1-10 キース=マタラッドという男
10章 キース=マタラッドという男
ここはヘルジャス王国。ランプとはラクトスの森を隔てた先にある国であった。その中にあるベルオルルフ武術学校。ここは将来国の兵として働くためにと作られた軍人の養成所であった。武術学校は6年制であり、1年ごとに試験が設けられている。その試験に6回合格することで卒業ということとなるシステムだった。だがやはり、世の中には貧富の差というものが存在し、裕福な者しか学校に通うことはできなかった。生徒としては金持ちの者から、授業料を払うのがやっとの者までピンキリだった。そこに通う1人の青年。彼の名はキース=マタラッド。彼の家は裕福とは言いがたい授業料を払うのがやっとという家計の生まれの者であった。彼は現在この学校の3年生である。親に迷惑をかけ学校に通わさせて貰っている身であることを痛いほどに知っている彼は、学校ではとても優秀な生徒であった。だが、そんな彼に問題があるとすれば交友関係である。周りにいる大半の生徒はおちゃらけており、親に言われたから仕方なく通っている、という者だった。キースはそんな奴らと付き合うのは時間の無駄だと認識し、学内では一匹狼を貫いてきた。だからこそ、周りの生徒からは無口で近寄りがたい人という印象を抱かれている。でも、彼はそんなことは気にしない。この学校にはすばらしい制度として飛び級というのも存在している。通常6年かかるカリキュラムも最短3年まで縮めることが可能であったのだ。彼は現在3年生。これは飛び級によるものではない。周りより少し飛びぬけているだけであり、天才であるわけではなかったのだった。だからこそ努力をかかさない。親の負担を少しでも減らすべく日々時間を無駄にすることなく学業に励んでいたのだった。
だが、飛びぬけた才能をもつ天才もまた実在する。それは現在の生徒ではないのだが、過去この学校を卒業し、現在軍のトップとして働いている者達であった。キースもまた彼らの強さに憧れ、この学校に入学した1人だったのだ。彼もまた力を欲する1人であるということだ。
普段と変わらない日常を送るキースだったのだが、この日は違った。昼休みの時間を利用し、キースは学校の施設であるジムで体を鍛えていたのだった。自身の体に魔力的な負苛を与え、自身の最大魔力の底上げをするという装置を使用していたのだ。そこに、彼を捜す者が姿を現したのだった。その者とはこの学校の長である学園長だった。キースは驚き、目を丸くする。学園長は慌てた様子で、キースを見つけるとすぐに駆け寄ってくる。
「至急相談したいことがあるんだが、今から学園長室へ一緒に来て貰えるか?」
その学園長の問いに対し、キースが拒否するようなものは何もなかった。それどころか、こんないち生徒に相談だなんて、光栄極まりないことであった。
キースは即座に使っていた装置から手を離し、学園長の願いを聞き入れたのであった。これが、他の生徒で、これから遊びに行こうぜ、などという誘いであれば即座に無視し、己の訓練に没頭していたことであろう。2人は学園長室へと移動する。そして、学園長からキースに対し、ある提案をしてきたのであった。
「ランプ武闘大会に出て欲しいんだ」
キースには断る理由もなかったので快く承諾する。だが、学園長の様子からして話はそれだけではないようであった。少し間が空いた後に学園長は重々しく口を開く。
「君はこの学校ではとても優秀だ。だが、優秀なだけだ。あと一つ何か決め手があれば、君は今の状況を遥かに超える逸材となれると思っているんだ。その状況を変える一手というのが今回のランプ武闘大会だと私は思っているんだ」
だから、適当にやるのではなく、真剣に取り組めとでも言おうとしているのだろうか。だが、キースはそんな奴ではない。今まで何事にも全力で取り組んできた。それを知らない学園長ではないはずなのだが、とキースは少し渋い顔をしたのだった。
「君に必要なものは今を壊すほどの経験なんだ。それは戦いにおいてもそうなんだが、日常生活においてもと私はそう思うんだ。だから、君には今回、単独ではなく複数でそのランプ武闘大会に臨んで貰いたいんだ」
