第百三話 呼応する畿内の動き
少し短いです。
摂津国 本願寺 本願寺光佐顕如
「光佐様。公方様からは何と申されてこられたのですか?」
「甲斐の徳栄軒殿が間もなく甲斐を発たれ上洛されるとの事じゃ。その動きに合わせ公方様は立たれるおつもりらしい。我らにも約定通り徳栄軒殿の動きに合わせて長島と越前にて一揆を起こすようにと…。」
「では遂に織田と浅井に六角、更に朝倉の者共に仏罰を与えられるのでござりまするな!」
都の公方から書状が届いた。
昨年、公方の求めに応じて越前の朝倉左衛門督が上洛したのに合わせて加賀の一向門徒が越前に乱入したのだが、北近江の浅井が朝倉の助力に動き、尾張と美濃を治める織田弾正忠信長も飛騨から加賀へ入り、一向宗の加賀の拠点である尾山御坊を攻めた。
この動きに対し、我らは長島の願証寺と堅田の本福寺にそれぞれ尾張と北近江で一揆を起こすように命じたのだ。
しかし、尾張では弾正忠の実弟・彦七郎信興が長島の対岸に在る小木江城に籠城して抵抗している間に伊勢からこの年に当主となったばかりの兵庫頭信顕率いる北畠軍が攻め寄せ、小木江城を包囲していた一揆勢は僅か一日で敗走する事となった。
一方、北近江では堅田を発した一揆勢は高島郡に入り朽木谷を蹂躙。その際、将軍家の御座所を打ち壊しそのまま北上しようとしたのだが、都から戻った浅井備前守とその助勢を買って出た六角左京大夫によって打ち破られ、撤退を余儀なくされた。
肝心の越前では浅井の助力を得た朝倉勢が越前で一向宗の拠点であった吉田御坊跡に陣を張った一揆勢と睨み合いとなり、加賀では尾山御坊を包囲された加賀の一向宗は織田に降伏して尾山御坊を明け渡すと、弾正忠は加賀の仕置きを行った後に家臣・森三左衛門可成に加賀を任せ、ここに百年もの間“百姓の持ちたる国”と称された一向門徒による加賀国の支配が終止符を打った。
我らは一大拠点であった加賀を失う事となったのだ。
更に、本福寺の一向門徒は浅井の圧に抗しきれず叡山に助けを求めると、浅井は矛を収める事無く叡山とも睨み合いとなり、この事態に帝が動かれた。
叡山の座主の座にあった実弟・覚恕様を都に留まらせるだけでなく、還俗を勧めたのだ。これは丹波に都落ちしていた近衛関白が北畠家の助力により都に戻り復権するための布石として動いたのではと思われたのだが、近衛関白は都に留まる事無く僅かな滞在の後に北畠家が治める伊勢へと下向されてしまった。
ただ、近衛関白の動きは公方の尻を叩くこととなり、公方は叡山と対峙する浅井と六角に叡山を攻める様に命じる事となった。
帝の御内意による公方の命により浅井・六角の軍勢は寺院から経典を持ち出し僧侶達を叡山から退去させると、叡山全山に火を放ち寺社仏閣を焼き尽くした。
これによって叡山は伝教大師最澄が創建してより七百年強で幕を閉じる事となった。
我らも加賀と言う拠点を失う事となったが、天台宗は叡山と言う本拠地を失う事となった。これまで日ノ本の仏教界は叡山が最も力を持ち、我ら本願寺が後塵を拝していた。だが、叡山が焼き討ちになったことでこの後御仏の教えを説くのは我ら本願寺がその第一という事になった。そんな我らの下に、公方から密書が届いたのだ。
密書の中身は、『甲斐の武田徳栄軒信玄殿に上洛を促している。徳栄軒殿が立たれた時には公方も都にて挙兵するので、我ら本願寺にも協力して欲しい』と言うものだった。
徳栄軒殿とは我が妻と徳栄軒殿の御妻女が姉妹であることから、浅からぬ中。そんな徳栄軒殿が上洛されるとなれば、協力は惜しまぬ。
否、積極的に協力し徳栄軒殿が天下を手中に収めてもらい、我ら本願寺は日ノ本において仏教界第一等の地位を治め、本願寺の教えを日ノ本に遍く広め…。
儂は公方に徳栄軒殿が上洛される折には、長島の願証寺と越前の吉田御坊、さらに加賀にいる一向門徒らに檄を飛ばし一揆を起こす。さすれば、徳栄軒殿の上洛に邪魔となる織田・浅井・六角・朝倉の者たちを一挙に排除する事が出来ると伝えると、公方はまるでもう勝ったかのように喜色満面の密書を送って来たのだった。
そして、遂に徳栄軒殿が上洛の途につかれるとの知らせが公方から届いた。その事に喜びの声を上げる本願寺と下間三河守頼周を始めとした越前、加賀の者達。
そんな中、願証寺の証意は苦悶の表情を浮かべた。
「光佐様。先の一揆において願証寺の一向門徒は敗北を喫しましてござりまする。そんな我々に対し織田様と北畠様は戦が終えた後は罪を問う事も致さず願証寺に帰して下さりました。そんな織田様に対し再び一揆を起こす事に門徒たちが良しとするか…。」
「…願証寺の属する門徒たちは本願寺からの命に従えぬと申すのかな?確かに願証寺では許されたのかもしれぬ。しかし、加賀の門徒たちを見て見よ。心の拠り所となる尾山御坊は織田に奪われ、織田の支配の下での信仰を余儀なくされておるではないか。このまま織田とそれに連なる者が力を増して行けば、いずれは願証寺も廃却となる事は目に見えておることが分からぬのか!証意は願証寺を失い門徒たちが心の拠り所を失っても良いと思っておるのか!!」
「い、いや。その様な事は…分かりました。織田様や北畠様に心を寄せる門徒を説得し、徳栄軒殿が上洛される際には一揆を成すようにいたします。」
儂の恫喝に証意は顔を青くし漸く一揆を起こす事を承知したが、その態度には甚だ頼りないものを感じた。そんな儂の心の内を読み取ったのか下間右衛門尉頼廉が小さく頷くと脇に控えていた下間按察使頼龍に小声で指示をした。
その様子を横目に頼廉の差配で頼龍が動くのであれば憂いは無いと後は任せる事とした。
後日、願証寺に戻った証意は何者かの手によって暗殺されたという知らせが届けられた。即座に証意の嫡男である顕忍が願証寺院家の地位に就いたが、顕忍はこの時まだ十三歳であったため、年少の顕忍を補佐するため本願寺から下間按察使頼龍が派遣された。
頼龍は、証意の死は織田の手の者によるものであるとの噂を願証寺内に流し、門徒たちはこの噂によって一気に“織田憎し”の空気が醸成されていった。
この動きにより、願証寺でも徳栄軒殿の上洛に合わせて織田に対する一揆を即座に起こせる用意を整えた。
十分に準備が整った所へ公方からの報せであった。
周りに居る者たちが色めき立つのも無理からぬ事よ。儂もこの後の本願寺の行方を思えば興奮してくると言うもの。まこと、徳栄軒殿が上洛の途に就くのが待ち遠しい事よ。




