表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

102/147

第百一話 徳姫の婿取り その五


「始めぇ!」


「はぁぁぁぁ~!!」


徳姫たっての願いで執り行われる事とした左兵衛大夫と藤次郎の立ち合いは差配する大河内相模守の号令と共に左兵衛大夫が手にした木槍を掲げて声を張り上げ藤次郎へと突きから始まった。

 この立ち合い、そもそもが徳姫の我儘から始まったことで、当初此方からの打診に左京大夫兄上は拒絶させるものと思っていた。しかも、左兵衛大夫の立ち合いの相手を藤次郎が務めるともなれば絶対に受ける筈がないと高を括っていたのだが、蓋を開けてみれば一切の拒絶が無いまま執り行われる事となったのだ。

立ち合いの当日その場に姿を現した左兵衛大夫は新たに仕立てたであろう鎧兜を身に纏っていたのだ。

しかも、まるで徳姫の神経を逆撫でする様な言葉を口にし、立ち合いの相手を務める藤次郎を煽る様な真似をしてみせたのだ。

だが、立ち合いに先立ち後藤但馬守と共に俺に挨拶をする左兵衛大夫は南伊勢攻略戦の折に見せた猪武者振りは鳴りを潜め、己が浅慮によって実弟・藤次郎を六角家致仕へと追い込んでしまった事を悔やみ、藤次郎を仕官させた俺に深く感謝を告げていた。

どうやら藤次郎が六角家を致仕してからの一年、父親である蒲生下野守から叱責され六角家家中では針の筵状態となり、相当に己を顧みて来たのだろう。

その姿を見ていた左京大夫兄上は、猛省をした左兵衛大夫の許へならと考え此度の縁談の打診を決めたのだろうと納得させるものがあった。

だがしかし、挨拶の中で当の左兵衛大夫の口から出た言葉に、俺もそして後藤但馬守も驚きを隠せなかった。

あろうことか、左兵衛大夫は此度の立ち合いの如何によっては、藤次郎を蒲生家へ戻し、藤次郎の許に徳姫を嫁がせて欲しいと申し出たのだ。

もちろん、後藤但馬守は左兵衛大夫を叱りつけ翻意を促し、俺も「そんな事は出来ない」と告げたが、まさか立ち合いの場に鎧兜で臨むと言う手に打って出てこようとは思いもしなかった。

ただ、鎧兜に隠れてなかなか気付き難いが面具の下から覗く顔は血の気が引いたように青白く、僅かではあるが指先が小刻みに震えているのが見て取れた。

それでも左兵衛大夫は己の心の内をひた隠しに隠し、これから対峙する藤次郎を詰り、俺と共に立ち合いを見つめるた徳姫の気持ちを逆撫でする様な言葉を口にしたのだ。

その姿に、俺は左兵衛大夫が並々ならぬ覚悟を以ってこの場に臨んでいるのだという事が察せられた。その為、俺は左兵衛大夫に立ち合いに際しては得物は木太刀か木槍で行うから鎧兜を脱いでは如何かと問い掛けたが、左兵衛大夫は頑なに鎧兜を身に着けたままにて行うと返答したため、これ以上は左兵衛大夫の覚悟を穢す事となると覚り、立ち合いを始める様に立ち合いの差配を務める大河内相模守を促すしかなかった。


 相模守の合図で始まった立ち合い。気勢を上げて木槍を振るう左兵衛大夫の突きは鋭く、俺の目から見てもなかなかの腕前であると感じられた。たぶん、藤次郎の同輩である安虎や助十郎では数合も交えず左兵衛大夫に軍配が上がっていた事だろう。

しかし、立ち合いの相手である藤次郎は近江に居た際には左兵衛大夫と肩を並べて槍の修練を重ね、左兵衛大夫に土を付けた程の者。左兵衛大夫の槍使いを知っているという事もあり正眼に構えた木太刀で繰り出される木槍を捌き続けた。

もちろん、左兵衛大夫は木太刀にて捌かれた木槍を即座に戻して再び突きを繰り出し、時には横薙ぎに払い、頭上から打ち付けるなど巧みな槍捌きを見せたものの、重い鎧兜を身に纏い木槍を振るい続けてれば体力は奪われてゆくもの。

徐々に左兵衛大夫の動きは鈍り振るう木槍にもキレが失われ、足下もおぼつかなくなり振った木槍の勢いを堪える事が出来ず二の足を踏む様にまで疲労していった。

その姿を見た藤次郎が声を上げる。


「左兵衛大夫殿。 もう十分にお力を御示しになられたのではござりませぬか?」


藤次郎としては疲れて満足に動けない左兵衛大夫にこれ以上無様な姿を徳姫を始めとした北畠家の者に見せては不味いと考えての事かもしれないが、左兵衛大夫にとって藤次郎の言葉は屈辱以外の何物でもなかった。その事に想いが至らぬ藤次郎を俺は叱責したくなったが、この場でその様な事が出来る訳もなく、成り行きを見守るしかなかった。案の定、


