6話「狩りは貴族の嗜みですわ」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。今、どこぞのお坊ちゃまに声を掛けられたところでしてよ。
目の前のお坊ちゃまは、貴族。見るからに貴族ですわ。
齢は私より下でしょうね。そして見るからに手入れの行き届いたサラサラの金髪も、陶磁器みたいにすべすべのお肌も、青空みたいな大きな目も、如何にも育ちのいいお坊ちゃま、ってかんじの風貌ですわ。
一応、お忍びのつもりなんでしょうね。服装が駆け出し魔法使いらしい形ですけれど、私からすればバレバレでしてよ。ローブがシルク、裏地にがっつり守りの魔法を織り込んである、とか、どこの駆け出しの装備ですの!?駆け出し舐めてるんじゃありませんこと!?
「何の用かしら。手短にお願いしますわ。私、急いでいるんですの」
ということで、先に牽制しておきましょうか。
相手が貴族なら、私を狙う者かもしれませんわ。生憎、こんなナヨナヨしたお坊ちゃま如きに後れを取るつもりはありませんけれども、こいつの後ろに何がついているか、分かったもんじゃあないですものね。
……と、いうことで、しっかり睨みながらそう言ってやったのだけれど。
「ぼ、僕とパーティを組みませんか!?」
「……はぁ?」
なんか、予想の斜め上の答えがきましたわ。
「あなたはこれからドラゴンを倒しに行くんですよね!?」
「ええ、そうよ」
さっきのピンハネ嬢との会話を隣で聞かれてますし、隠すことでもないのでそう答えます。答えたらお坊ちゃまの空色の瞳が、それはまあきらきらと輝いて……嫌な予感しかしませんわね。
「なら僕を連れていってください!どうしてもドラゴンを倒したいんです!」
「あらそう。お断りしますわ。足手纏いは必要ありませんの」
引き受けてやる理由もありませんもの。断りますわ。というか、これで引き受けてもらえると思ってたなら相当な甘ちゃんでしてよ。
「な……なんでですか?」
甘ちゃんでしたわ。相当な甘ちゃんでしたわ。こいつ相当に甘ったれてましてよ。
「きっとお役に立てます!これでも魔法を少し修めていて……」
「『少し』魔法を修めた程度でドラゴン狩りの役に立てると思ってらっしゃるのなら、お家にお帰りになった方がよろしくてよ」
これ以上話していてもいいことはありませんわね。そう判断して、私、さっさとその場を去ることにします。
「ま、待って!お願いです!僕、どうしてもドラゴンを倒したいんです!お礼ならしますから!」
……けれど。
少し、気になることも、ありますわね。
「僕、その、貴族なんです。訳があってこうして冒険者に扮していますが……」
バレバレでしてよ。そんな、重大な秘密を打ち明けるみたいな顔されてもちゃんちゃら可笑しいだけでしてよ。
「……話だけ、聞いてやってもよくってよ」
でもまあ、貴族のお坊ちゃまがこうして1人でフラついているんだから、利用できなくはなさそうですわね?
「僕はリタル・ピア・エスクランといいます。エスクラン家の三男です」
……あら、やっぱり。
なんかどっかで見た事ある面だとも思いましたけれど、やっぱり。
「エスクラン家、というと、名家クラリノ家の傍系ですわね」
「知ってるんですか!?」
「クラリノ家は王都有数の名家ですもの。その傍系もなんとなくは、知っていてよ」
まあ、エスクランのことはあまり知りませんけど、クラリノ家ならよーく知ってますわ。これからぶっ潰す予定の家の親戚ですからね。
……そう。
クラリノ家っていうのは!私に!濡れ衣着せて!私を没落令嬢にしやがったあのトンチキ共の一味ですわーッ!許すまじ!
