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第百話 徳姫の婿取り その四

お久しぶりです。

久々の更新となります。


伊勢国 霧山御所 蒲生藤次郎重郷


「藤次郎殿、間もなくにござりますなぁ。大変な御役目にござりますが、藤次郎殿ならばやり遂げられると信じております。」


「安虎の申す通りにござる。我ら近習衆の者は皆同じ気持ちにござるぞ。藤次郎殿は何の憂いなく御働き下さりませ!」


間もなく此処・霧山御所の中庭に設けられた修練場で行われることになっている徳姫様肝入りの左兵衛大夫殿・・と某の立ち合いを前にして同輩である前田安虎殿と奥村助十郎殿が激励の言葉を掛けてくれた。

二人はこの立ち合いの場には警護役として中庭に控える事となっていたが、そんな二人が態々拙者に声を掛けて来られたのは、一刻ほど前に近江から参られた後藤但馬守様と左兵衛大夫殿が霧山御所に入られ、兵庫頭様に御面会をされているとの知らせを受けての事だろう。

同じく近習を務める川之辺寛太郎殿と石川五右衛門殿は、兵庫頭様の許に詰めておられて顔を見せられないと言うこともあり、御二方の分もとのお気持ちによるものであろう。

近習などと言うものは兎角、如何に御当主の信任を一手に集めようと相争う事が多いと聞く。されど、兵庫頭様の近習を務める我ら五人は他に類を見ぬほどいがみ合うという事が無かった。

それは偏に兵庫頭様の薫陶によるものではあろう。

通常であれば、幼き頃より仕えておられる寛太郎殿や五右衛門殿を重用しそうなものでなのだが、兵庫頭様が我ら近習の力量を見極められて各々が持つ資質・力量を伸ばそうとして下されているからだ。

兵庫頭様曰く“適材適所”と申されていたが、人には誰しも向き不向きと言うものがあり、その事を互いに認め、互いに補い合う事が必要なのだと申されておられる。

例えば、先の尾張・小木江城で行われた長島一向門徒との戦でも、御用意された改良型の火縄銃を佐脇藤八郎殿の指揮による集中運用と当家随一の剛の者と呼声高き前田慶次郎殿の武勇を兵庫頭様の傅役であり軍師も務められる竹中半兵衛殿の策で以って合い合わせる事で、当家の兵に倍する一向門徒の戦意を挫き、その後に続く大河内相模守殿を始めとした長柄足軽隊による突撃によって打ち破る事が出来たと申され、一人の突出した力による戦勝ではなく、能力の事なる者達が寄り集まり一つの目標(戦勝)に向かって励むことを尊ばれておられ、そんな兵庫頭様の御考えが家中に浸透していく事で、互いの足を引っ張り合うのではなく補い合って行く気風が生まれていた。

そんな日頃からの繋がりもあってか、安虎殿と助十郎殿からの言葉をそのまま素直に受け取る事が出来たのだ。

もっとも、近江に居た頃にはその様な心持ちで居られなかった。


 拙者は近江国の守護・六角家に仕える蒲生家の四男として産まれたが、嫡男と次男が早世してしまい三男であった鶴千代兄上が藤太郎の名を戴き、藤太郎兄上に次ぐ者として藤次郎の名を賜った。蒲生家は百足退治で名を馳せる『俵の藤太』こと藤原秀郷を祖とする家であり、嫡男には俵の藤太にあやかり“藤太郎”の名が送られる。藤太郎の名を兄上が賜れたことで、蒲生家の嫡男は兄上と決まり拙者は兄上を支えて行く家を守って行く物と思っていた。

しかし、拙者は支えて行く筈の兄上に疑念を抱かれてしまった。

事の起こりは、幼き頃に兄上と共に槍の稽古をしていた時にまで遡る。当時から武芸を好んでいた拙者は日々稽古に励んでいた。ある時、共に稽古に励む兄上と立ち合い事となったのだが、拙者は兄上を打ち負かしてしまったのだ。

いや、決して兄上が弱かったという訳ではない。兄上は嫡男として武芸の稽古だけでなく身に着けねばならない事が多く、槍の稽古にばかりかまけている訳には行かなかったため拙者ほど稽古が詰めなかっただけなのだ。しかし、立ち合い稽古の事とは言え年少の某に負けたという事実は兄上にとって屈辱だったのであろう。しかも、蒲生家の家中の中から拙者を褒めそやす者が居たため武勇に優れる拙者が兄上の座を窺い、蒲生家を乗っ取ろうとしていると御疑いになられる様になってしまったのだ。

