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縁結びの神社になぜか俺と後輩ギャルの名前が書かれた絵馬があるんだが

作者: 筆箱鉛筆




 秋も深まり、肌寒さが目立つようになってきた頃。


 流石有名な神社というべきか。境内にはそれなりの人数が闊歩しており、神社らしい静謐とした雰囲気はあまり感じられなかった。

 それでも参道から少し離れた場所にまとめられた落ち葉や、庭池にポツンと浮かぶ紅葉など風情を感じさせる風景は、秋という季節を実感できるため、神社というスポットも相まって悪くはない。


 人混みを避けながら、ぶらりと境内を見学していると随分とごてごてしいものが目に入る。


「すげぇ、これ全部縁結びの絵馬かよ」


 目立っていたのは数多の絵馬。

 ピンク色の着色がされており、少し、いやかなり俗っぽい。


 目の前の絵馬掛所には一面びっしりと絵馬が掛けられていた。

 あまりの多さに少し引く。

 神頼みしてでも恋人がほしいという人が多いのだろうか。


「ほら、あんたも書きたかったら買って書いてきなよ」


「いや俺は遠慮しとくわ……」


 いつの間にか隣に並んできた姉貴の手には既に書き終わった絵馬が握られている。

 姿が見えないと思ったら絵馬を買いに行ってたのか。

 姉貴はそれを目の前の絵馬掛所に掛ける。


「あーマジ山崎〇人くんと恋人になれますように」


「…………」


 ネタ絵馬書いてるよこの人……しかもフルネームで。

 ちょくちょく有名人と付き合いたいだの書かれた絵馬があるけど、姉貴みたいな人が書いてたんだな。


「本名思いっきり書いてっけどいいのか? ほら、プライバシー的な」


「こういうのは自分の名前書かないと効果が薄いのよ。ネットにそう書いてあったわ」


「あ、そっすか……」


 本気で狙ってんじゃん。

 ネタ絵馬じゃなくてガチの方だったのかよ。

 実姉がこれってなんか悲しくなるな。

 

 姉貴は絵馬を奉納し終えると、懐から二つ目の絵馬を取り出した。

 

「っておい。何やってんの?」


「何って絵馬だけど。見てわからない?」


「いや、二つ目じゃん。山崎〇人くんはどうしたんだよ」


「これはキ〇プリの平野くん用。いっぱい奉納したらどれか一つは叶いそうじゃない?」


 願い方が不純すぎるだろ……。


「いや複数とか……ダメだろ常識的に考えて」


「大丈夫よ。絵馬は一枚に何個も願いを書くのがダメなだけで、一つに一個ずつだと問題ないって書いてあったわ。ネットに」


 そう言って、姉貴は三つ目四つ目の絵馬を取り出し始めた。


 残念過ぎるこの姉。

 これは付き合いきれないなと思い、その場を離れる。


 と言っても神社にそれほど見て回るものがあるわけでもない。俺は横一面に並ぶ絵馬掛所を何の気なしに眺めていった。


「…………ん?」


 何か、違和感というか引っかかりがあった。

 一歩戻り、ちょうど顔の高さ。目線が来る場所の絵馬を見直す。


 ハート形でピンクに塗られた俗っぽい絵馬。一目で縁結び用だと分かるように工夫されたもの。

 神職もそれなりに苦労しているのかもしれないと思わせる企業努力の詰まったデザインの真ん中に、何やら見慣れた名前が二つ鎮座している。


「……………………なんで俺の名前があんの?」


 というか、俺と知り合いの女子の名前が書いてあった。ずいぶんと達筆な文字で。





 ◇





「先輩、今日も一人っスか~? 相変わらずさみしい青春送ってますねぇ」


 昼休み、校内の中庭、そこに設置されたベンチで飯を食っていた俺に、女子が声を掛けてきた。


「山田か」


「山田っス」


 聞いての通りこいつは山田だ。

 見た目の特徴を言うと、ちょっと色素が抜けた感じの髪色で……めんどくせぇな。ギャルっぽい髪型と髪色でギャルっぽい制服の着崩し方してる女子だ。山田って名前のギャルを想像してくれたら大体当たると思う。

