1-11 大酒喰らい
11章 大酒食らい
ケルトはミリと別れ、ランプの町をふらつく。下見とは言ったものの、どこにいけばいいのかすら分からないという状況。ケルトはイメージを膨らませる。
(選手といえば、食事が大事。体調管理は必須だからな。つまり、飯屋に行けばいいってことだ。)
ケルトは飯屋に照準を絞り、行動することにした。と、目ぼしい店を一軒発見する。
(飯屋での偵察。自然にその場に溶け込むために大事なこと、それは、飯を食う。以上。)
ケルトは入った飯屋で急に笑顔になる。どうやらケルトの読みは当たったようだ。いかにもって体つきの奴らが何人かその飯屋にいたのだ。
「おばちゃん、唐揚げ定食!」
ケルトの声にも自然と力が入る。そんなケルトに引き気味のおばちゃんは、カウンターの前で立ったままのケルトに対し、どっかに座りなとケルトを自身の視界から追いやる。
ケルトにはこの世界に来て常々思うことがある。それは食文化についてだ。異世界も人間界も食べ物は基本的に変わらない。世界が違うはずなのにどうして食文化は共通しているのか。人間が異世界に来ることはめずらしいことではない。そう考えれば、こちらへ来た人間が人間界の食文化をこの世界に広めたのかもしれない。ただ、それでも人間界とは異なる食文化も存在している。それはこの町にあるブロードショップといわれる店の存在だ。その店では血液を専門として売っている。これは、悪魔にとって必需品のようで、魔力は血を変換し作り出しているのだとか。そして、売っている血液にもいろいろな種類がある。草食動物と肉食動物では値段が違う。
それは血の種類によって、血から魔力へ変わる変換効率が違うかららしい。その中でも最高値なのが人間の血である。だから、悪魔は人間を餌としてしか見ていないのかもしれない。
と、カウンター付近に座るケルトにおばちゃんから声が掛かる。
「はい、お待ち。唐揚げ定食ね、500e」
ケルトはおばちゃんに代金を払い、唐揚げ定食を受け取る。
(さぁて、どこで食べますかね。えーと・・・。)
ケルトは一通り辺りを見回す。一人ポツンと立っているケルトに対し、周りからの視線はきついものがあった。
(できれば、フレンドリーに話をしながら大会の情報を聞き出したかったんですけどね。それは・・・。)
ケルトはため息をつく。それもそのはず。この定食屋には現在、殺気しか漂っていないからだ。そんな陰険な空気の中に飛び込んだケルトを皆はバカとしか思っていないだろう。働いているおばちゃんの対応からしてもそうであろうと読み取れるほどだったからだ。ケルトに対して笑顔なんて1ミリもなかった。空気読めや・・・。とでも言いたげな顔であった。
だが、それこそがケルトの求めていたものであったため、ケルトはそんな空気には臆しない。いつも通りののんびりとした態度をとる。
(皆さん殺気立ってねぇ。食事は楽しくでしょ・・・、ったく、もぉ。)
と、ケルトの視界に殺気とは程遠い、だが体つきは恐らく大会に出ても可笑しくないであろう人物をとらえる。お盆を持ったままフリーズしていたケルトはとりあえずと、その人の座るテーブルへと近づいていく。
「ここ、いいすか?」
ケルトはフランクな感じで話しかける。
「あっ、いいよいいよ!」
ケルトの話しかけた人は快く了解の意を示す。と、ケルトはテーブルに座る人の顔を見る。
(げっ、ただの酔っ払いじゃねぇかよ。体がでかいから屈強な戦士か何かなのかと思ったが・・・。)
真昼間から大酒を食らう戦士など聞いたことが無い。つまるところ、ただの酒好きの一般人ということだろう。だが、もう返事は頂いている。ここで、やっぱりいいですなんて言うのは失礼極まりない行動だ。ケルトは自分の選択ミスだということにして諦めることにした。
「昼間っから酒すか。ご機嫌っすね」
その言葉に対面に座る大男はガッハッハと笑いながらテーブルを叩く。よほど気分がいいのだろう。
