タンカーで運ばれ、即座に医務室へと連れて行かれたのだった。
粗方の治療が行われた後、面会謝絶と書かれた札を無視し、昏睡状態にあるケルトの部屋へと入ってくる一人の男性。ラクトスだった。
「今回だけは特別だ、お前はまだ死ぬべきではない」
ラクトスはベットに眠るケルトの口に一升瓶の口を突っ込んだ。強制的に中の液体を飲ませていく。
ある程度飲ませると、ラクトスは寝たままのケルトに笑いかけ、医務室を出ていった。
それから1時間後、ケルトは起き上がると何事もなかったかのように体が回復していた。医療班の面々は既に衰弱し始めており手の打ちようがないという診断をくだしていたケルトが起き上がったことに唖然としていた。不思議な感覚に首をかしげながらも、ケルトは夢想の杖を受け取り、会場を後にしたのだった。
会場の出口ではケルトをずっと待っていたであろうミリや、ミゲウたちが立ち話をしていた。ケルトを見つけたミリはすぐさま駆け寄ってくる。
「ケルト、・・・ごめんなさい」
ミリはその瞳に涙を浮かべながらそう言う。そんな顔を見ながらケルトはミリに笑顔を向け、頭をクシャクシャに撫でる。
「ごめんなさい・・・じゃないだろ。これは俺が勝手にやったことだ、ミリは悪くない。それに、そんな俺に言葉をかけるなら、ありがとう、だろ」
抱きつきわんわん泣くミリにケルトはそれ以上の言葉をかけなかった。そっと、ミリが満足するまで頭を撫でながら待つことにした。遠めで見ているミゲウたちもそれをそっと見守っている。(言いだしっぺはラクトスだ。これで願いが叶いませんでした・・・じゃ、割りにあわねぇぞ。)
ケルトは一抹の不安を抱えながらも自身の持つ杖に全ての願いを託す。
ミリも落ち着いたところで皆でとりあえずは帰ることにした。だが、
「少し用事があるから私たちはここで別れるからね。ちゃんとミリのこと見ててよね」
キャルはそう言うと、ミゲウとセリカを連れ、ミゲウ宅方面へと行く。
「お前らも用事が終わったら居酒屋に来いよ。今日は打ち上げだ」
ミゲウは笑いながらキャルたちと共に姿を消していった。
(こいつら・・・、打ち上げの準備で忙しいってか・・・。)ケルトはミリの手を引き、ミリの家へと2人で向かうことにする。
「ケルト、どこ行くの?」
ミリは首を傾げながらケルトにそう尋ねる。
「どこって、お前の家だろ」
その言葉にミリは深いため息をついた。
「ケルト・・・、私の家はそっちじゃない。ケルトって方向音痴なんだね」
そう言うと、ミリは笑いながらケルトの手を引き自宅へと向かっていった。
(方向音痴って・・・。1回しか行ってねぇんだ、覚えられるわけないだろう、このチビ。)
思うのは自由。そう心に言い聞かせ、ケルトは心の中で言いたい放題にミリを罵倒したのであった。それからしばらく歩き、ようやく見たことのある景色へとたどり着く。ここがミリの家だ。ミリは鍵を開け、家の中へと入る。少し間を置き、ケルトもそれに追従する。
「これで全て終わりだ」
母をくるんでいる布団を押入れから出したミリにそう声をかける。
(そう、ミリの壮絶な人生。それも今日で終わりだ。長かっただろうな、このときを・・・ミリはずっと夢に見ていたんだろうな。)
そんなことを思っているとついつい目頭が熱くなってくる。
(おっと、いけねぇ。まだ、何も変わってないんだったな。)
ケルトはミリに自身の持っている杖を渡す。杖の使い方は聞いている。杖を持ち、願いを祈るだけ。それをミリに伝える。ミリが祈りをささげた瞬間だった。杖はまばゆい光を放ち、そのまま灰に形を変えてしまった。
(1度限りの杖だってことか。夢を体現してくれる、そして今までを悪い夢だったと笑わせてくれる、マジしゃれおつ。)
