愛花先輩の覚悟
そのあとしばらく三人で他愛もない話に花を咲かせていると僕の携帯が着信を告げた。
僕は二人に断ってから電話に出る。
「もしもし機上です」
『もしもし両馬君?愛花です。今大丈夫?』
僕は大丈夫だと告げると愛花はほっとしたようだった。
『両馬君は今何をしているの?』
「今ですか、狐来乃と桂葉がうちに来ていたので話してたとこですよ。先輩はどうしたんですか。急に電話かけてきたりして」
すると電話の向こうで愛花先輩が息を飲む微かな音が聞こえてきた。
『えっと、もしかして二人は両馬君の家にいるの~?こんな時間に~?』
「今日僕の帰った後のことを教えに来てくれたんですよ。あと、虎徹の所属チームのメンバーのこととか」
そして僕は二人に聞いた話を愛花先輩に伝える。
多分愛花先輩も僕に伝えようとしてくれたのだろうから二度手間にならないようしたかったからだ。
勿論桂葉が≪絶氷≫と戦いたいといっていることも伝えた。
理由はプライバシーなことだからと大まかなことしか伝えなかったが。
『なるほど理解したわ~。わたしが伝えることはほとんど残ってなさそうね~。あるとすれば当日わたしに軽薄男とやらせてほしいって頼むことと~、山田さんが加納ちゃんとの対局を望んでいることくらいかしら~』
僕はどう返事をしたらいいのか戸惑っていた。
口調とは裏腹にその声には真剣な気持ちがありありと込められているように感じた。
しばらく考えて、このままでは埒が明かないと思い一つづつ解決していこうという考えに至った。
「えと、いくつか聞きたいんですがまず何故軽薄男とやりたいのか教えてもらっていいですか。全く気持ちが分からないわけではないですけどあんまり自分からかかわりたくないような気がしていたので」
『簡単なことよ~。あの日わたしは自分の悩みや恐怖を直視できるようになったけどまだまだ怖いものは怖くてね』
彼女の言葉にそれはそうだろうと一人で納得した。
長年抱えたトラウマがたったの数日で治ることはありえない。もっと深く根幹まで根強く包み込んで支配してくるものがトラウマだからだ。
僕だって完全にトラウマを克服できてはいない。
『だからこそ簡単には消せないと思うけどせめてけじめだけでもつけたいの。じぶんのなかでね。真正面からトラウマごとたたき伏せるつもりよ。だからお願い、わたしにあの男と戦わせて』
僕には彼女の覚悟を踏みにじる権利はない。
むしろ同じようにトラウマを抱えるものとして彼女の覚悟に畏敬の念を抱くほどだった。
「もちろん構いませんよ。僕としては止める理由がないですよ。さっきも言ったように僕にもその気持ちが分からないわけではないですから。他のメンバーが良いなら何も言いませんよ。先輩の強さは信頼していますから。それで山田先輩でしたっけなぜその人が加納ちゃん?って人とやりたがってるんです?」
僕は一番気になっていることを愛花先輩に突っ込んだ。
『ふふっ、ならその信頼には答えなくちゃねっ。それからまず加納ちゃんは≪無形≫って言った方がいいかしら~。庵曇高校のメンバー唯一の女の子なの~。それで山田さんは加納ちゃんの幼馴染で元カレらしいわ~。なんでも加納ちゃんは小動物とかで実験を繰り返していたらしくてね~。それがどんどんエスカレートしていっているから何とかして止めたいらしいのよ。でね、一回止めようとしたらしいのだけど見事に失敗したみたいで~。それでその時に止めたいなら将棋で勝てって言われたみたいなのよ~。それでわたしたちが大会に出ることを知って頭を下げてきたの~。わたしは彼の気持ちを尊重したいのだけどどうかしら~?』
僕は黙って愛花先輩の声を黙って聞いていた。
「僕は問題ないですよ。多分二人も大丈夫だっていうと思いますし。ただなんでみんな僕に確認とるんですかね。普通は部長の愛花先輩とか最年長の山田先輩とかに確認とると思うんですけど」
僕はそこがずっと気になっていた。
僕に確認とる意味が全く持って分からなかったからだ。
『あら~、それは簡単なことで私たち全員があなたのことをリーダーだと思っているからよ~。それにあなたは本当に無理だと思うことは絶対に許さないでしょ~?だから信頼しているのよ私たちは~』
何を当然のことを言っているんだと言わんばかりの愛花先輩に僕は何と言っていいのかわからなかった。
信頼されて嬉しい気持ちと、少し怖がられているようで悲しい気持ちとが胸の内でせめぎ合っているようだ。
『それともし言いたくなかったら言わなくてもいいのだけど今日うちの学校にいたあの子との関係を教えてくれないかしら』
愛花先輩は急に真面目な口調になるとそう切り出してきた。
多分こんな遅くに電話をしてきた一番の理由はそこだろう。
部長として部員の問題は把握しておきたいのかもしれない。
僕と虎徹の関係。
多分桂葉たちも気になっているはずだ。
桂葉も愛花先輩もまだあったことないけど山田先輩も本心を語って望みの相手を教えてくれた。僕だけが何も教えないのはきっとフェアじゃないとは思う。
僕は意を決して彼女たちに伝えることを決めた。




