9話「また投獄されましたわ!」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今日で冒険者になって1か月になりますの。つまり、私が脱獄してから1か月半が経ちましたわね。
そして私といえば、もうすっかりギルドの稼ぎ頭ですわ!
私がこの1か月でこなした依頼の数は、50余り。要は、1日1件以上の依頼を片付けていることになりますわ。当然ですけれどこれ、驚異的な速度でしてよ。
だって依頼をこなすには当然、町中で、というわけにはいかなくってよ?町の外に出て、遠いところなら馬で2日程度の距離までは足を延ばしますわ。その移動時間も込みの、『1か月に50件余りの依頼達成』ですの。ね?驚異的ですわね?
ちなみに、こなした依頼は全て魔物討伐ですわ。私、守るよりは攻める方が性に合っていてよ。つまり、貴族の護衛なんてやってらんねーのですわ。
……ドラゴンの目撃情報があればすぐに討伐に向かったのですけれど、残念ながらドラゴン級の大物は中々いませんわね。けれどその代わり、オーガやジャイアント、リッチといったボチボチの大物は割と仕留めましたわ。
冒険者ギルドには魔物を殺した証拠さえ提出すれば、ギルドはお金を出しますの。そして素材は闇市で売ればずっと高い値段で売れますわ。良い商売ですわね!
……それから私、人助けもしましてよ。
身の丈に合わない魔物に手を出して絶体絶命のパーティを見つければ、颯爽と駆けつけて代わりに魔物を殺しましたし、ギルドの中で揉め事があれば私が仲裁しましたし。怪我をして動けなくなっている冒険者が居たら私の馬に乗せて連れて帰ってやりましたし、他にも、ギルド職員に下らないイチャモンつけている冒険者が居たらぶん殴ってギルドの外に放り出しましたわね。ええ。
……私、聖人君子じゃあありませんけど、誰彼構わず手を出す馬鹿でもありませんの。
それに、善意には善意が返ってくるものですわ。悪意に悪意が返ってくるように。
『蒔ける種は蒔く暇がある内に蒔いておけ』。フォルテシア家の家訓ですの。
収穫する予定が無くとも、善意の種はせっせと蒔いておくべきなのですわ。何せ、育てようと思ってから育てたのでは間に合いませんものね。
……という具合に、毎日のようにやってきては1人でランク1、2の依頼を一気に複数こなしていくフルフェイスの兜の謎の冒険者、私ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア改めアイル・カノーネ!
すっかりギルド内の人気者になっていましてよ!
そしてそれと同時に……1つ、ギルドの中から消えた依頼書がありましたの。
それは、『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア』の討伐依頼ですわ。
……ギルド職員か冒険者かは分かりませんけれど、誰かが私の正体に感づいたのでしょう。でもそれはこっそり、闇に葬ることにしたのでしょうね。
だって私、ギルドに残しておいた方が絶対にお得ですもの!おほほほほ!
「オークキングの首……た、確かに確認しましたぁ。これが今回の報酬ですぅ」
ギルドのピンハネ嬢もすっかり大人しくなったわね。素直に全額報酬を支払うようになりましたわ。おほほほほ。
「ええ、ありがとう。ところで新しい依頼はあるかしら?勿論、ランク2以上のものよ?」
「そ、それならこちらですぅ」
掲示板には新しい依頼がいくつか貼り付けてありますわね。その中から何枚か、適当なものを取りますわ。
空間鞄があれば、一度に複数の依頼を受けても大丈夫。魔物の首も、素材も、持ち帰り放題ですから、楽しくって仕方がありませんわね!
