第百四話 対武田の軍議
美濃国 岐阜城 北畠兵庫頭信顕
「甲斐の徳栄軒殿が上洛だと?それは真なのか兵庫頭!」
百地丹波守から伝えられた甲斐の虎が動くとの知らせを六角の左京大夫兄上と父・信長に報せたところ、父上から美濃の岐阜城に呼出しがあった。
勿論、甲斐の動きについてではあったがその事が他に知れると騒ぎが大きくなり、甲斐の動きに乗じて良からぬ事を考える者も現れるかもしれぬ為、名目は徳姫が嫁いだ蒲生左兵衛大夫賦秀と共に父上への顔見世という事であった。
その為、この場に集まったのは父上との対面を済ませた左兵衛大夫と俺、それから勘九郎兄上という極限られた面子であり、左兵衛大夫は左京大夫兄上の名代をも兼ねている為、酷く緊張していたものの左京大夫兄上から俺からの報せを伝えられていたらしく、特に取り乱すことは無かったが勘九郎兄上は父から報せをこの場で初めて聞かされたのか、情報の出元である俺に真偽の程を問い質して来た。
勘九郎兄上は徳栄軒の娘である松姫と婚約していたため徳栄軒が上洛すると聞いて問い質さずにはいられなかったのだろう。
勘九郎兄上と松姫の婚約は織田家と武田家が誼を交わし、矛を交えぬとの約定も意味していたが、それだけでなく婚姻の約定を交わしてからと言うもの勘九郎兄上は松姫と数多の文を交わし、まだ顔も見ぬ内から大変な恋仲であるとのもっぱらの評判になっていた。
そんな松姫の父である徳栄軒が軍を率いて上洛するという。本来ならば都への通り道となる尾張や美濃を治める織田家に対しその旨が伝えられて然るべきなのだが、正式な使者が来ている訳でもなく、文を交わす松姫からは一切この件について勘九郎兄上に伝えて来ていないという事は、武田家が織田家と敵対するという事であり、勘九郎兄上と松姫との婚約も破棄された事を意味していた。
「はっ。残念ながら真の事にござりまする。」
「っく、何たることか…。」
断言する俺の答えに勘九郎兄上は苦悶の表情を浮かべられた。そんな勘九郎兄上の心情に寄り添いたいと思いつつも、更なる追い打ちとなる報せを口にしなければならず、忸怩たる思いを抱きながらも俺は続けなければならなかった。
「丹波守の調べによれば、徳栄軒殿の上洛にはそれを唆した者がおりまする。」
「‥公方か。」
そう返したのは苛立ちの表情を浮かべた父・信長だった。父の言葉に俺は小さく頷き、
「はい。公方様は徳栄軒殿が上洛の途に就くのに合わせ都にて蜂起なされるおつもりの様にござりまする。その事を御内書にしたため各地の大名に送っている様にござりまする。
もっとも、公方様の御内書に呼応し徳栄軒殿の上洛に合流しようとする大名は今のところ居らぬ様にござりますが、徳栄軒殿に国を奪われた今川治部大輔氏真殿を匿う北条家は再び武田家との同盟を約した様にござりまする。
このため徳栄軒殿は後顧の憂い無く上洛の途に就ける由。この同盟には公方様の意を受けた幕臣が動いていた事を丹波守の手の者が掴んでまいりました。」
「流石は“手紙公方”よな。中々やるではないか、だがそこまで用意周到に動いていたという事はそれだけではあるまい。」
「はい。千賀地伊賀守に畿内での動きを探らせたところ、公方様は本願寺と結び徳栄軒殿の上洛への動きに合わせて、再び長島と越前・加賀で一揆を起こす事を考えている様にござります。」
「…本願寺の生臭坊主め、性懲りも無く再び門徒等を煽動し一揆を起こそうと画策するか!一度目は恩情を恵んでやったが二度目は無い。一揆を起こした門徒共々根切りにしてくれるわ!!」
俺が告げた畿内で起きている動きを耳にした父上は、それまで泰然とした態度が一変し目は吊り上がり体中から溢れ出した怒気がまるで炎を纏っているかの様に幻視させ、正に史実で第六天魔王を自称した覇王・織田信長を思わせる姿を見せた。
その姿に、勘九郎兄上は息を呑み、左兵衛大夫は小さな悲鳴の様な呻き声を漏らすと体を小刻みに震えていた。
「お待ち下さい。加賀と越前は某には分かりませぬが長島の願証寺では先の一揆においての寛大な処置に織田家に心を寄せる門徒も多く、本願寺に出向いた証意殿は一揆を起こす事に反対したそうにござります。しかし、本願寺光佐の強い申し入れに抗しきれず一揆を起こす事を了承したとか。そんな証意殿が死去された時、願証寺では証意殿を害したのは織田の手の者だとの噂が広がった事を掴んでおります。
