海自情報強化策
海自情報強化策
統括班長の竹田は、科長卓側の壁の上に設置してある時計を見て、さっと立ち上がると、
「時間です、担当者は会議室に移動願います」と、事務室全体に届く声で言った。
すると、1科長を始め、各班の班長、主要幹部、先任海曹が静かに事務室を出て行った。
「何の会議ですか」と、有賀は同じ班で残っているC幹の三島に尋ねた。
「あれは海自の情報を強化しようって話」と、三島はさらりと答えた。
「情報の強化ですか…どんな内容ですか」と有賀は質問する。
「あっ、内容ね。MARS内にある情報のデータベースの強化。それに伴うコンテンツの再構築。それと教育班の増設」
「同時にですか、全部急ぎですか」と、有賀の質問は続く。
「有賀君は来たばかりだから。ある程度説明しよう」と言って、三島は有賀を手招きする。
それを見た有賀は、自分の椅子を持って三島の側に座る。
「お願いします」という有賀の言葉を聞いて、三島は説明を始めた。
「正直、これまで海自は情報の強化に熱心ではなかった。情報で太平洋戦争に負けたと言われても、ビジネスで情報の重要性が叫ばれてもね。それは、米海軍との行動が原則なので、米海軍が集約した情報を共有するという認識だったからだろう。しかし時代が変わって、サイバー、宇宙、電磁波と言われて、日本のファイブ・アイズ入りが囁かれている。それで、遅まきながら海自でも情報強化が言われる様になった」とまで言って、三島は卓上のコーヒーを飲む。
そこで有賀は、「最近ですね、それは」と相槌する。
「そう。で、基礎情はさっき言ったのを進める事になった」
「データベースとコンテンツは全体的な話ですが、教育班もそうですか」と、有賀は続ける。
「全てが海自の情報全体に関連する話。これは一応米軍を参考にして決まった感じで、これまで向こうの情報部隊に研修に行ったり、後は情報交換なんかをすると、収集・分析したデータをきっちりとデータベース化して情報ネットワークにアップしてる。勿論、現場の部隊が使い易い様に編集されている。これで情報の共有はしっかりしている。それでこれに合わせて、情報能力向上の資料やテキストが作成される。データベースは常にアップデートされているから、資料やテキストも定期的に改訂される。これを基礎情が実施する事になった」
「米軍はすごいんですか」と、有賀は米軍の方に興味を持つ。
「米軍というか、米海軍しか見てないけど、恐らく米軍全体だと思う。米軍のシステムは考えられている。海自のように現場の部隊の努力とか、職人的な個人でなく、全体的な平均の底上げなんだろう。海自の情報部隊に神様扱いの技量の隊員もいるけど、その人が移動したり、退職すればそれで終わる。しかし、米軍は誰でも代われる様になっている。戦争をする軍隊だからだろう」
「確かにベテランが抜けると、現場の技量はかなり低下しますからね」
「軍隊ではあってはならない事。しかし、ここは自衛隊だから。…これまでは」
「状況が変わったんですね」と、話が海自の情報に戻る。
「かなり。さっき言った様に。でも、長年の習慣を直すのは簡単ではない。頭で判っても、実際には動かない。それで結局、今の司令や科長、班長連中の様に情報に対する意識が高い人達が集まる基礎情が実施する事に。周りから見たら貧乏くじだろうけど」
「データベースとコンテンツの方はイメージできますが、教育班の方はちょっとイメージが」
「成程。確かにデータベースとコンテンツの方はこれまでにも在ったから。これからはそれを現場のニーズに合わせて再構築する事になる。教育班の方は、海幕と連携して海自全体の情報教育資料のフォーマットを作る。これが肝。当然データベースとコンテンツがベース。これを基に、各部隊はシラバスを整備したり、情報員の教育をする。2術校の情報教官室も教育のテキストや資料を作って、指導していく。教育班はそこで全体的な窓口としてサポートもする。こうして共通する情報知識を持つ情報員が各部隊で増えれば、情報全体のレベル向上が可能だろうとね。各部隊特有の技量については部隊毎になるけど。これが確立すれば海自全体での能力評価も可能になる」
「…そうですね」と、話の範囲が広くなり、有賀の反応は鈍くなる。
「これからは情報重視の時代になる。当然、情報部隊全体のレベルの底上げや、強化は必須。しかし、誰も動かず、黙ってればそのまま時が過ぎるだけで、海自は米海軍と一緒にオペレーションできなくなる可能性もある。これは海自だけでなく自衛隊全体の話かもしれない。話は戻るけど、武器班としても今後やる事は沢山ある。だから有賀君にも頑張ってもらうから」と、三島は語る。
そこで有賀は思った。三島が言った様に、やはりここへの転勤は貧乏くじなのだろうかと。




