7話「自分で仕留めたドラゴンの丸焼きは格別でしてよ」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。今はギルド登録の都合でアイル・カノーネと名乗っていますけれど。
魔獣の森を抜けたついでにオーガを仕留めてそれなりに気分がよろしくってよ。
今は適当な宿場に到着したので食事中ですわね。
道中で適当に山鳥を2羽ほど射止めて、それを宿に渡して調理させましたの。調理させる代わりに、1羽は宿にくれてやることにしましたわ。私の弓の腕なら山鳥程度、いくらでも取り放題ですから、まあ、この程度は問題ありませんわね。宿の女将に感謝されるのも気分が良くってよ。
「し、死ぬかと思った……」
げっそりしながらのろのろと山鳥の肉をつついているのが、リタル・ピア・エスクラン。憎きクラリノ家の傍系の家の貴族のお坊ちゃまですわね。
リタルはまあ、足手纏いにしかなりませんけれど。でもこいつはクラリノ家と繋がりがありますわ。恩を売っておくのも悪くは無いでしょう。本人の気質は大人しくて従順で、それなりに操りやすそうですものね。
要は、いいカモですわ。もしクラリノ家を探ったりするのに使えれば万々歳です。そうできなかったら……身代金を毟り取るか、なんなら闇市に売っぱらってやりますわ。世間知らずの貴族の美少年が1人でほっつき歩いていて誘拐も殺害もされないと思う方がどうかしていてよ。
「この程度で音を上げていてはドラゴンなんて夢のまた夢でしてよ」
リタルは死にそうな顔してますけど、こいつ、特に何もしてませんわね。オーガ1匹にビビって余計な魔法を使っただけでしたわね。
「うう……僕はやっぱり、お役に立てそうもありません……」
リタルは杖を抱えていますけれども、その杖、ほとんど役に立ってませんわね。私の邪魔をしただけでしたわね。
「自分が役に立たないことを知れただけでも十分な成長なんじゃなくって?まずは自分の実力を知らなければなりませんわよ」
「そうですね……早速、学ぶことばかりです」
リタルはしおらしい態度ですわ。傍系とはいえ、貴族がこんなにしょぼくれてるのは珍しいですわね。フォルテシア家なんてどこの傍系でもない、どこの後ろ盾も無い、ただお金だけでやっていた貴族だったのに誰よりも明るく楽しく朗らかに貴族やってた自信がありましてよ。
「あ、あの、アイル様」
「何かしら?」
私が山鳥のローストを食べ終えた頃、リタルはおずおずと尋ねてきました。
「あの、オーガを倒した時……アイル様は何か、魔法をお使いになったのですか?」
……よく見てますわね。恐らくは、私が矢尻に血を付けたのを見ての推察なのでしょうけれど。
「そうね。矢の威力を上げるための魔法を使いましてよ」
「そんな魔法があるのですか……!是非、僕にも教えてください!」
「駄目よ。わざわざ手の内を明かしてやる義理はありませんもの」
「そ、そんなあ」
リタルを適当にあしらって、私はさっさと食事を終えました。
「さっさと食べて早く寝ることね。明日はいよいよ、ドラゴン狩りですわよ」
「え、あ、はい!」
あとはリタルがせっせと食事を口に運ぶのを眺めつつ、こいつに請求してやる『報酬』についてぼんやり考えをまとめておくことにしますわ。
その日はさっさと眠りました。私にとっては久しぶりの!久しぶりの、まともなベッドですわー!
リタルの安全を考えて、部屋は致し方なく同室ですわ。仕方ありませんわね。こいつ、放っておいたら誘拐されますわ。そうしたら折角のカモを逃がすことになりましてよ。
……と思っていたら。
「あ、アイル様ぁ……」
隣のベッドでリタルがもぞもぞして、私の方を向きましてよ。何?夜這いでもするつもりかしら?もし私に指一本でも触れようものなら指もそれ以外のモノもちょん切ってやりますけれど。
「何かしら?私、もう眠りたいのですけれど?」
「ごめんなさい、その……眠れなくて……」
……成程。
リタルにとってはここが『人生初の粗末なベッド』なのかもしれませんわね。冒険の興奮と相まって、眠れない、と。
……けれど私にとっては半月ぶりのまともなベッドですの!
「首絞めて落とされるのがお望みなのかしら?」
「首っ……!?え、あの、違」
私、丁寧にわざわざベッドから一回出て、ベッドの中に居るリタルの前に立ってやりますわ。
そして、言います。
「グダグダ仰ってないで寝なさい。私は寝ますわ」
私、眠いのですわ!