 最近肌寒くなってきたのに太ももを晒し続けてる辺り、コイツもどんなに寒くてもミニスカ命! タイプの筋金入りのツッパリ女子なんだと思う。


 山田が隣に座る。


「先輩の今日のお弁当は……かぁー、またお姉さんの手作りっスか? 愛されてるっスねぇ」


「ついでに作ってもらってるだけなんだけど。まぁ、そうだな」


 否定はしない。兄妹仲は良い方だし。


「で、そんな愛妻弁当を先輩はソロでもそもそと辛気臭く食べている、と」


「…………」


 今日はやけに一人を強調してくるな。

 山田の今のブームはぼっち煽りか。


 山田とは今年の春、今日と同じようにここで飯を食っている時に出会った。

 なんか些細なきっかけで話しかけ、予想外に会話が弾み、それ以来出会えば時たま会話する程度の仲だ。


 そして、コイツは妙な絡み癖を持っている。

 なんか会話を茶化すというか、からかうというか。

 その時々のブームで絡み方も変わってくるのだ。

 何が楽しいのか分からんが、俺が本当に嫌がるようなことはしてこないので適当に相手をしている。

 

「ぼっちなのはお前もだろ」


「いやいや、山田は友達多いっスよ?」


「じゃあなんでこんなところで俺と飯食ってんだよ」


「灰色の青春を送っている先輩に、ほんの少しでも色彩を知ってほしくて……」


「余計なお世話だ」


 そんなもん貰わなくても俺の日常は彩りに溢れているんだよ。

 朝の通学路、道端に咲く季節の花。転じて足元をさらう木枯らし。教室の窓から見えるは朱色の山々。ほら、色彩豊かだ。泣きたくなるね。


「でも先輩いっつもお昼休み一人で食べてるじゃないっスか? どうせ彼女もいないっしょ? ほら、いまだけは山田を彼女みたいに思ってくれていいっスよ。ほら先輩、あ~ん♡」


 そう言って山田は膝に広げた自分の弁当箱から卵焼きを取り出し、俺の方へ差し出してきた。

 普段ならどうということもないじゃれ合いなのだが、今は否応もなく過剰に意識してしまう。


「あれ、あれあれあれ? 先輩、もしかして顔赤くなってます? え、マジ? 照れちゃった感じ? うわ、珍し~。いつもなら真顔で流すのに」


「うぐ……」


 というのも。


 あの縁結びの神社で見た絵馬。俺と山田のフルネームが書かれていたのだ。綺麗な字で。


 勿論、俺は書いた覚えがないし、あんな字体でもない。

 となると書いたのは山田か、それともイタズラ目的の第三者か。

 どちらにしても、山田と話すにあたって少しばかり普段とは違う心持ちになってしまうのはしょうがないことだろう。


「うはぁ、赤面パイセンとか激レアじゃん。的中率2%のSSRじゃん。あっ、写真撮っていいスか? いいっスよね?」


 良くない。

 良くないが……ここで拒否するのではなく、ガン無視するのが普段の俺だ。

 平常を取り戻せ俺……パシャパシャうっせぇ! 連写すんな!


「おっこれよく撮れた。#お昼休み #デスパイと #ツーショット #赤面マジ卍 #顔面紅葉 #顔萌ゆ っと」


「え? もしかしてSNSに上げた? え、マジ?」


「心配しなくても山田は鍵垢っスよ」


 そういうことじゃねぇんだが。


「消してほしかったら山田のアカウントをフォローして該当ツイートをRTすることッスねぇ。当選者には投稿を消す権利をプレゼントっス!」


「抽選キャンペーン方式かよ」


「ほらほらいいんスかぁ~? 時間かければかけるほどRTが増えていくっスよぉ」

 