今を壊すほどの経験。それは確かにとキースも納得をする。彼は今停滞期に陥っていたのだった。悪魔のレベルアップには段階というものがあり、その段階ごとに限界レベルというものが存在する。キースは現在2段階の新悪魔であった。2段階とは属性技を使えるという能力が開花した新悪魔のことで、限界レベルは500。そのレベルから更にレベルアップするためには2段階から3段階へと進化しなければならなかった。学校は2段階のままでも卒業することは可能である。だが、3段階に進化するというのは一握りの存在であり、それこそが天才と呼ばれる者達の姿であったのだった。現在この学校には6年生に2人、5年生に2人の3段階に進化した新悪魔が存在している。全校生徒合わせて1800人いる内の4人しか3段階の悪魔がいないのだった。
その2段階の新悪魔の中にはキース同様に2段階の限界レベルに達しているのに進化できないという者も大勢いたのであった。そんな競争率の高い中、今回はキースが学園長の目に留まったのだった。それは光栄なことであった。大半の生徒は3段階への進化を諦め、そのまま適当に学園生活を送り卒業していくのであった。もちろん、3段階は諦めたがその他の技術を磨き、更なる知識による強さに切り替える者達もいる。そんな学園でキースだけはそれでも諦めずに日々努力していた。それが、学園長の目に留まったのであろう。だが、3段階へ進化するためにランプ武闘大会に出場するということなら分かるのだが、それを複数で行くということをなぜキースに話したのか。恐らくは皆をライバルだと思い切磋琢磨せよということなのかもしれない。
だが、学園長の顔は何故か申し訳ないというような頼りない顔に変わっているのが自分の目にも見て取れた。
「そこで本題となる相談ではあるんだが。この学校にはアレン=ローザンスという君と同学年の生徒がいることは知っているか?」
学園長の問いに、キースは自分の記憶を辿る。だが、キースの記憶の引き出しが開くことはなかった。残念ではあったが、キースは学園長の問いに首を横に振ることしかできなかった。まぁ、それも当たり前のことであるのだが。キースは基本、他人に興味を示さない。だから、同学年とはいえほとんどの人物の名前を知らない。昼ごはんだって家から弁当を持参し、ジム内で食べているのだから。昼休みにジムを利用する者なんてこの学校にはいない。だってそうだろう。休み時間というのは体を休める時間なのだ。
誰が好き好んで授業でもやるようなことを休み時間にもやるのか。そこもまたキースが皆から敬遠される要因の一つでもあるのだが。昼ごはんはジムで静かに済ませることが日課のキースにはもちろん友達はいない。キースの回答に学園長はやっぱりかというようなため息をつく。
「彼はローザンス家の跡取り息子でな、そこからこの学校は多大な寄付を受けているんだ。だから、今回はその日ごろの恩に報いるために息子であるアレンにも活躍の場を与えたいと思っているんだ。彼の性格はいたって我儘で横暴だ。誰も彼に意見できないんだ。そこでキース、君を選んだというわけなんだ」
その言葉にキースは少し残念な表情を浮かべてしまう。キースの実力に対しての声掛けではないと知って。だが、その表情を察知した学園長は少しの笑顔をキースに向ける。
「君の夢はなんだ。この学校へ入学した目的は?」
その問いにキースは当然のように考えることもなく答えを返す。
「力を求めるからです。力こそが全てなんです。軍へ入り私も自分の人生に一旗上げたいと考えているからです」
その問いに学園長は更に笑顔の度合いが増す。
「そうか。であれば今回の頼みは全て君に任せた方がいいだろうな」
そう告げる学園長であるが、その意図はキースには理解が及ばない。目を丸くし、すぐに難しい顔へと変わっていくのだった。
「君はただ力を追い求める者ではないと言った。軍に入りたいと。だが、どうだろうか。君の今とはいったい。軍とはチームなのだ。協調し合う、それが時には力よりも大事であるということもまた勉強しなければならない。都合のいいように言葉を並べたが、ローザンス家への恩を返すということも今回の件には含まれている。どうか、アレンと仲良く大会に出場してくれないか。目ぼしい人材としてアレンと接点を持てそうなのは君しかいなかったんだ」