そして、先に行われた南伊勢攻略戦の折、兄上は父上に叱責され拙者は名を上げてしまったことで兄上は拙者を憎むようになり命の危険さえ感じるようになっていた。

そんな蒲生家の内情を慮り救いの手を伸ばして下されたのが後藤但馬守様だった。

但馬守様は南伊勢攻略戦の折、六角家から軍監として兵庫頭様の許に遣わされており、兵庫頭様の御人柄を良く知っておられ蒲生家内で孤立している拙者に、六角家を致仕して兵庫頭様に御仕えしてはと話を持ち掛けて下されたのだ。

但馬守様は平井加賀守様と共に父上は話を通された。初め難色を示されておられた父上であったが、「このままでは藤次郎殿は藤太郎殿に殺される事となりますぞ!左兵衛大夫殿は御子息方に骨肉の争いをさせても良いのでござるか!!」という加賀守様の言葉に同意なされて拙者は六角家を致仕し兵庫頭様の許へと仕官する事が出来たのだ。

 が、此度兵庫頭様の妹姫・徳姫様と兄上・左兵衛大夫殿との婚姻の話が降って湧いてきた。

この婚姻話に徳姫様は、左兵衛大夫殿の御人柄を見極めんと立ち合いを求め武威を示すように申し告げられたのだ。徳姫様の御気性を考えると御自ら立ち会われるおつもりで申されたのであろう。しかし、流石にそのような事を認めることは出来ず誰か代理となる者を立てる必要があるのは火を見るより明らか。

其処で拙者は自ら左兵衛大夫殿の御相手を務めるべく名乗りを上げのだ、伊勢に参ってから拙者は兵庫頭様の許で自顕流剣術を学び、同時に伊勢に来てより槍術を学ぼうとされておられる徳姫様の御相手を務めることが多かった事から、拙者が左兵衛大夫殿の御相手を務めれば徳姫様に左兵衛大夫殿の力量をご理解いただき易いと思われたからだ。

また、多少なりとも左兵衛大夫殿の事を知っている拙者ならば、左兵衛大夫殿の力量を存分にお見せする様にお相手を務められると思ったからでもあった。

此度の立ち合いを通して左兵衛大夫殿が徳姫様の信を得、ご成婚となれば左兵衛大夫殿の拙者に対する御不興も少しは晴れるのでは…そんな願いを心に抱いた事もまた事実。

何はともあれ、此度の立ち合いを恙無く努めねば!と思い待っていると、何やらざわつきが聞こえていた。

何事か!?と思っていると、困惑の表情を浮かべる後藤但馬守様と六角家から参られたと思われる方々の後方に、燕の尾翼を模した特徴的な兜と漆黒に染め上げた甲冑を身に纏った武者姿の男が姿を現したのだ。

鎧武者の出現に、立ち合いの場である御所の中庭に控えていた安虎殿や助十郎殿などの警護役の北畠家家中者たちは腰に手を伸ばし、鎧武者が不穏な動きを見せた時に備えて何時でも抜刀出来る体勢をとった。

剣呑な空気が中庭に広がる中、一層表情を曇らせる後藤但馬守様と六角家の者達。そんな事など意に介さぬとばかりに鎧武者が拙者の方を一瞥し、声を上げた。


「藤次郎。徳姫様に己が武威を見せる場だと言うに平服とは大した度胸よなぁ。俺の相手など鎧を纏う必要は無いと言う事か?」


投げ掛けられた言葉に拙者は狼狽え思わず『兄上』と口走りそうになるも、何とか言葉を飲み込み、


「あ…左兵衛大夫殿にござりまするか? 徳姫様は武威の一片を御示しいただきたいと申された筈でござります。その為、此度の立ち合いでは木太刀にてお相手を務めさせていただくつもりでござりまするが…」


と告げると、拙者が言い終わらぬ内に左兵衛大夫殿は声を荒げられた。


「武威とは戦場にて示すもの! 戦場での装束となれば鎧兜であろう。それを平服で木太刀を以って相手を務めるなどと、片腹痛いわぁ!!」


左兵衛大夫の言葉に、拙者は言葉を失った。

この者は一体何を考えてるのだ?六角家と北畠家の縁をより強く結ぼうと左京大夫様が兵庫頭様に申し入れられた此度の縁談。

唐突に申し込まれた縁談話に徳姫様が求めたのは、姫様御自身が尊ばれている武勇を兼ね備えた方であればと言うたった一つの望みであられた。そんな徳姫様のたった一つの望みである“武威の一片を示す”場を血生臭き戦場にしようとは…。