某の邪推やもしれませぬが、本願寺光佐の手の者が一揆を起こす事に難色を示した証意殿を害し、あたかも織田家が画策したように噂を流して門徒の心を操っているのではないかと。もしそうであれば、本願寺光佐の悪辣非道を世に明らかにする事こそがこの後の天下静謐(天下統一)にとって肝要ではないかと考えますが如何にござりましょうか!」
俺の言葉に一瞬虚を突かれたように呆けた表情を浮かべた父上であったが、俺が言った言葉の意味を理解すると、口元を吊り上げてニヤリと笑うと、
「ほぉ、さては兵庫頭には何やら考えが有る様だな。良かろう、願証寺については其の方に任せると致す。されど、加賀と越前で起こした一揆の責めがそれぞれの地の者共に負ってもらうこととする。越前については朝倉右衛門督と浅井備前守に任せるとするが、加賀での事は儂が仕置きを致す。それで良いな。」
「はっ!願証寺について某にお任せいただき感謝申し上げまする。この後、二度と愚かな事を企てる事が無きように仕置き致します。」
俺の言葉に父上は満足したのか、笑みを浮かべて大きく頷かれた。
「お待ち下さい!本願寺の事も大事ではござりますが、本題は甲斐から上洛する徳栄軒殿の軍勢に対して如何に対するかではござりませぬか?」
声を上げたのは勘九郎兄上だった。如何やら俺と父上のやり取りに、本題が甲斐の動きから本願寺の動きに変わってしまったと感じたのか、その声には焦りの様なものが感じられた。そんな勘九郎兄上に父上は苦笑を浮かべられた。
「分かっておるわ。そもそもの話が甲斐の虎が動き出さねば何も始まりはせぬ。とは言え、今から甲斐の虎の動きを制する事など出来はせぬ。であれば如何に対処するかだが、背後で公方や本願寺の生臭坊主が動くとなれば儂はそちらに目を光らせねばならぬ。勘九郎、其の方が西進する甲斐の軍勢に対処する事になるであろう、其の方ならば如何致す。」
父上の問い掛けに勘九郎兄上は暫し黙考した後、
「甲斐の動きですが、武田の勢力圏となっている信濃との織田の領域の境に在る岩村城に兵を進めるのではないかと考えられます。更に、遠江と三河を抑える徳川殿は我らとは同盟を組んでおりますれば、徳川殿をそのまま放置して織田の領地に足を踏み入れるとは考えられませぬ。
先ずは、一軍を以って岩村城を攻め織田の動きを封じ、別の軍で徳川殿を攻めるのではないかと思われます。織田の目を信濃の国境と遠江・三河へ引き付けその間に本願寺と公方様が動くのではないかと…。」
「確かに、背後に敵を残したまま進軍などすれば何時後背を突かれるか分らぬからな。それに、本願寺と公方が動くと分かっておれば背後の憂いを断ち一揆の対応に追われる我らを攻めれば挟撃も可能となろう、なかなかの軍略ではないか。で、その徳栄軒の動きに対し如何致す。」
勘九郎兄上の戦況判断を認めた上で如何に対するのかと問う父上。勘九郎兄上は父上の問いの答えに窮し押し黙り再び黙考した後、
「ここは三河守様と次郎三郎殿に徳栄軒殿の動きを止めていただいている間に一揆を鎮圧するのが良いのではないかと…三河守様と次郎三郎殿には無理をさせる事になりまするが。」
勘九郎兄上は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、背後の一揆勢を抱えたまま武田の軍と対峙する事は難しく苦渋の選択として徳川家が武田勢と対峙している間に一揆を鎮圧し、その後に武田に対するとの案を口にした。
勘九郎兄上の案は織田家としては当然の案ではある。しかし、矢面に立たされることとなる徳川家は堪ったものではない。この案を実行すれば織田家は良いとしても徳川家に武田の盾にされたとの遺恨が生じる恐れは十二分にあった。