起きたら窓の外が明るくなっていましたわ。よい朝ですわね。絶好のドラゴン狩り日和でしてよ。ああ、これからいよいよ始まるドラゴン狩り、そしてピンハネ嬢にぎゃふんと言わせる私の功績のことを思えば、胸が熱くなりますわね。
「ん……おはようございます」
「あらおはよう、リタル。さあ、さっさと支度をなさい。さっさと出かけますわよ!」
リタルはまだ寝ぼけ眼でしたけれど、私が「返事は!」と声をかけてみたところ、すぐに「ぴゃい!」と返事がありましたわ。順調に躾が進んでいるわね。
「ここですわね」
そして私達、昼過ぎにはドラゴンが居るという洞窟の前まで来ましたわ。
ここまでの道程は中々に楽しめましたわ。魔物と賊の血で赤い道を作ってやりましたわよ。おほほほほ。
「うう……緊張しますね」
「そう。緊張するのは勝手ですけれど、緊張のあまり体が動かない、なんてことにはならないようにして頂戴ね」
馬は洞窟の外の木に繋いでおいて、私は早速、洞窟の中に入ります。リタルも私の後を追ってやってきましたわ。
「ここがドラゴンの巣……」
リタルにとっては何もかもが物珍しいみたいですわね。
まあ、この洞窟、ちょっと変わった形をしていますわ。入り口が広くて、内部もぽっかりと空洞。下へ下へと続く螺旋階段を降りていくように岩壁を伝って進んでいきます。
岩壁を伝って、というと危ういようにも思えますけれど、実際は天然の螺旋階段を下りていくだけですわ。魔法仕掛けの罠があるわけでもなく、魔物がうようよ湧いてくるでもなく。まあ、いたって普通の安全な洞窟ですわね。
「あ、あの……この洞窟、魔物が居ないのって……」
「大方、ドラゴンが奥に居るからでしょうね。御覧なさい、そこの岩壁。ドラゴンが爪を研いだ跡ですわ」
「ひい……!」
ドラゴン狩りのいいところは、ドラゴンが居る洞窟には大抵、他の魔物が住み着きたがらない、ということですわ。小物をチマチマ倒して稼ぎたい冒険者には不向きかもしれませんけど、私のように大物一点狙いでしたら最高の条件ですわね。
「リタル。もし洞窟が崩れそうになったら、すぐに外に出るように」
「は、はい」
リタルは私の言葉に素直に返事をして、それからそっと、螺旋階段の下を覗き込みました。
……そこには、ドラゴンが居ます。
ドラゴンはゆるり、と体を動かして、首を持ち上げて……私達のことを、ギロリ、と睨みつけました。
勝負は一瞬。ドラゴンが息を大きく吸い込んだのを見て、私は矢を構えます。
矢にはどろりと、私の血が塗りつけられていますわ。ドラゴンのような大物を仕留める大一番ですもの。滲む程度、なんてケチなことはしなくってよ。
しっかりと私の力が乗った矢を弓につがえ……ドラゴンを見下ろします。
ドラゴンは私達を見上げて、そして、私達という侵入者を焼き払うべく、吸い込んだ息をぎゅ、と腹の中に貯めました。
そう。ドラゴンは火を吹くつもりなのですわ!
勿論、私の読み通りです。
この距離なら、ドラゴンの爪や牙はもちろん、尾も翼も届きませんわ。なら、ドラゴンは火を吹いて私達を殺しにかかるはずと予想がつきますわね!
「あ、アイル様!火を吹くつもりですよ!逃げましょう!」
「黙らっしゃい」
リタルが慌てふためく中、私はじっと、ドラゴンの動きを観察します。
ドラゴンは吸った息をしっかりと腹の中に溜め……そして。
「今ですわッ!」
口を開きかけた、その瞬間。
私の矢が、飛びました。
ドラゴンが炎を吐き出す一瞬前。
その口が開いた瞬間に、矢はドラゴンの口腔内に突き刺さりましたわ。
ドラゴンは全身を固い鱗に覆われています。矢程度、簡単に弾かれてしまいますわね。
けれど、口腔内なら話は別ですわ。口の中は柔らかな粘膜。そこになら、矢が突き刺さります。
そして、矢が刺さりさえすれば……。
ドラゴンは炎を吐き出しました。けれど、その炎は私達に届くより前に力を失って弱り、細り……そして、ドラゴンは急に暴れ出します。
「う、うわあああああ!?」
「黙っていなさい!舌を噛みますわよ!」
ドラゴンが暴れることによって生じた地震が洞窟を揺るがします。けれど、私はその場に伏せつつ姿勢を保ちます。
「お、落ちるっ!」
「リタル!……ああもう!」
一方、リタルは見事に姿勢を崩して転落しかけましたので、仕方ありませんわね、引っ掴んで引っ張り込んで抱えて、ドラゴンの最期の一暴れを耐え……。
……そして、地震が収まって、ドラゴンが居た階下を覗き込んだ時。
「よし。死んでいますわね!」
ドラゴンはしっかり死んでいましたわ!おほほほほ!