「それにあなた、クラリノ家のご子息によく似てらっしゃるわね」
クラリノ家の一族は皆、サラサラの金髪に青い瞳。顔立ちはこのお坊ちゃまみたいに男か女か区別がつかないような風ではありませんでしたけれど、確かに大雑把な色味は似ていますわね。
「そ、そうですか?僕、クリス兄様には似ていないって、一族から言われています……」
……うん。まあ。
クリス兄様、というのは、クリス・ベイ・クラリノのことでしょうね。クラリノ家の一人息子ですわ。
クリス・ベイ・クラリノは確かにこのお坊ちゃまと同じ金髪碧眼の美青年ですけれど、美の方向性が大分違いますわね。
目の前のお坊ちゃまは中性的で、男か女か分からないような有様ですけれど、クリス・ベイ・クラリノはもうちょっとは『ちゃんと男です』ってかんじの顔と体してますわね。まあ軍人の家系ですからその血を色濃く継いだ、ということなんでしょう。
「僕は体も弱いし、クリス兄様や一族の他の男子と比べて、ずっと弱いんです……剣より魔法が得意で、男子らしくない、と……」
まあ見て分かりますわ。見るからに雑魚そうですわ。言いませんけど。
「……クリス兄様は僕と同じ齢の頃にはもう、ドラゴン討伐隊に参加してらっしゃったと、伺っています……!僕もクリス兄様みたいになりたいんです!そのためにも、同じ経験を、積んでおきたくて……そんなの、情けないと、思われるかもしれませんが……」
……あら。そういう目的ですのね。まあ殊勝な心掛けといえばそうですけれど。
「お願いします!父上と母上を安心させるためにも!僕は立派にやっていけると証明したいんです!」
心意気は分かりますけれどね。それってあんまりにも、考えが浅いんじゃあなくって?
「その結果ドラゴンに頭から齧られて帰らぬ人になる、という結末がお望みなのかしら?先程も申し上げましたけど、あなた、足手纏いよ」
「う……」
「私があなたの経験稼ぎのために手助けしてやる義理はございませんわね?あなたのお屋敷の騎士団についていくなら分かりますけれど、私とパーティを組もう、なんて、要は甘い汁を吸いたいだけの寄生虫と同じではありませんこと?」
「うう……」
甘ちゃんには正論が良く刺さりましてよ。とりあえず刺すだけ刺しておいて、お坊ちゃんの反応を見ますわ。
「……ぼ、僕は……それでも、ドラゴン討伐に参加して……世間の厳しさを、知りたいのです……!役に立てる自信なんて、本当はほとんどありません。でも、見学だけで、いいので……」
……ピンハネ嬢が言っていた『竜殺しに夢見る初心者』ってのはまさにこのお坊ちゃまみたいな奴のこというんでしょうね。ほんと、とんだ甘ちゃんですわ。
けれど……クラリノ家の傍系の貴族。
1つ、貸しを作っておくのは悪くないわ。
「なら、最初に言うべき言葉が違ってよ」
「え?」
「『パーティを組んでくれ』ではなく、『護衛として雇いたい』と言うべきでしたわね?」
「……え?」
お坊ちゃまに微笑んでやると、お坊ちゃまは大きな目をぱちぱち瞬かせて……それからぱっと、顔を輝かせました。
「ドラゴン討伐の依頼をこなすついでに、『ドラゴン討伐見学ツアー』の護衛も引き受けて差し上げますわ。けど、よろしくて?これは高くつきましてよ?」
「はい!構いません!ぜひよろしくお願いします!」
……対価も聞かずに『よろしくお願いします』とは、随分また甘ちゃんですけれど、ま、ここで臓物とか請求してやる気はありませんわ。
「そう。なら早速出かけるわよ。ついていらっしゃい、リタル。私のことはアイルとお呼びなさい」
「はい!アイル様!」
……ということで、私はお荷物1つぶら下げた状態で、ドラゴン狩りに向かうことになったのですわ。
まあ、お荷物1人分程度、大した邪魔にはなりませんもの。もし本当に邪魔になったら適当に山の中にでもほっぽり出しますから心配は無くってよ。