そう本音を言って頭を下げる学園長。キースは思うのであった。アレンがいたから今回この話が俺に舞い込んできたのだと。であるのならば、アレンとも多少は付き合うべきであろうと。例えキースが嫌いな部類の人種であろうとも。時にはチームワークの方が大事な局面もあると学園長は言ったが、それでも個人の力のほうが比重は上ではないのかと、未だ納得のできていないキースであった。弱い奴がいくら集まろうと強者には勝てない。それが、この世界だと彼の頭はそう理解しているのであった。
「分かりました。学園長の意思に従います」
そう言うと、キースは学園長室から退出し、既に次の授業が始まっていたため急ぎ教室へと戻るのであった。
「獣王の杖・・・。もし手に入るのであれば・・・」
学園長は独り言を呟きながら、キースの去った部屋で不敵な笑みを浮かべていた。
それから数時間後、キースの元に先ほどの学園長からの話が正式な書面として届いたのだった。内容としては明日から3日後に開催されるランプ武闘大会への出場者として、キース、アレン、ネイビスが選ばれたと記してある。
大会にて優勝した際にはその賞品である獣王の杖と引き換えにその者を飛び級扱いとすることを約束する、と、そう書いてあった。尚、その後の将来として軍への入隊試験の免除による自動入隊も許可するとのことだった。キースにとっては何よりも魅力に溢れる内容であった。キースはこれから行われるランプ武闘大会に全てをかける気持ちで、気合は十分に高まっていたのであった。
翌日、同じクラスであったアレンたちとの話し合いによりアレンの家に集合することが決まった。アレンの家が所有する馬車にてランプへ向かうとのことでキースはアレンの家の前まで来ていた。ずいぶんとデカイ豪邸であるというのが正直な感想である。と、そこにネイビスもやってくる。彼はアレンの子分のようなものだ。ネイビスが今回選ばれた理由はアレンの接待役としてという意味合いが強いのではないかと考えるキースであった。学園長のローザンス家への恩を返すという目的がそこには露骨に現れていたのだった。
そして、家の門が開き、馬車と共にアレンが姿を現した。男3人、アレンが用意した馬車に乗り込みいざ、ランプへと出発する。キースは自分のカバンから本を取り出す。戦闘パターンのおさらいをするための教本を見ているのだった。そんな横でこれからピクニックへと行くのではないかという雰囲気をかもしだしているアレンとネイビス。彼らはキャッキャと騒いでいた。アレンと少し視線が交錯するのだが、キースは努めて無視する。キースとアレンとの、今回の大会における目的があまりに違いすぎるためである。
それをネタに喧嘩が勃発しては学園長に申し訳が立たない。であるならば、ここは出来る限り関わらないという選択肢を取る他になかった。最低限の感謝さえあれば、それ以上にアレンに付き合う義理はないだろうとそう考えるのであった。と、アレンは突然席を立ち、前方の小窓を開け、馬に指揮する使用人に何かを告げていた。
「ランプまでは1日ほどかかるんだ。男3人なんて暇だろ。近くに奴隷オークションの会場があるんだ。そこで奴隷を一匹買っていこうじゃないか」
この場における行動の全権利はアレンが握っていると言っても過言ではない。キースたちが乗っている馬車はいったい誰の物であるのか。その時点でアレンに反論することはできないであろう。ここで揉めてはランプ武闘大会どころか、ランプへ行くことすらままならなくなってしまう。アレンの提案に目を輝かせながら頷いているネイビスとは対照的に興味のかけらも感じさせない表情を作る。怒る価値もない相手だと自分に言い聞かせて。
これから臨むのはランプ武闘大会という学校の外での対外試合。一応ではあるが、ベルオルルフ武術学校の代表としての看板も背負っている。それに、この大会で優勝すれば今後の将来も約束されるというボーナスまで付いてくる。揉めるのも喧嘩するのも時間の無駄。ランプまで期日内に到着してくれればそれ以外に文句なんてないのだ。
キースたちを乗せた馬車は一路奴隷オークションの会場に到着する。はしゃぎながら馬車を飛び降りるアレンとネイビス。降りる気のなかったキースだが、そのまま動かないキースを見るアレンの冷たい視線にキースはひとつため息をつく。
(そうだったな。将来的にはチームワークというのも大事だということ。学園長がそう言ってたっけ。)