……さて。
ドラゴン、というものは、素晴らしい生物ですわ。
まず、倒すだけで功績が得られる。素晴らしいですわ。
それから、鱗や骨、爪や牙は軽くて硬くて非常に良い素材になる。素晴らしいですわ。
目玉や心臓は魔法の力を多く秘めています。素晴らしいですわ。
……けれど、何より素晴らしいのは。
「よいお味ですわ!」
味です。
肉ですわ。
ドラゴンの肉って、最高の美味ですのよ。
野趣があって、濃厚な旨味と確かな歯応え。熟成されたワインのような、最高級のスパイスのような、深みのある香り。脂は少ないながらも、しっかりと舌に纏わりついて、旨味を舌に留めおく役割を果たします。そして何より、『肉の旨味』というものがとても濃いんですの。ええ、ドラゴンは最高の食材です。
それに、やはり自分で狩ったドラゴン、というのがいいですわ。この肉を私の力で狩った、という満足感が加わって、最高の愉悦を生みますのよ。
「やはり、自分で仕留めたドラゴンの丸焼きは最高ですわね!」
鱗を剥いで、爪や牙を抜いて、皮を剥いで。そして残った肉は私の物ですわね!豪快にドラゴンの丸焼きですわ!
「あ、アイル様ぁ、僕にも少し分けて……」
「黙らっしゃい。私の獲物ですわよ。触るんじゃありません。それとも死にたいのかしら?」
「そ、そんなあ……だ、だってこの量なら、アイル様お1人では食べきれないじゃないですかあ!」
リタルの言うことはまあ尤もですわね。いくら美味なドラゴン肉でも、1人で1晩で1体分丸ごと食べきることはできません。
でも、それはそれ、これはこれですのよ。
「あなたはこっちの山鳥でも食べてらっしゃい。ドラゴン肉が食べたければ、いずれ自分で倒せるように強くなることですわね」
強いということは良いことですわよ。
強さがあれば脱獄もできますし、山賊の真似事もできます。そして何より、ドラゴン狩り放題、食べ放題ですわ!
「うう……」
リタルはなんとも物欲しそうな卑しい目をドラゴンに向けていましたが、やがて諦めたように山鳥の丸焼きを食べ始めましたわ。
……それでもチラチラとドラゴン肉を見ているのが腹立ちますわね。
「全く!」
仕方ありませんわね!
私はドラゴン肉の尻尾の方……できるだけ端っこの隅っこを切り取ると、味を見ました。
……ドラゴンの尻尾は、ドラゴンから既に切り離されていましたわ。恐らく、ドラゴンが大暴れした時に勝手に切れたんでしょうね。ドラゴンって、命の危機が迫ると尻尾を勝手に切り離すという愉快な生き物ですのよ。
で、そんな尻尾ですから尻尾の、それも端っこの肉って、まあ、腿肉や何かと比べてしまうと数段劣るのですけれど。まあ、甘っちょろい貴族のお荷物に与えるならこれしかありませんわね。
「全く、仕方ありませんわね!これだけなら食べてもよくってよ!」
切り取った肉を適当に木の葉に乗せて出してやれば、リタルはなんとまあ、随分と顔を輝かせましたわね。
「ありがとうございます、アイル様!」
「よくってよ」
リタルは随分嬉しそうにドラゴン肉を食べるものですから、まあ、仕方ないわね、という気分にさせられますわ。
「……ただし、覚悟しておくことね」
「え?」
ドラゴン肉から顔を上げたリタルは、不思議そうにしていますけれど……。
「その肉、ガキンチョには少々、毒でしてよ」
まあ、忠告はしましたわよ。
「あ、アイル様ぁ……な、なんだか、胸が苦しくて……」
「知ったこっちゃありませんわね」
馬に乗って帰還する途中、リタルはずっと胸が苦しいだの熱っぽいだの目が回るだのなんだの言っていましたけれど、「ごたごた抜かしてるなら魔物の森の中に置いていきますわよ」と言ってやったらそれからは静かになりましたわ。はあ、全く……。
そうして宿場でまた一泊して、それからもう1日かけてのんびりとエルゼマリンに帰って参りましたわ。
「ああ……なんだか、町の風景が出発した時とは違うように見えます……!一回り成長できた気分です!」
「それはよかったですわね」
リタルはすっかり喜んでいますわね。
……私が言うのもなんですけれど、私のドラゴン狩りって全く参考にならないんじゃないかしら?でもまあいいですわ。リタルがこれに満足しているならもういいですわ。満足しているなら対価もきっちり払ってくれるでしょうからね!