「そりゃあ当たり前よ。なんせ明日は年に1回のランプ武闘大会だからよ」
その言葉にケルトは絶句した。
(はっ・・・、明日って。それヤバくね、登録とかもう終わってんじゃ・・・。だからか、ラクトスが何故か知らんが即答を求めてたのは。)
ケルトはもう笑うしかなかった。それならそうとちゃんと言えや。そう、今はいないラクトスを恨むばかりであった。と、現実逃避をここまでとし、対面に座る大男に視界を戻す。
「俺はケルトっていいます。よろしく」
「おうおう。俺はミゲウってんだ。お前は人間か?」
恐らくは匂いから察したのだろう。だが、酔っていたためかその精度が鈍っているのかもしれない。
「混血だ。俺も明日の大会に出たいんだが、今からでも間に合うのか?」
「ああ、大丈夫だぞ。受付は当日だからな。だが、やめとけ。魔法を少しかじったような人間じゃ悲惨な結果しか生まないぞ」
その言葉にケルトは初手で計画がご破算にならなかったことに安堵する。
「そんなに強い奴らが出るのか?」
「そりゃ、当たり前だ。相手は皆悪魔だぞ」
その言葉にケルトは鼻を鳴らした。
(あーね。基本的に人間は悪魔より下だからってことか。それは混血も含めるってことなんだな。)
「へぇ、力試しに出ようかな」
ケルトは笑いながらそうミゲウに返答する。すると、ミゲウの表情はご機嫌だった先ほどまでのものから一変する。
「力試し程度か。死ぬぞ、お前」
真剣な面持ちでそう答えるミゲウ。今の今まで大酒を食らいヘベレケになっていた者とは到底思えない態度の変わりようであった。だが、その表情に対し、ケルトも表情を真剣なものへと変える。
「死ぬか。別に悪くは無い。そいつより弱けりゃな」
その言葉を聞いた瞬間、ミゲウは目を見開き大笑いしだした。
「こりゃ参った。人間ってのは死を最も恐れる生き物なんだがな」
(いやいや、人間を目の前にしてはっきりと言うかよ普通。それは俺が一番知ってることだし。)
だが、ケルトは笑顔で返答する。
「確かに。覚悟が違うんで」
「ほう。気に入った、兄ちゃん。お前も飲め」
ミゲウは自分の持つ酒をケルトに差し出す。
「お、おう」
(酒、飲んだことないんだが・・・。)
ミゲウは1合トックリごとケルトに渡す。そして、ケルトは貰った酒をトックリごと一気に飲み干した。くひっ、くひっ。
「おぉ、いい飲みっぷりだ。唐揚げ1個貰うぞ」
「・・・あ、・・・ぁ」
ケルトの視界は今、めまぐるしく回っていた。
・・・。
・・・。
1杯目を飲んだ後から、それからの記憶はなかった・・・。
(俺はいったい・・・。)
ケルトは今、自身がこの店にやってきた目的を思い出そうとしていた。だが、頭痛がひどく、それすら考えられない状態にあった。
(うぐっ、気持ち悪い。)
店員さん曰く、ケルトは店内で大騒ぎをしていたようだ。
大男になだめられる、端から見れば変な感じだったらしい。周りは殺気立っている奴らばかりで今にも飛び掛りそうな勢いだったが、それをミゲウさんが必死に牽制してくれていたのだとか。
そして、そのままケルトは爆睡し、今閉店した店にいる状態なのだとか。横目には現在進行形で爆睡中のミゲウがいた。
「閉店だからそろそろ帰ってもらえる?」
店員さんはケルトにそう告げる。その店員さんにケルトは少し見惚れてしまった。とても綺麗だったからだった。と、ケルトは頭を振り、現実に戻る。
「でも・・・」
ケルトの視線の先には絶賛爆睡中のミゲウがいる。
「ミゲウさんね。今起こすから」
店員さんはそう言うと、大きく手を振り上げる。そして、夜町に大きく響くように豪快にミゲウの背中にもみじを作った。バッシーン。その光景にケルトは目を見開き、フリーズしたのだった。
「いっ・・・」
叩かれるや否や、ミゲウはスッと目を覚ました。嫌な予感しかしないケルトは少しその場から後ずさりをする。こんな大男なんだ。こんなことをされれば、絶対に黙っちゃいない。
