1-12 ランプ武闘大会
12章 ランプ武闘大会
夜は終わり朝が来る。平穏な日常の始まりだ。と、思われただけであった。
「おい、起きろ!」
ミゲウの大声によりケルトは重いまぶたを開ける。
「な、なんだよ、朝っぱらから。近所迷惑だろ」
ケルトは再び瞼を閉じ、夢の世界へと出発を試みる。
「バカなこと言ってんじゃないわよ。今何時だと思ってんの!?」
(・・・ん?・・・女?・・・何時?・・・、・・・、・・・え!?)
ケルトは少し間を置き、自分の状況を思い出した。
「大会!何時からだ?」
ケルトが完全に目を覚まし、飛び起き、そう言い放った相手は、何故か昨日店にいた店員さんだった。謎の現象にケルトは首を傾げる。
「わざわざ、俺たちを起こすために・・・」
ケルトからは感謝の念が込み上げてくる。
「そうよ。だってミゲウさん、一度だって時間通りに起きたことないんだもん」
店員さんがそう言うと、ミゲウは頭を掻きながら照れ笑いしていた。
(照れてんじゃねぇよ。バカにされてんだぞ、お前。)
冷静に脳内でツッコミを入れるケルトであった。だが、ふとこの状況に疑問が湧いてきた。
「随分と気が利くな。お前ら実はそういう関係?」
すると、店員さんは顔を真っ赤にして叫んだ。
「違うわよ!ミゲウさんとは・・・」
そのまま店員さんは口をどもらせた。
(おっ、こりゃ、確定だね。)
店員さんをニヤニヤしながら見るケルトであった。すると、今まで空気だったミゲウが喋りだす。
「彼女とは前に約束をしていたんだ。大会で優勝して獣王の杖をやるって」
「・・・」
ミゲウの言葉にケルトは無言となった。だが、すぐに納得する。
(ミゲウも大会に出ても可笑しくない体格だしな。それに出るからにはやはり、優勝を狙うだろうし。)
「で、店員さんは獣王の杖を何に使うの?」
「えっ!?まだ決めてない。てかさぁ、私、店員なんだけど名前もちゃんとあるから。キャル=ミラーっていうのよ」
「そうですか。キャルって呼んだらいいですか?」
「そうね、よろしく。で、誰だっけ?」
「私はケルトといいます。ケルトでいいですよ」
と、ケルトとキャルが話し始めた時、ミゲウが割って入ってきた。
「お前ら、自己紹介はもういいだろ。早く会場に行くぞ!」
ひときわ慌てた様子のミゲウ。その様子に無理やり起こされた自分を思い出す。
(あっ・・・。出られませんでした、じゃ、話にならんっての。)
「あぁ、案内は任せる」
そう言うと、ケルトは家を飛び出て前方を走るミゲウとキャルの後を追う。
(起きてすぐの全力疾走。ヤバイっす。リタイアしても・・・。)
ケルトは弱気になりそうな自分に活を入れ、再び足に力を込める。ひたすらに走っているのだが、一向に着かない。汗だくで3人、会場の前に到着する。ハァ、ハァ・・・。
既に力尽きた様子のケルト。だが、何やら遠くからこちらに向かってくる人影。
「ケルト―!」
名前を呼ぶ声に目を細めながらケルトは声の主を確認する。
「ミリか」
まぁ、そうであるのだが。この町でケルトの名前を知っているのはミリくらいのものだからだ。
「遅いじゃん。心配したんだから」
ミリは頬を膨らませながら怒った表情を見せる。
(あー、寝てました。何て言えないよな・・・。)
「精神を集中させる修行をしておりました」
ケルトは罪悪感からか、語尾が敬語になっていた。
「早く行こっ。時間ギリギリだよ」
ミリはケルトの手を掴むと、会場入口へと引っ張っていく。会場の受付らしき場所に案内されたケルトはツルッパゲの男にこう言った。
「大人2枚」
その瞬間、ミリにお尻を叩かれた。
「大人2枚って何よ、ふざけないで」
ケルトはミリを見ながら叩かれたお尻をさすっている。
(そのツッコミ、俺のかあちゃんかよ・・・。)
ケルトはそう思いながらも後ろを向く。
「ミゲウ、お前も出るんだろ?」
丁度後ろにやってきたミゲウとキャルに話しかけた。
「あぁ、出るぞ」
大人2人が誰なのかを確認した受付の係員は納得したように頷くと、入口の近くにある扉を指差した。
「お2人ですね。では、案内しますので着いてきてください」
その言葉にケルトとミゲウは頷く。そして、キャルを見る。
「キャル、ミリのことを任せてもいいか?1人にするのは不安なんだ」
