第七話
少女が去った後を翔は眺めていると先程のエルフのような女性が近づいてきた。
「あなた大丈夫?」
「え! あ、まあなんとか」
もちろん右足のこともあり大丈夫ではない。
しかし初めて出会ったギャルに似たエルフのような女性とは違い、優しく声をかけられ翔はしどろもどろになってしまう。
「本当に? 服とか汚れてるし建物も壊れてるけど」
目の前のエルフのような女性は手を差し伸べてきた。
「立てる?」
「え、えーと、ちょっと右足を痛めてまして立てないというか……」
「ほらー、やっぱり大丈夫じゃないんじゃない」
すると女性は屈み込み翔の右足に両手を近づける。
「なにをして……」
「いいからじっとしてて。……イ・アルラ」
呪文のように言い放つと翔の右足は光に包まれ次第に痛みが引いていく。
女性の能力に驚きを隠せない翔だが何よりも想像していたエルフに優しくされ内心は興奮冷めやまない状態だ。
「はい! これで治ったはずよ」
そして光が無くなり女性は両手を離し立ち上がる。言葉通り翔の右足からは痛みが完全に無くなっていた。
女性は再度手を差し伸べると翔はその手を掴む。
「ど、どうもです」
翔は手を引かれ立ち上がりながら礼を述べた。
「どういたしまして。それでなんであなたは破壊者に襲われていたの? 普通は一般人には攻撃しないんだけど」
「なんでって言われても……、俺はただこの世界に来たばっかだからこの世界のことを聞こうとして、それであいつを助けようとしたらこんなことに」
翔の返答に女性は気がつく。
「もしかしてあなたも別の世界から?」
翔は女性の言葉に頷いた。
あなたも、ということはこの女性も別の世界から飛ばされてきたのだろう。
それならばこの世界で起きていることや少女のことについて聞くことができるかもしれない。
「あ、あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「分かってる。けどここで話すのもあれだから歩きながら話さない?」
周囲の視線を感じ取ってか女性は促した。
「それはいいけど……」
翔は女性について行くように歩き出す。
どこか行く場所でもあるのか、それでも夢にまで見たエルフと話しながら歩けるならどこへ行こうが気にはしないが。
歩きながら女性は首を翔の方へ向けた。
「私の名前はヒウロ。君の名前は?」
その視線に一瞬ドキッとしてしまい翔は前を向いたまま答える。
「お、俺の名前は望月翔と言います」
自己紹介など小学生ぶりだろうか。緊張もあり何故か敬語になってしまった。
「モチヅキカケル? また長い名前ね」
「いやそれはフルネームだから。望月でも翔でも呼びやすい方でいいよ」
「ふるねーむ……? が何なのか分からないけど、じゃあ短い方のカケルで」
にこやかにヒウロは答えるも何故か一部カタコトのように言った。
その様子に翔は首を傾げた。
「ん? なんで不思議そうな顔をしているの?」
「あ、いや……、ちょっと言葉が変だったからさ。何でなのかなって思って」
「あーなるほどね。それじゃあこの世界について話すついでに説明した方がいいかな」
するとヒウロは歩きながら自分の着ている服を軽く摘んだ。
「これって何か分かる?」
「え……?」
唐突な質問に翔は困惑してしまう。
「深く考えなくても大丈夫よ」
「じゃあ服……とか? もしくは上着かな」
聞かれている意図にちゃんと答えられているのか半信半疑になりながら答えた。
「そう、これは服であり上着ね。それじゃあこの服の材料が何か分かる?」
見ただけで分かるはずがないので翔はありきたりなもの言う。
「……えーと、絹とか?」
「残念、これはラギから作られているの」
聞いたこともない言葉であった。
「それって当てるのが無理な質問だったんじゃ……」
「ふふ、ちょっと意地悪だったかな」
ヒウロは少し笑みを浮かべた。
おそらくラギというのは翔の世界のものにはなく、ヒウロの世界にしか存在しないものだろう。
「けれどこれでこの世界の仕組みについて分かったかしら?」
ヒウロにとって何か意図があったことは理解できたが、いまいちピンとこない翔は疑問が顔に出る。
「ちょっと理解できてないけど……」
「つまりね、お互いの世界に存在するもの、もしくは同じ意味を持つ言葉とかは理解できるけど存在しないものは音としてしか聞こえないってこと。私はキヌが何か分からないし、ふるねーむの意味も分からないの」
その言葉で翔はやっと理解できた。
先程、ヒウロはフルネームが分からなかった。それはヒウロの元いた世界にフルネームという意味を持つ言葉がないからである。存在しない言葉は意味を持たないため通じないということだ。
神であろう者が創った世界にも少しだけ不完全なところがあり、それを無くすために翔やヒウロのような者を送り込んでいるのかもしれない。
「なるほど、この世界も中途半端なところがあるんだな。でもこの世界で一番気になることがあるんだけど」
「何かしら?」
「さっきの少女のことなんだけど、何でこの世界を壊そうとしてたんだ? それにヒウロと少女の関係も分からないし」
少女はこの世界を壊そうとし、それに対しヒウロや戦っていた男は世界を守ろうとしていた。しかし神であろう者は争い事はないと言っていた。一体この世界で何が起きているのか、それが最も知りたいことである。
「そうね。……カケルはこの世界に来る前に誰かと会った?」
「この世界を創った奴に会ったかな。そいつは争い事はないって言ってたけど」
「私もこの世界に来る前に会って同じことを言われたわ、多分同じ者よね。けど私が来た時は本当に平和そのものだったのよ」
「え、それじゃあなんで……」
「私が来た時には別の世界から来てる者がいて、私は二番目。その頃は争いもなかったんだけど、あの少女が来て世界は変わってしまったの。ちなみに少女は五番目でカケルは七番目よ」
ということは翔がまだ出会っていない者は他に三人いることになる。
「少女がこの世界に来た時から絶望していたのは今でも覚えているわ。元いた世界で何かあったのか聞こうとしても話なんてできないし、挙句にこの世界を壊すって言い始めたの」
翔も先程、同じような経験をした。この話の通りなら少女は元いた世界に戻りたくて無理矢理飛ばされたから壊そうとしているのかもしれない。もちろん可能性の話なのでそれ以外の事もあるだろうし、元の世界に戻りたいだけなら話すことはでき、協力する方がいいに決まっている。
「じゃあヒウロは少女が世界を壊そうとしているのを止めようとしてるってことか」
「もちろん。できれば戦いなんてしたくないし平和的に解決したいけど、世界を壊されたらそれこそ終わりだもの」
「なるほどなー」
ヒウロの言う通り世界を壊されるわけにはいかない。けれども少女も何か理由があって壊そうとしている。詰まる所、少女に会って話を聞かない限りは解決しそうになさそうである。