伝説の始まりと終わり
その日将棋界に衝撃が走った。
負けてしまったのだ。
将棋界最強の男が。
それだけならまだいい。
どれほど強い者であっても負けることはあるだろう。
だが負けた相手がAIであったことが問題だった。
勿論この事をマスコミは大きく取り上げた。
遂にAIは人類を越えたと。
それはある意味では正しかったその半年後までは。
最恐のAI来光がアマチュアの中学生に倒されてしまったのだ。
当然マスコミは騒いだ。その少年の気持ちなど理解しようともせず。
「機上君今の気持ちはどう?」「もちろんプロになるよね!」
「名人を倒したAIを倒した中学生、君は将棋界の希望になるよ!!」
連日マスコミは彼を追いかけた。学校は勿論、家にまで押し掛けて来ることもあった。
そんな生活が一月たった頃、遂に彼の限界が来てしまった。
「お願いだから帰ってくれ!!こんなことになるなら、あんな大会なんてでなければ良かった‼️あんたらはなにも知らないだろうけどな、あんたらのせいで学校に居場所がなくなってるんだよ‼️僕はもう将棋を辞めたんだ‼️だからもうほっといてくれ‼️」
それは13に成ったばかりの少年の本心の叫びだった。
それからだ、その少年が引きこもりになったのは。
「何で僕なんかに構うんだよ。僕はただの中学生なのに。ただただ普通に生活がしたいだけだったのに」今にも消え入るような声で彼は呟く。あの出来事から二年その少年は高校受験を迎えていた。
彼はいまだにあの出来事を夢に見る。
さらに将棋に関係あるものを見るだけで精神的な苦痛を感じていた。
そのときまでは……
それは中学校の卒業式の帰りのことだった。
一年以上引きこもっていたから仕方がないが彼には友達がいなかった。
たった一人の幼馴染を除けば。
だが彼女も友達かと聞かれると首を傾げざるを得ない。
ー何故ならー
「両馬あなた卒業式参加してたの?友達が居ないくせに良くやるわ。そういえばあんた進路はどうなったの?」
唯一彼が話すことができるが限りなく苦手な部類に入る少女。
頂姫桂葉彼の幼なじみであり彼の家の隣に一人暮らししている。
腰まで伸ばした黒髪と鋭い目つきが特徴の彼女は何故かいつも両馬に冷たく当たってくるのだ。
昔はそんなことも無かったが、いつ頃からかきつく当たってくるようになったのだ。
「桂葉か。そう言われてもしかたないでしょあんなの。本当にトラウマで学校にも行ってなかったんだから。進学は出来たよ。近くの私立高校に」
「もしかしてあなたも桜花学園に?またあなたと一緒の学校なの?どんだけ腐れ縁なのよ私たち」
呆れたように言う桂葉の言葉に両馬は、
「そう言われてもたまたまでしょ?僕だって桂葉と同じ学校だなんて今知ったんだから」
「ま、それもそうね。そうだ、あなたに言いたいことがあったのよ」
言いたいこと?両馬には全く心当たりがなかった。
鋭い目つきをさらに細め睨みつけるかのように両馬を射すくめると桂葉はこう切り出した。
「まだあのときのことトラウマなんでしょ?でもあなたは将棋のことを嫌いになった訳じゃないと思うの。だかr「やめてくれっ!」」
その声にビクッとして桂葉は両馬の顔を見た。
そこには今にも死んでしまうのではないかと言うほど顔を青白く染めた目の焦点が合っていない両馬の姿があった。
「そんなことは分かってるんだよ。僕だって。でも将棋のことを考えるとあの時の地獄のような日々が蘇ってくるんだよ。僕にはもう無理なんだ」
それを聞いた桂葉は呆れたような口調でさらに続ける。
「あっそう。でもねこれだけは覚えておいて。将棋は悪くない。悪いのは全部マスコミやそれを止めることができなかった私達周りの人間なの。それに私はうじうじしてるあんたなんてもう見てられない。あんたが本気でトラウマを克服しようとしてるならもう一度将棋に向き合ってみなさい」
そう言い残し彼女は先に走って行ってしまった。
「将棋にもう一度向き合う、か……」彼は家に帰って暫くその言葉が頭から離れなかった。
そして無意識のうちに押し入れの奥から将棋盤と駒を取り出して、それらを暫く見つめていた。
そして決心する。
高校で将棋をやり直そう。
またあの地獄の日々が待っているかも知れない。
でももう一度だけやってみたくなった。
