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第百七話 岩村城攻防戦 その二


信濃国 浪合関所 山県三郎兵衛尉昌景


「お待たせを致しました。(秋山)伯耆守殿。」


御屋形様より秋山伯耆守殿が任された飯田城を発し、間もなく美濃国との国境となる浪合の関所に辿り着くと、伯耆守殿がこの地にて陣を張り暫し留まると申された。

美濃国と信濃国の国境は多くの山が連なり、軍を動かすにもなかなかに難儀をしており、これから美濃国に入っても険しき行軍が続く事が懸念されていた為、浪合の関所にて休息を取ることに同意したのだが、この地に留まり既に五日が経っておる。

此度の美濃攻めの総大将は伯耆守殿であり、儂は伯耆守殿を支える副将であったため、この関所での逗留に対し思うところはあったとしても、僅か五日ほどで文句をつける訳にも行かず、少々苛立ちが募っていたところであった。

そんな時に伯耆守殿の使い番が儂の下にやって来たのだ。何事かと思い関所に入ると、伯耆守殿は目の間に広げた絵図面を睨み付けているところであった。


「三郎兵衛尉殿、よう参られた!

誰かぁ、三郎兵衛尉殿に茶をお持ち致せぇ!!」


儂が声を掛けると、睨み付けていた絵図面から視線を上げた伯耆守殿は歓迎の言葉と共に儂に茶を持って参る様にと声を上げられた。

儂は軽く目礼して、伯耆守殿の傍らへと腰を下ろし先ほどまで伯耆守殿が睨み付けていた絵図面に視線を落とした。


「…これは、もしや岩村城とその周辺の絵図面にござるか!?」


広がっていたのはこれから攻め入ろうとしている美濃の岩村城とその周辺の様子を書き写した絵図面であった。岩村城は険しい山の上に築かれた山城で、その起こりは源頼朝公に仕えた加藤景廉の嫡男・景朝が築いたとされる名城。

難攻不落とまでは申さぬが、城を落とすには多大な労力が必要になると覚悟していたのだ。その城の絵図面を入手出来ていれば、策も練り易くなると言うもの。その絵図面が目の前に在ることが俄には信じられず、思わず伯耆守殿に対して問い掛ける言葉を口にしていた。


「驚かれた様じゃな、三郎兵衛尉殿。紛う方無き岩村城とその周辺の事が描かれた絵図面じゃ。」


儂の問いに対し、伯耆守殿は視線を絵図面から外して儂の方を見ると、ニンマリと笑みを浮かべ目の前に在る絵図面が岩村城の物であると明言した。


「その様な物を一体どうやって手に入れられたのでござるか?」


言い切って見せた伯耆守殿に、どうやって入手したのか思わず問い掛けると、笑みを深めた伯耆守殿は事の次第を話して聞かせてくれた。


「三郎兵衛尉殿も知っておられる事と思うが、岩村城とその周辺を治める遠山家は以前から武田家と織田家に両属する形をとって来た。

ただ、近年では織田から姫君が輿入れした事で織田家へ傾倒しているが、それでも両属していた頃の関わりが無くなった訳ではござらぬ。今も、内密に我らと繋ぎを付けている者が少なからず居るのだ。その者に此度の上洛にまつわる我らの動きを伝えると、この絵図面を手土産に内応すると伝えて来たのよ。」


「まさか、一向門徒が我らの動きに合わせて一揆を起こす事まで口にしたのではあるまいなぁ!?」


信濃との国境を治める遠山家の者たちは、これまで信濃を押さえた我ら武田方と美濃国を治める武家の‥斎藤家が美濃国の国主であった時は斎藤家に、斎藤家が織田家に取って代わられると織田家にとの臣従する先を変え武田家にも美濃を治める大名家にも臣従する両属状態にて領地を守って来た。

本来ならば両属など許されるものではないのだが、織田弾正忠は武田家の力を恐れてか武田家と事を構えようとはせず、同盟を求め遠山家の者は武田家と織田家の同盟に尽力し両属の利点を生かしたといえた。

しかし、御屋形様の御下知により織田家との同盟を破棄し、上洛の過程でその道程に在る織田家と一戦交える事となれば、両属など許されぬ。

武田家の軍門に降り臣従するか、然もなくば打ち滅ぼすかのどちらかと考えていた。

その相手に、織田家に対する秘中の秘である一向門徒の動きまで伝えるなど言語道断と、思わず語気が荒くなってしまった。

そんな儂に伯耆守殿は然も面白そうに相好を歪め、


「ご案じ召さるな、三郎兵衛尉殿。岩村の者が一向門徒と我らの動きを知ったところで織田に知らせる様な事はありませぬ。むしろ、一向門徒が動けば織田は本領である尾張の守りを固めようとして兵を割くため、己らが孤立すると顔を青くしておりましたぞ。

そして、「是が非でも亡き遠山大和守様が御正室である、お艶の方を説き伏せる故それまでは城攻めはお控えいただきたい。もし、お艶の方が承服しなかった時に備えて岩村城とその周辺の絵図面を御渡しするので、我らが内応する機に合わせ即座に攻め入り城を落として欲しい」そう申し出て来たのでござる。」


と、力強く答えた。しかし、儂は伯耆守殿が何処か浮かれておられるような気がして仕方がなかった。

確かに、伯耆守殿の申された通り岩村城とその周辺を押さえる遠山家は織田と武田のどちらにも良い顔をし優位な方についてこれまで命脈を保ってきた。

その動きは一見軟弱に見えるが、力の無い国人領主が旗の色を明らかにせず、その時々において旗色を変える事は良くある事。むしろ、その様な日和見をしながらこれまで命脈を保って来たとなれば、類まれなる強かさを持っていると見た方が良いのではないのか?更に、織田からの姫を正室に向かえ当主が無くなれば織田の血筋から養子まで送られその後見となる城代までも織田家を長年に渡り支えて来た家臣を付けたという事は、織田が遠山家と岩村城を重く見ていると考えた方が良いのではないかと儂には思えたのだ。

 とは言え、此度の上洛に向けて行われる岩村城攻めは、伯耆守殿が主力として当たり、儂は岩村城攻めが終わり次第兵を率いて美濃から南下し三河の岡崎城に居る徳川の兵をけん制しつつ、信濃から遠江に南下する御屋形様の本隊に合流しなければならぬ為、この場は伯耆守殿の策に乗るが吉とするしかなかった。


…だが、岩村城に迫り城攻めが始まった時、儂は伯耆守殿が取る策に懸念を告げなかった事を後悔する事となるのだった。


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