この様な者を兵庫頭様の臣下として徳姫様の縁談の御相手としなければならぬか?と問うと、脳裏に浮かんだのは“否”の一文字であった。

そう考えたのは拙者だけではなかったようで、警護役として庭先に控えている安虎殿や助十郎殿だけではなく、北畠家の者達は皆一様に眉間に皺を寄せ口元に力が入る憮然とした表情を浮かべていた。と、


「左兵衛大夫殿は左様に申しておるが、藤次郎は如何に!」


何時の間に姿を現されておられたのか、兵庫頭様が寛太郎殿と五右衛門殿を従えて拙者に問い掛けられた。兵庫頭様の問いに、拙者は左兵衛大夫の言葉に崩し掛けていた姿勢をもう一度正し、


「徳姫様がお求めになられているものは、この場にて左兵衛大夫殿に己が武威をお示しいただくことにござりますれば、 否やはござりませぬ。ですが、この場は戦場ではなく武威を示す場にござりますれば、得物はこの木太刀にて相勤める所存にござりまする。」


拙者の言葉に兵庫頭様は大きく頷かれると、視線を左兵衛大夫の方へと向けられて、


「藤次郎の申す通り、徳姫が望みは左兵衛大夫殿の武威の一片を知ることであり、この場で血で穢す事ではない。左兵衛大夫殿が得物も、本身ではなく太刀を所望なれば藤次郎と同じく木太刀を、槍を所望なれば木槍を用いての立ち合いとなる。

さすれば重い鎧兜は立ち合いの妨げとなるが…」


と立ち合いの場は戦場ではないとはっきりと告げられた上で、それでも鎧兜を身に着けたまま立ち合うのかと問われた左兵衛大夫は僅かな逡巡の後、兵庫頭様の顔を睨み返すようにして、

「兵庫頭様がその様に申されるのであれば得物は木太刀・木槍で結構でござる。されど、この場を戦場と定め鎧兜を身に纏ったならば、立ち合いが終わるまで脱ぐつもりはござりませぬ!」


まるで吠え掛かるように物言いで兵庫頭様に答えた。対して兵庫頭様はさして気にされた様子もなく、ただ一言


「で、あるか。」


と告げられると、中庭に面する廊下にドカリとお座りになり、兵庫頭様に続いて徳姫様や前田蔵人(利久)様を始めとした北畠家の御重臣方がお座りになり、それを見て後藤但馬守様を始めとした六角家の御歴々らも少々表情を曇らせながら兵庫頭様を挟み北畠家の方々の反対側に腰を下ろした。

皆が中庭を見つめる中、兵庫頭様の御傍近くに控えていた大河内相模守殿が進み出ると兵庫頭様と徳姫様に一礼した後、


「それではこれより蒲生左兵衛大夫殿と藤次郎重郷殿の立ち合いを行う。差配はこの大河内相模守が相勤める、双方とも己の武を存分にご披露致せ。

では、双方前に!」


その声に、拙者は木太刀を手に中庭の中央へと進み出た。


果物の収穫も一先ず終わり、時間が取れるようになったので再び更新していきたいと思います。

ただ、ギックリ腰からの腰痛が未だに完治せず、長い時間椅子に座っている事が出来ない為、週一の更新が出来ないかもしれません。

お許しください。


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― 新着の感想 ―
俺も19の時から26年腰の痛みと付き合ってるのでわかります。無理せず(๑•̀o•́๑)۶ FIGHT☆
[一言] 徳姫がワガママすぎるとか言ってる人はいますけど、別にいいじゃない、主人公は現代人としての価値観を持ってるし、自分なりに野蛮極まりない戦国の習いに合わせてるし、チート持ってるのに自分と家族を卑…
[気になる点] 兄弟が揉めてしまい、藤次郎他家に出たのに、それを戦わせたら意味ないかと。 藤次郎勝って徳姫と結婚させようものなら、『兄より武芸に優れ、中将様や御屋形様の一族になった藤次郎様に蒲生家を継…
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