まあ、まずはギルドですわ。ピンハネ嬢ですわ。ギャフンと言わせてやるのですわ!
「ごきげんよう!」
ギルドに入って、受付を見回して、例の受付嬢が居るカウンターを見つけてすぐそこに進みました。
そして。
ドン、と。
ドラゴンの生首、しっかりカウンターに叩きつけてやりましたわ!
「依頼、達成ですわ」
ギャフン、とは言いませんでしたけれど、受付嬢は十分にビビったようですわね。ふふん、中々いい眺めでしてよ!
「それで。きっちり褒賞金耳揃えて払ってくださるんでしょうね!?え!?」
「ま、待ってくださいぃ、今、確認を……」
確認!?今更何を確認することがあるっつうんですの!?
でも受付嬢がそう言って奥に逃げていくので、私、どうしようもありませんわね。
まあよくってよ。こうしてドラゴンの生首がある以上、私の功績は確かなもの。受付嬢がここからピンハネなんてできるはずもありませんわ!
「あの、お待たせしましたぁ……確認してみたのですがぁ、たった1人で、それもランク4の冒険者が、ドラゴンを狩ってきた、なんてぇ、信憑性に欠ける、ということでぇ……」
……。
「お支払いできる額はぁ、これになりますぅ」
カウンターの上に出てきたのは、金貨30枚。
予想外でしたわ。想像以上のクズっぷりでしたわ。この受付嬢、この期に及んでまだピンハネしようとしてるんですわ!
いいえ、もしかしたらこの受付嬢だけでなく、このギルド自体がピンハネを推進しているのかもしれませんわね!いずれにせよ!許すわけにはいきませんわ!
絶対に!満額!払わせて!やりますわよ!
「そういう疑いをお持ちだったのね。なら説明いたしますわ。……リタル『様』、どうぞこちらへお越しになって?」
「え?あ、は、はい!」
私が優しく呼びかけると、入り口のあたりで待っていたリタルがてくてく小走りに私の元へやってきました。
そして私は、受付嬢にリタルを存分に見せつけて、言いました。
「私、今回のドラゴン討伐に関して、こちらのリタル・ピア・エスクラン様にお手伝い頂きましたの」
「え……?」
「え、ええ……?」
ピンハネ嬢もリタルも、当然大混乱ですわね。そりゃそうですわ。でもね、そのまま困惑していらっしゃいな。全て勢いで押し切りますわよ!
「よろしくて?リタル様はエスクラン家のご子息。そしてエスクラン家と言えば、この国有数の名家クラリノ家の傍系ですわよ。つまり、リタル様はとても由緒正しいお家柄のお方なのよ」
ピンハネ嬢にそう言ってやれば、ピンハネ嬢、まじまじとリタルの顔を見て『確かに貴族っぽい』みたいな顔してますわね。そりゃそうですのよ。一方のリタルはまるで状況を読み切れていないせいで、ただピンハネ嬢を見上げて、天使みたいな微笑みを浮かべてるだけなんですもの!
「ね、お分かりになるでしょう?由緒正しい『貴族』のお方がこのように一緒にいらっしゃるのに、まさか、ドラゴン討伐の信憑性が落ちる、なんてことはありませんわよね?」
要は、『貴族に喧嘩吹っ掛ける覚悟はおあり?』と暗に言っているわけですわ。流石にピンハネ嬢も意味には気づいたみたいで、顔色が悪くなっていきますわね。
「さあ、正規の額の褒賞金をお出しなさい。正規の額なら金貨100枚のはずですわね?」
私、ピンハネ嬢に詰め寄ります。
「あ、あの、僕からもお願いします!」
更に、よく分かってない天使みたいなポンコツお坊ちゃまも加勢します。
「で、でもぉ……」
それなのにピンハネ嬢は未練がましくも差額の金貨70枚が入っているであろう袋から手を離す気配がありませんので……私、流石に我慢の限界でしてよ。
「私は金を出せと言ってるんですわァーッ!いいからとっととお出しなさいッ!」
「いやあああああああ!?は、はいぃ!こちらになりますぅ!」
……ということで、ピンハネ嬢を少々ビビらせて、無事に満額、金貨100枚を出させてやりましたわ!おほほほほ!