「おお、アイル・カノーネ殿!いらっしゃっておいででしたか!」
依頼を物色していたら、私に声をかけてきた者がいました。
「ああ、ギルド長。ご機嫌麗しゅう」
「ええ、ええ。そちらもお変わりないようで。なんでも今度はリッチを1日で仕留めたとか?」
「最新のものはオークキングですわね。先ほど提出しましたわ」
「なんと!あの1か月間焦げ付いていた依頼を達成なさったのですか!素晴らしい!」
私、にっこり微笑んで胸を張ります。無用な謙遜はしませんわ。『有用だ』と思わせておけば、多少のお目溢しは頂けますもの。むしろ嫌味にならない程度に積極的に誇っていきますわよ。
「あなたが当ギルドのギルド員になってくださって以来、当ギルドの成績は急上昇!エルゼマリン近郊の治安も良くなって!いやあ、本当に!本当にありがとうございます!」
「よくってよ。これも力ある者の務めですもの」
適当なことを言っておきつつ、私はさっさと次の依頼を決めました。明日はワイバーンとロードランナーとドドメムラサキスライムの豪華3種盛りにしますわよ!ついでにワイバーン肉でディナーにしますわ!ワイバーン肉はきちんとしたドラゴンの肉よりはずっと淡白ですけれど、まあ旨味濃厚な鶏肉、というかんじですわね。悪くはありませんわ。楽しみですわね。
「それではギルド長、ごきげんよう。また明後日にでも依頼達成の報告に参りますわ」
「おお、なんと頼もしい!是非今後もよろしくお願いしますよ!このままあなたが活躍してくだされば、うちのギルドの成績が王都のギルドを抜くかもしれませんなあ!わっはっは」
ギルド長はこのギルドの成績とそれに伴う自分への評価、そしてそこにくっついてくる給金のことでニコニコ満面の笑みですわね。ま、嬉しそうで何よりですわ。この分なら私、ここのギルドにぼちぼちしっかり囲ってもらえそうですわね。このまま安定して稼げれば、随分やりやすくなりますわ。
その日の内に出かけて、翌日には私、早速ワイバーンを狩りましたわ。
いつも通り、弓矢で一撃。うーん、飛び道具って素晴らしいですわね。
それから、陽が沈むまでにロードランナー……地面を走るバカでかい鳥だか蜥蜴だか微妙な魔物を仕留めて、日が沈んだら野原のど真ん中で野営しながらワイバーンをさばいて、その血の匂いにつられて這い寄ってきたドドメムラサキスライムを仕留めましたわ。
ということで、私のディナーは豪華に『ワイバーンとロードランナーのロースト、ドドメムラサキゼリー添え』になりましたわ。
……味の感想だけ言うならば、ドドメムラサキスライムは余計でしたわね。まあ、食べますけれど……。
ということで、私は無事、依頼を3つ達成して、翌朝、ギルドへ帰還することになったのですわ。
ワイバーンからは皮や爪や牙、そして骨もとれているから、先に裏通りに行ってもいいけれど、ま、こんな清々しい朝に薄暗い裏通りになんて行かなくてもよろしいわね。
そう思って私、討伐の証拠となるワイバーンやロードランナーの首だの、ドドメムラサキスライムの核だのを引っ提げてギルドの扉を開けました。
……そこで少し、妙な空気を感じましたわ。ぴりりとして緊張した、普段のギルドとは違う空気。
すぐに周囲を見回してみると……。
「……げっ」
思わずあんまり品のよろしくない声が出てしまいましたわね。でも仕方なくってよ。
何せ、ロビーに城の兵士が居るのですもの。
これはヤバいと第六感が告げていますわ。私、すぐに踵を返してギルドの外に出ようとして……。
「逃がさんぞ」
そこにも兵士が居ましたわー!
駄目でしたわ!囲まれましたわ!野郎共、ギルドの外にもこっそり張り込んでいたらしいですわー!
ギルドの中で兵士達に囲まれて、私、絶体絶命ですわね。
……なんとか、突破口を開きたいところですけれど……少し……相手の数が多すぎますわ。
私の理想の戦い方は『標的は生物。1体のみ。かつ、こちらから仕掛ける』という状況ですわね。それでしたら確実に相手を殺せましてよ。
……けれど、相手が複数だったりすると、少し厳しくなってまいりますわね。それこそ、脱獄した時のように混戦状態を作り出して、そこを逃げる、というような方法を取りたくなってしまいますわ。
そしてもし、相手が無生物……例えば、魔導士の使役するゴーレムだとか、錬金生物だとか、そういう奴だと最悪ですわね。正直、相手の強さによっては絶対に戦いたくありませんわ。
と、いうことで。
現在の状況って、私にとってはあまり良くない状況ですわね。
相手は生物ですけれど、複数人。そして、明確に私を目標として囲んでいる状態。これ、もうほとんど『詰み』ですのよ。
……しかし、どうして急に兵士が。
私が王都のムショを脱獄してからもう2か月近く経ちますわ。それが今頃ここに私を探しに来たなんて、あまりにも今更なんじゃなくって?
と思ったんですけれど、疑問はすぐに解消されましたわ。
「あの人物が報告にあった『アイル・カノーネ』で間違いないか?」
「はーい。間違いないですぅ」
ギルドの奥から出てきたのは、1人の兵士とギルドのピンハネ嬢ですわ!