史実では、信玄が上洛する際には既に浅井・朝倉などは織田に反旗を翻しており更に畿内では三好義継や松永久秀など織田方であった大名迄反旗を翻す状況となっていた為、西への対応で手一杯になっていた父・信長は武田と対峙した徳川に対して佐久間信盛を将とする三千の兵しか送れないと言った状況に陥り、家康は大敗を期することとなった。この様子を間近で見ていた次郎三郎信康が織田家は信用出来ないと考え武田と結ぼうとしたとしても無理からぬことではあるし、父親である家康に対してもこのまま徳川家を任せていては危ないと考えたとしても致し方なかった事かもしれない。結果、家康は信康に切腹を申し付けることになる。
しかし、次郎三郎信康は俺が岡崎に質として居た間に親交を深め、嫁いだ冬姫との仲も円満で既に嫡男・竹千代が生まれている。
今ここで、徳川家中に織田家への遺恨を生じさせることは下策と考えられた。
「お待ち下さい。徳川家に単独で武田の軍勢に当たらせるは酷と言うもの。それに勘九郎兄上も申された通り、武田は遠江や三河の前に信濃との国境に在る岩村城を攻める事でしょう。先ずはこの軍を抑えねばならぬと考えまする。」
「だがな兵庫頭、武田の軍勢が岩村城に攻め掛かれば長島の願証寺が一揆を起こし、再び小木江城の彦七郎叔父上が危機に立たされよう。岩村城の武田軍と木曽川西岸の一向一揆を抱え、更に加賀でも一揆が起これば加賀の森三左衛門が危機に陥る。そうなっては織田家の全兵力を以てしても遠江・三河を制しようとする武田本軍までとてもではないが兵が足りぬぞ。」
無い袖は振れぬとばかりに吐き捨てる勘九郎兄上。確かに言われる通りなのだが、
「勘九郎兄上。何も織田家だけで事に当たる必要はないのではござりませぬか?
父上に御伺い致しますが、越後の上杉不識庵殿とは如何にござりましょうか。」
俺の問いに父はニヤリと笑みを浮かべ、
「不識庵とは此方から南蛮から手に入れた珍陀酒や南蛮鎧などを送り、越後からも特産の青苧の反物などが送られてきておる。更に、越後から三左が治める加賀の湊を経由し越前の敦賀に入り都へと青苧を始めとした交易品を送るなどしている。
だが、越中の椎名右衛門大夫康胤に武田の者がつなぎを付け、椎名家を反上杉として一向門徒と共に反旗を翻された事で、信濃に武田、越中に椎名・一向門徒と背と腹に敵を抱える事となっておるな。成る程、武田の上洛に合わせ不識庵に越中の平定を唆すという事か。」
「唆すなど、ただ徳栄軒殿が上洛すれば信濃の守りは固めたとしても越後へ攻め入ることはありますまい。その間に問題となっている越中を鎮められるが良いのではと…その後に越中は上杉、加賀は織田と境をはっきりとさせておくことが肝要かと。」
「不識庵が越中だけで良しとするか?」
「ならば能登も切り取り次第、不識庵殿の御随意にとなされば宜しいのでは。
確か、幾年か前に能登を追われた畠山修理大夫義綱を能登に戻そうとして兵を挙げた事があったかと。その時は不首尾に終わりましたが、能登や加賀の一向門徒を抑える事が出来ればそれも可能となるやもしれませぬ。」
「成る程。不識庵の虚栄心を擽ってやれば乗ってくるか…ならば加賀には儂が赴こう。不識庵と対等に立つには織田の当主である儂でなければ、越中の門徒共を鎮めて後そのまま加賀へと欲心を起こすかもしれねからな。
勘九郎!信濃から美濃を狙う武田の軍を岩村城に入った柴田左京進に、長島から尾張に乱入する一向門徒どもを小木江城で佐久間右衛門尉と彦七郎にそれぞれ当たらせ、其の方は丹羽五郎左と池田勝三郎を付ける故、美濃と尾張を狙う不埒者を退けよ!!」
「は、はッ!しかし、懸案の遠江・三河を狙う徳栄軒殿の武田本隊は如何致しまする?美濃と尾張の守りを固め、信濃から美濃を狙う武田の軍と長島の一向門徒に対するとなると、織田の軍を三河守殿の援軍にという訳には…」
勘九郎兄上の懸念の言葉に父上は悪戯を思い付いた悪ガキの様な笑みを浮かべ、
「兵庫頭!長島の一向門徒の事は勘九郎に任せ貴様は三河守に合力致せ。」
俺は父上の言葉に待っていましたとばかりにニヤリと笑い、
「はっ!仰せに従い北畠勢を率いて三河守様、次郎三郎殿と合力し徳栄軒殿の御首級を取って参りまする!!」
その大言壮語とも取れる言葉に、勘九郎兄上と左兵衛大夫は目を大きく見開き驚きの表情を浮かべていたが、父上は悪ガキの笑みを一層深め大きく頷くのだった。




