鬼畜な伝説と思考
それから数十分後僕たち四人は僕の家に集まっていた。あのままカフェで話を続けるのもお店の人に迷惑をかけてしまうと思ったからだ。
その後行く当てもなかった僕たちは比較的近くて一人暮らしをしている僕の家に来ることになったのだ。
僕は三人に座布団を進めながらカフェからここまでくる間一言も喋っていない角堀先輩にわざと感情を押し殺しながら声をかけた。
「さあ、先輩話してもらいますよ。一体過去に何があったのか。僕たちに何をしてほしいのか。洗いざらい全部」
僕の言葉にビクッと反応すると恐る恐るうつむいていた顔を上げた。
その弱々しさには今日の部活中のような優雅さはなかったが、部活中よりも美しく感じた。
これから真面目な話をするであろうに一体何を考えているんだ僕は……
「あのね、今から話すことはだれにも言わないでほしいの。お願い」
本当に角堀先輩なのか不安になるようなか細い声だった。
僕を含めてこの場にいる全員がゆっくりとうなずいた。
僕たちが了承したことで少しほっとしたのか胸をなでおろすと表情を硬くして語り始めた。
「どこから話せばいいのかしら。まずはあの大会まで遡るの。私が初めて神である貴方様に出会うことが出来た電脳王戦まで。私はあの大会が始まるまで負けたことがなかったの。同年代は勿論のこと大学生や社会人の人にも。だから私は当然優勝して来光への挑戦権を手に入れることが出来ると思っていた。でもそれはただの傲慢だった。上には上がいると気づかされたの。他でもない貴方様の機上両馬様のおかげで」
僕は黙って角堀先輩の話を聞いていたが頭の中は混乱していた。
いま彼女はなんて言った?神である?誰が?僕が!?
僕が混乱しているさなかでも彼女の話は続く。
「それまでの私は天狗になっていて対局相手、親や友人にもきつく当たっていたの。弱者に用はない!!ってね。だから私には仲の良い友人何て皆無だったの。まぁ仕方ないわよね?当時の私は本当に嫌な奴だったもの。だから私はどんなにボロクソにののしられても仕方がないって思ってたの。でも貴方様は違った。こんな私にも優しく接してくれた。今まで私は優しくされたこともしたこともなかったから感動したの。単純な女と思うかもしれないけど私は本当に救われた気持ちになったの。当時私は実の親に暴力を振るわれていていてね。それでも私の態度は良くないものだったと今ではわかる。だから私は態度を改めることにした。できるだけフワフワした口調を心がけて回りとの軋轢を起こさないようにしたの」
あのフワフワした口調にはそんな訳があったのか。でも僕のこと関係ないよね。
角堀先輩は僕の方をちらりと見ると表情に影を落とした。
「そんなことがあって私には友人が何人もできたの。その中には私のことが好きだといってくる奴がいたわ。私はそいつに呼ばれて体育館裏に向かったの。そこで告白されたわ。
私は両馬様一筋だったからその場で断った。そしたら急にそいつが豹変して襲い掛かってきたの。とっさのことだったから私、抵抗できなくて本当に怖かった。このまま殺されるんじゃないかとも思ったわ。偶々体育科の先生が通ってくれたおかげで助かったけど、それから私は男の子のことが怖くてたまらないの。仲良くなってもまた襲われるんじゃないかってね。だから今日あいつに言い寄られた時にかばってくれて本当にうれしかった。やっぱり私のことを救ってくれるのは貴方様しかいないの。私だけの王子様♡」
そういうと角堀先輩は正面に座っていた僕に抱きかかってきた。
その目はまるで怪しい宗教の狂信者のそれだった。