しっかり数えてみても、金貨100枚は確かにここにあります。更に、まだ売却していないドラゴンの素材も!これで当面、生活には困りませんわね!勿論、活動費用としてのお金はいくらあっても困りませんから、まだまだ稼ぐつもりですけど。
「さて、リタル。あなたも役に立ったわね」
「ぼ、僕、お役に立てましたか!?」
何だかんだ状況を理解できなかったらしいリタルですけれども、私が褒めてやったら随分喜んでいましてよ。こうしてみると中々可愛いわね。
「それで、対価のことですけれど」
「は、はい」
けど、可愛かろうが何だろうが、ここはキッチリやりますわよ。改めて対価について切り出せば、リタルはぴしり、と姿勢を正しました。
……町を出た時よりは多少、しゃんとしましたわね。これならば、使い物になる気がしますわ。
「いい、リタル。よく聞きなさい」
少し屈んで、リタルと目線を合わせて、私は真剣に言います。
「強くおなりなさい。誰かを助けられるくらいに。そして、これから先、もし私があなたの助けを必要とすることがあったなら、その時、私を助けて頂戴」
「……へ?」
「それが、私があなたに請求する対価、ですわ」
リタルはぽかんとしていましたけれど、だんだん意味が分かってきたようね。目を見開いて、次第に頬を紅潮させて、何度も頷き返しました。
「約束、ですわよ」
「は、はい!約束します!僕、リタル・ピア・エスクラン!必ず強く、立派な男子になって……いつかアイル様をお助けできるようになります!」
素直でよろしいこと。
……多分、『対価』として『協力』を強制された、ということには思い当たっていないんでしょうね。リタルとしては『対価は実質無償』ぐらいの感覚なんだと思いますけど。
まあ、いいですわ。こんな貴族の甘ちゃん強請ったところで手に入るお金はたかが知れてますし。闇市に売っぱらってやるにも、足がつきやすいですし。ダメ元で投資しておくのは悪い選択ではないはずよ。元々ただの拾い物ですものね。
「そう。ならこれを」
ということで、しっかり『約束』してくれたリタルに、私はドラゴンの鱗とドラゴンの牙を差し出します。
鱗は形が整って色の美しい1枚を選りすぐっておきましたわ。牙は人間の指くらいの小ぶりな大きさながら、欠けも無い一級品。
これだけの品質の鱗や牙なるとそれなりに貴重ですけれど、ま、ドラゴンをほぼ外傷無しに倒せる私にとっては安いものですわね。
「とっておきなさい」
「え……い、いいんですか?」
「いずれ強くなる戦士に贈る餞別ですわ。それから、約束の証に、ね」
リタルは感極まったように、私の手ごと、ドラゴンの鱗と牙をぎゅ、と握りました。
「アイル様……!僕、僕、必ず、あなたをお守りできるくらい、強くなります!だから、ま、待っていてください!」
随分可愛らしいことを言うものね。私はリタルの手に鱗と牙を乗せて握らせて、言ってやりました。
「御免ですわね。どうして私があなたを待っていなければならないのかしら?」
「あ……」
私が手を放すとリタルは随分がっかりした顔をしましたわね。本当に言葉の裏が読めない子、というか……。
「……私は止まりませんわよ。だから精々、追い付いてきなさい。それではリタル様。ごきげんよう」
笑って言って、最後に優雅に一礼してやれば、リタルは途端にがっかり顔を輝く笑顔に変えました。
「は……はい!必ず!必ず、追い付いてみせますっ!」
……何か色々心配になるお坊ちゃまでしたけど、ま、別れ際くらいは優しくしてやってもよくってよ。
私は肩越しに手を振ってやって、リタルと別れることにしましたわ。
さて。
ギルドのピンハネ嬢は成敗して。リタルとも綺麗に別れて。
そして後に残るものと言えば!
「闇市での楽しい買取ですわね……!」
エルゼマリンの暗部。薄暗く後ろ暗い裏通り。そこでのお楽しみが待っていますわよ!