それよりも……。
「あ、そういえば、その……謝礼金は、どの程度……」
「その前にいくつか、私を雇う注意点ですけれど」
私はにっこりにこにこ、満面の笑みですわ。
「まず、私の指示には必ず従うこと。私のそばを離れないこと。私のやり方に口を出さないこと。それから、私のことは他言無用ですわ。要らない嫉妬は買いたくないの」
「は、はい」
まず、ここはしっかり言質をとっておきますわ。道中、何があるか分かりませんものね。
「……報酬はドラゴン狩りが終わったら、相談して決めましょうか」
リタルは自分がヤバいところに首突っ込んだとも思っていない様子で、元気にハイと頷きました。
ということで、宿は道中でとることにして、早速出発ですわ。ドラゴンを他の誰かにとられるわけにはいきませんもの。それに、お荷物ぶら下げてることを考えると、早め早めの行動を取るべきですわね。
ドラゴン狩りは道中もハードでしてよ。
「こ、こんなところ通るんですかぁ……?」
「嫌ならお帰りなさいな」
「ううう……」
頭からつま先までお坊ちゃまなリタルには辛いかもしれませんけど、魔物がウヨウヨ居るような森も普通に通りますわよ。
「ほ、ほらぁ!居ますよ!そこの木の陰に!ああ!そっちの岩の後ろにも!」
「問題ありませんわ。ほんの数体分、脳みそぶちまけさせてやれば後は連中、怯えて襲ってこなくなりますから」
「え、ええ……」
こういう時は矢が便利ですわね。馬を止めて、馬上から矢を放ちます。
数回発射すれば、木の上や岩陰で魔物が死んだ気配がありました。適当に断末魔の叫びが数度上がれば、他にも潜んでいたらしい魔物達が怯むのが分かります。
……けれど。
「……来ますわね」
森の奥がざわめきます。それはまるで、強者の到来を予感するかのように。
「く、来るって、何が」
リタルの問いには答えません。代わりに私、矢を構えて、『そいつ』が現れるのを待ちます。
……そして。
「よっしゃ!来ましたわー!」
バキバキと木を圧し折りながら現れたのは……。
「う、うわあっ!オーガだぁー!」
オーガ。
凶暴かつ強力なことで知られる魔物。
つまりボチボチの大物ですわ!
構えていた矢を放ち、早速オーガの脛に命中させます。膝を狙ったんですけれど、ちょっとズレましたわね。
そして、脛に矢が刺さった程度で止まってくれるオーガではありませんわね。オーガは早速、こっちに襲い掛かってきていましてよ。
私はもう一発、矢を放ちます。
が。
「く、来るなぁ!『水よ』!」
……そこにリタルの茶々が入りましたわね。
水の玉がふわふわ浮かんでオーガの顔面に直撃。……勿論、オーガはすぐに振り払いました。魔法に耐性の無い魔物なら今ので窒息死させることもできるでしょうけれど、流石にオーガ相手じゃあ大した効果は無くってよ。
しかもその水玉に押し退けられて、矢が逸れましたわ。オーガの脳天を狙った矢が、頬を掠めるだけに終わりました。
「き、効かない」
「下がっていなさい!手を出さないで!邪魔よ!」
リタルの前に出て、私はさっさと次の矢を準備します。
……でも、オーガは既に一発入れられて、しかも水の魔法で茶々まで入れられて、随分怒り狂ってますわね。
迷っている暇はないわね。次の一撃で確実に仕留めますわよ。
私は矢尻に指を滑らせて血を滲ませて、その矢でオーガを狙いました。
「あ、アイル様!」
「大丈夫よ」
真っ直ぐに私へ突っ込んでくるオーガを狙うのは、そう難しいことではありませんわ。
その腕が振り上げられて、私に迫る中……ギリギリまで待って、矢を放ちました。
「狩りは貴族の嗜みでしてよ」
今度の矢は確実に、オーガの目玉を貫きました。オーガはその場で転倒。数度痙攣した後、完全に動かなくなりましたわ。
まあ私の手に掛かればオーガの1体程度、こんなものですわ。おほほほほ。