大会にはまだ出れそうもないけどもう一度だけ盤の前に座りたくなったのだ。
それがたとえどのような結果に成ろうとも。
そして迎えた高校の入学式と部活決め週間。
両馬は将棋部の部室に向かっていた。
教室棟から少し離れた場所にある文化部室棟。
三階建てのその建物の二階の一番奥の部屋。
そこが将棋部の部室だった。
だがいざ部室に着いてみるもそこで尻込みしてしまった。
正直に言うと怖かった。
あの時のことを知っている人が居るだろうから。
その場で5分、10分と時間が経とうとしているとき、
「あの~将棋部の見学ですか~?」
後ろからおっとりとした柔らかい声がした。
恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこには天使がいた。
優しそうな顔、ふわふわとした茶色い髪の毛。
そしてなんと言っても制服の上から主張している大きな丘陵。
そして上級生であることを証明する青のリボンをしていた。
だがこの時両馬は焦っていた。
何故なら彼は幼なじみである桂葉としかまともに女子と話すことが出来ず、女子への免疫が全くと言って良いほど無かった。
「あ、えと、その~」
「ふふっ、面白い人ですねぇ~取り敢えず中へどうぞ~」
彼女はそう言ってほほ笑むと部室の戸は開けられた。
部室の中には二人の少女がいた。
「あら?結局来たのね?もう一度向き合う気になったのね。でも将棋部に入る気なら一言くらい言いなさいよ。ま、これからよろしく頼むわ」
「あらあら、あなた様も入部希望者ですかしら?歓迎いたしますわ。わたくしは神崎狐来乃といいますの。以後お見知りおきを」
一人は腐れ縁の幼なじみである頂姫桂葉。
もう一人はお嬢様口調とショートヘアーが特徴の我の強そうな女の子だった。
「まぁ今年は入部希望者が3人も居るなんて♪去年は私だけだったから嬉しいわぁ。」
そう言ってほほ笑む先輩は本当に嬉しそうだ。
すると彼女は口元に手を持っていき申し訳なさそうな表情をして、
「あら、私としたことが自己紹介がまだでしたねぇ。私の名前は角堀愛香。一応部長をやらせてもらっているわぁ~。これからよろしくね?神崎さん桂葉さん、機上両馬くん?」
なんでこの人僕の名前を?
僕の疑問に答えるように先輩は微笑んだ。
「フフッ。あなたの自己紹介はいりませんよ。二年前だったかしら?あなたと対局してるのよ?あの最強のAIに挑戦するための大会。両馬くんからしたらあんまりいい思い出じゃないのかしら?あの戦いの後姿を消してしまった史上最高の天才中学生。それがあなたなのよね?私が唯一負けた同年代の男の子。これでも中学時代から全国4連覇中なのよ?意外かしら?」
僕にとってはまさにいい思い出ではない。
むしろトラウマだといえる事柄にあえて突っ込んできている。
彼女の表情からは純粋な自己紹介であるということは理解できる。
理解できるが、それがあのマスコミたちとダブって見えた。
僕は脂汗がでるのが分かった。
「こいつあの時マスコミ達に追い掛け回されたのが酷くトラウマみたいで。余り詮索しないであげてください」
驚いた、まさかあの桂葉が僕のことをかばってくれるとは思わなかった。
思わず桂葉のことを見つめてしまう。
すると僕の視線に気が付いたのか少し顔を赤らめて明後日の方向を見て、
「ふっ、ふん。あんたがこの話がダメなのは私が一番知ってるんだからもしそれであんたが入ってくれないと大会出られなくなっちゃうからだからあんたを助けるつもりはないの!勘違いしないでね」
一息で言い切りやがった。初めて桂葉が僕のことをかばってくれたことがうれしかったのに...否定されたら傷つくぞ...
だが僕は別のことに気を取られていた。
「僕が入らないと大会出れないの?」
桂葉は確かにそういった。
この部室内に僕以外に三人。
他の先輩方がいると思っていたが、もしかして?
「今部員は貴方たちを含めても四人しかいないの~。それで団体戦は男女混合と、男子の部しかないのよ~。だからあなたが入ってくれないと私たちは団体戦でれないのよ~。分かってくれたかしら?」
成程そういうことか。
なら謝らなければ。
「すいません、僕は大会に参加するつもりがないんです」