プロローグ
「ようこそ、異世界へ! 君は選ばれた一人だ!」
と、なんの前触れもなく、それは唐突に告げられた。
目が覚めたら白い空間におり、眼前には神であろう者がにこやかに佇んでいる。その者は白衣のような衣服を纏い赤色の髪が目につく。
分かっている。これはあれだ、異世界に行くとか転生とかというやつだ。車に轢かれたら来る空間になぜか来てしまっているのだ。
だが、望月翔は車に轢かれたわけでも、死んだわけでもない。
この白い空間に来てしまったのも、いつものようにありふれた日常を送って一日の終わりに眠りにつき目が覚めたらこれだ。
この状況に普通の人はどんな反応をするだろう。
意味がわからず混乱するのだろうか、それともついに自分にもやってきたのかと喜ぶのだろうか、はたまた澄ました顔で冷静に対応するのか。
おそらく常人であればどれかの、もしくはそれらに近い反応を示すはずだ。
そしていずれにしても頭のどこかでは淡い期待を寄せており、異世界に幻想を抱いている。
そのことは何も悪くはない、むしろ正常だ。さらにこれが高校二年の思春期に訪れたとなれば至極当然である。
そんな普遍的な行動と思いに駆られている翔は目の前の神であろう者に問いかける。
「……それって、俺が異世界に行くってこと?」
澄ました顔の翔の声は白い空間に響いた。
突然の出来事に現状を受け入れることができず内心は落ち着きもしないが、翔は平静を装う。
「うん、君は選ばれたから」
中性的な顔立ちで翔と同い年くらいの風貌の神であろう者は微笑み口角をあげた。
「それで君が行くことになる異世界なんだけど」
神であろう者はそのまま事務的な説明を行うように話を続ける。
「その世界は僕が創った世界なんだよね。だから色んな種族っていうのかな、様々な見た目の者がいるんだ。あ、でも人の形からかけ離れているわけじゃないよ。言葉の壁も僕の力で無くしてるから会話もちゃんとできるしね。……ん? 今、僕の力ってすごいって思った? そうなんだよ、僕ってめちゃくちゃ凄いんだよー」
別に思っていないことだが神であろう者は誇らしげに威張る。そして翔はそのテンションについていけない。
「……えーと、それは凄いかもしれないけど、その世界で俺は何するの? もしかしてチートの能力をもらって人生イージーモードとか送れるわけ?」
あまり神であろう者の説明は聞いていなかったが何よりも気になるのは抱いている幻想の異世界に行けるかどうかである。
しかし神であろう者は首を横に振った。
「残念だけどそれはできないかな」
儚い思春期の願望が砕かれ、翔は肩を落とす。
どうせならハーレムの異世界とかチートの能力で無双できる世界を味わいたかった。
「あ、でもチートのような能力はあげるよ」
「え! マジで?」
落とした肩がすぐに上がりおまけに目を輝かせる。
「マジのマジだよ」
「ん? でもなんでそれでイージーモードを送れないんだ?」
チートの能力があればどうにかなるはず。しかし神であろう者はできないと言い矛盾しているように思える。
「それは僕の創った世界について説明する必要があるかな。さっきも言ったけど僕の創った世界は色んな種族がいるわけ。で、なんでそんな世界になったかというと様々な世界を模倣して創ったからなんだよ」
「模倣?」
「そう。君の世界も含めて存在している異世界は何百、何千とあるんだ。僕はその何百、何千とある世界が一つになったらどうなるのか見たくて僕の異世界を創り上げた。まあでも、これが意外と難しくてね」
難解なテストの問題を目の前にしているように神であろう者は首をひねった。
しかし翔にはそれが難しいというレベルなのかどうか想像もできない。ましてや見たいという興味のためだけに実行するのは神であるからできることであり、神である所以なのだろう。
「だから僕は未完成な異世界に君のような別世界の者を送り込んで情報を得ようって考えてるわけ」
翔はその一言に疑問を感じる。
「ちょ、ちょっと待って……。俺のようなってことは他にもいるってことなのか?」
「察しがいいねー。それが君の質問の答えだよ。君が好き放題できないのは他の世界からも呼んでいるし、初めて異世界に行く者には全員にチートの能力を与えてるからなんだ」
「何だよそれ……」
つまり翔以外にも翔のような者がおり、もれなく全員がチートの能力を持っているので異世界にいっても無双できないということだ。
翔の中に段々と異世界に行きたくない気持ちが芽生えていく。それだと元の世界で能力を有している奴らに敵うわけがない。さらに翔は元の世界では平凡である。戦闘能力も頭の良さも別世界の者と比べて劣っている気しかしない。
「それって俺が不利に思えるんだけど……」
「平等にするために全員に能力を与えているから、こればっかりは仕方がないかな。でも大丈夫、君の能力は使いようによっては強いやつにしとくから」
「どんな能力にしてくれるんだよ」
翔にとっては最も重要であり知りたいことだ。
「うーん……、じゃあ『能力創造』っていうのはどうかな? 自分の作りたい能力を何でも作れるっていう能力」
「……何でも?」
「そうだよ。例えば瞬間移動したいと思ったらその能力を作れるし、空を飛びたいと思ったら鳥のように舞うこともできる」
神であろう者は紛うことなき頷きをした。
そして翔は思った、強いにしてもチートすぎると。
そんな能力があれば負けることはおろか苦戦することなどないに等しい。怪我をすれば傷を治す能力を作ればいいし、時間を巻き戻すことだってできる。仮に相手がもっとすごい能力だったとしても使えないようにすれば問題ない。
言うなれば翔も神になるようなものである。
能力を聞いた翔は先ほどとは打って変わって異世界に行きたくて仕方がなくなってしまった。
「なんだ、そんな最強な能力くれるなら喜んで異世界に行きたいぐらいだ。ほら早くその能力頂戴、そして異世界に連れてってくれ」
「あ、でもちゃんと制限があるから」
「…………え」
その一言で舞い上がっていた翔は静止した。
「どういうこと?」
「作った能力は一度しか使えなくて二回目は使えないっていう制限。それとインチキもダメだから」
「い、インチキとは……?」
「例えば右手から炎を出す能力を使用した後に、左手から炎を出す能力は使えないってこと。それは炎を出すっていう能力と同じことになるから。あと、同じ能力を何回でも使えるようにする能力も使えない」
説明を受け翔の顔が少し曇る。
確かに使いようによっては強い能力である。ラスボス級の敵が現れても一瞬で息の根を止めることもできる。できるのだが、この制限だと再度ラスボス級の敵が現れた場合が問題である。同じ能力は使えないため別の方法を探す必要があり、自分にそれだけの創造力があるのかも不安だ。
「じゃあ一通りの説明も終わったから、異世界に行こっか」
思案している翔を尻目に神であろう者は話を進める。
「い、いやー……、なんか急に異世界でやっていけるかどうか自信がなくなってきたんだけど…………」
「大丈夫、大丈夫。僕の創った世界は平和な世界だから。普通に一般人として生活してくれればオッケー!」
神であろう者は親指を立て、出会ってから一度も崩さない笑顔を向けた。その笑顔はどこか営業スマイルのようでさらに翔を不安にさせる。
「それじゃあ早速、行ってみようか」
その言葉で翔の視界が徐々に黒に染まっていく。
「も、もう? まだ心の準備が……」
翔は慌てながら声を出すが、もちろんそれで止まるわけもない。次第に浮遊感を感じ始めていき体の自由もきかなくなっていく。
そして翔の視界が完全に黒に染まる。
夢の終わりを告げるように一つの声が翔の耳に届いた。
「……ようこそ、僕の異世界へ」