1科にようこそ
1科にようこそ
海上自衛隊の自衛艦隊隷下に、情報業務群がある。自衛艦隊HPの部隊紹介によれば、この情報業務群は、海上自衛隊唯一の情報のプロフェッショナル集団である。その構成は、群司令部及び作戦情報支援隊、基礎情報支援隊、電子情報支援隊からなっている。
そして、その中にある基礎情報支援隊だけは、横須賀ではなく、市ヶ谷に所在していた…
「先程、部隊の方で紹介された有賀3曹は、本日3月27日付で1科配属となった。1科では武器班に就く。前は作戦情報支援隊勤務であった」と、1科長の佐々木2佐が窓際の科長卓前で科員達に紹介すると、科長の左脇にいた有賀3曹は科員達に向かって「宜しくお願いします」と挨拶した。
やや間があって、統括班長の竹田3佐が「紹介は以上。昨日の監視艦からのデータが入ってるので、担当の班はチェック願います」と言うと、科員達は各自の席へと着いた。
「有賀3曹」と呼ばれる方を有賀が向くと、手招きする曹長がいた。有賀が近づくと、「1科先任の杉本だ、宜しく。この島が武器班。で、こちらが班長の高橋1尉、隣が山本2尉、向こうが三島2尉で、こっちが加藤2曹。武器班は我々含めてこの6名ね」と、杉本が口早に紹介した。
杉本に紹介された4人は、各自の隊内システムの端末にかじりついたまま、顔だけを有賀に向けた。それを見た有賀が透かさず、「有賀3曹です。宜しくお願いします」と挨拶すると、4人は各々に応じて、また監視艦のデータ分析作業に戻った。
「急ぎの分析作業でね。何かあれば監視艦宛てのオーダーを、午前中に群経由でSFに出す必要がある。ま、作情とは雰囲気が違うだろ」と杉本が言う。
「作情の1科も群やSFと連係してましたが、シフト勤務でしたから。静かな感じでした」と有賀が返す。
「普段はここも静かだよ。シフトと違って、常に人は多いけどね。そこが有賀3曹の席。午前中は端末設定して、身上調書なんかの必要書類を打ち込んどいて。午後から基礎情の説明するから」
「はい。ありがとうございます」と、有賀は杉本に言った。
「あっ、これジャンカイⅡですか」と、加藤が作業する端末の画面を見て有賀が言う。
「おっ、艦のマストだけで識別できるのか。早く分析作業に加われそうだな」と杉本が応じる。
「作情の1科では問われませんでしたけど」
「武器班ではグッド。それで艦型識別の次は個艦識別。洋上監視では潜水艦以外概ね艦番号が判るから問題ないけどね。で、過去のデータと比較して何か変化がないかを検証する。もしも変化があれば、それが何かを分析する。これまでに蓄積したデータベースや書籍、雑誌、ネットなどを総動員して、根拠を挙げて何らかの筋が通る結論なり仮説なりを立てる訳よ」
「では、艦を1隻分析するのにかなりの時間が掛かりますね」
「確かにね。特に最近は分析に時間を掛けるという話を聞いて、基礎情はオタク集団と陰口を叩く連中もいるが、情報は公務員根性ではレベルに達しないと思ってる。まぁ、これは長年の情報員としての自論だけどね。慣れもあるが、有賀3曹は筋が良さそうだから」と杉本は有賀に笑む。
「先任の煽てに乗らないでね、有賀3曹。先任の男女隔てない扱いは信用できるけど、階級やキャリアの差に関しては、もう少し、もう少し考慮してもらいたいですね」と、加藤は自分の頭の上で展開される会話に割って入った。
「加藤です。改めて有賀3曹宜しく」と加藤が挨拶すると、有賀はそれに答えた。
「一昔前の口だけ情報員と違って、私は率先して淡々と業務をこなしているつもりだけどね」
「それがプレッシャーです。我々の業務レベルも先任並みに要求されます」
「いつも言ってるのに態とだな。まぁ、有賀3曹もいるから言うが、個人差があるのは確かに認めるけど、部隊として分析結果に大きなバラつきが出るのは良くない。現場では常時的確な情報を要求する。艦の運用能力が当直毎に大きく差が出たら話にならないだろう。昔はさ、『神様』なんて言われる人もいたけど、これって趣味じゃなくて仕事だからね。質の悪い『神様』は情報を囲って周りに伝えない。然も、周囲も『神様』を奉って楽するんだよ。でも、これは金を貰ってる仕事だからさ」
「情報員は皆、情報のプロフェッショナル足るべし」と加藤が合いの手を入れる。
「そう。最近の宇宙だのサイバーだの電磁波なども情報戦の範疇だ。さらに情報部隊への要求は高まる。でも、情報はそれを上回る分析結果を部隊として常に上げ続けなくてはならないはずなんだよ。だから、情報員は階級やキャリアに関係なく、絶えず情報能力の練度向上が要求される」と杉本が力説すると、「先ずは、これが基礎情報第1科の空気ね、有賀3曹」と加藤が有賀に言う。
その言葉に、有賀は基礎情報第1科には多くの不文律があるのではないかと感じた。
【参考資料】
自衛艦隊HP
海上自衛隊「基礎情報支援隊の編成に関する訓令」平成9年1月17日
(※フリー百科事典「ウィキペディア」、『情報業務群』参照)