「臆したか藤次郎!其の方の木太刀は我が槍を捌くのみ。一太刀も浴びておらぬのに立ち合いを終わらせるなど承服できぬわ!!」


と、“否”と答える左兵衛大夫。その姿に藤次郎は小さく息を吐き、


「是非も無し」


そう吐き捨てるとそれまで正眼に構えていた木太刀を天に突き付ける様に上段に掲げる自顕流独特の“蜻蛉”に構えると、


「チィェヤァァァァァ~」


常日頃から中庭で修練を重ねる時と同じように猿叫を発して左兵衛大夫に木太刀を打ち込んだ。

突然発せられた猿叫に一瞬気を飲まれて動きが鈍った左兵衛大夫の懐に飛び込み木太刀の間合に入ると藤次郎は即座に左兵衛大夫の左肩へと木太刀を振り下ろした。


「がぁ!」


左兵衛大夫の甲冑は所謂『当世具足』と呼ばれるもので、肩には壷袖つぼそで小鰭こびれと呼ばれる防具を備えていたが、太刀の斬撃は防げたとしてもその衝撃まで全て防ぐことは出来ないのと同じく、藤次郎が打ち込んだ木太刀の打撃の衝撃も防ぐことは叶わなかったようで、左肩に受けた打撃に思わず手にしていた木槍を取り落とし掛ける物もすんでの所でなんとか持ち堪え。

そんな左兵衛大夫に藤次郎は容赦なく続けて二撃三撃と木太刀を打ち込んでいった。

鎧兜を身に着けていなければ、最初の一撃で肩の骨が折れ立ち合いの続行は不可能となっていただろう。

しかし、左兵衛大夫が鎧兜を身に着けていた為に藤次郎の木太刀を受けても骨折などの致命傷には至らなかったものの、息つくいとまも無く打ち込まれる木太刀によって左兵衛大夫は防戦一方。何とか木槍は手にしているものの、打ち込まれる木太刀によって天を衝く燕尾の兜は変形し、鎧に施された黒漆も剥げ落ちて無残な姿に変わっていった。

にも拘らず左兵衛大夫の目には諦めの色は無く、藤次郎の木太刀を耐え忍び反撃の機会が訪れるのを狙っている様に見えた。

しかし、そんな左兵衛大夫の目の色まで見極められる者は俺の他には脇に控える寛太郎と五右衛門、それに徳姫くらい。その為、立ち合いの差配を務める相模守は防戦一方の左兵衛大夫にこれ以上は危険と判断したのか、止めようと腕を上げようと動かすとその動きにつられたのか藤次郎は間合を開けようと僅かに足を引いた。その瞬間、


「覇ぁ!!」


裂帛の気合いと共に繰り出される木槍は藤次郎の頬を掠め僅かな血の飛沫を伴いながら後方へと抜けた。その刺突に相模守を始め多くの者は驚きの表情を浮かべた。その様子を視界に捉え再び立ち会う二人へと視線を戻す刹那の間、


「チィェェェェ~!」


中庭に響き渡る猿叫と共に藤次郎が“蜻蛉”の構えから左兵衛大夫の左肩に再び木太刀を振り下ろしていた。


「『ゴキン』  がぁぁぁ…」


鈍い骨が折れる音が中庭に響き僅かな間の後、左兵衛大夫の口から呻き声が漏れた。それは、二度の苛烈な斬撃によって左兵衛大夫の鎖骨が折れたことを意味していた。


「そ、それまで!」


慌てて相模守は両者を分ける様に腕を上げて立ち合いの終了を宣言すると、自分の木太刀が左兵衛大夫の肩の骨を折ってしまった事に呆然とする藤次郎は覚束ない足取りで左兵衛大夫との間を大きく開け、木太刀を腰へと戻そうとしたが、それに待ったを掛ける者の声が響いた。


「ま、待たれよ!まだ勝負はついておらぬ、左肩を砕かれようとまだ右腕が残り、足腰も健在にござる。立ち合いを続けていただきたく存ずる。」


兜は変形し鎧に施された黒漆は剥げ、左の鎖骨を折られたために左の腕に力が入らずだらりと垂らす満身創痍の左兵衛大夫ではあったが、その目は未だ諦める事を許さず闘志の籠った眼光を、木太刀を腰に戻そうとしている藤次郎に向けていた。

一方、藤次郎はその言葉で自分を見つめる左兵衛大夫の目を見て気圧され、その目には僅かだが怯えの色が浮かんでいた。

左兵衛大夫の言葉に、相模守は躊躇い判断を俺に求めようと視線を俺に向けて来たため、俺は軽く頷き続行を指示すると、傍らで見ていた徳姫は目を見開き驚き表情を浮かべた。そんな徳姫に俺は小さな声で、


「よく見ておくが良い。この先の両者の動きをな…」


と告げた。

俺の指示を受け、相模守は一旦は両者の間を分ける様に上げていた腕を下ろし、二・三歩後ずさり場を開ける。その相模守の動きに左兵衛大夫は骨折の痛みに滲む脂汗が浮かぶ顔に笑みを浮かべ一言、