「兜を取れ」
兵士が私の前に来て、高圧的にそう言いますわ。正直ここで金的蹴り上げてやりたいところですけれど、それをやってその後殺されない自信がないですわ。
「よくってよ」
仕方ありませんからもう兜、取りますわ。となると当然、私がヴァイオリア・ニコ・フォルテシアだと露見しますわね。
「やはり、フォルテシアの娘だったか!」
兵士はにんまり嬉しそうに笑ってますわね。ま、私を捕まえれば相当評価が上がりそうですものね。分かりますわよ。
「今までよくも散々、逃げ回ってくれたな!」
そして兵士、私のことをぶん殴ってくれやがりましたわ。
嬉しいのは分かりますけれど、ここでぶん殴られるのは許し難いですわね。
1発は殴られてやりましたけれど、2発目は流石に避けますわよ!3発目ともなれば、流石に他の兵士が制止しにきましたわ。ったくこの兵士は!
「えー?この人、そんなに悪い人だったんですかぁー?」
「ああ。こいつは王子暗殺未遂の大罪人だ。更には国王や王子、他の貴族への侮辱。脱獄と脱獄幇助。身分詐称。そういった余罪まである」
いくつか数え損なってる罪がありましてよ、とは言ってやりませんわよ。ええ。
「そうだったんですかぁー。私、この人が単にぃ、ズルして依頼達成してるって思ってぇ、違反報告しただけなんですけれどぉ……」
「フォルテシア家の者が戦うことを好む野蛮な性格だということは有名だからな。品も無く暴れている者が居ると聞いて念のため調査に来たところ、大当たり、というわけだ」
兵士はそれはまあ、言いたい放題言ってくれやがりますこと。……私1人への侮辱ならぶん殴るくらいで許してあげますけれど、フォルテシア家を侮辱されるのは許しませんわよ。
「よく報告してくれたな。協力に感謝する」
ピンハネ嬢もピンハネ嬢で、私をチラッとみて、ニヤニヤしてやがりますわね。大方、『予想以上に大事になったけれどいい気味』とでも思ってるんでしょうけど!
こいつ分かってますの!?私を兵士に突き出したら!確かに褒賞金は貰えるかもしれませんけど!自分の職場、間違いなくひっくり返りますわよね!?
私をギルドに飼っておけばそれだけで莫大な利益になりますわよ!?私が一体幾つ、ランク1や2の依頼を瞬殺したか、こいつ分かってないんですの!?
……まあ!分かってないからこそ!こうして私を兵士に突き出してるんですわね!
楽に安定して長期間稼げる道を捨てて!目先の金に飛びつく!流石、ピンハネするような奴はやることが違いますわねえ!許すまじ!
「ではこいつは連れていく。いいな?」
兵士がギルド中に声を掛けますけれど、庇う者は居ません。
私が助けてやった冒険者も、親しく話していたギルド職員も、そして私に大きな期待をかけていたギルド長も。皆、目を逸らして俯くばかりですわね。
……まあ、構いませんわよ。恨みもしませんわ。今までにちょっと助けられたくらいで、ここで私を庇おうとする馬鹿なんて居るはずがありませんわね。
それに、私だって本気で私を庇わせるつもりなら、もっとガンガン賄賂を贈ってましたもの。そうしなかった以上、ここで庇われないのは私が選んだ結果だということですわ。
……ギルドとしては私を失えば大きな損失でしょうけれど、罪人を庇ったらもっと大きな損失を被りますわ。
ギルド側が私をずっと手元に置きたかったとしても、ピンハネ嬢が1人で勝手にやらかしてくれやがった以上、涙を呑んで私を見送るしかありませんわね。
「きゃはは!いい気味ぃー!」
ピンハネ嬢は自分のちょっとした満足感のためにギルドに大きな損失をもたらしたわけですから、多分今後は針の筵ですけれど今は気づいていないらしいですわね。大方、『正しいことをした』とでも思ってるんでしょう。
けれど世の中、そんなに甘くなくってよ。正義を謳う人間でも案外、自分に利益をもたらす悪には寛容なのですわ。
職場中の冷たい目に晒されて自分の罪を思い知るといいですわ。というかいつか私が直々に罪を思い知らせてやりますわよ。覚悟してらっしゃい!
「ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア!野蛮な豚め!精々感謝するがいい。貴様の罪は貴様の血と首で贖われるのだからな!まずは下賤な豚らしく、牢の中に入っていてもらおう!」
兵士が乱暴に私をドつきながらさも嬉しそうに大笑いしているのが無性に腹立たしいですわ。ほんと腹立ちますわ。めっちゃ腹立ちますわ。
「はっ。そんなの御免ですわね。……と言いたいところですけれど」
……まあ、思うところが無いわけではないけれど、ここで戦うのはあまりにも危険ですわ。ならば、私の選択は1つ。
「私、今日は気分がいいの!大人しく牢に入ってやってもよくってよ!」
滅茶苦茶気分が悪いですけれど!
大人しく捕まってやるしかなさそうですわ!
めっちゃ腹立ちますわ!めっちゃ腹立ちますわ!ムキーッ!