 しょうがない、付き合ってやるか……。

 俺はスマホを取り出し、アプリを起動する。


「お前のアカウント名なに?」


「イジらないで山田さん」


「お前怒られるぞ!?」


「ちょっと前まではからかい上手の山田さんだったっス」


「セーフかアウトかでいったら完全にアウトだな。怒られたくないなら変えとけ」


「分かったっス……」


 渋々といった様子でスマホを弄る山田。

 ほんとにそのアカウント名だったのかよ。


「はぁ……それで新しい名前は?」


「山田さん@裁判中」


「訴えられてんじゃねぇか」


「山田は最後まで諦めないっス! 必ず勝訴の二文字を先輩に掲げて見せるっスよ!」


「負けだよ完全に。むしろ勝てる要素なしだろうが」


 例え成〇堂や堺〇人でも山田を勝たせるのは無理だろう。

 

 再三挟まれる茶々入れを適当にあしらいながら、山田のアカウントをフォローし、RTをする。


「ほれ、RTしたぞ」


「どれどれ~。おっ、デスパイのアカウントゲット~♪ ……いやアカウント名『◎』って。何をアピールしてるんスかこれ。道理で探しても見つからねぇはずっスわ」


「うっせぇな適当に設定したんだよ。ちゃんとツイート消しとけよ。つーか気になってたけどデスパイってなんだよ」


「先輩いつも顔と目が死んでますからね。1年の間じゃ死んでる先輩。略してデスパイって呼ばれてるんスよ」


「なんだそのあだ名。初耳だぞ……」


「そりゃみんな聞かれないように言ってるっスからね」


「本人に知られてないあだ名って普通に陰口だよな……え、俺もしかしてイジメられてる? 後輩に?」


「山田は先輩をイジメたいっスね。……あっ、これなんか最近流行りのラブコメタイトルっぽくないスか? 大ヒット間違いなしっスよ」


「まだそのネタを擦るか」


「先輩は山田に擦られたいっスか?」


「いきなりおっさんみたいなセクハラぶっこんでくんな」


 山田はフフンとニヤけている。

 こいつといると喉が疲れてしょうがない。


「んあ、じゃあ次はデスパイね」


「人を助っ人外国人みたいな呼び方すんな……何やってんの?」


 山田がいきなり俺の方を向いて、口を開けたままの姿勢で止まった。


「さっき山田が先輩にあーんしたので、次は先輩が山田にあーんする番かと」


 あーんって交代制なの?

 俺が知らないだけでそうなの?


「いや、()なんだけど」


「なーに言ってんスか! 先輩みたいなのが山田みたいな女子とあーん出来る機会なんてこの先一生来ないっスよ? 今このチャンスを逃すのはおすすめしねぇス。これを逃したら先輩は……三十歳、フリーター、童貞、日々の無為さに嫌気がさし、昼間から安酒を煽る。そんな瞬間にふと後悔するんス。『あぁ、あの時美人で可愛い山田にあーんしてたら違う人生があったのになぁ』と」


「あーんを勝手に人の人生のターニングポイントに設定するな」


「そして人生に絶望した先輩は駅のホームに飛び込み……気付けば14年前の今日! 目の前には美人で可愛い山田が口開けて待ってる! さぁ、どうするんスか!?」


「レモンを目に絞ってやる」


「に、にぎゃああああ! 目が、目がぁ~!」


 山田が目を抑えて呻き出した。

 ノリのいいやつだ。弁当に入ってるレモンの切れ端なんかじゃほとんど果汁飛ばねぇのに。


 こいつと話してると色々と馬鹿らしくなってくるな……いいやもう、直接聞いてしまおう。


「山田さぁ、俺のこと好きなの?」


「え……」


 山田はぽかーんとした顔をした後、数秒してにやぁと口角を上げた。

 獲物が罠にかかったみたいなそんな顔だ。


「え? 先輩そう思いましたか? 思っちゃったっスか? 『山田、もしかして俺のこと好きなんじゃ……』とか思っちゃった感じっスか? こんな美少女と話しててその気になっちゃった感じっスかぁ~?」