その言葉にキャルは笑顔で頷いた。
「いいよ」
そして、しゃがみ込みミリの目線まで下りる。
「ミリちゃんっていうのね。私はキャルっていうの。今日はよろしくね」
そう言うと、キャルはミリの手を引き、会場内の観客席へと入っていく。ミリは後ろを振り返りながら、ケルトに手を振っていた。そんなミリにケルトも笑顔でミリが視界から消えるまで手を振り続けた。
「どういう関係なんだ?」
横からボソッとミゲウが尋ねてくる。
「まぁ、それは後で話すわ。それよっか、早く行こうぜ」
ケルトとミゲウは係員に連れられ、観客席への道とは別の道を入っていく。
「さすがは武闘大会の受付。見事なまでのつるっパゲだな。笑いが込み上げてくるわ」
「笑うんじゃねぇぞ。失礼だから」
2人は前を歩く係員に聞こえないように小声で話をしていた。
「プフッ」
「おい、笑うなって言ってんだろ」
ケルトは涙目になり、ミゲウを見上げる。
「だって・・・、あのハゲに光が当たって・・・、その光が反射して・・・、その光がミゲウに・・・、プフッ」
ケルトは息苦しそうにミゲウに伝える。
「お、おい」
「あれはきっとハゲになる魔法の光線だ。気をつけろよ、ミゲウ。・・・プフッ」
と、ハゲは急に止まった。そしてこちらを振り返り話を始める。
「この先が待合室になっております。トーナメントの抽選会はまもなく始まると思いますので、中で待機してください」
その言葉にケルトは唖然とする。
「え!?試験は?」
ケルトは大会に出場するためには何かしらの試験があるものだと思っていた。だが、そんなことは何もなくそのまま待合室の前まで案内されてしまったのだった。その言葉にハゲは薄ら笑いを浮かべた。
「ドアを開けてこの先に進めれば、それは試験合格ということです」
「へ?」
ケルトはあっけに取られた顔をする。そこにミゲウが口を挟む。
「そういうことだ」
ミゲウはそう言うと、先にドアを開け、中に入っていった。
「あっ、置いていくなよ」
ケルトは先に入ったミゲウを追うようにドアに手をかける。
「・・・。この扉・・・」
ケルトが閉まる扉に押し返された光景を見て、ハゲはクスクスと笑っていた。お前にこの扉は開けられないといわんばかりの視線をこちらに送ってくる。
「って、開けられるけどね」
ケルトは片手で軽々と、ハゲを見ながらドアを開けた。そうやって、ハゲに対しドヤ顔を決め込み、そのまま待合室へと入っていった。魔力の開放なしにドアを開けたケルトにハゲは度肝を抜かれた表情をしていた。先に入ったミゲウでさえ、魔力を開放していたというのに。と、中には大勢の人がいる。ミゲウはひときわデカいのですぐ見つかると思いきや、他にも多数の巨人がいる。ケルトの視点からでは全く室内が見通せない。
「あれ?ミゲウはどこだ?」
しらみつぶしにミゲウを捜すケルト。ミゲウの名前を叫ぶのだが、全く見つかる気配は無い。
「おい、お前迷子か?」
笑いながら近寄ってくる大男。彼もまたミゲウと同じくらいの身長を持っているだろうと思うケルトであった。
「なんだ、お前?」
ヘラヘラした感じの相手に対し不快感が募るケルトは愛想悪く返答する。
「おっ、喋れんのか。チビすぎて俺はてっきり赤ん坊が迷い込んだのかと思ったぜ」
(170cmの赤ん坊なんて聞いたことも見たこともねぇし。こいつ、頭沸いてんじゃね。)
ケルトは相手の言葉に呆れ返り、もはや言葉を返すことさえダルくなってきた。そんな様子を笑いながら見ていた大男はケルトが無視していることを察知したのか、表情が少し強張ったものに変化する。と、大男に胸倉を掴まれ持ち上げられた。
「混血がいっちょ前に悪魔の大会になんか出やがってよ。身の程を知れってんだ。なぁ」
大男は後ろに控えていた仲間であろう2人にそう同意を求める。
「そろそろ離した方がいいですよ、アレンさん。顔が真っ赤になってて、こいつ死んじゃいますよ」
足をプラつかせ宙に浮いているケルトを地面に下ろすアレン。ドスッ。アレンはケルトを投げるように地面へ落としたのだった。尻餅をついたケルトは無愛想に尻をはたいている。
「そろそろ抽選会が始まるから、行くぞ」