「忝い。」


と発すると、左肩を庇うように半身に構え右腕だけで木槍を掲げると己を鼓舞する様に


「ぅおぉぉぉぉぉ~!」


雄叫びを上げた。その姿は正しく俺が求める、家を纏め兵を率いる武将(当主)の在るべき姿だった。そんな左兵衛大夫の姿に藤次郎は一瞬怯むも、己を奮い立たせるように再び蜻蛉の構えを取ると三度の猿叫を発して木太刀を振るう。

振り下ろされる木太刀を迎え撃つ様に繰り出される木槍。両者の渾身の力が籠った木太刀と木槍は込められた力に耐えられず、打ち合った瞬間に響き渡る破裂音を伴い砕け散った。


「それまで!左兵衛大夫殿、藤次郎。各々が見せた武威、見事。天晴れな武者振りであった!!」


二人の得物が共に砕けたのを見計らい、俺は立ち合いの終了を告げると共に両者が見せた武威を褒め称えた。

俺の言葉に藤次郎は一瞬驚いたもののホッとした表情を見せ、左兵衛大夫は呆然と俺の言葉を聞いた後その意味を察すると体の力が抜けたのかその場に崩れ落ちた。


「兄上!」


慌てて左兵衛大夫の許に駆け寄った藤次郎は左兵衛大夫を助け起こしの面具を外すと、


「藤次郎、また一段と強うなったのぉ。」


と語り掛ける左兵衛大夫の笑みがあった。


「兄上こそ、拙者が近江に居た頃とは見間違えるほどにお強くなられておられ驚きました。最後のお見せになられた兄上の気魄に拙者は身が震える程にござりました。」


「藤次郎ほどの剛の者に震えを来す事が出来るとは、其の方が近江を発ってより己を省みる一年であったが、無駄ではなかったという事であろう。」


「兄上…」


左兵衛大夫の言葉に笑いながら泣く藤次郎。

史実では、重郷の武勇に嫉妬し家臣に謀殺させたという蒲生氏郷。しかし、後藤但馬守が間に入り六角家から北畠家へと藤次郎を落ち延びさせた事で、左兵衛大夫は藤次郎の武勇を認めると共に蒲生家の次期当主として精神的にも大きく成長していた様だ。その事に安堵し、傍らでその様子を見ていた徳姫に、


「徳。左兵衛大夫の武威は見事であった。更に、某が武士として最も大事だと考える諦めぬ心を持つ者であると見た。

流石は左京大夫兄上が徳の輿入れ先として推挙される者よ。これだけの器量と力量を示した左兵衛大夫の許に嫁ぐ事を否とは申さぬな。もし、其の方が『否』と申さば、もう其の方が嫁ぐことはあるまい。髪を降ろし仏門に入るしか道は無いと思うが。」


俺の問い掛けに対し徳姫は暫しの沈黙の後、


「‥‥‥兄上。これまで我儘を言い申し訳ござりませんでした。徳は左兵衛大夫様《‥》の許に嫁ぎ、この後は六角家と北畠家の仲を繋ぐ鎹となりまする。」


と言い深く頭を下げた。俺はそんな徳姫の姿に大きく頷くと、傍らに控えていた寛太郎と五右衛門に合図を送ると、寛太郎は奥の間へと一旦下がり五右衛門は中庭に膝を付く左兵衛大夫の許へと向かうと、「御免!」と一言発して折れた左肩に負担が掛からぬ様に腰に差した脇差で鎧を縛る紐を切って鎧を脱がせると、配下の伊賀衆を呼び人の目を気にする事無く手当てを始めた。

時折、骨折した鎖骨を矯正するために手荒い治療が行われたのか左兵衛大夫から痛みを訴える呻き声とそれを心配する藤次郎の声が発せられ、後藤但馬守など緊張した面持ちで立ち合いを見守っていた者達の笑いを誘った。

 その後、立ち合いの結果徳姫と左兵衛大夫との婚儀が纏まった事で、後藤但馬守を始めとした六角家の者達と北畠家の者達とで酒宴を催したが、治療が終わったとは言え五右衛門から数日間は安静にするようにと厳命された左兵衛大夫は酒宴への参加は許されず、与えられた一室にて養生する事となり徳姫も怪我を負った左兵衛大夫の看護をすると言って酒宴には参加しなかった。

後で聞いた話によると、始めは看護をすると言ったものの如何して良いか分からず、アタフタとしていた徳姫だったが、左兵衛大夫の下に食事が運ばれ怪我をしていない右手で食べようとしたものの体を動かすと左肩に痛みが走り満足に食事が取れない様子に、徳姫が左兵衛大夫から箸を取り上げて食べさせてからは甲斐甲斐しく世話を焼き、すっかり“世話焼き女房殿”と化していたというから男女の仲とは不思議なものだと苦笑させられるのだった。


感想欄に、ストーリーとして考えていた事を書き込みされてしまって焦りました(汗)。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] うーむ藤次郎ルートが良かったけど無事大団円で良かった良かった
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