僕は彼女の柔らかくて暖かい肢体の感触を味わいながら口を開いた。
「とりあえず先輩の過去のことは分かりました。それを加味したうえで僕たちは何をすればいいんですか」
そう、彼女は協力してほしいといっていたが具体的には何も話していないのだ。
すると今まで黙って角堀先輩の話を聞いていた桂葉がおずおずと声を上げた。
「ねえ、一つ聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」
僕と先輩は黙ってうなずいて先を促した。
「さっきの話を聞いてて思ったんですけど愛花先輩のトラウマっていうのが告白を断った男子に襲われたってことですよね。それが原因で男子が怖くなったと。けど唯一優しくしてくれて今日もかばった両馬のことを尊敬?していると。今日あった軽薄男とのことを教えてもらえませんか。どこかで見たことあるような気がするんです」
それに答えたのは狐来乃だった。
「あの男は元奨励会員ですわ。たしか現役の時に愛花さんに完膚なきまでに叩きのめされてから人が変わったかのように愛花さんに絡むようになったと。ここら辺の将棋指しの間では有名な話ですわ」
「もっと正確に言うと私を襲った男の双子の弟なのよ。それこそ眼鏡を掛けてるかどうかの違いしかないのよ。だからあの男を見ると襲われた時のことを思い出しちゃってね。あいつとは違うって頭ではわかってるんだけど」
そういい愛花先輩はハハハと力なく笑った。
それもそうだろうなと思う。
まぁ僕のことを神だの何のというのは一度わきに寄せることにして僕は思考を巡らせる。
僕は急速に思考の闇に落ちていった。
「両馬様、桂葉ちゃんに狐来乃さんも三人にお願いしたいことは私をあの男の呪縛から解放してほしいの。もうあんな思いするのは嫌なのよ!今でも夢に出てくるの」
僕は頷くと、
「やっと聞けましたね。おかしいと思ったんですよ、先輩の棋譜を見てこんなに恐々と指してる怯えた将棋を指す棋士に心当たりが無かったので。良かった僕の読み違いじゃなくて」
すると狐来乃と桂葉が僕の方を非難の色が混じった目でみつめてきた。
「どうかした?」
「どうかしたって、あなた自覚がありませんの!?さっきから口調も変わってますし、殺気のようなものが駄々洩れですのよ!?正直この場から逃げ出したい気分ですわ」
狐来乃に続いて桂葉も、
「私も同感。両馬大丈夫なの?普段と雰囲気が全然違うわよ。こう……なんて言ったらいいのかしら対局中の集中力を数倍に濃縮したようなおぞましい気配を振りまいてるわよ。一体この数年間に何があったの。前はこんな気出さなかったじゃない!?それにカフェにいるときから思ってたけど両馬には何が観えてるの」
と怯えた表情で問いかけてきた。
僕は少し考えてあることに思い至った。
どうやら僕は少々気持ちが高ぶってるらしい。
その証拠に僕以外の三人は僕の方を怯えた表情で見つめている。
「ごめん、僕も少し興奮しているみたい。虐待に強姦、いじめ、実際に話を聞くと胸糞悪いね。僕は強いものが弱いものを害することがどうしても許せないんだ。それに弱いものがその現状を受け入れていることも。これはただの義憤。押し付けるつもりはないけど僕は受け入れることが出来ない。愛花先輩に強い口調になってしまったのは謝ります。でも僕の予想では愛花先輩は優しく慰めることを求めているわけではないと思うんです。現状を憂いで変えようとしている。それがわかったから僕は自分の言葉で現状を伝えてほしかっただけです」
僕がそういうと三人はそろってため息をついた。何かしたかな?
