第一話
雑音が聞こえる。
いや、これは人の声か。
話し声や人を呼ぶ声、賑わいのある音が耳に届く。
太陽の光が瞼をなぞり脳が動き出していく。そして背中から硬い感触があり横たわっているのだと認識する。
日光に引かれるよう、薄めに目を開けると眼前には雲一つない晴天が広がっていた。
「…………どこだ、ここ?」
覇気のない翔の声が空に向けられた。
なぜ自分は屋外で寝ていたのか、寝起きというのもあり頭が追いついていない。
ひとまず翔は寝起きの上体を起こす。
「いたた……」
寝どころが悪く体の節々が痛む。
一体どこで寝ていたのかと確認すると、翔の体は公園にあるような茶色いベンチの上にあった。
「何でこんなところで寝てたんだ? まだ酒を飲む年じゃ……」
と、顔を正面に向けた翔は言葉を切ってしまった。
同時に自分の目を疑ってしまう。
「ど、どういう、ことだ…………?」
翔の視界に想像していなかった光景が映る。
目の前には中世のヨーロッパのように赤煉瓦造りの建物がいくつもあり、通りには露店が立ち並んでいた。翔の知る建物など一個も存在していない。
だが、翔が驚いたのは建物ではない。
最も驚くべきことは行き交う人々が翔の知る人ではないからだ。
ある者はエルフのように耳が長く、ある者は狐のような尻尾が生えていたり、ある者は天使のように翼がある者もいる。中には翔のように人の形をしている者もいるが大半が人外の姿である。
そして全員が同じ種族のように親しく話していたり、買い物をしていたりと日常を送っている。
「何だよ、これ……」
寝起きの頭をフル回転させ翔は過去を思い出す。自分の身に何が起きたのか、どうしてここにいるのか。
頭を抱える翔は一つ一つをしっかりと思い出していく。
「……まさか、本当に異世界に来たのか?」
神であろう者が急に現れ、翔を異世界に誘った出来事が脳裏に浮かぶ。
点と点が繋がり完全に思い出した翔はもう一度視線を正面に向けた。
人も建物も存在する物全てが翔のいた世界とは全く違い、そこには異世界が広がっていた。
「夢じゃ、なかった。本当に……本当に、異世界に来れたんだ……」
自らの願望が現実になり嬉しさから拳を強く握ってしまう。
自分がいるこの場所が異世界なんだと、エルフとか天使とかたまに変なのもいるけどついに来れることができたんだと、翔は深く実感する。
そしてこの思いを叫ばずにはいられなかった。
変な高揚感に包まれている翔はベンチから立ち上がり両手を突き上げ精一杯の感情を爆発させる。
「やっったぁーー! 異世界だぁーー!」
「うるせぇ!!」
しかし喜びを解放した翔だったが、急に背後から怒号が向けられ翔は肩をすくめてしまう。
男の野太い声に恐る恐る翔は振り返ると、鬼の形相で二メートルはあろう大男が立っていた。
ちなみにここでの鬼の形相とは比喩ではなく本当に鬼の形相であり、しっかりと二本の角も額から生えている。
「急に叫ぶんじゃねぇ! 周りに迷惑だろ!」
「す、すみません……」
世界が変わっても世間のマナーは変わっていないのだと深く反省する。
「ったく、昼間っから気でも狂ったか」
鬼顔の大男は吐き捨てるようにその場から歩いて行った。
「……やばい、ほんとに言葉通じてるし」
神であろう者が言っていたように言葉の壁はなく、翔は怒られたことも忘れ感動していた。