ミリは杖が灰になった後も、両手を握りながら目を瞑り祈っていた。前回が聖水で泣きをみてるんだ。目を開けて現実を知るのが怖いのかもしれない。そんなミリをケルトが声で後押しする。
「ミリ、見てみろ」
その声にミリは目を開いた。ミリの母の指が微かではあるが動いたのだった。それをミリも確認したのだろう。すかさずミリは寝ている態勢の母に抱きついたのだった。
「お母さん、お母さん・・・」
何回も、そう、何回もミリは呼びかけていた。その声に呼応するかのようにミリの体が浮いたのだった。
「ん、んん・・・、ミリ?」
「お母さん?お母さん!!」
ミリは少し起き上がった母を再び布団に押し返すように抱きついたのだった。ミリの目からは止めどない涙が流れていた。
「良かったな、ミリ」
ケルトは少し後ろからそう声を掛ける。ケルトは涙を拭いながら唇を緩ませていた。そして、ようやく意識がはっきりしたのか、ミリの母はミリの異常な行動に首を傾げていた。
「どうしたの、ミリ?何で泣いているの?」
恐らくは呪文をかけられてからの記憶がなかったのだろう。ミリの母の記憶は数年前から止まってしまっていたようだが、その止まった時はようやく動き出したのだ。再び2人で歩む大切な時が。
「そのまま泣かせてあげてください」
困惑しているミリの母に対してケルトはそう告げる。
「えっと、・・・あなたは?」
見ず知らずの男が家に上がりこんでいるのだ。それはそれは、聞いて当たり前だろう。
「ミリさんの友達です」
「あっ、そうなんですか。じゃあ・・・」
ミリの母はそう言うと、ミリをどかして立ち上がろうとする。お客に対してお茶でも入れようと思ったのだろう。その間もミリはわんわんと泣き続けていた。
「あっ、そのままでいてください。僕はもう出ますので。ミリさんとこれからも幸せにしてください」
「あっ、はい・・・」
ミリの母の返答を聞いたケルトは笑顔を浮かべながらミリの家を出ていったのだった。
(さぁて、これからが本番だ。あの爺さんが唇すっぱく言ってたしな。これで終わりじゃない、例えるならこれは応急処置だ。根源を絶たなきゃ解決とは言えない。黒幕を倒さないとこれからも犠牲者は増えるだろうからな。)
ケルトは夜空を見上げながらトボトボと1人歩く。
「おい、旅人。もう用事は済んだのか?」
ケルトを旅人だと言う奴なんて世界中を捜しても1人しかいない。視線を合わせることなくケルトは返答する。
「何だ、ミゲウ。先に帰って打ち上げの準備をしてたんじゃないのか?コソコソしやがってよ」
そんなケルトにミゲウは笑いかける。
「これは2人で始めたことなんだろ。お前がいればそれで十分。脇役は外から見守ることにしたってわけだ」
すると、ミゲウの背後より2人が姿を見せる。キャルとセリカだった。
「成功したんでしょ?」
キャルもまた笑顔でそう聞いてくる。
「あぁ。ミリの母ちゃんの呪文は解けた。ミリなんかわんわん泣いて、・・・泣いて、・・・、幸せそうだったよ」
「そぅ」
キャルは優しい笑顔でケルトを見つめた。
「あ、あの、ケルトさん。助けていただきどうもありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げるセリカ。
「そういや、セリカはこれからどうするんだ?」
「あ、あの、それは・・・」
口ごもるセリカの背中をバシンと叩くキャル。
「セリカは私と一緒に居酒屋で働くことにしたから」
「働くことにしたって・・・」
キャルの身勝手な物言いにケルトは鼻で笑った。
「さっ、行くぞ。夜はこれからだ」
ミゲウに肩組みされ無理やりケルトは居酒屋へと連行されていった。それから、4人で打ち上げが始まった。まだ店は開いている。だが、閉店間近だった。キャルの交渉で店長から鍵を受け取るとそこからエンドレスの打ち上げが始まったのだった。