 この上なくウザかったが俺は言葉をつづけた。


「いやな、俺もまさかとは思ったんだがな。この間○○神社に行ったんだよ」


「へ……? ○○神社?」


 山田の動きが止まった。

 何かを察したような、青ざめた顔。


「そうなんだよ。縁結びで有名なあの神社。姉貴の付き添いだったんだけどな。そこで何か妙なもん見つけたんだよ」


「な、何を見つけたんスかねぇ~」


「いやそれが。何故か俺と山田のフルネームが書かれた絵馬が奉納されてたんだよ。勿論俺は書いた覚えないし、不思議だなぁ~て思ってな。山田はなんか心当たりある?」


「い、いや……全然知らんっスねぇ」


 めっちゃ目泳いでる。めっちゃ青ざめてる。

 押されると弱いタイプかコイツ。


 てかこれもう確定したようなモンだな。山田に本当に心当たりがないならコイツは「え、先輩縁結びの神社とか行ったんスか? どんだけ女に飢えてんスかウケる」ぐらい言ってくるはずだし。


 ま、もうちょい遊ぶか。


「誰かのイタズラじゃないっスかねぇー……」


「俺も心当たりがない。お前にもない。となると……お前の言う通り、俺と山田両方を知ってる奴のイタズラってことになりそうだが。車で2時間半もかかる県外の神社にわざわざ行ってそんなイタズラするなんて相当な暇人だなぁ」 


「相当な暇人っスねぇー……」


「怖いよなぁ」


「怖いっスねぇー……」


 山田が言ったことを繰り返すBOTみたいになってる。


「俺としては、そんな奴がいるなら調べておいた方がいいと思うんだが。ほら、わざわざそんな面倒くさいイタズラする奴がいるなら、把握しておいた方がいいと思うんだよ」


「!? い、いや、そんなこと考えるぐらいなら! 未解決事件のこと一緒に考えるっスよ!」


「未解決事件?」


「そうっス! 3億円事件の3億円は結局どうなったのとか! なぜ工〇監督は無死満塁サヨナラのピンチに外野を後退させたのか、とか!」


 はちゃめちゃなこと言い出したな。

 焦ってんなぁ。あわわわとか言って泡吹きそうな勢いだ。


「前者は燃やしたか海外で資金洗浄でもしたんじゃね? 後者は地面が前進したんだよ。地動説だ」


「あわわわ……!」


 あわわわ言って泡吹いてる……。

 この状態の山田は見てて面白いな。いやコイツは普段から面白いが。


 まだまだ攻めるネタはあるが……そろそろ勘弁してやろう。


 俺はわざとらしく中庭の時計を見て、時間を確認した。


「ま、そろそろ昼休み終わるし。この件考えるのは後にするか」


「ほっ、永遠に後回しにするべきっス」


 あと数分でチャイムが鳴る。

 とっくに食い終わった弁当を片づけ、俺達はベンチから立ち上がった。


 そして、1年の教室棟へ向かおうとする山田を呼び止める。


「なぁ山田」


「な、何スか?」


 山田はまだ何かあるのか、とビクビクしてる感じだ。

 俺はそんな山田の様子を見て、やっぱこいつ観察すんのが一番面白いな、としみじみと思った。


「お前、意外と達筆なんだな」


「おっよく知ってるっスねぇ~。こう見えても書道教室に通ってたこともある……ん、スよ? ……あ、あ、あああ」


 自分の失言に気付いたのか、山田の顔はみるみるうちに赤くなっていく。


 俺はそれを見て反射的にスマホで写真を撮った。


「#赤面マジ卍 #顔面紅葉後輩 #顔萌ゆ と」


「ああああ! 消す、消すっスよ! だめっスいまの顔はぁーっ!」


「やだ、ホーム画面に設定してやる」


 そうして、俺たち二人の間に休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。


 これまでに何度も聞いてきて、これからも何度も二人で聞くことになる鐘の音だ。




先輩に構ってほしい後輩と大体分かってるけどあえて乗ってあげてる先輩のお話でした。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ほっ、永遠に後回しにするべきっス 後回しにしてほしくないくせに。してほしくないくせにぃ! 普通に先輩も脈アリの反応しやがるしよぉ…かー!これがアオハルってやつか。かぁー!
[一言] 鐘の音… 式場を連想させますねぇ
[一言] で、続きはどうなっているのかね?
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