しばらくの沈黙ののち口を開いたのは桂葉だった。
「ねえ、両馬はさ、その、愛花先輩の話を聞いて慰めてほしいわけじゃないって言ってたけどどう思ってるの」
「どうって、何を求めてるかってこと?愛花先輩に直接聞いた方が良いと思うけど僕の読みを教えるなら多分……」
そこで僕の言葉は止まった愛花先輩が手で止めてきたのだ。
僕は肩をすくめると愛花先輩に続きを譲った。
「私は確かに慰めは求めてなかったわ。かといって厳しい言葉を求めていたわけでもないんだけどね」
そういって彼女は僕の方を見つめてきた。その視線には避難の色は混じってなかった。
「私が求めていたのは普段通り接してくれることだったの」
だったということは今は違うということだろう。
「でもね私の中には現状に不満どころか憎悪を抱いている自分がいることも確かだったの。
きっと両馬様はそのどちらの私も理解したうえで憎悪に飲まれている内なる私をたきつけて現状を変えさせようとしたのね。ちょっと前までの私なら簡単にその口車に乗せれていたと思うわ。でも今なら確信持てるの、きっと両馬様はそのどちらも望んでないと。私が負の感情を直視したうえで現状をよりよくしていくために努力しろとそういっていらっしゃるのよ」
色々酷いことを言われていると思うがおおむね正しかった。
「だからと言ってここまでしますか普通!?」
狐来乃が我慢ならないといわんばかりに僕に食いつてきた。
顔と顔がぶつかりそうなほど接近する。ほのかにいい香りがしてドキドキした。
「あら?急に殺気がなくなりましたわね?一体どうしたのでしょう!?」
そこで狐来乃は今の自分の状態に気が付いたと言わんばかりに顔を赤くした。
そう僕は女の子に対する耐性がない。皆無と言っていい。
そんな僕が文句なしの美少女である狐来乃に顔がぶつかりそうなほど接近されたらどうなるのか。変に意識してしまって集中力が続くはずもない。一度集中力が切れてしまったらもうどうすることもできない。僕は今何も考えることが出来なくなっている。
それを知ってか知らずか桂葉がジトっとした目でにらんでいた。
「ついさっきまで殺気を放っていた奴とは思えない程ね両馬?やっぱり狐来乃ちゃんみたいにスレンダーな子が好みなんだ。ふーん」
桂葉は狐来乃のある部分を見ながら悪態をついてくる。そこで桂葉が自分のどの部位を見ているのかに気が付いた狐来乃はさらに顔を赤くしてその部分を腕で隠しながら僕から後ずさっていった。
「ちょっと桂葉さん何を言っておりますの!?確かにわたくしはあなた方二人に比べたら小さいですけども!!」
「えっ、これもうシリアスな雰囲気じゃなくなってるの!?」
気が動転していたのか素の口調で困惑をあらわにする愛花。
その目はぎゃぁぎゃぁ騒ぐ二人を目を驚愕の表情で見つめていた。
僕は苦笑しながらも愛花先輩に近づいていった。
「あの二人を見てみてください。あんなに騒いで先輩の過去の話を聞いたばかりなのに。
でも僕が伝えたいのはあの二人みたいなことです」
こいつ何言ってんだという目で見つめ返された。
「多分ですけど先輩が本当に求めているのは彼女たちのように普通の生活、普通の高校生としての青春だと思うんです」
僕はそこで言葉を切った。ここから先のことを言ううべきかどうか逡巡したからだ。
だが結局僕は言うことにした。
「でも先輩はもう手に入れていた。あの二人や僕はもう先輩のことを部活の仲間だと思ってますよ。友達だっていうかもしれないですね。だからそんな暗い顔しないでくださいよ。何かあったら今度は僕たちを頼ってください。何ができるか分かりませんけどね」
僕は最後の方を苦笑と共に言った。
愛花先輩はポカンとしていた。その表情が何故か面白く僕は笑ってしまった。
「もう人が真剣に悩んでたのがバカみたいじゃないの~!これからは頼りにして使いつぶしてあげるわ~」
僕の言葉で吹っ切れたのか分からないが部活中に見せていたふんわりとした口調に戻っていた。
僕たちの一件落着ムードを感じ取ったのかじゃれ合っていた狐来乃と桂葉が僕たちの方にそろって歩いてきた。
「先輩聞いて下さいよ!両馬貧乳専なんですよ!さっきも先輩泣きそうになってるのに狐来乃ちゃんに近寄られて赤面していたんですよ!!ひどいと思いません」
「ちょっと桂葉さんもう隠さなくなりましたわね!?わたくしはまだ成長期でしてよ!」
「ふふっ、え~狐来乃ちゃん最初に対局した時から大きくなってないじゃない~。わたしはともかく桂葉ちゃんにすら負けてるじゃないのよ~。それに、両馬君はまだ巨乳の良さに気が付いてないだけよ~。わたしがしっかりと巨乳の良さを教えてあげるから安心して桂葉ちゃん」
「確かにわたくしはお二人には敵いませんけれども!形には自信ありましてよ」
それからも三人は僕がいるにも関わらず夜遅くまで僕の家でおっぱい談議に花を咲かせていた。
勿論三人はお隣さん、すなわち桂葉の家に泊まっていったので僕は誓って何もしていない。