「大丈夫だって。ミゲウさんはここのお得意さんなんだから」
と、警戒するケルトに笑いかける店員さん。
(お得意さん・・・?お得意さんだと叩かれるのか?・・・いやいや、バカか俺は。冷静になれ。ただ、親しいからだろ。)
ケルトはその場に圧倒され1人パニックに陥っていた。
「もう閉店か?」
その言葉にケルトは開いた口が塞がらなかった。誰だってキレるようなことをされ、その後の行動は・・・、『もう閉店か?』・・・マジ、カオス。そんな1人盛り上がっているケルトを他所に2人の会話は進行していく。
「そうよ。閉店なんだからさっさと帰って。また、明日ね」
「あぁ、じゃあ、また明日な」
そう言うと、ミゲウは席を立つ。
(明日も来るんかい!強烈な常連だな、コイツ。)
ただただ圧倒され続けるだけのケルトであった。
「何ボーっとしてんだ。行くぞ、暴れん坊」
(おっ、それはもしかして俺のことかい。まぁ、今いるメンツからして俺以外には該当者ゼロなんだがな。)
そこにはケルトとミゲウ、そして店員さんの3人しかいなかった。店は閉店して、従業員たちも既に帰ってしまっていたのだった。
「あぁ」
ケルトの返事に大きく頷いたミゲウは店員さんに向き直り、笑顔を浮かべた。
「ツケで頼む」
「はいはい、分かりました」
(キター。常連の定番、ツケだよ。てか、毎日毎日飲みにきやがって、こいつ仕事してんのか?)
ケルトは疑念を抱きつつも、ミゲウと店員さんのやり取りを見届けると、店を出た。店の前でボーっと突っ立つケルトを見たミゲウは首を傾げている。
「お前、寝床は?」
その問いにケルトは鼻を鳴らす。
「ないよ。だから、大会会場の入口らへんで寝ようかなと・・・」
「ホームレスなのか?」
「違う」
ケルトはミゲウの問いを小さく否定をする。
「じゃあ、ホームレスじゃないのか?」
ケルトはその問いに目を細めだす。
「家は・・・、ないけど・・・」
「じゃあ、ホームレスだ」
ふぅ。ケルトはひとつ大きなため息をついた。
「やめてくれ。ホームレスってのは響きが悪い・・・。そうだな、旅人と言ってくれ」
「じゃあ、旅人。今日は俺の家に泊まっていくか?」
その言葉にケルトはふとあることが頭をよぎった。
(あっ、ミリ・・・。帰らないとまずいような気もするが・・・。う゛-、まぁ、自宅警備員として任せてあっから、・・・大丈夫・・・ということに、・・・してもいいよね。)
ケルトは単純にミリの家に帰るのが面倒臭く、今日はミゲウの言葉に甘えることにした。朝、店に入り、夜中に店を出る。ケルトは自分の変人ぶりを鼻で笑った。
「で、家はどこなんだ?」
ケルトの問いかけに、2mほどの背丈を持つミゲウは見下ろすようにケルトを見る。
「隣だ。どうだ、いいだろ」
その言葉にケルトは無言となる。どう返せばいいかという問題ではなかった。もうこれは、そういう次元の話ではないとケルトの心が悟ったのであった。
「は、はぁ・・・」
隣にあるミゲウの家を見ると、周りの家の全てが平屋であるのだが、ミゲウの家だけが異様な雰囲気をかもし出している。
(げっ、縦に建て増ししてやがるし。さすがにでかいから通常の家じゃ、ダメなんだな。)
「お邪魔します」
ケルトは律儀に挨拶をして玄関をくぐる。
「おう、入れ」
「えっ!?」
入ってすぐケルトは中の光景に驚きの声を上げた。ミゲウの部屋には洋服箪笥と布団しかない。なんとも殺風景な部屋であった。ミゲウはそんなケルトを他所に、押入れから布団を引っ張り出す。
「ほら、お前の布団だ」
ケルトは布団をラグビーボールのように丸々パスされた。グヘッ。投げられた布団の勢いを消しきれず、ケルトは壁に激突した。
「グーグー」
(えっ?)聞こえてくるのはいびきだった。ミゲウは一瞬にして夢の世界へと行ってしまったのだった。1人残されたケルトは仕方なく、布団を敷いてそのまま寝ることにした。
(もうちょっと大会に関して聞きたかったのによぉ・・・。)