まだ喋っていなかった緑色の長髪の男がそう言って移動を促す。ケルトのことは見ていないようで、まるで混血なんて眼中にないと言わんばかりの態度を示していた。
「分かった、キース」
アレンがそう答えると、大男3人はケルトの前から去っていった。ケルトはシラーっとした顔をしたまま天を見上げていた。
「よく手を出さなかったな」
ケルトの肩をポンポンと叩きながらそう言う男。声からしてミゲウではない。ケルトは後ろを振り返り、その人物を見た瞬間、目を丸くする。
「て、てめ、ラク・・・」
ケルトが喋りきる前に無理やりその男から口を塞がれた。
「言うな、それ以上。俺の正体をバラしたら、この大会、中止になるぞ」
男は焦りながらそう告げる。それに首を縦に振り了解の意を示すと、男はケルトの口から手を離した。ケルトは男に対し、小声で問い詰める。
「おい、ラクトス。何やってんだよ」
その言葉にラクトスは満面の笑みを浮かべる。
「大会の審査員だ。獣王に頼まれたからな」
「ほう。お前も中々の暇人なんだな。選手だったら良かったのに」
その言葉にラクトスは鼻を鳴らす。
「ふっ、選手だったらお前らの優勝はないだろうな。それに、俺は獣王の杖なんていらないんだよ。出場するメリットが全く無い。それよりもだ。大会に出場できるのは16人だ。それ以外はこの待合室で終わりなんだよ」
その言葉にケルトは首を傾げる。ここには椅子が並べてあり、何かの試験をできるような空間ではないように思われたからだ。ラクトスの言葉に全く理解できない。
「何でだよ」
「それは後でのお楽しみだ。それにここの全員が戦って面白いと思うか?雑魚同士が戦ったところで客は興味を持たない。観客が見たいのは競った闘い。だからこの俺が直々に16人にまで減らしてやるんだよ」
「どうするんだ?」
「ふっ、別にどうもすることはない。お前はただ突っ立っていればいいだけだ」
「ふーん。何か分かんねぇからさ、やるならさっさと始めろよ」
「あぁ」
ラクトスはそう言うと、待合室の中央に向かって歩き出した。ケルトはそんなラクトスから視線を外し、再びミゲウを捜し始めた。
(あー、いたいた。勝手にあっちこっち行かれると困るんだよなぁ、俺が。)
ケルトはやっと見つけたミゲウを目で追い、ようやくたどり着いた。
「ミゲウ、捜したぞ」
ケルトはミゲウを見上げながらそう言う。
「俺はお前がこの待合室に入った時から気づいてたぞ」
その言葉にケルトは無言となる。必死こいて捜しているのをただミゲウは見ていた。アホクサ。そうとしか言いようがなかった。
(じゃあ、俺の今までの悲劇も見てたってことだよな。)
「て、てめ、じゃあ助けに来いよな!」
「今からは敵同士だからな。敵に手は差し伸べん」
ケルトはミゲウに対してジト目になる。そう、ミゲウが本来言いたかった言葉の意味をケルトが理解することはないだろう。だって、そうだろう。ケルトは昨日泥酔して記憶が飛んでいたのだ。あの時の酒場での事件なんてこれっぽっちも覚えてないのだから。
(くそ、このうんこ野郎が。何が敵には手を差し伸べんだ。)
だが、ケルトは目を閉じ気持ちをリセットする。待合室の中央からは皆に席に着くようにと指示が出され始めていた。
「戦うときは正々堂々と勝負だな」
(うんこ野郎の発言なんざなかったことにしてやったぜ。ザマー。)
そんなこんながあったもののケルトはしっかりとミゲウの横に着席する。
(1人じゃ心細いからね。)
会場を見回すとざっと100人程はいるだろう。そこから、この場で16人にまで絞られるってことか。そう考えると、ここを通過するのはかなりの狭き門と言っても過言ではない。すると、皆の座る前方に対面して座る大会関係者の1人が立ち上がる。その人は皆が席に着いたのを見計らうと、話を始める。
「私はラグと申します。今回は当大会に参加していただいてありがとうございます」
丁寧な謝辞を述べる。それを皆真剣に聞いている。ただ1人を除いて。
(はいはい。ラグじゃなくてラクトスでしょ。)
ケルトだけは冷たい視線でラクトス・・・、いやラグを見ていた。シラーっとした視線を向けていると、それに気づいたのか、ラグはキリッとケルトを睨み返してきた。その無言の圧力にケルトはそっと目を閉じる。
(了解。言葉ではない何かが俺に訴えかけてきている。正体バラしたら殺すぞと・・・。メチャこわ・・・。)