学園長が言うことだからと、キースは渋々馬車を降りアレンたちについていくことにした。アレンはお気に入りの奴隷を見つけたのか、それを購入し首輪についた鎖を引っ張り奴隷を馬車に乗り込ませた。そして、馬車はやっとのことランプへと出発するのであった。アレンとネイビスは奴隷遊びというものを行い、キースは端で教本を読みふけるという感じで馬車での時間は潰れたのだった。そして、ランプに到着したのは予定通りの大会前日。1日宿で宿泊し、大会に備えるということが当初の予定であった。宿の立地はとてもすばらしいものである。大会会場の目の前。これ以上にいい宿は存在しないであろう。さすが、金持ちの息子というところであろうか。部屋も3つとってくれたのだった。
「明日の9時にここに集合。じゃあ、それまでは解散するから」
そっけない態度でアレンはキースにそう伝える。まぁ、それもそうだろう。馬車の中という密室の空間でキースはずっと本を読み続け、アレンたちに関わろうとしなかったのだから。アレンはネイビスと共に奴隷を引き連れて宿の部屋へと入っていった。
ヘルジャス王国を出るという経験は人生初となるキース。ランプの町並みに心が躍っているようで、少し鼓動が高鳴っていた。キースはランプに着いたらやりたいことというのを考えていたのだった。明日の9時までは自由なのだからと、キースはそのまま宿の部屋には入らずに町へと繰り出すのだった。
キースがやりたいこととはこの町での一番の強者を拝むことであった。町の人に聞いて知ったのはミゲウという人物。彼がこの町では一番強いのではと噂される人物である。過去にも何度かランプ武闘大会で優勝を果たしている。その人物が今どこにいるのか。家の場所を教えて貰ったのだが、さすがにそこまで押しかけるのはおこがましいと思ったため、彼のよく通う場所というところに足を伸ばすことにした。そこは彼の家の近くにある居酒屋で、店に入り店員に尋ねると、運のいいことにミゲウは店に来ているとのことだった。店員が指差しでミゲウのことを教えてくれる。すると、ミゲウは今、誰かと楽しそうに酒をたしなんでいるところであった。じっと見ていたキースはミゲウの相方と目が合う。
(あ?何だあいつ。今この俺にガンを飛ばしやがったな。)
周りを見ても殺伐とした雰囲気である。恐らくはここにいる者達の目当てはキース同様にミゲウを一目見ておくということ。大体の奴らが明日の大会に出場するのであろう。
(だったら、尚更だ。)
ここで舐められる訳にはいかない。ヘルジャスの武術学校から来た奴らはヘタレだなんて噂されては帰って学園長に合わせる顔がない。ただの一般人、でもないそれ以下の存在。そんなのにガンを飛ばされ引き下がれる訳がない。そこはミゲウの奴隷であろうとも許すわけにはいかない。キースはその心にかかった怒りの靄をそのまま表に出し、席を立つ。
「あ?何だ、お前?」
こちらに気づいた奴隷が奴隷らしくない態度でこちらに挑発の言葉をかける。
もう勘弁ならない。キースは殺すつもりでミゲウの奴隷に歩み寄るのだが。
「すまねぇ、こいつ酔ってるんだわ」
間に瞬時に割って入ったのはミゲウだった。だが、酔ってるからといってそんな態度を許せるわけがない。
「どけ」
だが、ミゲウはどこうとしない。それは、今にも暴れそうな奴隷を抑えているためであった。
「どこの誰かは知らないが、明日の大会に出る口だろ。じゃあ、ここでの騒動は控えるべきだろ。明日、大会が終わってから改めて詫びに行くから、今日のところはそれで許してくれ」
ミゲウは今にも暴れそうな奴隷の口に一升瓶の口を突っ込み更に酔わせると、そのままその奴隷は意識を失いその場に倒れてしまった。その後、キースに土下座し謝ったのだった。
(たかが、いち奴隷なんかのために土下座するなんて。こいつにはプライドってものがないのかよ。)
期待し、そのランプ最強であるミゲウを見たいだけであったのだが、そんなミゲウの評価はキースの中では地に落ちてしまった。誰にでもほいほい頭を下げる。これはランプの底が知れたという他にないことであった。ミゲウから感じる魔力もそこまでのものではない。恐らくはキースでも勝てるだろう。はぁ、とため息をつくと、土下座するミゲウを無視してそのまま店を出ていった。
(どうやら俺の未来は約束されたようなもんだな。)
キースは学園長との約束を思い出し、自分の未来を想像していた。そんな妄想に更けながら、キースは自身の宿へと帰っていったのだった。