「まずはルールの説明から行います。毎年のことなので知っている方も居られるとは思いますが、前年とルールの変更はございません。これよりステージ上にあがれるのは16人です。それ以外はこの場でリタイアとなります。最後まで席に座らずに立っていられた16人の方をここでの予選通過者と見なします。では、早速ですが、皆さんその場に立ってください」
ラグの指示に会場にいる皆がその場に起立をした。会場内は緊迫した空気に包まれる。それは前年も出た人ならこの場でこれから行われることを知っているからだろう。それを知らないケルトはホケーっとした表情で1人呑気に立っていた。
「では始めます。くれぐれも皆さんは立っているだけでいいので。それ以外の行為をした場合、失格にしますので、あしからず」
ラグはそう言い終えると、間もなくして目が青色に光りだした。魔開率50%か。ケルトはラグの目を見てふとそう思った。魔開率とは魔力解放率のことで、それは目の発光色によって判別される。赤色だと魔開率25%。これは自分の持つ全魔力の25%分しか引き出せないということである。つまり、膨大な魔力があろうとも魔開率が低ければその全てを使うことは出来ないということになる。色の種類としては赤、青、黄、緑となっており、先ほどのラグの青色の発光は魔開率50%を意味している。
と、会場に何やらどよめきが巻き起こる。この感覚。そう、それはケルトが以前ラクトスの森で気を失ったときの殺気だった。自身の体にのしかかるような重力感。先ほどまで立っていた人たちが次々と座り始める。会場は不思議な感覚に包まれ、人々は口々に騒ぎ出す。
「何だいったい!?」
「体が重い!」
「頭がボーっとする」
「くそっ・・・、座りたくないのに」
「好きだー、いす」
(ふっ、うんこ野郎が1人混じっていたようだな。)
「ミゲウ、大丈夫か?」
ケルトは横に立つミゲウを見上げながらそう尋ねた。ミゲウは目がラクトス同様に青色に発光していた。
「楽勝だ。ケルトこそ、なかなかのもんだ。人間の割にはな」
ミゲウの笑いにケルトも笑っている。その間も会場内は次々に席に着席する人が続出していた。
「余裕でしょ。じゃなきゃ、優勝なんて狙えないだろ」
「ほう。口先だけだと思っていたが」
「あんさんこそ、只の飲兵衛じゃなかったってことですな」
と、ラグが口を開く。ラグの視線はある一点を見つめていた。
「現在の残りが30人となっています。今の段階で去年であれば16人は決まっていたはずです。だが、今年は違う。ハイレベルな闘いが期待できそうですね。特にそこのあなた」
そう言ってラグはとある人物を指差した。その人物は無愛想にラグに視線を合わせる。
「何だよ。人に指を指してんじゃねぇよ」
「あなた人間ですね?」
ラグの一言に会場内が騒然とする。ケルトもまたラグの言葉に騒然とした。人間・・・?うそだろ、と。ケルトはその人物を見るが、生憎ケルトに人間と悪魔を見分けられる臭覚は備わっていない。それは悪魔にしか備わっていない能力である。
「だったら、どうだってんだよ」
だいたい190cmくらいはあるだろう背丈の男は平然とラクトスに返答する。
「あなた、お名前は何というのですか?」
「クランだ」
「その背中に背負っている長剣は魔剣ですか?」
「ああ。だが、この魔剣、うんともすんともしないからな。只の剣だ」
「そうですか。では頑張ってください」
そう言うと、ラグは更に殺気の威力を増しだす。と、ケルトはチラッと視界に入った男たちに唖然とした。
(うげっ。さっき俺をイジメてた奴らもちゃっかし残ってっし。)
「はい、決定。今残っているメンバーがこの先のステージに上がれるメンバーとなります。では、残られた方は私に続いて着いてきてください」
先頭をきってラグが歩き出す。その後に残ったメンバーがゾロゾロと着いていく。
(えっ!?余所見している間に決まってるし。もしや、俺ってチョー強い?)
バシッ。不意にケルトは背中を叩かれる。
「何ニヤニヤしてんだ。気持ち悪りぃな。皆行っちまうぞ」
ニヤニヤしていたであろうケルトはミゲウと2人取り残されていたのだった。慌ててその最後尾に着いて行く。




